vision:Ⅴ 夢見鳥の館~不思議な住人達~

不思議な世界で、不思議な人たちとの出会い。

それもまた、運命に記された一つの定めだとするなら。


少女が奏でる音色に懐かしさを感じるのも、やはり運命なのだろうか?


それが何を意味するのか、未だ分からないまま。


――――――――――――――――――――


運んでもらった夕食を食べて、用意してくれた寝衣に着替え、ベッドに横になっていると、しらずしらずのうちに眠ってしまっていた。

そんな私の様子を、部屋の扉から、小さな目がじっと見つめていたことに、気付かなかった。

その目は、二人分。

そして何やらひそひそと、話す声がしていた。


「う~、新しい人…?」

「さあ…?知らない。でも、仮宥愛が連れてきたってことは…、そうなんだろうね」

「だろうね」


興味津々というように、その二つの小さな目はキラキラと輝いていた。

そんなやりとりがあったことなど、何も知らずに、私は朝方までぐっすり眠っていた。


翌日。

部屋の扉をノックする音と、仮宥愛の声に重い瞼を開けた。

私は急いで着替えて髪もセットし、準備が整ってから扉を開けた。


「おはようございます、千紗都さん。昨夜はよく眠れましたか?」

「おかげさまで、ゆっくり休めました」

「それは良かった。昨日はあまり時間が取れなかったので、今日はとりあえず、館の中を案内しようと思うのですが、よろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」


こんなに広い館の中だ。

たくさん部屋があるし、案内されないと本当に迷いそうだと思い、私は快く返事をした。


その前にまず朝食を運んでもらい、軽く食べてから、エントランスホールに来た。


「まずは入ってすぐ右側に、治療を目的とする医務室があります。きのう、結翔が入っていった場所ですね。その隣に重病者が横になれる為のベッドルームがあります。階段中央の真下は、厨房になってます。食事をしたい時は、料理担当の者がいますので、そちらに伝えてください。その隣が、設備などがあるメンテナンスルームになっていて、一番左側の部屋は応接間になってます。本来ならば、こちらにお客様をお通しするのですが、昨日は話もありましたので、私の部屋に来てもらいました。」


そう言って、1階にある部屋を案内し終えると、2階へ上がった。




「2階は主に従事者達の部屋になっています。私の部屋も、昨日案内したので分かったかと思いますが、一番奥にあります。そして3階が住居者達の部屋になってます。千紗都さんの部屋もそうですね。此処までで、分からないことはありますか?」


そう言われて、とりあえずは特にないので「大丈夫です」と応えると、仮宥愛は微笑んで、説明を続けた。


「今、この館には、貴方を含めて6名ほど共に生活してます。時間が合えば顔を合わせると思うので、その時に挨拶しておきましょうね。ただ、中には性格的に難しい方も居ますので、その辺はご理解下さいね」

「…分かりました」


他にも人が居るのは分かったが、全然先ほどから会わないのはその所為か、と思ってみたが、他人の性格は十人十色。

いろんな性格の人がいるので、一概には言えないが、今は皆、部屋に居るのだろうと、勝手に思っていた。


一通り館の中を案内してもらって、私に宛がわれた部屋へ戻ると、準備していたのか、メイドさんがすぐにお茶を持ってきてくれた。

仮宥愛がお茶を受け取り、メイドさんが下がると、私の分のお茶を渡してくれた。


「疲れたでしょう?少し休んでから、また話を聞きますね」

「はい、ありがとうございます…。お茶、いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


一口飲んで、ほっと息を吐いた時だった。

扉の方から何やら小さな声が聞こえた気がして。

ふと、扉の方に目を向けると、少しだけ開いていて、その隙間から小さな目が覗いているのが見えて。

私は思わず、ティーカップを落としそうになり、慌てて持ち直すと、仮宥愛が気付き「どうかしましたか?」と声を掛けられた。


「あの…。扉の向こうに、誰かが覗き込んで居るみたいなんですけど…」

「ああ、そう言う事でしたか」


そう言って、仮宥愛は扉の方へと近付いていき、声を掛けた。


「お二人とも、出ていらっしゃい。もうバレていますよ?」


その言葉に、少し経ってからゆっくりと扉が開かれ、その先に同じ容姿をした子供が二人、こちらを不安そうな目で見つめていた。

ずいぶんと小さな子供のようだが、先ほど聞いたこの館の住人だろう。

見た目が同じなので、双子だろうか?

などと、考えていると、仮宥愛は二人の目線に合わせるように座り、話しかけていた。




「またお二人でお散歩ですか?歩き回るのはいいですけど、下手に探検ごっこはダメって言っているでしょう」

「だって、新しい人が来たって、お姉さん達が話しているのを聞いたら、見てみたくて、つい…。ごめんなさい」

「う~…ごめんなさい」

「仕方のない子達ですね。でも、丁度いいでしょう。紹介しますからお入りなさい。よろしいですか?千紗都さん」

「あ…、大丈夫ですよ。どうぞ」

「ありがとうございます」


仮宥愛が促すと、二人は恐る恐る部屋の中へと入っていった。

改めて見ると、やはり随分と幼く、まだ幼稚園児くらいだろうか?

可愛らしい双子だった。


「では改めて。兄の未遊夢(みゆむ)と、妹の未幸姫(みゆき)と言います。二人は見ての通り双子の兄妹です。そして、こちらは千紗都さん。昨日こちらに来たばかりなので、まだまだわからないこともあると思います。いろいろ教えて上げてくださいね」

「は~い!」

「…あい」

「ふふ、よろしくね」


元気良く返事をする未遊夢と、小さな声で返事をする未幸姫。

そんな正反対な二人が一緒に行動しているのが可愛くて、思わずほっこりしてしまう。

まるで弟と妹が一気に出来たような、むず痒い気持ちと、その反面、羨ましいという気持ちが入り交じっていた。


(私にも姉がいるけれど、………)


そう思って、すぐにその思考を掻き消した。

今はそんなコトを考えたって、どうしようも無い。

そう気持ちを切り替えて、二人に視線を合わせて、改めて挨拶をした。


「初めまして。二人は今、幾つかな?」

「5歳だよ!でもね、僕、もう自分の名前書けるんだ!時計も読めるし、何だって出来るんだよ!」

「すごい!しっかりしてるんだね」

「へへーん!僕、お兄ちゃんだもんね!未幸姫は僕が守るんだ!」

「お、偉いね!妹思いのお兄ちゃん、カッコイイ!」

「う~!かっこいい!」

「ふふ。未幸姫ちゃんも、優しいお兄ちゃんが大好きなんだね」

「う~!」





どうやら未幸姫は「う~」というのが口癖のようだ。

舌っ足らずで、言葉数は少ないが、表情がコロコロ変わるので、見ていて飽きが来ない。


二人を見ていると、本当に気持ちが和らいでくる。

そこへ、仮宥愛が声を掛け、二人にも甘いホットココアを用意した。


「この子達は、元気だけが取り柄ですからね。いつもこうして散歩と称していろいろと探索しているみたいですよ」

「探索じゃなくて、冒険と言って欲しいな」

「はいはい。では冒険の果てに、何を目指しているのですか?」

「ふふ~ん、それは秘密!言ったら楽しみがなくなっちゃうじゃん」

「それもそうですね」


ホットココア飲みながら、未遊夢はあーだこーだと仮宥愛にちょっかいを出している一方で、未幸姫は大人しくホットココアを飲んでいる。

本当に全く正反対の二人だ。

仮宥愛もなんだかんだ言いながらも、相手をして、大変だなと思っていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。


「…?」


ふいに音のする方へと顔を向けると、仮宥愛がそれに気付き、優しく微笑みながら話しかけてきた。


「ピアノの音が気になりますか?」

「え?あ…、はい。誰が弾いてるんだろうって。もしかして他の住人の方ですか?」

「ええ、彼女はいつも目が覚めると、ああしてピアノを良く弾いているのです。何なら挨拶に行きますか?」

「…良いんですか?」

「構いませんよ。少しでも早く皆さんと仲良くしていただけるなら、こちらも光栄ですので」

「あ、じゃあ未幸姫も一緒に行ってこいよ。良いかな?」

「もちろん、では未幸姫さんも一緒に行きましょうか」

「う~、行く!」


そう言い、仮宥愛はピアノの音の主に部屋へと、案内してくれた。

コンコンッと扉を叩くと、ピアノの音がぴたりと止まり、誰かが扉に近付いてくる気配があった。

そして部屋の中から、一人の少女が出てきて、仮宥愛が「おはようございます」と挨拶すると、少女はぺこりと頭を下げ、小さな声で「おはようございます」と返事をした。

微かではあったが、聞こえた声は透き通るような、綺麗な声だった。






そして私の存在に気付いた少女は、また頭をぺこりと下げた。


「初めまして…。新しい住人の方、ですか?」

「あ、はい。初めまして。昨日来たばかりの、千紗都です」

「千紗都さん…。私は奏音(かのん)と言います」

「奏音ちゃん…。あ、ちゃん付けで大丈夫だったかな?」

「構いません」

「ありがとう、これからよろしくね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


そう挨拶を交わし、部屋の中をちらっと見ると、中央にグランドピアノが置いてあるのが見えた。

先ほど弾いていたのはこのピアノの音色だろう。

それにしても、部屋の中にこんな大きなピアノを置くくらい、好きなのだろうか?

そう考えてると、未幸姫が奏音の服を引っ張って、話しかけた。


「う~、いつものヤツ、また聴かせて?」

「うん、いいよ。もし良かったら、お二人も入りますか?」

「え?じゃあ…お邪魔じゃ無いなら、良いかな?」


仮宥愛に視線を向けると、にっこりと笑って「構いませんよ?」と返事をしたので、一緒に部屋の中へと入らせてもらった。


奏音の部屋の中は広く、ピアノの他にも、フルートやバイオリンなどの楽器もあった。

まるで何処かの小さなホールに来たような雰囲気に圧倒されて、私は思わず息を呑んだ。


「奏音さんは、元々音楽家の一系で、皆さんいろんな楽器を演奏出来るようですよ?奏音さん自身も、主にはピアノを弾いてはいますが、それ以外にも、ここに置いてある楽器はすべて弾けるそうです。素晴らしい音楽家のお嬢様ですよね」

「………すごい」


こんな子が何故此処にいるのか、疑問に思ったが、国に蔓延する状況からして、理由はあまり聞かない方が良いのかも知れない。

もし気を悪くさせてしまったらと思うと、ヘタにそんなことは聞けない。

そうこうしている間にも、奏音は未幸姫を連れてピアノの前に立ち、椅子に腰掛けると、徐にピアノを弾き始めた。


♩♩♪~♪~♩♪~


キレイな旋律が、奏音の指から奏でられていく。

そして奏音は、ピアノの伴奏に合わせて、ある歌を歌い始めた。


♪~♫~♪


それは、とある物語を詠った歌で。

聞いたことの無いその歌に、私はいつしか惹き込まれていった。




(何だろう?この気持ちは…。何故か…懐かしい…?)


奏音が歌う歌は、初めて聞いたはずなのに、何故か私は、懐かしさを感じていた。

もしかしたら、こうして誰かの歌を聞くことが、前にもあったような…?

奏音の詠う歌は、今初めて聞いたモノであって、歌そのモノには違和感は抱かない。

それでも、こうして誰かが詠っているのを聞くこと自体、何処かで覚えているような感覚に襲われていた。


「千紗都さん、大丈夫ですか?」

「…え?」


不意に仮宥愛に声を掛けられて、はっと我に返ると、皆が心配そうな顔で私を見つめていた。

いつの間にか奏音も、ピアノの演奏を止めて、心配そうな表情でこちらを見つめている。

どうしたのだろう、と、その刹那。


つーっと、私の頬に伝う涙を感じて。


(え…?私、泣いてる…?)


気付けば、私は、何故か涙を流していた。

咄嗟に涙を拭うが、後から後から溢れてくる涙に、戸惑って。


「あれ…?何でだろう…、私…どうしてかな…?」


無理矢理笑おうとしても、涙は止まること無く溢れて。

まるで涙腺が壊れたかのような感覚に、私はなす術が無かった。


「千紗都さん。もしかして、私の歌を聞いて何か感じましたか?」


不意に、奏音が声を掛け、首をかしげて問い掛けた。

私は、先ほど感じた想いを告げると、奏音は「…やっぱり、そうだったんだ」と納得したようだった。


「何か、心当たりがあるのですか?奏音さん」

「もしかしたら…、千紗都さんは異界から来た者ですか?」

「異界…?」

「ええ、此処とは違う、もう一つの世界が存在すると聞いたことがあります。もしかしたら、千紗都さんは、そのもう一つの世界から来たのでは無いですか?」


奏音の質問に、私は驚き、そして仮宥愛もまた驚いたような表情を見せた。





奏音にはまだ、私が別の世界から来たことは話していない。

ではなぜ、そのことがわかったのだろうか?

不思議に思っていると、奏音はその答えを話し始めた。


「先ほどの歌は、私たちの家系で歌い継がれている、異界の世界の物語を詠った歌なのです。伝承、ともいいますでしょうか?他にもいろいろな歌があるのですが、どれも同じように、物語を描いた歌なのです。だから、もしかしたら千紗都さんには、この歌に込められた意味が、分かるのかもしれません」

「…なるほど。異界世界の物語の歌、ですか。確かに、千紗都さんはこの世界の住人ではありません。異界の地より迷いこんだ方です。それにしても、奏音さんの家系で、そのような歌が歌い継がれていたのは初耳ですね」

「すみません。あまり人に話せるようなことでは無いと言われてましたので」

「いえ、構いません。内容からして、簡単に話せるようなことでは無いですからね。それにしても、千紗都さん。先ほどの歌を聞いて、何を感じたのですか?」

「…えっと………」


どう説明すれば良いのだろう?

ただ、何処か懐かしい感じがしたことだけはわかるが、それだけでは涙を流すほどではないはず。

他にも、何か理由はあるのだろうとは思うが、私自身考えてみても見当が付かない。

そのことを告げると、奏音は何かを考える様な仕草をして。


「もしかしたら…この歌も、何か感じますか?」


そう言うや否や、奏音は再びピアノの前に座り、別の曲を弾き、歌い始めた。


♪~♬~♪


その歌は、先ほどとは変わって、何かを示した歌だった。

その歌を聞いて、確かに私は、言いようのないような感覚に囚われて。

何故か、胸が苦しくなるほどに、懐かしいような。

そんな感覚だった。


「千紗都さん、どうですか?」


1コーラス分だけを歌ってくれたのか、途中で演奏を止めて、奏音が問い掛ける。

私は、そっと目を閉じて、気持ちを落ち着かせてから、感じたことを告げた。





「うん…。確かに、この歌も知ってる気がする…、どうしてかは、わからないけれど。でも、奏音ちゃんの歌を聞いてると、何処か懐かしい感じに包まれるんだ」

「懐かしい感じ、ですか?」

「はい。なぜ、そう感じるかはわかりませんが………」


その言葉に、仮宥愛もまた、何かを考えるような仕草をして。

3人とも、神妙な表情を浮かべていた。


そんな中、一人だけ取り残されたかのように、未幸姫がキョロキョロと皆の表情を窺っていて。

それに気付いた私は、未幸姫に向き直って謝った。


「ごめんね、急に変なこと言い出して。未幸姫ちゃんには、ちょっと難しかったよね?」

「う~…」

「本当に、ごめんね?じゃあ、もう一度、さっきの歌、歌ってもらおうか?」

「う~。でも、千紗都お姉ちゃん大丈夫?」

「私はもう大丈夫だから、ね?良いかな、奏音ちゃん」

「千紗都さんさえ良ければ、大丈夫ですよ。本当にもう良いのですか?」

「うん、さっきは本当にごめんなさい。じゃあ、もう一度聞かせてもらえるかな?」

「わかりました。では、もう一度歌いますね」


そう言って、奏音は先ほどの旋律をもう一度奏で始めて。

今度は、最後まで歌を聞くことが出来たけど、やっぱり私には、言いようのない感覚が襲っていて。

これがいったい何を意味するのかは、まだ私には分からなかった。


「では、そろそろお昼になりますので、昼食の方を用意させますね?ついでに、お寝坊さんを一人、起こしに行かなくてはなりませんね」


仮宥愛はそう言って、使用人を呼ぶベルを鳴らして、昼食の用意をするように告げると、そのまま部屋から出て行った。

ふと、そう言えば今日はまだ結翔の姿を見ていないことを思い出して。


「もしかしてお寝坊さんって、結翔のこと?」

「うん。結翔君、朝が弱いみたいだから、いつも仮宥愛さんが起こしてあげてるの」

「そうなんだ…。でも、昨日も結構疲れてたみたいだし、仕方ないのかな?」

「う~、結翔お兄ちゃんの部屋、行く?」

「え?良いの?」

「う~!」


そう未幸姫が返事をして、奏音に「じゃあ、またね」と挨拶をして別れ、結翔の部屋へと案内してもらった。

部屋の前に付くと、未幸姫は小さな腕を精一杯伸ばして、ドアノブを握ると、そのまま中へ入っていった。




「未幸姫ちゃん!ちょっと待って…」


一応、ノックをした方が良いのでは、と思っている傍から、未幸姫は既に結翔の部屋の中に入って行ってしまって。

慌てて私も一度扉をノックし「お邪魔します」と声を掛けてから、部屋の中へと入っていった。


「おやおや、お二人もいらしたのですか?」

「すみません、未幸姫ちゃんが、結翔の部屋を案内してくれるって言ったので」

「ふふ、構いませんよ。ちょうど今、起きたみたいですから。ほら結翔、皆さんお待ちですよ?」

「………」


そう言って、仮宥愛は結翔に向かって声を掛けた。

私はそっと、仮宥愛の傍に寄って、様子を見ていたが…。


「え…。うそ。結翔って………髪、長いの?」


咄嗟に、私は思ったことを、そのまま口にしてしまった。

その声に、仮宥愛は一瞬だけきょとんとして次の瞬間に吹き出し、結翔は一気に目が覚めたのか、はっとして、シーツを頭から被っていた。


「ふふふ、そう言えば、千紗都さんは結翔の素顔をあまり見てませんでしたね?確かに、結翔は髪が長いので、いつもは結っているのですよ。フードも被っているので、よくわからなかったかも知れませんね」

「そう、だったんだ…。ビックリした。でも、さらさらで綺麗な髪、羨ましい…」


思わず、本音が出てしまったが、結翔は恥ずかしいのか、一向にシーツを被ったまま顔を出そうとしない。

それを見かねて、仮宥愛がシーツを剥ぎ取ると、「さあ、早く仕度なさい」と声を掛け、結翔は渋々、ベッドから立ち上がり、洗面台の前に立って、顔を洗っていた。


結翔が仕度をしている間、私と未幸姫は一度部屋の外に出て待っていて、暫くしてから仮宥愛が声を掛けた。


「お待たせしました。仕度が調ったようですので、今日は皆さん一緒に食事としましょう」

「う~!みんな、一緒!!」

「ふふ。では、未遊夢も呼んできてもらえますか?未幸姫さん」

「う~!」


そう言い、未幸姫は元気良く返事をすると、また勢いよく飛び出していった。


(相変わらず、元気良いな…)





やはり小さい子はパワーがある。

それも、小さい子ならではの特徴でもあるのだろう。

そう考えていると、ようやく結翔が部屋から出てきて。

「おはよう」と声を掛けると、先ほどのことがまだ恥ずかしいのか、ふいっとそっぽを向きながら「おはようございます」と返事を返した。

相変わらず表情は無いが、先ほど少しだけ、寝ぼけた顔が見られただけでも良い方なのだろう。


そんなこんなで、皆で応接間に集まり、昼食を摂ることになった。


(あれ…?そう言えば、此処には私を含めて6人いるって言ってたけど…?)


集まったメンバーの顔を見て、一人足りないことに気付いた。

しかし、同時に朝言われたことを思い出して。


『中には性格的に難しい方も居ますので、その辺はご理解下さいね』


仮宥愛がそう言っていたので、恐らく、残りの一人がそうなのだろうと思った。

それでも、改めて皆の様子を窺うと、すごく仲の良い子達だなと思った。


一番年下の未遊夢と未幸姫、二人の面倒を見ている奏音と、まだ眠いのかぼんやりしている結翔に、皆の分の珈琲を入れている仮宥愛。


これから、暫くこの子達と一緒の生活が始まる。

僅かながら、胸が高揚しているのがわかる。

こんな風に、誰かと一緒に過ごす時間は、久しぶりだった。

そんな懐かしさもあって、私は、何処かむず痒い気持ちもあって。

用意された昼食を一緒に食べて、笑って、おしゃべりして。


大丈夫。

此処で上手くやっていける。


心の中で、静かに、そう思った。


そんな中、ある部屋に一人の少女が佇んでいる。

肩で荒い息をし、散らばった部屋の中を見て、声にならない叫びを上げて。

そして頭を抱えながら、その場に座り込み、「違う、…違う!」と吐き捨てるように、繰り返し呟いていた。

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