vision:Ⅵ 追懐~降り頻く雨とうつつの夢~
降り頻る雨は止むことを知らない
それはまるで泣いているかのように
それはまるで嘆いているかのように
鏡の中の少女は
今も冷たい眼差しで見つめている
降り頻る雨は止むことを知らない
それはまるで彼女を責めるように
それはまるで赦しを請うように
鏡の中の少女は
朱き華を咲かせては切り落とした
その残骸は罪の数だけ
雨のように舞い散る花弁に
視界は次第に紅に染まり
全てを覆い隠した
――――――――――――――――――――
夢見鳥の館に来て、3日が経った。
住人の皆と、それなりに打ち解けて、この生活にもだいぶ慣れてきた。
元の世界に帰る方法や、残ったもう一人の住人の様子など、まだわからないこともあるけれど。
それでも、皆と一緒に過ごす時間はとても楽しくて、居心地が良かった。
そして今日もまた、それぞれが想い想いに過ごしていた。
仮宥愛と結翔は、他の居住区の或る場所へ行くというので、同行させてもらうことになった。
この教会のエリアには、いくつかの集落があるらしく、そこで暮らす人々の様子を見に定期的に訪れているのだとか。
それぞれの集落に足を運んでは、村人たちの暮らしを見て、不足があるようなら支援をしているという。
貧しい生活を送っている者には手を差し伸べ、余裕のある者には支援を頼む。
十分と言えるほど、聖職者としての仕事を全うしている。
一方、結翔はと言うと…。
病で弱った者達の治療を施し、薬を調合して渡していた。
医者としての役割を持っているらしい。
相変わらず表情は無いが、纏っている雰囲気は柔らかで、薬を受け取った者達から、「ありがとう」と礼を言われ、皆から慕われていた。
(意外と、仕事が出来る…?)
年下の弟のように思っていた結翔の、意外な一面を見て、私は少し驚きながら様子を見ていた。
それからまた別の集落へ移動し、同じようにそれぞれ仕事をして、最後の村人が去って行く。
「では、今日の視察は此処までにしましょう」
仮宥愛の言葉に、私と結翔は仕度を纏めて、教会への帰路を歩き始めた。
途中、結翔が何かに気付いたらしく、立ち止まってどこかを見つめていた。
私はそれに気付き、どうしたのだろうと、視線の先を見てみると、そこにはいくつかの茂みがあり、一目では何があるのかは分からなかったが。
「どうかしましたか?」
立ち止まった私たちに気付いた仮宥愛が、声を掛け、そして何かを感じ取ったのか、茂みの方へと近付いていった。
「ああ、そう言うことでしたか…。良く見つけましたね、結翔」
「………」
何があったのだろうと、私も茂みの方へと近付いて、良く見てみると。
その場所に横たわった、一羽の鳥が居た。
まだ小さく、雛だろうか?
ピヨピヨと、弱々しく鳴いている。
近くの巣から落ちたところを、他の動物に襲われたのか、羽がむしり取られ、血が滲んでいた。
仮宥愛がそっと拾い上げると、ぐったりしたような様子で、雛はまた弱々しく鳴き声を上げる。
「可哀想に…」
仮宥愛は雛を抱え、結翔の方に顔を向けるが、それを見た結翔は、暫くしてから首を横に振った。
「………残念です」
「………」
「こちらに埋めても、また他の生き物たちに掘り返されますので、連れて行ってあげましょう」
そう言い、仮宥愛はそっと布で雛を包んで、自身の懐に仕舞った。
「さあ、では戻りましょうか」
仮宥愛は少しだけ微笑んで、私たちの方へ向き直し、帰路へと歩みを進めた。
私は、どこか腑に落ちなくて。
思わず、聞いてしまった。
「どうして、そんな風に優しく出来るの?もう手遅れなら、そのまま放っておいても良かったのに…」
「…そうですね。そうすることも出来たかも知れませんが、我々はたとえどんなに不利な状況でも、手助けをするのが仕事ですので」
「不憫な仕事。そんなことをして、何になるの?」
勢いに任せて、心のわだかまりをぶつけてしまっていた。
それでも、仮宥愛は嫌な顔せずに、真剣に応えてくれてた。
「今日はまた、ずいぶんと指摘されますね。ですが、そう思われる方が居てもおかしくは無いでしょう。不満は誰にでもあります。でも、それを聞いてあげる相手が居なければ、皆が気持ちのやり場を無くしてしまう。その為に、私たちは手をさしのべ続けているのですよ」
「………面倒だって、思わないの?」
「思いませんよ。皆、それぞれに一つは悩みを抱えて生きているのですから。その悩みを聞いて、出来ることがあれば、手をさしのべる。只それだけのことです。まわりがどう言おうとも、我々に課せられた仕事ですので。でも、私たちも不満がないわけでもないのですよ?同じ人間なのですからね…」
やはり彼らも、不満がないわけではないのだと知りながらも、どうしても気になって、突っかかってしまう。
それは、私自身の気持ちの整理が付かないことへの不満でもあった。
「どうせみんな、いずれは死ぬんだから、放っておいたって変わらないのに…」
「………違う」
私がそう呟くと、今まで黙って聞いていた結翔が、不意に声を上げた。
「皆が皆、死んでいいとは、限らない。死んで良い生き物なんて、居ない…!」
「………結翔」
珍しく感情的な結翔に、仮宥愛はそっと肩に手を置き、気持ちを宥めると、結翔は唇を噛み締めるように、拳を握りしめていた。
その姿に、さすがに言い過ぎたかとも思って。
「ごめん…、ちょっと言い過ぎたかも…。でも、結翔がそんな風に必死になるなんて、思わなかった」
「………」
「…もう、この辺で辞めておきましょう。帰ってから、また話し合う時間を作りましょうか」
仮宥愛がそう提案し、その後、私たちはほぼ無言で教会へと帰ってきた。
そしてすぐに、教会の裏庭の脇の方に穴を掘り、先ほどの雛を埋めてやると、そっと土を被せた。
盛り上がった土の前で、結翔は屈み、祈るような形で手を組んでいた。
仮宥愛もまた、そっと目を閉じて、「安らかに、お眠りなさい」と呟くと、胸に手を当てて祈った。
私は2人の姿を、無言のまま見つめて。
(生きてる者は、皆いずれ死ぬ)
心の中で、そう呟いた。
夕食をとった後、すぐに部屋に戻り、ベッドに横になっていた。
―――どうして、あんな風に言ってしまったのだろう…?
今日の出来事を思い返して、私は、自己嫌悪していた。
でも、その原因も本当は分かっていた。
それは、私の中で記憶の奥底に封印したはずの、或る出来事が原因だったからだ。
(言えない…、言えるはず無い…。あんなこと、言えるわけ無い…)
自分身に起きた出来事から、目を背けるように。
私はずっと、逃げてきた。
そう、すべてから逃げてきたのに…。
こんなカタチで、閉じ込めたはずの記憶が呼び醒まされることになるなんて。
そして私は、またそのことから逃げるように、きつく目を瞑り、踞るように身をかがめながら、眠りに就いたのだった。
外はいつからか雲行き悪くなり、次第にぽつぽつと窓を叩くように、雨が降り出していた。
その急な天気に、結翔は何かを感じたらしく、そっと窓の方へと視線を向けた。
一緒に居た仮宥愛もまた、何かを感じたのか、ソファーに座りながら、同じく窓の外を、無言のまま見つめていた。
そしてその夜。
私はまた、あの夢を見ていた。
ひたすら泣き続ける子供を見ている私自身の姿。
その声が次第に雑音のように聞こえてきて、ズキズキとした頭痛が襲う。
そして、見知らぬ影が現れて、そして…。
深紅に染まるその影が振り向く直後、鎖に掛けられる音が響いて。
そこでいつも 、目が覚めるのだった。
けれど、今日は少しだけ違った。
目覚めた直後、私は酷く汗を掻いていて。
そして、なぜか右手を宙に伸ばしていたのだった。
そしてもう一つ、違和感があった。
(私、どうして泣いてるんだろう…?)
いつの間にか、私は涙を流していたのだった。
くり返されるその夢は、いったい何を意味しているのか?
何一つ分からないまま、私は不安を掻き消すようにシーツを頭から被り、無理矢理また眠りに就くのだった。
翌朝。
雨は相変わらず降り続いていた。
窓に打ち付ける雨音で目を覚ました私に、小さな顔が二つ、覗き込んでいるのに気づいて。
思わず、悲鳴をあげそうになった。
「千紗都お姉ちゃん、やっと起きた~」
「起きた~。おはよう」
「おはよう…。二人とも早いね?」
「お姉ちゃんが一番の寝坊助だよ。皆もうとっくに起きてるよ」
「嘘…?!」
未遊夢の言葉に愕然とし、急いで体を起こすと、慌てて仕度をして大広間に行くと、本当に皆揃っていて、朝食の準備をしていた。
「おはようございます、千紗都さん。ずいぶんゆっくりしてたみたいですね。もう少しで朝食ができるので、座って待っててください」
「おはようございます…。すみません、寝坊しました…」
「いいんですよ。今日は特に用事は無いですから、ゆっくりしてください」
「ありがとうございます」
仮宥愛が温かい珈琲を先に出してくれて、それを口に含むと、ほっと一息ついた。
未幸姫と奏音が手伝っていて、カチャカチャと音を立てながら、朝食の準備をしてる。
そうして皆が揃ったところで、丁度朝食の準備も整い、皆で「いただきます」と言ってから食事に手を掛けた。
「雨、止まないね」
「う~、きっと美彩お姉ちゃん、また機嫌悪くなる…?」
「たぶん、そうだろうね」
未幸姫と奏音が話をしていて、知らない名前が出てたことに、二人に問い掛けた。
「ミサお姉ちゃん、って、もしかしてもう一人の子かな?私、まだあったこと無いんだけど…」
そう言うと、未幸姫が、手にしたパンを口に穂奪って、モグモグしながら応えた。
「う~…。美彩お姉ちゃん、いつもお部屋に居るの。でも、天気が悪い時は機嫌も悪くなって、すぐ怒るから、今日は会わない方が良いよ?」
「こらこら未幸姫さん、口にモノを入れたまま話をするのではありませんよ?」
「う~…ごめんなさい…。もぐもぐ…」
仮宥愛に注意されて、未幸姫は再び食事に戻った。
未幸姫の代わりに、今度は仮宥愛が話をしてくれた。
「美彩さんは、ちょっと体質的に繊細な方なので、天候の変化にも敏感になってしまうのですよ。なので、今日みたいに天気が悪い時は、調子も崩れやすく、情緒不安定になりやすいのです。お会いするなら、できるだけ天候のよい時が好ましいですね」
「…大変ですね。でも、ちょっと心配かな?早く会えればいいけど」
「今日は難しいですけど、天気がよくなれば、自然と部屋から出ることもあるので、気長に待ってあげましょう」
そう言って仮宥愛は再び珈琲を口にして、未幸姫が食べこぼしているのを見て、ナプキンで顔を拭いてあげていたり、未遊夢が誤ってこぼしたジュースを拭いてやったりと、年少組の面倒を見ていた。
無邪気な二人に奏音がクスクスと笑って、結翔は相変わらず無表情で食事を摂っている。
見ていて何とも微笑ましい光景だった。
考えてみれば、元々は皆、孤児としてやってきた子達だ。
仲が悪ければ、こんな風に平穏な暮らしはできないだろう。
中には、部屋に籠もっている子も居るが、調子がよければ一緒になることもあるというので、悪い子ではなさそうだ。
本当に、皆の仲がよくて、幸せそうで。
そして、少しだけ、羨ましくて。
ちょっとだけ、疎外感を抱いていた。
(私、この中に入っていて、いいのかな?)
ふと、そう思いながら、窓の外に視線を向けた。
相変わらず、雨が降り続いている。
そんな私を、結翔がちらりと視線を向けていたことに、気づけないでいた。
昼近くになっても、雨は一向に止む気配がなく。
今日は一日、雨模様なのだろうか。
さすがに、こんな日は誰でも憂鬱になってしまうだろう。
そして、思い出したくもない記憶が、ふと蘇ってきそうで。
違う、そうじゃないと何度か頭を振って、気を紛らわせようとして。
きっと、楽しい時間に慣れすぎてしまったせいかもしれない。
普段の私なら、こんな風に多くの人と関わることは、そこまで好まなかったのに。
こんな風に、楽しい時間を持つことすら、いつの間にか忘れてしまって。
と、気づけばまたネガティブ思考に陥っていた。
(だめだ、気が乗らない…)
ベッドに横になっていた体を起こし、気紛れに館の中を彷徨いてみることにした。
(そう言えば、自分から館の中を見て回るのって、そんなに無かったな)
最初に来た時に、仮宥愛から案内してもらって、回ったことはあったが、自分で中を宇土つくことはほとんど無かったこともあって、この際だから、いろいろ見て回ろうと思った。
まずは1階に降りて、応接間の方を覗くと、未遊夢と未幸姫が従事者の人たちと一緒にトランプで遊んでいた。
従事者の中には、未だ私たちとあまり年の変わらない者もいて、その者達は基本的に、二人の遊び相手になっているようだった。
楽しそうにキャッキャと騒いでる姿を見て、邪魔にならないように応接間を離れた。
一度エントランスに戻り、医務室の方に目を向けると、結翔が何やら作業をしているのが見えた。
何をしているのだろうかと、そっと覗くと、薬の調合をしていたみたいだった。
紙皿の上に数種類の粉末が盛られていて、そこから秤で量を計測しながら、手際よく混合させている。
表情はよく見えなかったが、集中している様子が窺えたので、こちらも邪魔しないようにそっとその場を離れた。
2階へ上がる途中、ピアノの音が微かに聞こえて。
恐らく、奏音が部屋でまたピアノを弾いているのだろう。
その旋律は、優しく柔らかくて、そしてやはりどこか懐かしい感じがした。
2階に上がると、従事者の人たちが、自分の仕事を全うしていて。
サンルームになっている場所で、シーツなどの洗濯物を取り込んでいる者や、館の中を清掃して回る者。
そして、お茶のワゴンを持った者が、仮宥愛の部屋に入っていくのが見えて。
(仮宥愛さんも、また何か作業かな?)
そう思って、仮宥愛の部屋には寄らずに、部屋に戻ることにした。
結局、何も変わり映えのない日常が、館の中に流れていて。
ただ雨が降っている所為か、外で遊べないことだけが、年少組には退屈だったらしく、いつの間にか館の中でかくれんぼをしているようだった。
部屋に戻る途中、テラス付近の物陰に、未遊夢と未幸姫が隠れて居るのが見えた。
どうやら、年少組の従事者が鬼になってるらしい。
その子らが、二人の隠れて居る方へと足を向け、また別の方へと足を向けては探し回っているようだった。
そして鬼が離れていくのを確認して、未遊夢たちがまた別の所へと隠れ場所を探している。
そんな光景を見て、本当に楽しそうに遊ぶ子達だなと、心が和んでいった。
部屋に戻ると、再びベッドに横になり、小さく溜息を吐いた。
皆が想い想いに過ごしていて、私も、歩き回った分だけ気分が少しだけスッキリしたような感じがして。
雨は未だに、時折窓を叩くように、しとしとと降り続いている。
こんな日も、たまにはいいかなって、そう思っていた。
けれど、きっと本当は、もう運命の歯車は廻っていたのかも知れない。
降りしきる雨の中。
森の中から、館の様子を窺う者の姿があった。
黒いローブに身を包み、全身を濡らしながらも、館の様子を見つめていた。
館の中で、楽しそうに遊んでいる子供たちの姿を、無言のままみつめ、そしてある部屋の窓を見つめていた。
そこは、住人の住む3階のある一部屋で。
暫くその部屋の窓を見つめてから、その者は森の中へと姿を消していく。
同時刻。
仮宥愛は窓辺に寄りかかり、腕を組みながらその様子を窺っていた。
そこに、薬の調合を終えたのか、結翔が部屋に入ってきて。
無言のまま、仮宥愛のそばによると、同じように、窓の外を見つめていた。
そう、きっとこんな風に。
雨が全てを洗い流すように。
その変化は、既に訪れていたのだろう。
何も知らない、私を取り残すようにして…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます