vision:Ⅳ エクレシア~もう一つの現実世界~

不思議な力を持つ青年と少年。

二人に導かれるまま、辿り着いた場所。


そこに広がるのは、もうひとつの世界。

その世界を脅かす正体とは?


今、当たり前だと思っていた日常が、覆される。



――――――――――――――――――――


深く濃い霧の中。

仮宥愛は私がはぐれないように手を繋ぎ、歩調を合わせてくれている。

結翔は先になって歩いている。

まるで道がわかっているかのように、霧の中を迷わずに進んでいる。


―――本当に、付いていっても大丈夫なのだろうか?


今更ながら、不安になってきた。

けれど、戻るにしろ進むにしろ、道案内がいなければこの霧の中を彷徨うことになるのは目に見えて分かっていたので、私は導かれるがままに歩き続けた。

途中、何故か結翔が眠そうに目を擦ったりふらついたりしていたが、仮宥愛は休むことなく、先へと急いだ。


「大丈夫ですか、千紗都さん。疲れてませんか?」

「…あ、大丈夫です。…お気遣いなく……」

「もし何かあったら、すぐに言ってくださいね?もう少しすれば着きますから」


そう声を掛けられて、咄嗟に返事はしたものの、結構歩き続けていて少しだけ足の裏が痛くなってきた。

でも、こんな所でワガママなんて言ってられないので、自分自身に言い聞かせるように、大丈夫、大丈夫と思い込んでいた。


やがて霧がうっすらと晴れてきて、ようやく出口が見えてきたようだった。

そして霧が晴れると同時に、眩い光に包まれて、目を瞑った。

再び目を開けてみると、そこには森の中にしては大きく拓けた場所があり、周りを湖で囲まれ、その中央に教会らしき建物があった。

その奥には、ずいぶんと古めかしい洋館も建っていた。

教会も洋館も、月の光を受けてキラキラと輝いて見える。

まるで幻想的な世界へやってきたような感じに、私は、息を呑んだ。


「さあ、着きましたよ。この先が我々の居住区『教会のエリア』です」

「すごい…」


そう呟き、近付いて見上げれば、何とも大きな洋館だった。

まるで何処かの国のお城みたいな場所に住んでいるなんて、何処の貴族様だと思いつつ、その入り口に辿り着いた


「ようこそ、『教会のエリア』へ。そしてこの館が、私たちの居住空間『夢見鳥の館・Lorelei(ローレライ)』です。」


そう言うや否や、仮宥愛は徐に入り口の扉に備え付けられた呼び出し用の金具を叩いた。

すると暫くしてから人の気配がして、扉が開いた。




「お帰りなさいませ」


中から出てきた人の姿を見て、私は一瞬、違和感を抱いた。

その理由は…出てきたメイドさんの顔に、仮面が付けられていたからだった。

しかし、仮宥愛はそのことを気にする素振りもなく、普通に挨拶をして中に入っていく。


「うん、ただいま。また一人増えたから、部屋の準備よろしく」

「かしこまりました」

「あと、結翔にいつものヤツ、渡しておいて」

「はい。では結翔様、こちらへお願いいたします」

「………」


結翔はふらつきながらも、相変わらず無言のまま、メイドさんの後に続いて別室へと入っていく。

―――大丈夫なのだろうか?と結翔を心配してみていると、仮宥愛に呼びかけられた。


「すみません、千紗都さん。部屋の準備ができるまで、私の部屋に来てもらえますか?」

「…あ、はい………。お邪魔します……」


呼ばれて恐る恐る館の中へと足を踏み入れる。

外観は古めかしかったが、内装はキレイに手入れが行き届いていて、足下の絨毯もふかふかだ。

まるで高級ホテルにでも来たかのような感覚に、アタフタしていると、再び仮宥愛に呼ばれて、慌てて後を追った。


「こちらが私の部屋です。少し散らかってますが、どうぞお入りください」

「…失礼します………」


そう言われて、さっと部屋の中を見渡すと、机の上に本が乱雑に置かれていて、何枚かの書類が置かれている以外、そこまで散らかった感じはしなかった。

それでも、どことなく落ち着いた雰囲気があって、居心地の良い部屋だった。

壁際にはずらりと本棚が置かれていて、そのほとんどが聖書関連の教本だった。


するといつの間に用意したのか、コーヒーカップを二つ持って、仮宥愛は窓際のテーブルに置いていた。


「どうぞ、腰を掛けて休んでください。急にいろいろあって、あまり休めなかったでしょう?コーヒーを入れたので、一緒に飲みましょう」

「あ、ありがとうございます……」


なんだか仮宥愛のペースに流されている気もするが、本当にいろいろありすぎて、頭がついて行っていないのも事実。

とりあえず、私は言われたとおりソファーに腰を掛け、コーヒーカップを一つ受け取り、口を付け、ほっと一息吐いた。




一息吐いたところで、仮宥愛は頃合いを見て、また丁寧に説明を始めた。


「ええと、何処まで話しましたっけ……そうそう、エリアについて話していた途中でしたね。先ほど居た『残骸のエリア』と、この場所『教会のエリア』の他にも、エリアが或るのは言いましたね?」

「…はい」

「では、そのほかのエリアについて、簡単に説明しますね。ただその前に、この世界についての現状を説明しなければ成りません」

「この世界の、現状…?」


仮宥愛はそっと目を閉じて、やや影を落とすように目を開くと、コーヒーを一口、口に含んでから、再び説明し始めた。


「この世界は、あなたの居た世界からすると、鏡合わせのようなものなのです。全てが反転した世界、とも云うべきでしょうか?つまりは、あなたの居た世界での常識が通用せず、非常識と言われていたものが常識になっている、と、そんな感じです」

「………常識と非常識が、反転…?」

「簡単に言うと、こちらので世界では、私たちのように精霊の力を持つ者がいます。あなたの居た世界で言う、超能力者、と言ったところでしょうか?それがごく普通に存在しているわけです。あなたも見たとおり、私は風の精霊、結翔は水の精霊の加護を受けて、力を使っているのですよ」

「……じゃあ、他にもその力持った人がいるってこと?」

「ええ、もちろん居ますよ。私たち風の精霊、水の精霊の他に、火の精霊、大地の精霊の力を持つ者がこの世界には存在します。細かく分類すると、他にもたくさんあるのですが、大まかな力はこの4つが主です」

「へぇ…。俗に言う、四大精霊って感じかな?」

「そうですね。そう捉えてもらって構いません。そして、それぞれに光属性と闇属性に別れて、光属性は浄化の効果を、闇属性は物体操作の効果を発揮します。割合的に光か闇、どちらかに偏ったりしますが、私はどちらかというと、闇属性の方が大きいです」

「光と闇、か…。両方思い通りに使える人もいるの?」

「居ますよ。結翔がまさにそうですね。光属性と闇属性、両方のバランスが取れてます。このようなタイプはあまり居ないので、貴重な存在でもあるのです。ただ、その所為でいろいろと弊害もありますが…」

「弊害?」

「対価、とでも云いますか。精霊の力を使役する者には、それに見合った犠牲が付いてくるのです。私の場合、この片方の目の視力が弱い程度ですが…」


そう言い、仮宥愛は髪で隠れて居る右目を手で覆い、悲しく笑った。

片目の視力が弱いことなど、仮宥愛の仕草から過敏も感じなかったが、言われてみれば、右側を見るときに、少しだけ反応が遅かった気もするような、と、改めて思い返していた。





「私は片目が犠牲になりますが、結翔の場合、ふたつの力を持ち得ている分、対価もそれ相応のモノになります。故に、結翔は力を使いすぎると、命の危険が伴ってしまうのです。なので、彼にはそれなりの力の抑制と言いますか。パワーバランスを抑える為の結界をその身に宿しているのです」。


私は耳を疑った。

しかしすぐに、先ほどの結翔の様子を思い出して、納得した。

霧の中を歩いているときも、この館に着いてからも、結翔はしきりに眠そうにしていたし、心なしか足取りもおぼつかないようだった。

それほど精霊の力を使っていたのだと知って、私は結翔が少し気になった。

それが顔に出ていたのか、仮宥愛は「大丈夫ですよ」と一言言って、笑みを浮かべた。


「結翔には結界の他に、滋養強壮剤も与えてるので、もう休んでいるはずです。心配はいりませんよ。あの子は強い子ですから」


と、優しい声で仮宥愛は笑った。

私は別室へ行った結翔を心配しつつ、話の続きも気になった。


「精霊の力については分かったけど、それが他のエリアとそう言う関係があるの?」

「そうですね…。あなたの世界にも、偏見や差別というモノがあるように、この世界にもそれは存在してます。それぞれのエリアでは、精霊の力を宿す者を神のように崇める人もいれば、逆に邪険に思う者、私利私欲の為に扱う者もいます。それ故、差別や偏見があるのも当然なのですが…。中には魔女に通じていると信じている者もいるのです」

「…魔女に、通じている?」

「ええ、本来魔女とは知識が豊富で、主に占い事を執り行う女性を指していましたが、とある一人の魔女により、その意味合いが変わってしまったのです」

「意味合いが変わったって?」


仮宥愛は再び目を閉じて、少し悲しそうな表情を浮かべ、机に置かれた書類の中から一枚の用紙を差し出した。


「簡単に言うと、その一人の魔女により、世界に厄災が降り注ぐようになりました。魔女は影を使役し、疫病さえももたらし、そして今も尚、この世界を恐怖に飲み込まんとし続けている。謂わば、この世界にとって最悪の存在なのです。詳しくはそちらに書かれていますので、目を通していただけますか?」


まるで何処かの御伽噺のような話に聞こえるが、先ほど自分が経験したことを思い返すと、それが現実に起こりえていることだと思い知った。

鏡合わせの世界・不気味な仮面を付けた化け者達・特別な力を持つ者・魔女という存在。

その全てが現実にあるものとして認識されようとしているが、未だに実感が湧かない。

それでも、私のいた世界で言う、部落差別というもののように、特定の人物に対する偏見があることは分かった。

そのうえで、沢に詳しい内容を知ろうと、私は仮宥愛から渡された用紙をみた。




そこにはこう記されていた。


『古より、神の加護を受け精霊の力を持つ者・NoirAnge(ノワールアンジェ)。

その力を欲しようとせん、悪しき者・闇の影。

その因果は嘗てこの地に厄災を招いた紅蓮の魔女によるモノである。


古来、精霊の力を宿し、尚且つその光と闇の属性を互いに使える者が居た。

しかしその力には制限が掛かり、光を放つ者は闇を消し去り、闇を纏う者は光を抑える。

その制限が魔女に知れ渡り、彼の者達は光の力を失い、闇の力に飲まれていった。

やがてこの地には光属性の使い手が激減し、魔女の呪いが猛威を奮った。


残された光属性の使い手達は、その力を駆使しても尚、魔女の呪いは払拭出来なかった。

さらに、魔女の呪いは拡大し、疫病となるほどにまで力を付け始めた。

呪いを受けた者達の皮膚は焼け爛れ、やがて死に至るも、死霊と成りて再び起き上がり、呪われし傀儡の印・servant(サーヴァント)の仮面を付け、闇の影と成りて徘徊した。


しかし、呪いを受けた後、NoirAngeにより浄化され、正気を取り戻しし者・sacrifice(サクリファイス)は、神に忠誠を誓う者のみ、神の加護により守られし場所・エクレシア内にて保護される。

また、sacrificeとなる幼き者のみ、教会内にある、神の加護を受けし家・夢見鳥の館、通称Lorelei(ローレライ)での生活が許される。

sacrificeとなるも神に忠誠を誓わぬ者は、再び呪いの力に飲み込まれた者にもう浄化は出来ず、あるのは死のみ。


世界に広がる闇の影に怯えながらも、勇敢に立ち向かうNoirAngeを神と崇める者もあり。

NoirAngeこそ、魔女の手先であると考える者もあり。

またその精霊の力を、私利私欲に使わんとslave(スレイヴ)として扱う者もあり。

故に世界は恐慌状態にあり。

よって、始まりの神子により、世界は5つのエリアに分岐され、惑わしの霧に覆われ、訪れる者を惑わし、NoirAnge以外の者は永遠に彷徨わせるという。


これが、このエクレシアにおける有様である』


「エクレシア…?」


ふと呟くと、仮宥愛は微笑みながら、「この世界の名前ですよ」と応えた。

しかし、エクレシアという言葉は、たしかラテン語で「教会」という意味だったような気が…と考えていると、仮宥愛はそれに気付いたのか、また微笑んで話してくれた。


「この教会のエリアは、元々この世界の中心部になっている場所なのです。故に、その意味を持つエクレシアというのが、この世界の名前なのです。あなたがいた世界も、私たちから言わせれば、『もうひとつの現実世界・エレアレム』と呼んでいます」

「エレアレム………もうひとつの現実……」





私のいた世界が、そう呼ばれていたことも驚きだが、何よりもまず、この世界の在り方がどういったモノなのか、大体は理解出来た。

それでもなお、まだまだ分からないことはたくさんある。


他のエリアのことも、まだ聞いていない。


でも、一度に聞いても、私自身理解が追いつかない可能性もあるけど、とにかく今は情報が欲しかった。

何も分からないでいるより、何かしら知っておいた方が役に立つこともある。

むしろ、知らなかったことでフリになることだってあることを、私は知っている。


(そう、あの時みたいに………)


不意に思い出される過去に出来事に、胸が締め付けられるような感覚があって。

私は少し顔を伏せて、大きく息を吐いた。


「どうかしましたか?」

「あ…。……ううん、何でもない、です」

「そうですか?急に苦しそうな顔をされたので、心配しました。何処か具合が悪いですか?もう少しすれば、部屋の方の準備ができるので、申し訳ないですが、もう暫く御待っててくれますか」

「…大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


そう言って、私は、。ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「あの、ここに来たとき、私を『また一人増えた』って言ってたけど、此処には他にも誰かいるの?」

「ああ、そうでしたね。先ほど渡した紙にも書いてありましたが、この家は神の加護を受けし場所。あなたの世界で言う、保護シェルターといった感じでしょうか。あなたと同年代くらいの、親を亡くした子供達を保護して、共同生活をしているのですよ。前はもっと人がいたのですが、成人したりして出ていった者もいます。なので、部屋はまだたくさんあるので、千紗都さんの部屋も用意させていただきました。」

「…保護シェルター、か。確かに、こんな世界で子供だけが生き残れるのは、こういう場所が必要だよね。ちなみに、子供以外にも、メイドさんとかも居たみたいだけど、あの人達は?」

「彼女らは此処に保護さて成人しても、身寄りが無い者がほとんどです。なので善意で居場所を与えて、その代わりに、館内の家事担当をしてもらっているのです。最初に出迎えてくれた人は、メイド長の胡蝶(こちょう)さん、主に子供達の面倒を見てくれている方です」

「へぇ…いわゆる、ボランティアみたいな?」

「そうですね。そう言った方が分かりやすいかもしれませんね」


仮宥愛が笑顔でそう言うと、部屋の扉がノックされて、返事をしたら、また仮面を被った別のメイドさんが現れた。




「失礼します。お部屋の用意が調いましたので、ご連絡に参りました」

「ああ、ありがとう。では千紗都さん、部屋の方へ案内しますので、来てもらえますか?」

「あ、はい。…お願いします」


そうして、メイドさんを先頭に。用意された部屋へと案内された。

中に入ると、本当に高級ホテルにでも来たかのような感じに圧倒されつつ、こんな部屋に過ごせるのかと思うと、胸が高まって思わず挙動不審になってしまう。

そんな私を見て、仮宥愛もメイドさんも優しく微笑んでいるように見えて、我に返ると赤面した。


「お気に召したようで、何よりです。もし何かあるときには、こちらにあるベルをならしてください」


そう言って、部屋の入り口付近に置かれたベルを指した。


「もうお疲れでしょう。今日はこれで休んで、続きは明日にしましょう。分からないことがあれば何でも聞いてください。後で夕食もご用意させておきますので、部屋に持ってこさせますね」

「…ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで休ませてもらいます」

「はい、ではお疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね」


そう言って、仮宥愛とメイドさんは揃って一礼してから部屋を出て行った。

パタンと扉が閉まったのを見て、疲れが出たのか、深く息を吐いた。


とりあえず、テーブルに鞄を置き、ふかふかのベッドに座り込んで、そのまま横になった。

今日一日で、いったいどれくらいの出来事があっただろうか。

思い返すと、本当にいろいろありすぎて、頭の中がパンクしそうだった。


いつものように、有希那と分かれた後、駅近くの森林公園に寄って、その帰り道で、この世界へ引きずり込まれて。

不気味な仮面を付けた亡霊・闇の影だっけ?に襲われて、精霊の力を宿した仮宥愛達に助けられて、今この場所に居る。

そう言えば、最初に出逢ったあの、七海とか言う女の子も、もしかしたら精霊の力を宿した者なのかも知れない。

それに、仮宥愛から聞いたこの世界のこと。


すべてを理解することは出来ないかも知れないけど、明日になれば、また何か分かるかも知れない。

そう思ってベッドに寝転がっていると、知らず知らずにうちに、私は疲れてそのまま眠ってしまっていた。


だから、気付かなかった。

部屋の中を覗く小さな目が、私のことを見ていたことに…。

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