case.17

「………呪い歌の存在を知ったのは、その頃?」


二葉の問いに、ゆっくりと首を縦に振る愛鈴。


『きっかけは偶然だったけど、一度聞いたら頭から離れなくなってしまって………。気付いたらその曲ばかりを聴くようになっていたの』


目を閉じて、静かに話す愛鈴の言葉を、皆が耳を澄ませて聞いていた。

しかし、ようやく概要がわかってきたところで、昼休み終了のチャイムが鳴ってしまう。

だが、今此処で引き下がっては何もかもが水の泡だ。

一葉は那音に目配せで、教員に何とか話を通してもらえないかと視線を送る。

その視線を受け取った那音は、未だに状況を把握出来ていない教員に声を掛け、もう暫く時間が欲しいと訴えるが………教員からの返事は、ノーだった。


「状況からして、今大事な話をしているのはわかるけど………午後の授業を投げ出してまで時間を与えることは僕にはできないからね。申し訳ないが、続きは放課後でも構わないかな?」


そう言って、教員は申し訳なさそうに頭を掻きながら説明すると、互いに視線を送りそして愛鈴にも承諾を得ようと、視線を向けると。

愛鈴は静かに目を閉じて、しずかに『私の話を聞いてくれるのなら、いくらでも待つわ』と言い、続きは放課後に持ち越しになったのだった。


「それにしても、合唱部のメンバーが無事に戻ったことを、どう説明するべきかな………?」


教員は困ったように頭を掻きながら、行方不明になっていた生徒の帰還の報告をしなければならない事を呟く。

那音が「僕の方からも、説明するので」と助言をすると、教員は「ありがとう、悪いね………」と苦笑いを浮かべた。


その後引率した教員と那音そして合唱部の部員は、状況の報告のため職員室へ向かい、一葉達は授業に戻ることになった。


そして午後の授業を終えて。

皆が再び集まり愛鈴の話をもう一度詳しく聞こうと、皆が音楽室へ向かう。

音楽室前に来ると、お昼まで貼られていた規制用のテープは撤去されていた。

代わりに鍵がかけられたため、再び引率の教員についてもらい、鍵を開けてもらうと中へと入った。


「お待たせしました、愛鈴さん。……居ますか?」


一葉がそう言うと、今まで無人だったピアノの周りに不自然に風が吹いて、愛鈴の姿が浮かび上がる。

ゆっくりと目を開けて、愛鈴は『来てくれてありがとう』と言うと、『あの歌のことについて、だったわね………』と昼間の続きを話し始めた。


『最初にその歌を知ったのは、本当に偶然だったわ………』


学校のパソコンでネットをしていたときに、たまたま流れた動画で流れていたのをみて、気になって調べていたら、それが呪い歌だと知ったのだ。

しかしその時は単なる都市伝説的な意味合いで、見聞きしたからと言って不幸に見舞われるわけでもなく、特に何も起きはしなかったのだった、

けれど、何度も聞いているうちに自然とメロディを覚えていて、いつしか口ずさめるくらいになっていたという。

すると、今までは何もなかったが愛鈴が口ずさむようになってから、周りに不幸な出来事が頻発するようになったという。


最初の異変は、式典での合唱でピアノの伴奏を代行した生徒。

いつも通りにピアノの練習をしていた時に、急に体調を崩し倒れてしまい、その後も貧血を繰り返したり突如吐き気がしたり手が痺れるような麻痺が出たりと、いった感じが続くのだった。

その生徒だけなら単なる体調が不安定と言えば済む話だが、それ以外にも異変は起きていた。


愛鈴への嫌がらせをしていたメンバーが、同じように原因不明の体調不良を訴えたり、事故などに遭い怪我を負ったりと、不幸な出来事が立て続けに起きたのだった。やがて気味悪く感じた生徒達の中から、全て愛鈴に関係している人物ばかりであることに気付き、愛鈴が何かしているのではないかと疑いの目を向ける者が少なくなかった。


「お前が何かしてるのか?」


そして一人の男子生徒が、勇気を出して愛鈴に問い詰めた。

それをきっかけに、周りも愛鈴にあれこれ問い詰めるように、口々に不安をぶちまけていった。


「あなたが何かしたのでしょう?」

「お前に関係のあるやつばかりが被害に遭ってるんだ。もうこれ以上被害者を出さないでくれよ」

「黙ってないんで、はっきり言えよ」

「………証拠は?」

「は?そんなもん、あってもなくても関係ないだろ?条件は全て揃ってるんだから。お前が犯人だってな」

「………証拠もないのに、人を犯人呼ばわりするの?それって唯の言いがかりじゃない」

「言い訳なんか聞きたくないね。皆が求めてるのは、被害に遭った皆への謝罪だ」

「………何もしていないのに、なぜ私が謝らなきゃいけないの?」

「うるせーよ!いいから早く謝れよ!」

「謝れ!」

「謝れ!」


その言葉が引き金と成り、生徒達は口々に「謝れ!謝れ!」と連呼し、愛鈴を捲し立てていく。


「………私は、何もしていない」

「そんな訳ねぇだろ!」

「知らない………。私は何も知らない………」

「嘘つけ!お前じゃなきゃ、話が通じないんだよ!」

「本当に知らないんだって………」

「じゃあ何で皆お前と関係のある生徒ばかりが被害に遭ってるんだよ?」

「私だってわからないの。本当に、私は何もしてない」

「は………そんな嘘、誰が信じるんだって話だよ。いいから早く謝れよ!」

「謝れ、謝れ!」

「「「謝れ、謝れ!」」」

「………」


さらに周りの生徒からの連呼は続き、騒ぎを知った他の生徒達も面白おかしく、楽しそうに一緒になって連呼をし始める。

次第に収拾のつかないほどに騒ぎが大きくなっていき、駆け付けた教師達によって生徒達を解散させようとしたが、その時だった。


愛鈴が心の中で『もう、嫌だ………!』と叫ぶと、突如窓ガラスがガタガタと音を立て始めて。

やがてパリンッと音を立てて、窓ガラスに皹が入っていきそのうちの何枚かが割れてしまったのだ。

突然の出来事に、生徒達は悲鳴をあげて。

「大丈夫か?!怪我はないか?!」と生徒の安全を確認する教師達を見つめて、愛鈴は訳が分からずに呆然としていると、最初の言いがかりを付けてきた生徒が愛鈴に向かって叫んだ。


「お前がまた何かしたんだろ?!」


その言葉を聞いて、愛鈴は「違う、私は何も………」と言いかけるが、誰一人聴く耳を持たず、皆が罵声を浴びせていた。


「ふざけんな!この化け物が!!」

「私たちを呪ったの?信じられない!」

「この魔女が!!」

「お前なんか、いなくなってしまえ!!」

「いい加減にしろ、お前達!一旦全員、教室に戻れ!音咲、お前は職員室に来い。後は全員解散だ!」


教師達の先導によって、不服ながらも解散し各自教室へと戻っていく生徒達。

中には去り際に愛鈴へ怪訝の視線を向けていく者もいたが、愛鈴は俯いたまま服の裾をぎゅっと握りしめていた。


「とりあえず、話は職員室に行ってからだ。………聞いてるのか、音咲?」

「………っ」

「おい、音咲?!」


教師の叫びに逆らうように走り出した愛鈴は、声を殺しながら泣いていた。

そしてそのまま屋上へと向かい、勢いのまま扉を開けるとビューと強い風が一瞬吹いた。


「………」


愛鈴は校舎の端の方へと足を向け、落下防止用に設置されたフェンスを乗り越える。

あと少し、足を踏み出せばそこはもう足場はない。

一瞬だけ地上に視線を向けて、そして大きく呼吸して空を仰ぐ。

空には雀が2.3羽風に乗って自由に飛び回り、少し遠くには烏の姿も見えた。


ふと、その時に例の曲が頭を過ぎって。

なぜ今その曲を思い出したのかはわからないが、愛鈴は自然とその曲をまた口ずさんでいた。


~♪♫♩ ♩♩♩ ♪♩ ♩♩♩♪ ♬♬♩♩♩~


すると、遠くの電線に止まっていた烏が、それに反応するように愛鈴の方へと視線を向けると、カァーカァーと鳴き声を上げる。

その鳴き声に呼び寄せられるかのように、他の烏が集まってきて、愛鈴のいる学校の屋上へと飛び回ってきた。

そんな烏を見て、愛鈴はふと薄ら笑いを浮かべて。

歌を口ずさんだら烏を引き寄せるなんて、本当に魔女みたいだと、自身を嘲笑うかのように空を仰ぐ。


その後、愛鈴を追ってきた教師によって職員室へと連れて行かれ、状況の説明を求められる。

しかし、いくら愛鈴が「自分は何もしていない」と主張した所で、表面上は「今回はただ不運が重なっただけ」という教師も、胸の内では愛鈴の関与を疑っていたのは確かだった。


結局、何の解決もないまま学園側が出した答えは、「不慮の事故が続いたのは

、単なる偶然」と生徒達に説明をしていった。

だが生徒側は絶対に愛鈴が関与しているという主張を曲げず、まるで腫れ物に触れるかの用に愛鈴に対しての冷遇は加速していくばかりだった。


「あの子に関わると不幸になる」

「あの子に触れると呪われる」


そんな身も蓋もない噂が拡がっていき、いくら愛鈴が「ちがう」と訴えても、「魔女が呪いの言葉を吐いている」と全く聴く耳を持たず、誰一人として愛鈴の言葉を聞こうともしなかった。


その後も不運は続いていて、何かが起きる度に「全ては愛鈴が呪いを振り撒いた所為だ」と言いがかりを付けられていた。


そんな状況の中、文化祭の時期がやって来て。

合唱コンクールも同時に開かれることが決まり、生徒達は日々練習をしていた。

だが愛鈴だけはその練習に参加せず、屋上で独りぼんやりとしていることが多かった。


ピアノはもう弾けない。

歌を歌おうとも口を開けば「呪いの言葉を吐いている」と罵声を浴びせられて、まともに接してくれる者もいない。

例え一緒に練習したとしても、同じような理由で言いがかりを付けられて、練習所ではなくなってしまうとわかっていたので、自ら距離を置いたのだ。


だが、それが愛鈴に対する冷遇に拍車を掛けていることに変わりはなく、教師からはサボってないで真面目に練習しろと注意される始末。

それを見て嘲笑う生徒達を横目に、「どうせ参加してもしなくても、言いがかりを付けるのに変わらないのでしょう?」と心の中で呟く。


そして文化祭当日。


生徒達は体育館へ集まり、クラス事に合唱を披露していく。

そして愛鈴のクラスの番が回ってきた。


指揮者に合わせてピアノを弾く伴奏者。

クラスメイト達は声を合わせて、合唱を披露している。

そんな中、唯一愛鈴だけは口を開かずにただ佇んでいるだけだった。

その姿に、他の学年の生徒や観覧に来ていた保護者達は疑問に思っていると。

ふいにピアノの伴奏の音が途切れた。


そして次の瞬間、ピアノの伴奏者だった生徒が急に倒れて………。

そのままコンクールが一時的に中断された。


すぐに倒れた生徒を保健室へ連れて行き、教師達は緊急事態に戸惑いながらも、皆に念のため日を改めて合唱コンクールを行うことを告げ、謝罪した。


生徒達も戸惑いを隠せず、一旦教室へ待機するように指示され移動していく。

ただ、愛鈴のクラスメイト達は皆が同じ事を思って、ひそひそと何やら小声で話をしていた。


「間違いないよ…………きっと」

「あいつが………?」

「………絶対、……だよね」


そんな話し声を微かに聞きながら、愛鈴はまた何か言いがかりを付けられるのかと、半分諦めたように溜息を吐いた。


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