vision:Ⅺ 疑惑と違和感~倒置された運命の輪~

次々に湧き起こる疑惑と違和感。

その正体がなんなのか。

私は気付かなかった。

いや、気付いていたのに、知らぬフリをしていた。


それがどういう意味なのか。

私は分かってるはずだった。


だけど…。


――――――――――――――――――――


教会へと導かれた村人達は、案内された大広間で、各々が持ち込んできた荷物を整理し、教会側から支給された毛布をもらい、先ずは年老いた者達を休ませた。

それから若い者達が集まり、今後のことについて話し合いが始まった。


「持ち込んだ備蓄には限りがある。皆が安心して生活を送れるだけの間、今後教会の菜園や薬草園の手伝いをして、恩返ししていこう」


そう話が纏まると、皆が一致団結し、我ら自身で皆を守ろうと決意を示したのだった。

話し合いに同行した仮宥愛もまた、皆さんに不自由の無いように、こちらも出来るだけ援助いたしますと告げ、村人と契りを交わし、仮宥愛は祈りを捧げて、村人達もまた、共に祈りを捧げた。


『黒き雨の脅威が、一時でも早く去りますように』と…。


その夜。

村人達はようやく落ち着いて休むことが出来、子供やお年寄り達は既に眠りについていた。

予備燈が灯され、薄らと明るい教会の中。

仮宥愛は念のためにと、教会内部にある仮眠室で休むことにした。

私も、結翔の様子が気になって医務室を覗いてみたが、まだ眠っているようで、そのまま休ませることにし、自分も部屋に戻り休むことにした。


翌朝、無事に夜を送れたと村人達は安堵の表情で目覚め、教会の仕事の手伝いをして、精を尽くした。

子供達はキラキラと朝日に煌めく教会内のステンドガラスを見て、「きれいだね」「大きいね」と目を輝かせていた。


「皆さん、いろいろと大変でしょうが、皆で協力して乗り越えていきましょう」

「ありがとうございます。感謝いたします」


互いに声を掛け合い、皆が協力し合い、村人達との共同生活が始まった。


その日一日は、皆が手探りで何が出来るか、考えながらの作業となり、夕刻には誰もが疲れ果てて休んでいた。

それでも、食事には何とか全員分が行き渡るほどの収穫を得られて、仮宥愛も料理担当の者も喜んでいた。


「では、皆さんの協力のもと、感謝の意をこめて。いただきましょう」


仮宥愛が声を掛け、皆が口々に「いただきます」と言い、自分たちで収穫した食材で作られた食事を口に運ぶ。


「おいしい」

「もっと欲しいよう」


そうねだる子供達にも、充分に与えられるほどに、食料は揃っていた。


その後、館の従者とも協力し合い、衣服に関しては仕立て係の従者が、住居については各々が力のある男達が集まり、教会付近の森の入り口に仮住まいを作ることになった。


「これも全ては仮宥愛様を始め、Noir Ange様方のお力の御陰です。ありがたき幸せでございます」

「いえいえ村長様、そんな謙遜なさらずに。きっと神の導きでしょう。今まで日々努力を怠らず、健やかに日常を送り、皆が協力してきたことへの、神のご加護でしょう」

「それもそうですね…これからも祈り続けましょう。我らに神のご加護が降り注ぎ、皆が幸せに暮らせるようにと」


そう言い、村長と仮宥愛は礼拝堂で祈りを捧げて。

村人達が自ら自分の仕事を全うしている姿に「皆よく頑張っています、これほどの恵みには感謝しかない」と、村長は絵目を細めて微笑んだ。


やがて仮住居も完成し、村人達はそれぞれ荷物を移動し、お世話になったお礼にと、大広間の大掃除をし、新たな生活への祈りと祝福を期して、宴を開いた。


「我らの新たなる地での生活と、神の祝福に感謝を!!」


その夜は無礼講で、皆が大いに賑わい、館の従者達も交えて、盛大な宴になった。

未遊夢と未幸姫も、同じ年代の子供達と一緒に遊ぶことが出来、奏音の演奏する楽器に合わせて村人達が踊りを披露するなど、それぞれが想い想いに過ごしていた。

そんな中、私は少し皆の輪から外れて、その光景を見守っていた。


(皆、楽しそうで良かった)


そう思い、ジュースの入ったグラスをもらい、口に含むと、甘酸っぱい薫りが口に拡がり、「おいしい」と、思わず声を溢した。


仮宥愛は村人達に囲まれて、笑顔で応対している。

奏音も嬉しそうに演奏していて、未遊夢も未幸姫も楽しそうだ。

皆がこの時間を満喫し、その夜は更けていった。


その頃、結翔は1人館内で休んでいた。

まだ本調子ではないのと、美彩の体調を気遣ってか、自分は残ると言ったのだ。

宴も終盤になり、子供達も遊び疲れて、そろそろ眠たそうだった。

一緒に遊んでいた子達と別れて、未遊夢達を館へ戻し、私も休むことにした。


一時はどうなることかと心配したが、皆が無事に過ごせているのが奇跡としか思えなくて。

私はベッドに横になりながらも、高揚した気持ちを抑えきれずに、寝付くことが出来ずにいた。


(なんだろう、この気持ち。どこか懐かしいような、そんな気もする…)


ふとした感覚で、デジャヴを感じて。

思い返せば、私が居た世界で、始めてシェルターに来たときもこんな感じだったなと、思い出した。


3年前、あの日の出来事があった後、私は近隣の児童シェルターに保護されることとなった。

初日はバタバタしていたが、翌日に歓迎会を開いてもらい、皆それぞれが自分の好きなことをして楽しんでいた。

中には輪から離れて独りでいる子も居たが、ほとんどの子が事情あってここに来た子達だ。

そんなコトもあって、皆でそれなりに共に自由に暮らしていた。


状況的には、今の館での生活と、何ら変わりはない。

だけど、此処での暮らしは皆が何不自由なく暮らせるほどに、環境に恵まれている。

普通なら、何かしらの悩みを抱えて、不安に思うこともあるだろう。

それでも、此処では皆が協力し合い、助け合って生活している。


本当に、恵まれているとしか言いようがない。


これも神のご加護というものか?

そんなことを思いつつ、私は眠れぬ夜とどう過ごそうかと考えていると、ふと教会の中に灯りが灯ったままでいることに気付いて。

もしかしたら、仮宥愛がまた中にいるのかもしれない。

こんな時でも、仕事熱心なのには本当に感心している。

と同時に、あることに気付いた。


―――仮宥愛以外の聖職者はいないのか…?


ある程度大きな教会だ。

そこまで神事に詳しくはないが、普通であれば、神殿長を始め神官やシスターと呼ぶべき人員がいてもおかしくはないだろう。

だが、今のところ、仮宥愛以外の聖職者の姿を見たことが無い。

いるのは仮面を付けた従者達だけ。

従者はそれなりの人数ではあるが、この大きさの教会を管理するには少ないほどだ。

いったいどうやって、此処まで管理できているのだろうか?

いくら仮宥愛達が精霊の力を持っているとは言え、それも限られた者だけ。


今思えば、何故そこに気がつかなかったのかが不思議なほどに、ごく自然に、この環境に慣れ親しんでいた。

優しく親切な仮宥愛に、面倒見の良い奏音と、幼くも健気に過ごす未遊夢と未幸姫、そして純粋な心を持った結翔と美彩。

皆と出会い、一緒に過ごしているうちに、それが当たり前な日常だと思い込んでいた。

だけど…心のどこかで、引っかかっていた。

でも、それが何かが分からなかった。


さらに言えば、この世界はあまりにも恵まれているとしか言いようがないほどに、人々が穏やかだ。

村人達も、ほとんどが質素な生活を送っているものの、誰一人として争いがなく、ましてや差別などと言うことがなにも無い。

私が知らないだけで、本当はあるのかもしれないが、それもごく僅かなことだろう。

私の居た世界ではあり得ない程に、皆が穏やかすぎている。


確かに、魔女の呪いや闇の影の襲撃など、脅威はあるかもしれないが、人同士の争いは滅多に聞かない。

まるで、それが作られた環境によるものみたいに…。


なんて考えすぎかもしれない。

だけど、そう思わずにいられないほどに、考えれば考えるほどに、おかしなことが多すぎる。

私自身も、何故それに気付けなかったのかもわからない。

それほど長い期間、ここに居たわけでもないのに、ごく自然にそれが当たり前であるかのように慣れてしまっている。

いったい、どうなっているのか?

湧き上がってくる疑問に、あるひとつの答えが出てきた。


そもそも、此処は本当に“現実”なのだろうか?


異世界であることは分かっているが、こんな事、夢でも見ているとしか思えなくもない。でも、確かにリアルな感覚はある。

それでも。


あの日、鏡の彫刻に現れた、過去の自分。

それもある意味信じられない話ではあるが、現に今ここにいる自分が異世界へ飛ばされたことを証明している。

だが、それだけでは此処が本当に現実であるとも限らない。


だけど…。


仮宥愛には知られていたリストカットの痕も残っているし、痛みだって感じることも出来る。

それでもこれだけでは全てが現実では無い証拠にはならない。


次から次へと湧き起こる、疑惑と違和感。

私は考えが纏まらず、結局その夜は寝付けずに朝を迎えてしまった。


朝食の時間、ずっと考え事をしていた所為か、頭がぼんやりとしてしまって、サラダのドレッシングをこぼしたり、珈琲を溢したりとドジを連発し、奏音や仮宥愛が心配そうに声を掛けるも、「大丈夫」と返して、早々に部屋へと戻ることにした。


ベッドに寝転び、少し冷静になろうと目を閉じて、大きく息を吐いた。

こんな調子ではダメだってわかってはいるものの、湧き上がる疑問に気持ちが付いていけない。

だが、確信がないのにあれこれと疑っても、意味が無い。

本当に、ただ単に恵まれた環境だっただけかもしれない。

全てを信用しているわけではないが、疑ってばかりもいられない。

こんなどろどろした感情は、気付かれちゃいけないと、いつも通りにしなきゃと、思えば思うほどに、うまく行かないことが多かった。


結局、その後も空回りした状態が続いて。


気分を紛らわそうと、館の隣にある温室へと足を運んだ。

前に来たときも感じたが、此処は空気が澄んでいて、心地よい気持ちになる。

階段を上り、窓辺に沿った2階側には、上部を見ることが出来るようになっていて、数多くの樹木が植えられた中で、背の高いものは基本窓際に植えられている。

改めて思うが、この植物を含め、薬草園の植物も全てを結翔が管理していることに、驚きが消えなかった。


いくら記憶力が良いとは言え、さすがにこれを結翔だけで管理しているとは思えない。

仮宥愛曰く「従者で何名かは一緒に管理をしているが、全てを把握しているのは結翔だけ」だと言っていたのも、驚きだった。

私とあまり変わらないくらいの年で、これほどにずば抜けた記憶力の持ち主だとは、到底思えなかった。

だけど、現に結翔は薬学にも精通していて、傷を負った村人達の治療も手慣れていた。

仮宥愛もまた、片目が見えづらいにもかかわらず、いろんな場所へと赴いて、村人達の話をよく聞き、いろいろな仲介役をしている。

皆が仕事熱心なのは、誰が見ても分かるほどに。

夢中になれるものがはっきりとしていて、ただひたすらにそれを貫いている。


それだけのことなのに、私は何故、彼らを疑うようなことを考えてしまったのだろう。

未だに疑惑も違和感も拭いきれないまま。

でも確かに、何かを警告するように鳴り続ける鼓動が激しく脈打って。

この感じはいったい何なのだろうと、そんな考えが過ぎる中、ふと窓の外に人影が見えた気がして。

その人影は、森の方へと消えて行った。


―――あれは…、もしかして?


私は急いでその人影を追いかけるように、温室から出て森の方へと向かった。


ちょうど教会と館の周囲は大きな森と湖に覆われている。

暫く森の中を歩いていくと、少しだけ拓けた場所に出た。

そこにも小さな湖があり、その畔に先ほどの人影が見えた。

そっと近づくと、相手も気付いたようでこちらに振り向いた。


「ずいぶん早かったじゃない。もしかして、あなたストーカー?」

「そんなつもりじゃなかったんだけど…。こんなところで何してるの?」

「別に。でも、邪魔者がいなくて良かったわ。一人だけで来てくれて、そこだけは褒めてあげる」


相変わらず上から目線の七海が、傲慢な態度で出迎える。

それにしても、本当にこんなところで何をしていたのか?

それに、邪魔者って…?

七海の話について行けず困惑していると、七海はやれやれと言ったように大きく溜息をついた。


「お付きの神官とそのお人形さんに用はないって言ってるのよ。ましてや、一緒に慈善ごっこなんて、ごめんだわ」

「慈善、ごっこ…?そんな言い方しなくても良いじゃない。それに、仮宥愛さんや結翔のことも、そんな風に呼ぶのはどうして?」

「どうもこうも、そのままじゃ無い。上っ面だけの慈善事業をする神官と、まるで操り人形のように従うお人形さん。見ていて気分が悪くなるのよ。いい加減、消えてほしいわ」

「そんな…!どうしてそこまで二人のことを嫌うの?七海も昔は一緒にあの館で生活していたんでしょう?だったら家族も同然じゃない。そんな風に言うなんて、酷いよ…」

「…どうして知ってるのよ?」

「写真で見たの、5年前のあなたたちを…。それと…闇の影に襲われて、生き残ったのもあなたたちだけだったってことも…」

「…そう…5年前の、ね……」


そう言うと、七海は目を伏せて俯き、「でも、だから何?」と、再び鋭い視線で睨め付けた。

私は、やはり今も七海は魔女に対しての憎しみを抱いているのだろうと感じて。

同時に、大切な人を失った悲しみに、縛られているのかもしれないとも思った。


「湊さん、だっけ?あの写真に写ってた人。親しかったんだってね。皆を最後まで守ってくれてたって…」

「気安くその名前を口にしないでくれる?何も知らないくせに…湊お姉ちゃんが犠牲になったのも、皆が死んでいったのも、全部、あいつらの所為じゃない!」

「…どういう、こと…?」


いったい、七海は何を訴えているのか?

湊さんが亡くなったのは、闇の影の襲撃に遭い、自分達を庇い亡くなったのではないのか?

それが本当なら七海は何故、ここまで仮宥愛たちを恨んでいるのかが分からない。

だがもし万が一、七海の言っていることが正しいのだとすると、仮宥愛が嘘をついているとでも言うのだろうか?

どちらが真実なのか分からずに、ただ疑問だけが浮かんで。


「アイツの言葉全て鵜呑みにしちゃダメよ。そうでもしなきゃ、後悔するのはあなたよ」

「…どういう意味?」

「大体、不思議に思わないわけ?仮宥愛以外の神官がいないことに。普通に考えて、あれだけの統治を仮宥愛一人で出来るとでも思っているの?」

「それは、確かに思ったけど…。でも、従者の人もたくさんいるから、その人達も手伝ってるでしょう?だったら何もおかしくは無いとも思うけど…」

「お馬鹿さん。そんなんじゃあなた、いつか身を滅ぼすわよ」

「だから、どういう意味よ?」

「警戒しろって言ってるのよ」

「え…?」

「ホント鈍感ね。はっきり言っておくわ。あなた、このままだと元の世界へ帰れなくなるわよ?此処はあなたの居るべき場所じゃない。元より、あなたの居場所なんて此処には存在しないんだから」

「そんなこと言われたって、帰る方法もまだわからないのに…」

「はぁ…、あなたって本当、どうしようもなくお馬鹿さんね」


そう言って、七海は私に向かって何かを投げた。

咄嗟に私はそれを受け取ると、それは小さな鍵だった。

何の鍵だろう?不思議に思っていると、七海はもはや呆れた表情で説明した。


「その様子だと、館の地下のことも知らないんでしょうね」

「地下…?地下があるなんて、そんな話聞いてない…」

「でしょうね。表沙汰には出来ないモノを隠しているのだから。それを見れば、あなたも本当のアイツを知るはずよ」

「本当の、仮宥愛さん…?」

「アイツがどんな奴か、自分で確かめれば良いわ。帰るかどうかはそれからでも遅くはないでしょう」

「どうして、こんなこと…。七海、あなたいったい…」

「用は済んだわ。早く戻らないと、見回りに見つかるわよ。じゃあね」


そう言って、七海は森の奥へと消えていった。

私は佇んで、その後ろ姿を見つめていた。


訳が分からない…。

なぜ、七海はこんな事を言ってきたのか?

実際に、館に地下なんて有るのか?

それに、本当の仮宥愛とは、一体何なのか?


疑問だらけが浮かぶ中、手に或る鍵を見つめて。

地下への扉なんて、何処に在るのか分からない。

それでも、鍵があるということは、確かにそれは存在するのだろう。

私は、七海から受け取った鍵を握りしめ、一旦館へ戻ることにした。

だが、私はやはり気付いてなかった。


結翔が、薬草園の窓から、この光景を見ていたことに…。

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