vision:Ⅸ 夢見の熱~不確かな目覚め~
きっかけは、ほんの些細なこと。
けれど、その時はまだ誰も。
それが始まりだったとは、気付くこともなく―――。
――――――――――――――――――――――
暗闇の中で、誰かの泣く声が響く。
(誰…?)
気付けば暗闇の中、私はひとり漂っていた。
どこからともなく聞こえてくる、その泣き声が、次第にはっきり聞こえてきて。
―――――ごめんなさい。
―――――ごめんなさい。
―――――赦して下さい。
(ああ、またあの夢…)
何時の夢を、また見ているのだとわかると、私はそっと目を開けた。
そこには、またあの黒い影が現れて。
(あなたは…、誰?)
影がゆっくりとこちらに振り向く。
けれど、今日はそのまま目が覚めずに、次第に周りがはっきりと見えてくる。
そしてまた、錆び付いた鉄のような匂いが漂い、同時にピチャリ…と雫が滴る音が聞こえた。
私は、ぼんやりとしたまま、黒い影を見つめていると、深くフードを被った人物が、大鎌を手に持ち、見つめ返していた。
視界が少しずつ、鮮明になっていく。
立ちこめる匂いの正体が、鮮血であることに気付くと、目の前の人物の足元にある“ソレ”を見つけた。
“ソレ”は血溜まりの中に倒れた、“子供の頃の私”だった。
そして、深くフードを被った人物が、ゆっくりとその顔を上げると…。
(………っ!?)
その人物は、血にまみれた、“私自身”だった。
手に持っている大鎌から、鮮血がピチャリ…と滴り落ちて。
私は身動きできずにいると、“私”は無表情のまま、大鎌を大きく振り上げた。
(殺、される…!!)
そう思った瞬間に、大鎌は振り下ろされた―――。
「千紗都さん!大丈夫ですか?!」
「………っ!?」
仮宥愛の声に、はっと目を覚ますと、そこは私に誂えられた部屋のベッドの上。
すぐ傍で、仮宥愛が心配そうな表情で、顔を覗き込んでいる。
「か、なめ、さん…?私…どう、して…?」
思うように声が出ず、軽く咳き込むと喉の奥がひりひりした感じがして。
それに、体が熱っぽくも感じて。
「怖い夢でも見ましたか?ずいぶんと魘されていたので、思わず声を掛けてみましたが、正解だったようですね」
仮宥愛は額に手を添えると、さらに表情を重くして。
「熱もありますね。今、解熱薬を用意しますので、少し休んでいて下さい」
そう言うと、仮宥愛は右手の人差し指で円を描くように動かすと、小さく風が湧き起こり、どこからともなく、小さな鳥が飛んできた。
「結翔に、解熱薬と氷袋を持ってくるように伝えてください」
そう言うや否や、小さな鳥はピィーと鳴いて羽ばたくと、また小さく風が湧き起こり、そのまま姿を消した。
ぼんやりとした意識の中で、私は自分の身に何が起きているのか解らずに、体を起こそうとしたが、何故か重く感じて、起き上がれない。
それに気付いた仮宥愛が、慌てて私をベッドに押し戻すように促すと、ゆっくりと説明してくれた。
「昨夜のことは覚えてますか?あの後、ずっと泣きっぱなしで、疲れて眠ってしまったので、ベッドに運ばせていただきました。明け方近くになる頃から、少しずつ魘されていたので声を掛けたのですが…。もう少し早く起こせば良かったですね」
そうか、私、あの後もずっと涙が止まらなくて…。
いつの間にか眠っていたんだ。
そう思いつつ、私が目を覚ますまで、ずっと傍にいてくれたと言うことなのだろうかと、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちが込み上げて来る。
と、同時に、体を蝕む熱が、あの夢の内容をまた思い出させて…。
私は、唇を噛み締めて、きつく目を閉じた。
目を閉じると、耳元でまたあの泣き声が聞こえる気がして。
同時に、真っ赤な鮮血に染まり、倒れ伏す“子供の頃の私”の傍らで、“もう一人の私”が佇んでいる。
その表情は暗く、それでも冷酷とも無感情とも取れる表情をしていて。
じわじわと熱が全身を包み込むように、まるで業火の中に放り込まれたかのように、体が熱くて、汗が噴き出してくる。
すると、ひんやりとした冷たい何かが、額に当てられる感触と、湧き上がる熱が吸収されていく感覚に、そっと目を開けてみると、いつの間に来たのか、結翔の姿があった。
額に当てた手が、ひんやりとしていて、心地よく、同時に熱が引いていく感覚に、結翔が能力を使っていることが解った。
暫く結翔に熱を抑えてもらって、苦しかった息も少しずつ、楽になっていく。
「解熱薬、飲めますか?」
私は軽く頷くと、仮宥愛にゆっくり体を起こしてもらい、薬を受け取り、口に含むと、コップに水をもらい、飲み干した。
「まだ少し、怠いかもしれないけど…暫くすれば薬も効いてくるから、安静にしてて」
結翔がそう言うと、仮宥愛はまた私をベッドに寝かせてくれて。
まだぼんやりした意識の中で、結翔の方に顔を向けると、髪を横縛りにしただけの、いかにも寝起きすぐに来てくれたのだと思うような恰好で居ることに気付いて。
「ごめん…ね。朝、弱いのに……」
そう言うと、結翔は首を横に振って、「大丈夫」といい、脇に置いていた氷袋を取り、目元に当ててくれた。
「これで、目を冷やして。腫れも引くから…」
そう言われて、ずっと泣いていたせいで腫れているのだろうと気付き、情けなくて、また涙が出そうになったけど、これ以上の心配を掛けまいと、今は泣くのをこらえて。
冷たい氷袋を受け取り、目元に当てると、微かにヒリヒリして、でも、気持ちが良くて。
それから暫くして、解熱薬が効いてきたのか、またウトウトとしてきて。
そのまま目を閉じて、知らず知らずのうちに、また眠りに就いていたのだった。
私の寝息が聞こえたのを確認して、二人は顔を見合わせ、安心したように頷くと、そのまま部屋を出て行った。
「ありがとうございます。それと、本当にすみませんでした。朝早くに起こしてしまって」
「ううん、大丈夫。…たぶん、疲れからきてるんだと思うから、暫くは休ませてあげた方が、良いかも。…ずっと、無理してかのかも」
「そうですね…。千紗都さん、こちらに来てからずっと、気が張り詰めてばかりでしたから。今はゆっくり休ませてあげましょう。未遊夢たちには、心配掛けないように後で話しておきますね」
「うん、お願い…。それと、この間のことだけど…」
「はい、あれから、何か変化はありましたか?」
「…ちょっと、場所を変えてもいい?」
そう言って二人は別の場所へと移動し、窓の外では、太陽が辺りを照らし始めていた。
朝食の時間、仮宥愛は先に奏音に千紗都のことを伝え、それから未遊夢と未幸姫に話をした。
案の定、未遊夢たちは心配そうな表情を浮かべていたが、「たいしたことはない、ちょっとした風邪ですから」と伝えると、未幸姫は「う~、わかった」と返事をし、。未遊夢も「じゃあしばらく一緒に遊べないんだね…」としょんぼりとした表情を浮かべた。
「大人しく待っていれば、また元気になりますよ。早く良くなるように、お祈りしましょうね」
仮宥愛かそう言うと「じゃあ僕、千羽鶴作る!」と未遊夢がいい、未幸姫も「う~、作る!」と意気込み、二人はキャッキャと楽しそうに、折り紙を出して鶴を折り始めた。
その様子を見て、仮宥愛は「頑張ってください」と声を掛け、結翔の方に視線を向けると、結翔もそれに気付き、頷いて返事を送る。
仮宥愛と結翔が今取りかかっている件。
それは、ここ最近いくつかの集落で、病に掛かる人が増えつつあること。
それと同時に、闇の瘴気が濃くなってきていることについてだった。
おそらく、魔女の力が強まってきていることを意味し、このままではまた昔のような自体になり兼ねないと危機感を抱き、何かしらの対策を練っていたのだった。
「この前行った時に、大体の規模は計れましたが、その後もまだ増えている可能性はあります。もう少し様子を見ても良いですが、早いうちに策を実行しておかないと…」
「薬は1ヶ月分。…ただ、これ以上増えてきたら、数が足りなくなるかも」
「そうですね。限りがある分、いつまでも悠長にはしてられません。それに、瘴気も範囲を広めつつありますから、そちらも早めに対処していかなければいけません。今後の天候に変化は見られませんか?」
「暫くは大丈夫…だと思うけど。いつまた“黒い雨”が降ってもおかしくない状態に、変わりはない」
「……やはり、避けられませんか」
「………」
難しい表情を浮かべる結翔に、仮宥愛は目を伏せて「そうですか…」と考え込む。
窓の外の様子を窺い、今は良く晴れているが、その空気はどこか瘴気を匂わせるほどに、風が湿っていて。
不穏な雰囲気が影を潜めているのは、目に見えるほどになっていた。
そんなことを知る由もなく。
私は、薬の効果で深い眠りに就いていった。
そして、また夢を見ていたのだが…。
(あれ…?ここ、何処だろう?どこかで見たような…)
視界がはっきりとしない所為か、まるで映画のスクリーンに映し出された映像を見ているようで。
そこに映し出された景色には、見覚えがある場所だったが、思い出せない。
どこかの集落のようで、もしかしたら先日仮宥愛たちと一緒に行った場所かもしれない。
そう思いながら、映し出される映像を見ていると、急に天候が悪化し、雨が降り出したように見えた。
人々は慌てて家屋に逃げ込み、様子を窺っている。
そんな中、遅れた村人が、雨に打たれて、ずぶ濡れになっていく様子が見えた。
が、次の瞬間、私は目を疑った。
(どう、して…?人が…溶けてる…!?)
雨に打たれた村人の皮膚が、みるみるうちに焼け爛れるように溶けていき、やがて黒焦げに成り息絶えた。
その者以外にも、同じように雨に当たった者の皮膚が黒く焼け爛れ、次第にその範囲が拡がっていき、酷く魘され始めた。
あっという間に、多くの村人が酷い火傷を負い、その痛みにもがき苦しみ、のたうち回るように喚いていた。
(何が、どうなってるの?!)
難を逃れた村人たちは怯えながらその者たちを遠ざけ、近寄ろうともしなかった。
やがて黒く焼け焦げた匂いと共に、彼らは皆息絶えていく。
大事な家族の死に目に、涙する者、落胆し呆然とする者、神に救いを求め祈る者たち。
彼らはただ、なす術もなく、ただただうちひしがれていた。
すると、暫くして、息絶えたはずの者達が、よろよろと起き上がり始めた。
その姿は、もはや生者ではなく、死霊と化し、瘴気を放ちながら呻き始めた。
そして―――。
一瞬のうちにその容姿が変わり、顔にはあの不気味な仮面が付けられていた。
残された家族は悲鳴をあげ逃げ惑うが、次々に襲われ、絶命していく。
そして、死霊に殺された者達もまた再び起き上がり、同じように死霊と化していくのだった。
やがてその村は死霊だらけになり、降り続く雨が、次第に血に染まるように、赤黒く染まっていった。
「っ!?」
はっと気付いた時には、私は天井を見つめ、息を荒くし、ベッドの上にいた。
「千紗都さん…?大丈夫ですか?酷い汗ですよ」
仮宥愛が駆け寄り、心配そうにタオルで汗を拭き取ってくれた。
「また、怖い夢でも見ましたか?」
「…大丈夫、です。ただの、夢ですから…」
そう言い、私はふと窓の外を見た。
今のところ天気は崩れる様子もなく、良く晴れていて、太陽の光が眩しいくらいだった。
それを見て、私は大きく息を吐いて、「ただの夢」と自分に言い聞かせるように、繰り返し心の中で呟いた。
「熱もだいぶ下がりましたね。もう暫く安静にしていれば、すぐに良くなりますよ」
「はい…すみません」
「謝らないでください。体調不良は誰だってありますし、休養も必要です。千紗都さんは、まだこちらに来たばかりなのに、いろいろ立て続けでしたから、疲れが溜まっていたのですね。こちらこそ、気付けなくてすみません」
「仮宥愛さんこそ、謝らないでください…って、何かおかしいですね」
互いに笑みを浮かべて。
「着替えますか?」と言われて、寝汗で髪がべたついていたのもあって、「一度シャワー浴びてからにします」と答えた。
それから、ゆっくりと起き上がって、軽くシャワーを浴び、着替えを終えてまたベッドに戻ると、シーツを取り替えてくれたのか、従者の方が部屋を片付けてくれていた。
お礼を言い、ベッドサイドに座ってほっと息をついた。
それにしても、先ほど見た夢は何だったのだろうか。
たまたま、具合が悪い時に見てしまうような、怖い夢だったとしても、妙にリアルに感じて。
でも、それを誰かに話したところで、結局は夢でしかないのだから、どうしようもないのだけれど。
それでも、なぜだかは解らないが、胸がざわつく感じがして。
私は、考えを巡らせていたが、まだ体調が不安定なこともあって。
あまり考えられずに、そのままベッドに寝転がると、またいつの間にか眠ってしまっていた。
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