case.23

一葉達がそれぞれ別々の行動を起こし、それを外側から観測しながら絵を描く紅映。

まるで絡み合わないように思えるその関係性。

けれど、実際には幾重にも連なる螺旋を描いて、繋がっていた。

今は未だそのことに気づいてはいなくとも、いずれ全ては一つへと紡がれていく。


なぜならこの世界は、あらかじめ決められた運命を辿っているのだから。


描かれる未来に彼らは何を見出すのか?

それを見届けるために、紅映は描き続けた。



先ほど和也が紅映らしき人物を見たという場所は、校舎中央にある中庭への渡り廊下だった。

和也と由宇は急いで渡り廊下までやって来たが、既に其処には誰の姿も見えない。


「なぁ………本当に此処に紅映さんらしき人がいたのか?」

「ああ、確かこの辺りだったと思うんだけど………。何か痕跡でも残っていれば良かったんだけど、何にも無いな………」

「結局、また空振りかよ?はぁ………もう無理。これ以上探すの面倒くさくなってきたかも………」

「そんなこと言ったって、紅映さんに会わなきゃ此処から出る方法も何も分からないんだぞ?」

「でもさぁ、なんだかんだ歩き回って全部空振りばっかじゃん。もう嫌だぁ~これ以上歩きたくない~………」

「………流石に此処まで会えないとなると、かなり消耗戦だしな。そもそも、なんで紅映さんは俺たちと会おうとしてくれないんだろう?」

「知らな~い………。もう、どうでも良い~………」


脱力して座り込み、語尾の伸びた言い方で愚痴る由宇に、和也もまたその場に座り込み大きく溜息を吐いた。

普段は客観的に場の状況を見る和也も、流石にこの時ばかりは疲労が蓄積されていて、冷静な判断が出来なくなりかけていた。


「………はぁ、なんでこんな事になったんだろう………」

「紅映さんが”本物”を見つけろって言ったからだろ………?」

「それもそうだけど………。そもそも、この場所に飛ばされたのは由宇が不用意に空間の歪みに触れたからじゃなかったっけ?」

「………んだよ?俺が悪いのかよ………?そんなの、無意識だったんだから仕方ないだろ?」

「仕方ないで済んだら、こんな事にはならなかっただろう………?いつも皆を振り回すのだって、お前が騒ぐからだし」

「あぁ?!言いたいことあるならはっきり言えばいいだろ!第一、空間の歪みに気づいたのは俺じゃなくて、二葉ちゃんだろ!?なんで俺ばっかり悪者にされなきゃいけないんだよ!」

「二葉ちゃんは警告していただけだ。実際に行動したのはお前だろう」

「はいはい、分かりましたよ。俺が触れたのが原因でした。悪うございました~」

「………反省の色が見えんぞ」

「んだと!?」

「なんだよ、事実を言っているだけじゃないか」


二人は互いに無言で睨み合い、一触即発の状態。

知らず知らずに二人は疑心暗鬼に陥ってしまっていた。


そして二人は何も言葉を交わすこと無く、それぞれが別々の行動を取ることになったのだった。



同時刻、梨音と那音のペアは………。


ひたすら薄暗い通路を歩いている二人。

風を感じはするものの、一向に出口らしき目星が見えない。

本当に、この先に出口はあるのかと不安になってきた頃。


「あっ、あそこに扉がある!ようやく出口かしら………?」


やっとのことで出口らしき扉が見え、梨音は足早に扉に向かって駆け出す。

那音もその後を追いようやく扉の前に立つと、二人は顔を見合わせ頷いてから扉に手をかけた。


ギィ………っと錆びた音を立てて扉が開くと、その先は中庭に通じる渡り廊下だった。


「こんなところに出るなんて。この通路は一体何の意味が………って、あれ?」


振り返ると其処にはもう扉はなく、渡り廊下が続いているだけだった。

そしてその片隅に、人影が見えた。


「………由宇さん?こんな所で何しているんですか?」


そこにいたのは、由宇だった。

だが、同時に和也の姿が見えないことにも気付き尋ねると、「あんな奴のことなんか、知るか」という返事が返ってきた。

何かあったのかと思い、梨音と那音は顔を見合わせて肩をすくめると、由宇は座り込んだまま二人に話しかけた。


「そういや二人はどうしてここに?」

「探索しているときに隠し扉みたいなのを見つけて、そしたら此処に出たんです」

「ふ~ん………。でもさっき、普通に壁のとこから出てきたように見えたけど………」

「そうなんです。此処に出たら扉がもう無くなってて。一体何がどうなってるのか、もうわけが分からないです………」


話をしていて、ふと那音は由宇に元気がないのが気になった。

それと和也とペアで行動していたはずだったが、1人でいることから仲違いでもしたのか、と勝手に思った。


「それにしても、ここ外ってことになるのよね………」

「そうだと思うけど………それがどうかした?」

「前に此処に飛ばされたこと、覚えていない?確かあの時は外は一面血の海みたいになっていたじゃない?なのに、此処は何も無くて普通に外の景色だけど。それが気になって………」

「確かに、言われてみればそうだね。本当に、此処ってどういう所なんだろう?」


梨音と那音が互いに疑問を持ちかけている様子を、由宇は静かに見つめていて。

そんな静かな由宇に違和感を覚えた梨音は、流石に不気味に思い訝しげな表情で由宇に尋ねた。


「由宇さん、何か様子がいつもと違いますけど、何があったんですか?」

「………別に、何もないよ。ただちょっと、自棄になっているだけかな………」

「どうして、ですか?」

「………」


何も言いたくないのか、黙り込む由宇に梨音も那音も困惑し顔を見合わせて。


「とりあえず、此処にいても仕方ないので場所を変えませんか?」


那音が気を利かせてそう言うが、由宇は無言のまま目を瞑りふうっと大きく溜息を吐く。

そして、視線を少し下に向けたままこう呟いた。


「二人はさ、此処にまた飛ばされた時、どう思った………?」

「どうって………?別に、あぁまたかって思いましたけど。それがどうかしたんですか?」

「………嫌、何でもない。じゃあ移動するか」


そう言って立ち上がり、両腕をあげて身体を伸ばすと、由宇は徐に歩き始めた。

梨音と那音は一度顔を見合わせて、とりあえず由宇のあとを付いて歩いた。


その頃、和也はというと。


「ったく由宇の奴、何処まで人騒がせなんだか………振り回されるこっちの身にもなれって言うんだよ」


そうぼやきながら一人で探索をしていた。



一方、愛鈴と愛依のペアは………。


突如どこかへと走り出す愛鈴の後を必死に追いかける愛依。

息を切らしながらも、ようやく追いついた場所は、屋上へと来ていた。


「はぁ、はぁ、………やっと追いついた………。愛鈴さん、意外と足が早いんですね………」

『………』

「愛鈴さん………?一体どうしたと言うんです?」


愛依の声に返事をすることもなく愛鈴はまた足を進めると、今度は昇降口の脇にある階段を上り始めて。

その上にあるのは、貯水槽しかないはずなのに、一体何をしようというのか?

疑問だらけの愛依に、愛鈴はようやく言葉を発した。


『………昔、紅映と一緒に此処に昇って良く話をしていたの。何気ないこととかくだらない話。そして、二人だけの秘密の隠し場所として………此処に置いたの』

「置いたって、何を………?」

『良かった………まだ、残っていたのね』

「それって………楽譜?でも、どうして楽譜を此処に置いたんですか?」

『………紅映に、この楽曲のイメージイラストを描いてもらう約束をしていたの。でも………結局その夢は叶うことのないまま、私は死んでしまった』

「そう、だったんですか………」


紅映との約束を果たせないままに、自ら命を絶ってしまったことを後悔しているのか。

言葉が見つからないまま、愛依はその楽譜を見つめていた。

すると愛鈴は徐にその楽譜を持ち直すと、再び昇降口へと歩き出した。


「愛鈴さん?」

『たぶん、この楽譜を持っていけば紅映に会えるかもしれない………気がする』

「え?………どうして、そう思うんですか?」

『私自身、よく分からないけれど。でも、思い出せって紅映にいわれたような気がして、これしか思い浮かばなかったから………』

「そう、ですか………。でも、何も手がかりが無いよりは良いかもしれません。念のためもう一度美術室に行ってみましょう!」

『ええ』


そして二人はもう一度美術室へと移動し、愛鈴が持っている楽譜を近くの机の上に置くと。

またどこからともなく、光る蝶が現れて。

二人の周りをひらひらと飛び回ると、窓側の奥の扉へと飛んでいく。

その扉の奥は、確か美術準備室だったはずだ。


「『………』」


二人は無言で顔を見合わせ頷くと、その扉のドアノブへと手を伸ばした。



そしてまた同時刻、一葉と二葉のペアは………。


スマホのライトを照らしながら、薄暗い通路の中を歩いていく。

一葉は片手にスマホを持ち、もう片方の手で二葉の手を握り慎重に足を進めて行った。

二葉もまた一葉の手をしっかりと掴んで、離れないように歩調を合わせている。

途中、また何度か風を感じて。

何処から吹いているのかと疑問に思いながら、ライトの明かりを頼りに、ゆっくりと一歩一歩進んでいく。


「………」

「………」


互いに無言のまま歩みを進めていると、視界の端に何かが見えた気がして。

目を凝らして良く見れば、其処には無数の光る蝶が1カ所に集まっていた。

一瞬だけ立ち止まると、一葉は二葉に視線を向ける。

二葉もまた立ち止まり、一葉に視線を返すとゆっくりと頷いた。


そして光る蝶が集まっている方へと足を進めて、ゆっくりと近づいていった。


「あれは………?」


集まっていた蝶たちに近づくと、その中に何かがあるのが見えて。

もう少し距離を詰めると、其処には1枚の紙が落ちていた。

そっと手を伸ばしその紙を拾いあげようとした瞬間、ひらひらと紙は宙を舞い光を放つ。

そしてその紙にまた文字が浮かび上がった。


【闇はいつだって、漆黒とは限らない】

【何も見えなければ、白紙と同じ】

【真白の闇も存在する】


「真白の、闇………?」


一葉がそう呟くと、また前と同様にその紙は細かく千切れながら風に掻き消されていった。

光る蝶たちも同時に散っていき、後には何も残らなかった。


真白の闇とは、どういう意味なのか?

紅映は、一体何を伝えようとしているのか?

また疑問が疑問を読んで、訳が分からない。


「お兄ちゃん………」


繋いでいた手をギュッと強く握って、二葉に意識を戻される。

二葉の声に応えるように繋いだ手を優しく握り返すと、ふうっと大きく息を吐いて。


「………大丈夫、きっと答えは見つかる」

「………うん」

「行こう。どこかに出口があるはずだ」


そう自分に言い聞かせるように、一葉はもう一路大きく息を吐いてから「よし」っとかけ声をしてまた歩き出した。

二葉もまた、はぐれないようにしっかりと一葉の手を握りしめて、歩みを進める。

やがて遠くに扉らしきものを見つけて。

二人は互いに顔を見合わせて頷き、ゆっくりとその扉に近づいていく。


そして、ドアノブに手を伸ばそうとした瞬間。


「!?」


ギィっと音を立てて先に扉が開き、そこに居たのは愛依と愛鈴の二人の姿があった。


「「えっ?!」」


互いに驚いて声を上げると、暫くそのままの体制で硬直してしまった。


「………ビックリした。二人とも何でこんな所に?」

「驚いたのはこっちもだよ」

「ってゆうか此処、美術準備室だよね?何でこんなにも暗いの?」

「美術準備室?………何で此処に出たんだ?」

「疑問を疑問で返さないでよ。それにしても、いつからいたの?」

「いや、僕たちは変な通路に迷いこんで、此処に辿り着いたんだ。だよな、二葉。」

「………うん」

「そうなの?………う~ん、私たちは色々と廻って此処にきて、光る蝶がこの中に入っていったから確認しようとしてたのよ。でも、ちょっと変なのよね。さっきまでこの部屋、無かったように感じたのよ………あり得ないわよね?」

「………確かに、何かちょっとおかしな部分があるな。でもそれも含めて、この校舎の中全体がおかしいことになっている気がする」

「………空間の歪みが………拡がっている………?」

「え?」

「二葉ちゃん、何か気づいたことがあるの?」

「………たぶん、ちょっとだけ」


二葉が何かに気づいたようで、一葉は二葉に視線を合わせて屈むと「また、何か視えたのか?」と尋ねた。


「………紅映さん、“この世界の外”にいるかもしれない」

「え………?」


二葉の言葉に3人とも困惑していたが、それを傍観していた紅映は驚いた。

まさか、此処で見抜かれるとは思っても居なかった紅映は、思わず呆然として口に手を当てた。


『あの子………、結構鋭い感性を持っているわね………』


そしてやんわりと口元に笑みを浮かべたのだった。

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学校の怪談 結城朔夜 @sakuya_yuhki

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