vision:Ⅷ カタルシス~動き出す運命の輪~

誰にも言えないことがあった

誰にも知られたくないことがあった


だけど誰かに聞いて欲しかった

だけど誰かに伝えたかった


この苦しみを、この哀しみを

理解してくれる人に

いつかきっと出逢えるまで


ずっとずっと、我慢してきた


そして動き始めた運命に

やがて新しい自分に

生まれ変われると信じ

夢見て…



――――――――――――――――――――――


仮宥愛の部屋に戻り、写真を持ち出していたことを謝って返し、自分の部屋に戻る途中、ふと湊さんのことを考えていた。

たしかに、誰かに似ていると思ったのに、思い出せなくて。

胸の奥に渦巻く違和感がなんなのか、それすらわからなくて。


その後、夕食の時間までグダグダと悩んでみたが、結局何も思い出せないままだった。


夕食後も、モヤモヤした気持ちを抱えたままベッドに寝転がり、スッキリとしないままに夜は更けて。

気付いたときに、時計の針は真夜中の午前零時を指していた。


(もうこんな時間…早く寝なきゃ。…でも……)


モヤモヤした気持ちが気になって寝付けず、私は窓を開け、夜風に髪を靡かせて。

空には満月に近い月が照らし、辺り一面が薄青く染まっている。

窓辺に頬杖をつき、ぼんやりと外を眺めていると、教会の方へ誰かが入っていくのが見えて。


(こんな時間に、誰なんだろう?)


音を立てないように、そっと教会の中に入り、ぼんやりとした灯りが扉から漏れている部屋があった。

何の部屋だろうと、眺めていると、話し声が止み、誰かが扉の方へと近付いてる音がして。

慌てて物陰に隠れると、扉が開き、中からロープを纏った人が一人でてきた。


こんな時間に何を話していたのだろうか?

一人だけ出てきたということは、まだ部屋の中にもう一人、話相手がいるはずで。

そっと部屋の中を覗こうと顔を出すと、仮宥愛が姿を見せ、あたりをキョロキョロと見渡している。

何しているのだろうかと思っていると、話しかけてきた。


「千紗都さん、いるのは分かってますよ。出てきてください」

「!!」


何故、仮宥愛は私が居ることに気付いたのだろうか?

というか、隠れて居ることもバレてる。

まるで壁に目があるかのように、何でも見通しているようだった。

仕方なく私は立ち上がって仮宥愛に向き合い、「何故分かったんですか?」と聞いた。




「驚かせたようですみません。でも、入ってきた足音と空気の変化で分かりました」

「うそ…。私、そんなに足音たててた…?」


音を立てないように、そっと入ってきたと思ったのに。

けれど、仮宥愛は慌てて首を振り、説明してくれた。


「いえ、そうではなく、私の能力とでもいいますか。私は風の精霊使いですので、空気の動きで周りの状況を知ることが出来るのです。それと、弱視の目を補う意味で音に敏感なのです。どんなに小さな足音でも、特徴さえ分かれば誰がきたのか、大体分かります」

「…そう、だったんだ。でも、こんな時間に何していたのですか?さっきの人と、何か話していたみたいですけど…?」

「もしかして、話してる内容を聞きましたか?」

「あ、いいえ。私が来た時には、もう帰る頃だったみたいで、内容までは聞こえませんでした。…もしかして、聞いちゃまずい内容だったのですか?」

「…そうですね。人によっては聞かれたくないかもしれません。一応、この部屋は相談室兼懺悔室にも成ってますので。千紗都さんの方こそ、こんな時間にどうされました?」

「ちょっと寝付けなくて。夜風に当たってたら、ここに人が入っていくのが見えて、きてみたんです。…こんな部屋があるなんて、知りませんでしたけど」

「一応、教会に懺悔室は付きものですけれど…。でも、内容を聞いてないのであれば、問題ないです。恐らく、向こうは千紗都さんに気付かなかったと思いますし、大丈夫でしょう」

「すみません…。こんな時間まで仕事してるなんて思ってなくて。でも、仮宥愛さんいつ休んでるんですか?」


ふと、気になって問い掛けると、「心配はいりません、ちゃんと休んでますよ」と微笑み、部屋の奥を見せてくれた。

奥にはもう一つ扉があって、其処は仮眠室になっているようで、簡易ベッドがひとつ置かれている。

どうやらここで仮眠しているのだろう。

でも、本当にそれで休めているのだろうか?

少し心配したが、仮宥愛本人がそう言っているのだから、と思って、それ以上は聞かなかった。


「眠れないのであれば、これから温室の方にでも行ってみますか?澄んだ空気を吸えば、和らぎますよ」


やはり、モヤモヤしているのも分かってしまうのか、気を遣わせてしまったようだ。

この際だから、お言葉に甘えて、連れて行ってもらおうと返事をし、教会脇の建物に案内された。

そこは、温室というよりも、植物園のような広さで。

途中、仕切りがされていたのに気付き、尋ねると、その先は薬草園になっていて、結翔の仕事で配っている薬の原料となる薬草を育てているという。

そちらの方も、結構な広さがあり、その全てを結翔が管理していることを聞き、驚いた。




「すごいいっぱいあるけど、全部結翔が管理してるんですか?」

「そうですよ。植えてある木も全て、その葉や実が薬の材料になっている物もあるのです。さすがに私も、全ての種類は憶え切れてませんが、結翔は全種類、頭の中に入っていて、どれが何処に在るのかも把握して居るみたいですよ?」

「すごい…。こんなにある種類を全部憶えてるなんて…」


やはり、結翔は意外と頭がいいのだと、改めて思い知ったのだった。

すると、奥の方で誰かが作業しているのに気付き、誰だろうと思って近付いていくと、そこに居たのは結翔だった。

丁度薬草の管理をしていたのか、手元の植物を観察して、持っていたファイルに何かを記入しているようだった。

その様子を見ていたら、結翔も私に気付いて。

一瞬、驚いたような表情を見せたかと思うと、またいつもの無表情に戻って、作業を続けていた。


「どうやら結翔も、寝付けないみたいですね?」

「え?そうなの?」

「あの子はいつも眠れないと、いつもここに来て薬草を見てるのです。勉強熱心なのは良いことですが、少し気が張りすぎてますね」


仮宥愛曰く、どうやら結翔が纏う空気が張り詰めているようで。

「休憩しましょう」と声を掛け、温室内の休憩所に移って、ハーブティーを用意してくれた。


「…カモミール?」

「眠れないときはうってつけでしょう?」

「………ラベンダーも、少し入ってる」

「ふふ、やはり気付きましたか。さすがですね、結翔」

「え?じゃあ、ブレンド?…すごい、おいしい」

「お気に召したようで、光栄です」


そう言いながら、仮宥愛自身も自分の分のハーブティーを用意して、一緒に飲んでいた。


(やっぱり、この二人には適わないな…)


ふと、そんなことを思って。

カップを見つめたまま俯く私に、仮宥愛が声を掛ける。





「まだ、気が晴れませんか?」

「……いえ、十分リラックスできました。ありがとうございます」

「そうですか…。でも、あまり我慢しすぎも良くないですよ。時には吐き出さなきゃ心が持ちません」

「そう、ですけど…。迷惑かなって…。こんな時間まで、二人とも場頑張ってるのに…」

「そんなことないです。何なら、相談室に戻って話しますか?」

「…いいえ、大丈夫です。ここで構いません。………私、本当にここにいて良いのかなって…そう思ってしまうことがあって。誰も悪くないのに、みんなが頑張ってる姿を見てて、私は何してるんだろうって…」


そう、私はずっと考えていた。

みんながここにいる理由を。

ここが、“そう言う場所”だっていう意味を。


「確かに、皆さんそれぞれ頑張ってくれています。でも、それを強制してるわけでもなく、皆さん自身が、自然としてることです」

「分かってます。だから、…羨ましいって思ってしまうんです。夢中になれるものがあって。…私にはもう、何も残ってないから………」

「残ってない、というと、以前はあったのですね?」

「はい…、目標っていうか、成りたいものはありました。…でも、ちょっとしたことがあって、それが出来なくなりました。だから、夢中になれるものがあるみんなを見てると、羨ましい反面、正直、悔しいって思う自分がいて。そんな自分が、すごく嫌で…変わりたいって、ずっと思ってたんです。でも、人は簡単に変われるわけないって、そう思う自分もいて。そしたら、だんだん自分が惨めに思えて…。バカみたいですよね………っ」


一度吐き出したら止まらなくて、話し声も、だんだん涙声に成って。

それでも、二人は静かに、私の話を聞いてくれて。

最後には声を詰まらせて、私は涙をこらえきれずに、涙を拭った。


「誰かを羨ましいと思うことは、誰だって同じだと思います。私だってそうです。結翔の薬学の知識の許容範囲の広さには驚きですから。千紗都さんにだって、いずれ自分のやるべき物事が見えてくるはずです。今は、ゆっくり考えてみましょう」

「………」

「もし、答えが見つからなくても、それはそれで、また道を探せばいいだけのことです。

貴方くらいの年齢なら、まだまだ未来はいくらでも掴み取れます。何かを始めることに早い遅いなんてことは、ないのですから」

「…そう、ですね。私、焦ってるのかな?」

「今はちょっとだけ、張り詰めている感じですね。でも、気に病むことはありません。人それぞれ、個人差はあるのですから。だから、無理はしないでくださいね」


そう言って、仮宥愛はそっと私の頭に手を乗せると、軽くポンポンと叩いてから、優しく微笑んだ。

その優しさが、やっぱりちょっとだけ心に沁みて。

私は、涙を拭いながらも、精一杯の笑顔で「ありがとうございます」と返した。




話をしたら、心の中にわだかまっていたモヤモヤが少しだけ晴れて。

時刻も深夜を周り、そろそろ就寝しましょうかと、仮宥愛の言葉に、館の方へと戻っていった。


「お休みなさい、よく眠れると良いですね」

「お休みなさい。今日はありがとうございました」

「お休み、なさい…」


私はベッドに寝転がり、目を閉じた。


(全部は話せなかったけど、ちょっとだけ話せたから良かった…のかな?)


そんなことを思いながら、スッキリしたのと、先ほどのハーブティーが効いてきたのか、気付けばいつの間にか眠っていた。


翌朝。

ぐっすり眠れたおかげで、目覚めも良く、スッキリとしていた。

う~んと背伸びをして、カーテンを開けると、天気も良く、晴天だった。


―――いつも通りに。


そう思い、目を閉じて深呼吸をしてから、部屋の扉を開けた。

食堂に来てみると、もうすでに仮宥愛と未幸姫、そして未遊夢が朝食の準備を手伝っていて。

二人とも、本当に3人とも早起きだなと感心していると、奏音も起きてきたらしく、あとからやって来た。

遅れて結翔もやって来て、みんなで朝食を摂り、いつものように談笑して。


―――いつも通りに。


奏音の部屋に集まって、みんなで奏音のピアノと歌を聞いて。

未遊夢がまた探検しようと言い出しては、館の中を走り回って。


楽しい時間が過ぎていくのが、本当に嬉しくて。


―――いつも通りに。

私、ちゃんと笑えてる…?


あっという間に、楽しい時間は過ぎていって。

気付けば、この場所に来て1週間が経っていた。





夜になり、今日は一日よく頑張ったと、ベッドで横になっていると、誰かが扉をノックした音がして。

誰だろうと返事をして扉を開けると、そこに居たのは仮宥愛だった。


「仮宥愛さん、どうかしましたか?」

「ちょっと、用があって。今、よろしいですか?」

「…はい、どうぞ」

「失礼します」


そう言って部屋に招き入れ、扉を閉じ、そのまま背を向けた状態で話をした。


「用って何ですか?もしかして、昨日のことで、気にしてます?もう大丈夫ですよ。平気なので、心配しないでください」

「………」

「…今日も未遊夢君たちといっぱい遊んで疲れたので、そろそろ寝ようと思ってたんです。特に急ぎでないなら、明日でも良いですか?」

「………」

「………何ですか?黙ったままで。用があるなら、早く言ってくださいよ」

「………では、こちらを向いてはくれませんか?」

「………」

「千紗都さん、無理に笑わなくても良いです。疲れたのは、気を張っていたからでしょう?昨日、言いましたよね。私には纏う空気で、大体分かるって。今日の千紗都さんは、ずっと空気が張り詰めてましたから」

「そんなこと、ないですよ」


そう言いながら、私は、内心怯えていた。

やっぱり仮宥愛さんには、すべてお見通しだったこと。

今日一日、仮宥愛さんが私を見ていてくれたことも、本当は気付いていた。

そして、それを分かっていながら、あえて何も言わなかったことも。

その優しさが、本当に痛いほどに感じて。


「………」

「………」


互いに無言に成り、時計の秒針の音だけが、部屋に響いた。

どれから暫くして、仮宥愛が小さく溜息をついたのが聞こえて。

私は、俯きながらもまだ正面を向くことが出来なかった。

すると、仮宥愛が近付いてくる気配がして。

そして思い切り、肩を引かれたかと思うと、そのまま強く抱きしめられた。


「っ…仮宥愛、さん…?」


仮宥愛は無言のまま、私を抱きしめて、そっと髪を撫でていた。




「無理しないでと、言ったでしょう。貴方もよく頑張ってます。でも、頑張り過ぎは良くありません。余計に、自分を傷つけてしまうだけです」

「…そんなこと……」

「隠したって無駄です。本当は、今も我慢しているのでしょう?ずっと付けているから気になってはいましたが、昨日の話で確信しました」

「っ…何を、ですか?」

「………そのリストバンドの下。自傷行為の痕ですね?」

「………」

「………」

「…どうして、分かったんですか?」

「分かりますよ。最初に会った時から、貴方からは自責の念を感じてましたから。恐らく、自傷行為をしているってことも、なんとなく感じてました。だから、昨日の話を聞いて、確信しました。やはり、リストカットの痕を隠していたのだと」

「………」


仮宥愛の手が、私の左手首を掴み、そして、ずっと付けていたリストバンドをそっと外した。

其処には、確かにリストカットの痕が、何重にも重なるように付いていて。


仮宥愛は無言で腕を掴んだまま、離そうとしない。

私は、観念したように溜息を吐くと、自嘲気味に笑って言った。


「やっぱり、仮宥愛さんには適わないな。何でもお見通しなんだもん」


自身の左手首の傷痕を見て、顔を歪めて、目を閉じて。


「バカみたいでしょ?こんなことしてて、気持ち悪いって思うでしょう?」

「………いいえ」

「嘘。そんなこと言うくせに、本当は面倒くさい奴とか思ってるんでしょう。みんな、そうだったから。だからずっと、隠してたのに………。なんで分かるかな?」

「…面倒だなんて、思ってませんよ」

「嘘…」

「嘘じゃないです」

「嘘よ!!」


何度否定しても、仮宥愛は拒絶しようとせず、逆にさらに強く抱きしめてくる。

結局、私はこらえきれなかった涙が零れて、仮宥愛の胸に顔を埋めた。

仮宥愛はまた髪をそっと撫でながら、「好きなだけ、泣きなさい」と言ってくれて。

私は、溢れる涙を止められなかった。





その同時刻、某所。

薄暗い空間に、浮かび上がるように映し出された映像を見ていた人物が、手を伸ばし、パチンと指を鳴らす。

すると、映像が消え、其処には全身をローブで身を包み、水鏡をもった従者らしき者が跪いていた。

先ほどの映像は、この水鏡を通して映し出されたものなのだろう。

主であろうその人物は、大きな椅子に座り、肘掛けに頬杖をつくと、にやりと笑う。


「大分周りにと置け込んできたわね。…もうそろそろかしら?始まりの神子が目覚める前に、全てを終焉らせましょう…」


クスクスと含み笑いし、その人物は「楽しみだわ」と呟いた。


ローブを纏った従者も、跪いたまま、水鏡の中を再び覗き込む。

其処に映し出された表情は、誰かの面影に似ていた。

そしてその人物もまた、にやりと口元を歪ませて…。


其処は、闇の蔓延る冥界のエリア。

魔女の城と呼ばれるその場所に、闇が蠢いていた。


時を同じくして、その頃。

七海は一人森の中に佇み、静寂の中に包まれていた。

そっと目を閉じ、夜風が髪を靡かせている。

その足元には、小さな人形が落ちている。

その人形を、手にした剣で突き刺すと、目を開き、何処か遠くを睨み付けていた。

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