vision:Ⅱ 朽ち果てた村 ~砂礫に埋まる人形~
それは、あの夢の続きなのか。
それとも、また別の夢を見ているのか。
気づいた時には、もう、その扉は開かれていたのだろう。
その舞台は、闇深き森の奥。
そして、そこで見つけたものは…。
――――――――――――――――――――――――
ほんの僅かに、月明かりに照らされた場所に、ゴツゴツとした大きな岩があった。
蔦に覆われ、その周りも長く伸びた雑草が生い茂り、所々には木の根が剥き出しになっていた。
辺り一面が鬱蒼と連なる木々に囲まれ、まるで樹海のようなその場所に、突如、炎が現れて―――。
その炎の中から、黒く蠢く影と共に、私はその大きな岩の脇へと弾きだされた。
渦を巻く様に強い風が吹き荒れて、その渦の中に掻き消される様に炎と影達の姿が小さくなって行く。
吹き荒ぶ風に目を瞑り、それが止むと共に、ゆっくりと目を開く。
「…ったぁ…。もう、なんなのいきなり…?」
先程自分のいた場所とは異なる場所に移動している事に気付き、辺りを見渡すが、どこを見ても同じような景色が続く深い森の中。
微かに、木々の合間から照らす月明かりだけが、その永遠と続く森を浮かび上がらせていた。
(…ここ…どこ…?)
(何で、こんな場所に…?)
見知らぬ森の中に一人、迷い込んでしまっていた自分に戸惑いを隠せず、不安に顔を歪めていると、近くの茂みの中で何かがカサカサと音を立てている事に気付いて…。
何だろう?と、不安なまま視線を向けると、その茂みの中から、ゆっくりと顔を出したのは―――。
「っ!?」
それは、血に塗れた亡霊のようで。
苦しみにもがき泣き叫ぶような、そんな不気味な仮面を付けた者達。
何者かに斬り付けられたか、赤黒い血が裂けた服から裾を伝い、歩くたびにボタボタッと血だまりを作っていた。
気付けば、いつの間にか周りを囲まれていて…。
涎を垂らしながら獲物を狙う獣がグルグルと喉を鳴らすように、彼らはジリジリと私に迫り、そして、一斉で襲い掛かってくる。
何とか隙を衝いて逃げ出した私は、勢いそのままに、仄暗い深い森の中へと駆け出した。
(なんなのよ、あれはっ!!!)
走りながら後ろを振り向くが、彼らは執拗に私を追いかけてきていて―――。
訳もわからぬまま、私は必死に走り続け、森の中を逃げ回っていた。
だが、元々そんなに体力のない私に、いつまでも逃げられるハズも無くて。
「っあ!!」
走り続けて疲れた足が縺れて、その場に転んでしまう。
すぐに起き上がるが、既に目の前に彼らが迫って来ていて、あっという間に追いつかれてしまう。
(もうダメ…このままじゃ、殺されるっ!!)
そう思った瞬間、突然何処からか強い風が吹き荒れて。
思わず目を瞑った直後に、「ぎゃあっ!」と悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
風が止むと同時に、恐る恐る目を開けると、そこには、信じられないような光景が拡がっていて…。
(なに…これ……っ!?)
そこには、血の海に浮かぶ、無数の死体があった…。
目の前には、鮮血に染まった大鎌のような刃が、月明かりを反射させていて。
全身を覆うような、黒く大きなローブを纏った謎の人物が立っていた。
ゆっくりと私の方へと振り返るが、フードを深く被っていて、顔を見る事は出来ない。
ただ頬に付いた返り血だけが、月明かりに照らされて。
そのままゆっくりとした動きで、屈みこみ、私に手を差し伸べてくる。
だが、その手も彼らの鮮血に染まっていて…。
「っいや…っ!?」
思わずその手を払うと…その人物は一瞬驚いたような仕草をして。
払われた手をそのままに、しばらく考える様に首をかしげていると、再びその手を私の方へと伸ばしてくる。
「っ!?」
(殺される…!?)
その恐怖に、私は目を瞑る。
伸ばされたその手は、私の頭にそっと乗せられて。
(えっ…?何…?)
その手に触れられた部分がほんのりと温かくなるような気がして、恐る恐る目を開けると、その人物は優しく頭を撫でていた。
ほんの僅かではあるが、スーッと不安だった気持ちが和らいでいくような、その感覚にどこか懐かしさもあって。
ただ呆然とその人物を見つめていると、私の頭を撫でていたその手が離れた。
「あなた、誰…?私、何処かであなたと会っている…?」
私が呟くと同時に、何処からともなく強い風がまたその場所に吹き荒れた。
吹き荒れる風に一瞬だけ目を瞑り、すぐにその場所へ目を向けるが、まるで風に掻き消されたかの様に、その人物は消え去っていた…。
(何…今の…?)
僅かに残った夜風が、血の匂いを漂わせて、私は目の前に倒れ伏す死体を見つめた。
(何なの、これ。)
(もう、わけわかんないよ…。)
淡い霧が立ち込める森の一画に、無残にも焼き払われた小さな村があった。
既に廃退し、人が住めるような場所でないにも拘らず、ゆらゆらと動く人影が、霧の中に紛れる様に徘徊している。
僅かに見えるその村を窺うように、一人の少女が茂みの中に身を潜め、その人影たちの動きを見つめている。
そして、その視線の先に捉えた或る物を見て、口元を緩め静かに哂った。
「…みつけた。」
そう呟くとまさに風の如く、少女は茂みの中から飛び出すと、その場所に向かって一気に駆け抜けていく。
徘徊していた人影たちは、その存在に気付くと、一斉に少女の行く手を阻むように、獣のような呻き声をあげながら襲い掛かる。
その姿はまるで血に塗れた様に赤黒く、まるで何かを泣き叫んでいるかのような、不気味な仮面を付けていた。
少女は足早に駆け抜けながら、その手にいつしか握っていた剣を薙ぐと、斬り付けられた者達は皆、炎に包まれていく。
「邪魔っ…皆、消えなさいっ!!」
「ぐあっぁぁぁっ」
夜風によって立ち込めていた霧が次第に晴れていき、月明かりが照らす中、次々に襲い掛かってくる彼らを、一人残らず倒して行く少女。
そしてまた一人、炎に包まれていき、少女の周りには、無数に倒れ伏す死体と、燻ぶる煙と共に立ち込める焼け焦げた死臭が漂っていた。
少女は先程見つけた物へと近付き手を伸ばす…が、顔を曇らせそのまま投げ飛ばす。
「…此れも、違う…っ。」
少女は苛立ちを露わにし、投げ捨てた物に刃を突き刺した。
カシャン…ッと軽い音をたてながら転がり落ちたそれも、また炎の中に包まれ、灰と成って夜風に舞い上がる。
もどかしさに歯を食いしばり、俯く少女。
その姿は、何処か泣いているようにも思えて…。
だが、実際に少女は涙を浮かべる事も無く、焼け残された残骸達を鋭く睨んでいた。
「―――っ!?」
ふと、或る気配に気付き、その視線を仄暗い森の奥深くの闇へと向ける。
その先にあるのは―――。
それから私は、しばらく深い森の中を彷徨い続けた。
さすがに、あんな場所にいつまでも居たくはなかったし、でも、どうすればこの森から出られるのか、此処が何処なのかもわからないままに歩き続けて。
次第に辺りは淡い霧に包まれていく。
その中に、ぼんやりと何かが在るのが見えて。
なんだろう?と、よく目を凝らして見ると、そこは、朽ち果てた小さな村のようだった。
(何…此処?こんな所に集落なんてあったんだ…。)
廃屋と化した家々は、かなりの年数が経っているのか、蔦や雑草に覆われている。
中には黒くすすけた所もあり、まるで、村全体が火の海に呑み込まれたことを物語っていた。
(全部、崩れ落ちている…。)
(焼き払われて、もうずいぶん経つのかな…?)
何気にその廃屋の壁に触れると、瞬く間に砂礫と化し、崩れ落ちていく。
舞い上がる砂埃に軽く咳込みながらも、その中へと、足を踏み入れた。
廃屋の中は外観同様、全てが煤焦げ、残された家具は砂塵まみれて、もう何年もの間、誰も踏み入った形跡が全くなかった。
それは、まるでこの場所が忘れ去られたかのように、村全体が閑散としていて、そんな寂しさを感じた。
人影など全くないその村に、なぜかまた、懐かしいような、切なくなるような感じがして…。
この場所へ、昔、来た事が在るような。
だが、そんな記憶は全く無くて、むしろ、今のこの場所が一体何処なのかすらわからない。
ほんの少し前まで、いつも通りに学校から帰り、親友の有希那と別れて、その駅近くに在る森林公園へ寄った。
そこで、自分を呼ぶ声が聞こえてきて…。
鏡の中から、昔の自分が現れて、この森の中へ引き込まれてしまって…。
(どうして、こんな場所へ?)
(此処は一体、何処なの?)
村の中を歩き回り、何度も廃屋の中を覗き込んだ。
特に意味はなくとも、何かこの場所が分かる手掛かりになるような物が無いか、不安な気持ちを抱えたまま、私は探し続けた。
けれど、何処を見ても廃屋の中は生活用品が散乱しているばかりで、私が動き回るたびに舞い上がる砂埃に、私自身も塗れていく。
途方に暮れ、次第に疲れから苛立っていって…。
「もう、なんで何もないのよっ!」
―――ドカッ―――
―――ザザァ―――
力任せに廃屋の壁を蹴り付けると、その振動で砂塵の山に埋もれていた何かが顔を出す。
何だろう?と、舞い上がる塵を吸い込まないように、制服の袖で口元を覆いながら近付いて見てみると…。
「…人形…?」
所々煤こけて汚れてしまってはいるものの、女の子の姿をした人形が、砂礫の中に埋まっていた。
(何でこんなのが此処に…?)
(でも、何だろう…この人形。私、何処かで見た事あるような…?)
似たような人形なんて、いくつでもある。
そう思いたいのに、なぜか私には、その人形だったから見覚えがあった気がして。
ゆっくりと腕を伸ばし、その人形を拾い上げた瞬間。
崩れ落ちていく砂礫と共に、私の脳裏に、ある映像が映し出された。
―――それは、燃え上がる焔に包まれた一つの小さな木。
その傍に、一人の少女が佇んでいる。
感情が全くない無表情な顔で、静かに燃え上がる火を見つめていて。
次第に視界すらも焔に包まれていく様に、全てが焼け焦げていった―――。
「っ!?」
―――その直後、突然人形が燃え出して。
灰と化した人形の残骸が、掌から崩れ落ちていく。
ふと、やけに焦げ臭さが鼻をつき、顔を上げると…。
「…嘘っなんでっ?!」
気付けば、目の前が焔に包まれていて。
慌てて外へと逃げ出すが、そこで私は再び信じられない光景に息を呑んだ。
先程まで何もなかったはずの村に、次々に火の手が上がり、一瞬にして燃え拡がっていた。
朽ちた家屋は簡単に燃えやすく、パキパキと音を立て、灼熱の風を巻き上げながら崩れ落ちていく。
崩れ落ちていく家屋をみつめ、呆然と立ち尽くしていると、ふいに私の後ろを誰かが横切った気がして。
振り返り、私は再び息を呑んだ。
(どうして…?だって、さっきまで誰もいなかったのにっ!?)
燃え上がる焔に包まれ、火の海と化した村の中で、たくさんの人々が逃げ回っていた―――。
パキパキと乾いた音を立てながら燃え拡がる焔。
泣き叫ぶ我が子を抱えながら逃げ回る母親。
「早く逃げろ!」と声を張り上げる男達。
崩れていく我が家を嘆く老人。
誰もが、迫りくる焔から逃れようと走った。
誰もが、逃げ遅れ犠牲となった者達を嘆いた。
訳が分からず立ち竦んでいると、子犬の泣き声が聞こえて。
その声が聞こえた方へ振り向くと、一人の男の子が柱に繋がれた子犬の紐を必死に解こうとしているのが見えた。
すぐ傍にまで火が迫って来ているにもかかわらず、少年はきつく結ばれた紐を解こうとしている。
「もうダメよっ!早く来なさいっ!!」
「やだっ!こいつも一緒に逃げるんだっ!!!」
「何言ってんだっ!もう諦めろっ!!!」
「嫌だっ!いやだぁあああっ!!!」
無理矢理父親に抱きかかえられ、少年は泣き叫びながら子犬に手を伸ばすが、父親が走り出した直後に焼け落ちた柱がその場に崩れてきて。
焔の中でキャンキャンと泣き叫ぶ子犬の声が、さらに崩れ落ちる轟音と巻き上がった煙に掻き消されていった。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
泣き叫び暴れる少年を必死に抱えて、走る父親。
その後から持ち出した家具を持った母親が追いかける
他の家でも、犠牲となった者達を嘆き、涙を流しながら走る者。
途中で力尽き、倒れ伏す親の傍で泣く子供。
我が子を、愛する者達を失う人々の悲痛な叫びが、響き渡っていた。
それはまるで、地獄絵図を見ているようだった…。
(何…これ?)
目の前の光景に、訳が解らず立ち尽くしていると、燃え上がる焔の中から、何者かの影が現れて。
その姿を確認した者達が、また悲鳴じみた声を上げる。
「お前は…!紅蓮の魔女だ!!皆、早く逃げろ!!!」
そう叫ぶや否や、影が手に持っている剣を振り下ろした瞬間―――。
「うわあぁぁぁぁぁ!」
瞬く間に人々は次々に炎に包まれて。
そして、その影は少しずつ私の方へと近付いてきた。
「っ!!」
まるで痺れるような感覚に、私は我に返り、急いでその場から離れようとするが、足が縺れて転んでしまう。
そうしている間にも、影は少しずつ少しずつ、さらに近付いていて。
その影は、全身に焔を纏い、手には黒く光る大きな剣を握っていた。
(―――殺されるっ!)
もうダメだと、目をつぶり身構えると、どこからともなく誰かの声が聞こえて。
『闇に染まりし影の幻影よ、我が剣の焔で闇を焼き尽くせ!』
その言葉と共に、目の前は一面、真っ赤な焔に包まれて。
恐る恐る目を開くと、そこは先ほど見た光景ではなく、ここへ来たときの朽ちた廃村の姿へと戻っていた。
―――一体何が起きたのか?
訳が解らず、私は周りを見渡すと、目の前に小さな鏡が砂に埋まっているのが見えた。
それは、先ほど私が触れた人形が砂に成って零れた場所。
恐る恐る手を伸ばし、そっと触れるが、今度は何も起こらず、その小さな鏡を手に取り、砂を払う。
すると、後ろから突然、先ほど聞こえた声がまたして。
「こんな所にあったのね、探す手間が省けて良かったわ。」
振り向くと、そこにはゴシック調の衣装に身を包んだ、一人の少女が立っていた。
少女は徐に手を差し出し、私が持っている小さな鏡を指さして言った。
「さあ、それを渡しなさい」
風に髪が靡き、その姿を確認するように、私と少女は対面した―――。
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