vision:Ⅲ 迫りくる影~仮面を付けた亡霊~

相対する二人の少女。

そこに迫る二つの影。

彼らはいったい、何者なのか?


不可思議な世界の理に、少女は困惑していた。


けれど、それも定められた運命のカタチだとするならば。

すべてはもう、決まっているのかも知れない。


――――――――――――――――――――――


月明かりに照らされる二人の長く伸びた影。

互いの長い髪が、夜風に揺れ靡く。


「やっと見つけた…」


少女が囁く。

すっと手を差し出し、私が持つ小さな鏡を指さして叫ぶ。


「さあ、それを渡しなさい!」

「………」


私は訳が解らずに呆然としていたが、持っている鏡を見て、何か意味があるのかと思い、迷わずに「はい…」と手渡した。

すると少女は間の抜けたような表情を浮かべつつ、奪うように鏡を受け取ると、私に向き合い、疑問を口にする。


「ずいぶんあっさり渡すのね?」

「え、だって、あなたが探してたモノなんでしょう?だったら渡すに決まってるじゃない」

「………このお人好し。そんなだと、簡単に騙されても知らないから」

「………」


なぜ、初対面の少女に、そんなコトを言われなければならないのだろうか?

私は疑問符を頭の上に並べるかのように、首をかしげていると、少女は鏡を見つめて、なにやら調べている様子だった。


「………良かった、どうやら本物のようね。あなた、良く見つけてくれたわ。それにしても…あなた、もしかして異界の者かしら?」

「い、かい…?なにそれ?」

「何って、異界は異界でしょ。その服装からして、この世界に迷いこんだ者で間違いないでしょう?」

「っ!!なんで、分かるの?」

「なんでって、そりゃあなた………」


突然、少女は口を慎み、急に表情を変える。

何かを感じているかのように、周囲の気配を読み取っているかのように。

そして…。


「伏せて!」

「え…?」


言われるがままに身構えると、突然どこからともなく、轟音が聞こえてきて。

そして次の瞬間、大量の水が渦を巻いて、まるで生きているかのようにうねりながら向かってきた。



「!?」


咄嗟に両手で顔を覆い、体制を低くして身構えていたが、少女が手にしていた剣を盾のように翳すと、そこから真っ二つに分かれ、何とか直撃は逃れた。

割かれた水の渦は水蒸気となり、辺り一面にざーっと水滴が雨のように降り注いだ。


「ずいぶん手荒な登場じゃない。また私の邪魔をする気なの?」


少女がそう叫ぶと、強い風が巻き起こり、木々がざわついた。

そして、茂みの方からがさがさと音がすると、一人の影が現れた。

月明かりに照らされて浮かび上がったその姿は、先ほど森の中で化け物に襲われたときに現れた、あのローブを被った人物だった。


「相変わらず、アイツの配下に就いているのね。お人形さん」

「………」


どうやら二人は知り合いだったようで、でも、恐らく仲は悪いらしい。

少女が現れた人物を蔑むように冷たい言葉を吐き捨てるが、相手は何も反応していない。

まるで、少女が口にした「お人形」のように。


二人の間に緊張した空気が走る。

しかし、その状況は一瞬にして、崩れた。


「そこまでですよ、お二人とも」


また別の声が聞こえたかと思うと、再び強い風が巻き起こり、二人の間に吹き荒れていった。

そして、同じように茂みががさがさと揺れ、新たな人物が姿を現す。


「全く、先に行かないでくださいよ…」


と、なんとも気の抜けるような雰囲気で場を壊したのは、どこかの貴族かとも思えるような身なりに、前髪で片目を隠した顔立ちの良い青年だった。

その姿を確認すると、何故か少女は「ちっ」っと舌打ちし、顔を背けた。


「おやおや、ずいぶんとまた威勢の良いことで。それにしても、会うたびにこんなじゃ体力が持ちませんよ?」

「…煩いわね。さっさとそのお人形さん連れて、消えてくれないかしら」


腕を組み、苛立った様子で少女が少年に話しかける。

彼もまた少女の知り合いなのか?

訳が解らず、私は只状況を見守っているが、青年がふと私の方を向いて言った。


「そんなに邪険にしないでください。私たちはそちらの方に用があって来たのですから」

「…え?」



何故か青年は私の方を向いて、微笑んだ。

そして、ゆっくりと近付き、私の前に立つと、まるで紳士のような振る舞いでお辞儀をした。

わたしは、それに合わせるように、「…どうも」と返事をしたが、何故私に用があるのか、さっぱりわからなかった。

無意識に怪訝な表情を浮かべていた私に、青年は優しく微笑みかけ、「そんなに警戒しないでください」と親しみよく話しかけてきた。


「こんばんは。今宵は月がよく見え、キレイですね」

「………え?あ…はい………?」


急な展開に、頭が付いていかず、混乱している私をよそに、青年はさも親しい友人にでも話しかけるかのような口調で、言葉を紡ぐ。


「いろいろと混乱なさっているかと存じます。私で良ければ、何でもお答えいたしますので、何なりと申しつけくださいませ」

「…あ、はい………」

「ああ、失礼申し遅れました。私、この森の奥にある教会にて神父をしております、御堂仮宥愛(みどう かなめ)と申します。以後お見知りおきを」

「神父さん…?…えと、よろしくお願いします…。あ、私の名前は…」

「あなた様の名前は存じております。織笠千紗都様ですね。お待ちしておりました」

「え?!」


(何故、私の名前を知っているの?)

(『待っていた』とはどういう事?)


訳が解らずに混乱していると、少女が突然「ああ、もういじらしいわね!」と声をあげ叫んだ。


「ちょっと仮宥愛!あんたのその態度がいちいち気に障るのよ!用があるって言うのなら、さっさと言えばいいでしょう?!」

「おやおや、あなたに口を出されるとは思いませんでしたよ、七海(ななみ)さん」

「………ホント、むかつく」


七海と呼ばれた少女は、怒りの感情を露わに、腕を組み、顔を背けると、思い出したかのように、私の方へと向き直った。


「まあ良いわ、今回は報酬も得られたことだし、この辺で引き下がってあげる。あなたには感謝してるわ、千紗都」

「え…?別に、そう言われても…」

「とりあえず、わからないことはそこの神父様にでも聞くと良いわ。じゃあね」


そう言って七海は本当にその場を離れ、森の中へと消えていった。




私は呆然と、その後ろ姿を見送っていると、仮宥愛と名乗った青年が再び話しかけてくる。


「さて、我々も移動しましょうか。このままだと、また奴らに襲撃されかねないですからね」

「…奴ら…?」

「歩きながら説明いたします。さあ、参りましょう、千紗都さん」

「………」


そう言って、右手を差し出し、私の手を取ると、「こちらです」手を引かれて、私たちも歩き始めた。


僅かに月明かりが照らす獣道を通り抜け、手を引かれながら歩き、私はあたりをキョロキョロと見渡していた。

どこもかしこも同じような風景にしか見えないが、本当に、この森に教会なんてあるのか?第一、此処は一体どこなのか?先ほどの光景は一体何だったのか?奴らとは誰のことを言っているのか、と疑問がたくさん浮かび上がってくる。

すると、私の後ろを歩いていた少年が、ぼそっと小声で呟いた。


「教会…ある。…残滓の森。…守護精霊。…影……」

「………え?」

「………」


咄嗟に振り向くが、少年はまた無言のまま、ただ後ろを歩いてきているだけだった。

そんな私を見て、仮宥愛はクスクスと笑い、「わかりました」と呟くと、私の方を向き、説明を始めた。


「そうですね、何から説明しましょうか?」

「…あっ………えっと…」

「急に聞かれても、わかりませんよね?じゃあまずは、此処がどこなのか、そこから説明しましょうか」

「………お願いします…」


何故、急にそんなことが言えるのか?

さっぱりわからないままだったが、仮宥愛は何故か、私の考えていたことが、さも聞こえたかのような口ぶりで、話し始めた。


「では、説明しますね。此処はあなたが住んでいる世界と対になる世界、…パラレルワールドと言えば分かるでしょうか?つまり、あなたからすれば異世界になります。そして、この世界は、いくつかのエリアに分かれています。ちなみに、ちょうど今いるこの場所は『残滓の森』と呼ばれている『残骸のエリア』に当たるというわけです。此処までは大丈夫ですか?」

「………ええ。………なんとなく」

「大丈夫ですよ。一つずつ、答えていきますから」


そう言って、仮宥愛は説明を続けた。




「そして、今向かっている教会は、この森の奥にある『教会のエリア』と呼ばれる場所になります。

とは言え、私たちの住居区でもある場所なのですが…。まあ、行けばわかりますね」

「………へぇ」

「エリア同士との境には濃い霧が覆っていて、道を知っている者以外が迷いこむと、永遠に彷徨うことになるのです。なので、霧の中に入ったら、絶対に私から離れないでくださいね。出られなくなりますから」

「う…気をつけます」


と、いろいろ説明を受けながら歩いていると、後ろを歩いていた少年が急に駆け出して、すっと手を出して制止させる体制を取った。

何だろうと思って、思わず立ち止まると、仮宥愛が「賢明な判断です」と言い、私の手を離すと、「出来るだけ、離れないで居てくださいね?」と言った。

訳が解らず、私は言われたとおりに仮宥愛の傍に立っていると、茂みに方がガサガサと揺れて。

そこへ現れたモノは…先ほど襲ってきた化け物と同じ、不気味な仮面を付けた者達だった。


「!!」


すると、またあの時と同じように、突然強い風が吹き荒れて。

しかし、何故か私たちの周りには、まるで見えない何かに守られているかのように、防壁が作られていた。

一方、化け物達は吹き荒れる風に当たり、行く手を阻まれ、身動きが取れなくなっていた。

そして少年が、一歩前に踏み出すと、少年の体の周りに、大量の水が湧き上がり、覆っていく。

やがて、円を描くように一点に水が集まると、それは大きな鎌のカタチに成る。

少年がそれに手を伸ばすと、そこには本物の大きな鎌が現れて。

しっかりと大鎌を持つと、少年は吹き荒れる風を突き破って、化け物達目掛けて駆け出した。


『ぎゃあああっ!』


少年が大鎌を一振り撫でると、化け物達が次々に血しぶきを上げて倒れていく。

それはまるでアクション映画でも見ているかのような光景で。

少年は身軽に動き回りながら、化け物達を次々に倒していく。

そして最後の一人が倒されると、付いた返り血を凪ぐように、大鎌を振り払うと、やがて吹き荒れていた風も止み、静かな森の姿へと戻っていった。


(…何?今のは、一体………?!)


同様と驚きで、心臓がバクバクと鳴っている。

私は、目の前の光景が信じられずに、思わずその場に座り込んでしまった。




「大丈夫でしたか?千紗都さん。怪我はありませんか?」

「………大丈、夫…です」


放心している私に、声を掛ける仮宥愛。

一体、何がどうなっているのか?

訳が解らずに、また混乱していると、仮宥愛が再び手を差し伸べていて。


「立てますか?」

「…はい……」


仮宥愛の手を取り、ゆっくりと立ち上げると、少年は手にしていた大鎌をトンッと地に着けると、瞬く間に水の形なり、消えていった。

その光景を、呆然と見ている私に、仮宥愛はまた説明し始めた。


「今のは精霊の力です。私たちには、守護精霊と呼ぶモノの力を持っていて、精霊を使役し、先ほど襲ってきた影…ああ、私たちは『影』と呼んでますが、先ほどの化け物ですよ。それを駆除して居るのです。私は風を、そしてこの子・結翔(ゆいと)は水の精霊を使役しています」

「精霊の、力…?…風と水…って事は。さっきの風も?」

「ええ、アレは私の力です。私は基本的に防御系なので、攻撃は結翔に任せているのです。

先ほど見たとおりですが、結翔は身体能力が優れていて、とても身軽なのです。まさに、水のごとく、つかみ所が無い感じでね」

「…へぇ………」

「そして、もちろん浄化も忘れずに行っています。このままではこの森は、本当に残骸だらけになってしまいますからね。……では結翔、始めてください」


その言葉に応えるように、結翔と言う少年が頷き、化け物の亡骸の前に立つと、両腕を頭上へと伸ばすと、あんなに月が見えるほどに晴れていた空に雲が立ちこめ、ザッと雨が降ってきた。


『…嘆きの雨よ。この者達に、浄化の光を………』


結翔がそう囁くと、化け物の亡骸が光りの粒に包まれていき、やがて消えた。

と同時に、雨は止み、また月が顔を出してあたりを照らすと、そこには最初から何もなかったかのように、静かな森だけが広がっていた。


「お疲れ様です。さあ、では先を急ぎましょうか」


仮宥愛が結翔に労いの言葉を掛け、私に顔を向けると、「参りましょうか」と微笑んだ。


(……私、このままこの人達について行っていいのかな?)


さすがに不安を隠せずに、戸惑いながらも仮宥愛に手を引かれたまま、先へと向かいまた歩き出した。




やがて森を抜け、少し開けた場所へと出ると、其処は湖の畔だった。


(こんな場所に、湖なんてあったんだ…)


ぼんやりと湖を見ていると、仮宥愛は手を離し、結翔の方へとなにやら話をしていた。

何を話しているのかと、気になったが、すぐに結翔が行動に移った。


『霧の門番よ、我らを誘い賜え』


結翔が湖に向かって言霊を発すると、瞬く間に水面が霧に覆われていく。

そして、何故かそのまま湖の中へと入っていくのだった。


「えっ?ちょっと………!?」


私は目を疑った。

なぜなら、結翔が水面を歩いているのだ。

目を擦って、もう一度確認するが、やはり、結翔が水の上に浮かんでいる。


(………どうゆうこと?!)


驚いている私をよそに、仮宥愛も水面を歩き出し、また手を差し出していた。


「千紗都さん、大丈夫ですから。あなたも来てください」

「………」


本当に大丈夫なのだろうか?

恐る恐る、湖の中へと足を入れた…ハズだった。

けれど、何故か沈ますに、私も水面に浮かんでいる。


「………大、丈夫?」

「ええ、これも水の精霊使いの結翔の力です。この子がいるときは、こんなふうに出来るので、利便性が良いのですよ。ね?」

「………」


そう言って結翔に笑顔を向ける仮宥愛に対し、結翔は無言のまま先に霧の中へと向かっていく。


「……仕方ないですね。では千紗都さん、先ほど言いましたように、此処からは絶対にはぐれないでくださいね?」

「………はい。……わかりました」


しっかりと握られた手を掴んで、はぐれないように。

私たちは、目の前に広がる霧の中へ、足を踏み入れた。

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