vision:Ⅶ 世界の理~悲しみのその先に~

ふとしたことで知った事

知らないままで居るよりは

全然良い


何も知らないで居るより

知らないふりをして

優しく出来るなら


それが本当の優しさなんだって思うから



――――――――――――――――――――


翌朝、雨は上がり、昇り始めた太陽の光に、木々の雫が反射して、キラキラと光っていた。

背伸びをしながらカーテンを開けると、まぶしい光に手を翳し、昨日の雨が嘘の様な晴れ間に、少しだけ気分は和らいだ。

窓を開け、朝のさわやかな空気を胸一杯に吸い込むと、大きく深呼吸して、仕度を調えると、丁度扉をノックする音が聞こえた。


「おはようございます、千紗都さん。昨夜はよく眠れましたか?」

「おはようございます。はい、ゆっくり休めました」

「それは良かったです」


にっこりと微笑む仮宥愛に、私も笑顔を返して。

そんなやりとりをしていると、未遊夢たちも起きたみたいで、ワチャワチャと騒ぎながら部屋から出てくるのが見えた。


「お二人とも、おはようございます」

「仮宥愛兄、おはよう!」

「う~!千紗都お姉ちゃんも、おはようございます!」

「おはよう」


今日も二人は元気いっぱいのようだ。


いつも通りに。

そう思いながら、私は気を取り直して、明るく振る舞うことにした。

けれど、全て見抜かれているかのように、仮宥愛はそんな私を、何処か悲しそうな瞳で見ていた。


朝食後、今日は一日、仮宥愛と共に書斎室で、この世界における魔女の支配力と、その影響について、もう一度調査することになった。

以前聞いた話では、不十分だった部分もあって、もっと詳しく理解するために、仮宥愛が時間を作ってくれたのだった。

私は仮宥愛から渡された本を一冊ずつ読んでいき、情報を集めることにした。




1.魔女について。


本来は審神者と巫女の両方の役割を持っていたらしい。

光の加護を受けし者達が洗礼を行い、神の御辞を聞き、影の力を持つ者達がそれらを人々に伝えていた。

そして神祭者としても役割を担い、神の宴を祈念式とお祝いし、葬儀の執行も行っていたという。


そんな或る日、魔の力に溺れた者が、その影の力を乱用するようになり、闇の影となって、世界に災いを呼ぶようになった。

しかし、始まりの神子の霊力により、闇に支配された者の力を抑えていたが、その者の力の方が強力で、次第に浄化の力が及ばなくなっていく。

結果、光の加護を受けし者達は破れ、その数は激減したという。



2.エリアについて


元々、世界は統一されていたが、闇の影が拡がり、【残骸のエリア・残滓の森】が生まれ、同時に、闇の力の濃い場所を【冥界のエリア・魔女の城】も生まれた。

そして生き残った僅かな光の加護を受けし者達が集まり、結界を張り、神聖なる区域である【傍観のエリア・嘆きの丘】が生まれた。

その後、それぞれの村で階級が生まれ、貴族・地主等の上流者、一般の村人や農民などの平民、貧しい生活を送る下民、そして皆を管理・監視するために教会が出来、行き場を失った者達を保護し、監視下の元での生活をするための【教会のエリア・Lorelei(ローレライ)】が出来たのだった。


4つのエリアは、始まりの神子が結界を張り、惑わしの霧と呼ばれる濃い霧に覆われるようになった。


惑わしの霧とは、それぞれのエリアに住まう者達が不用意に近づけないようにするための、始まりの神子による結界そのモノ。

唯一、その霧の中で自由に動けることが赦されるのは、神の加護を受けし者・Noir Angeのみとされている。



3.Noir Angeについて


神に選ばれし者だけが与えられた力を持つ者に対し呼ばれる通り名。

Noirは黑を意味し、何者にも杣辣ことなく尊厳たる神の意を注ぐ者のみが纏うことが赦された色。

Angeは神の御使い・天使を意味し、神の御辞を聞き、その身に宿されし力で人々を導く者とされている。

故に、主に聖職者の者がこう呼ばれているが、紅蓮の魔女により、闇に囚われた聖職者もいた為、一部の村人からは悪魔の使いと偏見視されることもある。

さらに、上流の貴族達が自分の悦を満たすためにNoir Angeを集め、私利私欲に力を使わせ、奴隷として扱われることもある。

奴隷となったNoir Angeはslave(スレイヴ)と呼ばれ、隷属の首輪として烙印を体に刻まれる。



4.闇の影について


歪んだ感情により影の瘴気が暴走したモノ。

本来ならば光により生まれる影が、闇落ちした魔女によりその瘴気を濃くし、忘却された感情や想いなどが集まって形を成し、servant(サーヴァント)の仮面と成る。

仮面を付けられた者は、魔女の呪いが掛けられ、無差別に人を襲い始める。

仮面を外すには、魔女自身がその下僕に飽きて棄て殺すか、穢れを持たない純粋な心の持ち主にその者の心を浄化させることのみ。

故に、Noir Angeの中で、光と闇を均一に保てる者のみが、浄化の力を使うことが出来る。


浄化の力により、仮面を外された者達は、sacrifice(サクリファイス)と呼ばれ、再び仮面が付けられてしまうと、二度と外せず、あるのは死のみ。

故に、sacrificeとなった者達は教会に保護され、Noir Angeの加護の元での生活のみ赦される。



5.平行世界【エレアレム】について


エレアレムとは、異なる時間軸を持つ平行世界、謂わば、異世界と呼ばれるもの。

それぞれの世界での環境は全く異なっているとされる。

エクレシアにおいて、人々は生まれながら魔力を持ち備え、その力をより強い者は神の加護を受けし者・Noir Angeと呼ばれている。

しかし、エレアレムにおいては精霊の力を使われない、もしくは持たない世界もあり、生きる者達は皆、地を這うように生きている世界もある。


なお、エクレシアに住まう者とエレアレムに住まう者とは交流はなく、基本的に互いの存在を知らない。

唯一、知ることが出来るのは、エクレシアではNoir Ange、エレアレムでは神子(みこ)のみとされる。

神子と成る者は生まれながらに自然の力を享受し、誰に教わるでもなくその力を使える者とする。

その中で、二つの世界に通じる者を【始まりの神子】と呼び、神に最も近い存在と言われる。




ここまで調べて情報を整理し、この世界が私の元いた世界との平行世界であること、生まれながらに魔力を持っていること、そして、魔女による支配と闇の浸食と、いろいろと知ることが出来た。

ただ、疑問に思ったのは、表記されているのは全てエクレシアでの文字表記なのに、何故か難なく読めたこと。

難しい言葉は、仮宥愛に意味を聞いたりしていたが、それらのことを含めて、内容がすんなり理解できたことだった。


もしかしたら私はここに書いてあったように、エレアレムにおける神子と呼ばれる者なのかも知れない。

故に、文字もすんなりと読め、理解が出来るのであれば納得がいく。


そんなことを思いながら、さらに情報を集めようと、次の本に手を伸ばした。

その時、何かがひらりと落ちたのに気付いて。

拾い上げてみてみると、それはこの教会の前で撮ったであろう写真だった。

館の入り口を背景に、何人かの子供達が映っていた。

その中には、仮宥愛と結翔の姿もあったが、今より少しだけ幼さが残った感じだった。

そして、何故かその中に、同じく少し幼い七海の姿も映っていた。


七海もこの館で一緒に生活をしていたのだろうか?


思わずその写真をじっと見ていると、仮宥愛が気付き、声を掛けた。


「5年前の写真ですよ。前に整理してた時の物が、残っていたのですね。その頃は七海も、まだここに居た頃でしたから。驚いたでしょう?」

「七海も、ここで生活していたんですね…。でも、今はここには居ないですよね。どうしてですか?」

「それは…、その写真にも映ってます。七海がくっついている隣の女の子が居ますね。その子は湊(みなと)さんと言って、みんなのお姉さん的な存在でした。私と同じく精霊使いでした。

火を司る精霊の力を宿し、皆に希望の光を灯してくれる優しい方でした」

「でしたって…。今はその湊さんも居ないのですよね?それに、ここに映っている子供達は、今どうしているんですか?」


その問いに、仮宥愛は目を伏せて、何処か悲しそうな表情を浮かべて、応えた。


「………湊さんは…闇の影に襲われた皆を守って、亡くなりました。結局、生き残ったのは、私と結翔と、七海さんだけでした…」

「そんな……」


闇の影の浸食が其処まで迫っていたことを知り、言葉を失う。

それでも、仮宥愛は苦しそうな表情を浮かべながらも、続きを話した。





「特に七海さんは、湊さんに本当の妹のように可愛がってましたから、七海さんも、かなりショックを受けていました。数日は口も利けない状態だったのですが…。次第に魔女への憎しみが強くなっていき、一人で魔女のエリアに行くと言い出したのです。もちろん、私は止めましたが、結局七海はこの館を出て行きました」

「本当に、七海は一人で魔女のエリアに行ったのですか?」

「恐らくは。…でも、そう易々と辿り着ける場所ではありません。沈黙の霧を抜けた先にある魔女のエリアでは。他のエリアよりも濃い瘴気に包まれてます。並大抵の者では、其処まで耐えられるとは思えません。七海さんもそれを知っているとは思うので、今は魔力を高めるために、その力を強化しているのかも知れませんね」

「………そう、だったんですね」


大切な人を亡くして、魔女に対しての憎しみに駆られて。

そんな悲しい過去を知り、私は七海のことを思った。

今、どこでどうしているのだろう?

魔女に立ち向かうために、魔力を強めているのだろうけれど、たったひとりで、孤独に生きているのだろうか。

ふいに、胸が締め付けられるように痛み、私は言葉を詰まらせた。


「悲しむことはありません。七海さんは、真面目でしっかりとした子です。そうむやみに無謀な行動はとらないはずです。何か策があるのでしょう。その期を待っているのかも知れませんね」


仮宥愛は、ふと窓の外を眺め、遠くを見るように目を細めて呟いた。


「今日のお勉強はここまでにしましょうか」


そう言って、仮宥愛は時計を見てそろそろお昼になるのを告げると、さっと本を片付けた。

いろいろと情報を知ることが出来たので、今日はもう休むことにした。

そして昼食を食べ、部屋に戻ろうとした時、どこからか花の匂いが漂ってきて。


どこから薫ってくるのだろうかと、テラスの方へ出て匂いを辿っていくと、3階の一室の窓が開いているのに気付いた。


(あの部屋って…)


急いで3階へ上がると、その部屋の扉の前で立ち止まった。


(扉、少し開いてる…?)



わずかに空いていた隙間から、そっと中を窺うと、誰かの話し声が聞こえてきた。

その声は仮宥愛で、もう一人か細い声が憩えてくる。

恐らく、美彩さんだろう。


二人の話し声を聞いていると、無意識にドアノブに手が掛かり、カタンと音を立ててしまった。

その音に気付いた仮宥愛が、美彩に何かを言って扉の方へと近付いてくる。

はっとした時には、もう扉は開かれていて、仮宥愛が困ったような表情を浮かべていた。


「覗きは良くないですが、丁度紹介しようと思っていたので、中に入りませんか?」

「…はい、すみません。…失礼します………」


仮宥愛の言葉に甘えて、部屋の中へと入らせてもらうと、途端に花の香りに包まれたような感じがした。

部屋の中は植物がいっぱい置かれていて、窓辺には綺麗な花が咲いた植木鉢がいくつか置かれていた。


「すごい…お花がいっぱい………」

「美彩さんは植物が好きで、全て自分で管理しているのですよ。こちらのルクリアは香りも良く、丁度今が見頃みたいですね」

「へぇ…。他には何があるの?」

「ここにあるのは、カレンデュラ。これはクレマチス。こっちはポインセチア、…です」

「すごい、いっぱいあるんですね」

「はい…。この子達を育てるのが、私の仕事ですから…」


仕事…?と不思議に思っていると、仮宥愛が補足して説明してくれた。


「美彩さんは、私と同じ精霊の力を持つ者で、地の精霊使いです。それでいて植物に詳しく、大切にしていらっしゃるので、温室の植物の種を育ててくれているのです。後程、温室にも案内しますね」

「ありがとうございます。それにしても、種から育てるのって、大変じゃないですか?」

「確かに、大変なコトもありますが、私は植物を育てるのが好きだから、苦じゃないです。それにこの子達も、私と同じで、神経質だから、丁度いいのかも知れません」

「そんな…。でも、本当に大事に育ててるんですね。みんな、すごく綺麗に咲いてる」

「ありがとうございます」


そう言ってにっこり笑った美彩は、何処か儚げで。

思わす守りたくなるような、そんな雰囲気を纏った女の子だった。


それから少しいろいろと話をしていると、誰か来たのか、扉をノックする音がした。

仮宥愛が扉を開けると、手荷物を持ったメイドさんがいて、仮宥愛にそれらを渡すと、そのまま去って行った。




「それって、何ですか?」

「結翔が作った植物の肥料ですよ。定期的に撒いて、成長をよくしてやらないとですからね」

「そっか。でも、結翔がその肥料を作ってるんですよね?直接持ってくれば良いのに…」

「…結翔君、たぶん私が精神的に不安定で、引き摺られてしまうから。それで部屋には入って来られないの」

「引き摺られる?」

「そう言えば、千紗都さんは結翔のもう一つの能力を、知りませんでしたね」


仮宥愛は思い出したように、結翔の能力について、説明してくれた。


「結翔が水の精霊使いであることは、前に話しましたね。水の精霊には、空気中の物を押し流したり、浄化のように洗い清めたりする以外にも、自身に向けてそのモノの感情を流し込む力もあるのです。感応能力とでも言いますか。人や物の心の声を読み取ったりすることが出来るのです。千紗都さんにも、覚えがありませんか?」


そう言われて、私は結翔に初めて会った時のことを思い出した。


あの時。

初めて二人と出会って、教会に向けて森を歩いている途中、私が疑問に思ったことを、言葉足らずではあるが、結翔が的確な言葉を投げかけていたこと。

そして、他の居住区への訪問へ言った帰りのこと。

弱った小さな雛鳥を見つけ、もうすぐ亡くなるのを見切ったこと。


それらを通して、確かに、結翔にはそのような能力を持っていることが分かる。

だからなのか、結翔が時偶、皆が求めている物を的確に与えてるのも思い出して。


(そうか…。だったら生き物の声を、無意識に聞いてしまうこともあるから…)


納得したものの、同時にある想いがあった。


結翔自身は、その能力をどう思っているのだろうか?

みんなの心のうちの声を無意識にでも聞こえてしまうのは、秘密にしていることもわかってしまう訳で。

そうなれば、結翔の前で、嘘や秘密は出来ないということになる。

それに、それらの感情を受け入れる結翔自身も、精神的に不安定にならないだろうか?

などと、いろんな不安が押し寄せて。

その不安が顔に出ていたのか、仮宥愛がそっと肩に手を置いて、声を掛けた。


「結翔は自分の能力を、ちゃんとコントロールできる子です。いくら無意識に心の声を聞いたとしても、誰も責めたりもしませんし。それでも、結翔が平静を保っていられるのは、皆さんが普通に接してくれているからです。それでも、結翔はその能力故に、自分の感情を殺してしまうことがあるので、滅多に表情に出しませんが。皆さんが優しく接してくれるその暖かさが、結翔にとっては救いなのですよ」

「そう、ですよね」

「結翔君、芯の強い子だけど、本当は優しくて繊細な子だから…」




そう、分かってる。

結翔が誰よりも優しくて、すごく繊細な心を持っていることも。

だから、本当はみんなと一緒に居たくても、心の声を聞いてしまうから、距離を置いて表情を殺していることも。


そう思うと、先日、結翔が言っていたことがだんだん分かってきて。

余計に、自分の発した言葉が、重くのし掛かってきた。


(バカだ、私…)


あの時、結翔がどれ程辛い思いをしていたのか。

あの時、なぜあんなに悲観的になってしまったのか。

あの時に戻れるなら、そう願ったところで、何も取り戻せないのは確かで。


私は、後悔の念に駆られていた。


そんな私に、美彩が一つの植木鉢を差し出して、そっと囁いた


「ポインセチアの花言葉は、【元気を出して】です。結翔君のこと、思ってくれてるのは分かるけど、そんなに気に病まないでください、ね」

「…ありがとう、美彩さん………」


美彩さんの優しさに、胸がいっぱいになって。

私はこらえきれずに、溢れ出す涙を拭っても拭っても、止められなかった。


そんな私達を、仮宥愛は優しい目で見つめていた。


それから自分の部屋に戻って、ベッドに寝転んだ。

今日はいろんな事があって、なんだかすごく疲れた感じがして、夕食までそのまま眠ろうかとしたが、服のポケットにかさかさとした感じがして。

何が入ってるのかと思い、ポケットに手を入れて中のモノを取り出すと、それは午前中に見たあの写真だった。

本を整理する際に、なくさないようにとポケットに入れておいたのを忘れていたのだった。

慌てて起き上がり、仮宥愛に返さなければと思いつつ、ふと、もう一度写真を良く見てみた。


5年前と言っていたが、確かに3人とも、幼さが残った表情をしている。

結翔は、相変わらず無表情だが、七海に表情は隣に映っていた湊さんという人に抱きつくような体制で、満面の笑みを浮かべている。

私が会った時は、つんとした表情しか見たことが無いが、こんな表情で笑うんだなと、想い耽っていた。

そして、その隣に映っている、湊さんの姿を見た時だった。




先ほど見た時は気付かなかったが、妙な違和感を抱いた。


(あれ…?この人、何処かで見たような…?)


他人の空似だろうか?

湊さんの姿が、誰かに似ていると思ったのだ。

けれど、それが誰だったかまでは思い出せなくて。


「いけない、早く返しに行かなきゃ…」


ふと我に返って、写真を返しに仮宥愛の部屋へと向かった。

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