case.18
「おい、なんてことしやがったんだ」
教室に戻るや否や、クラスメイト達は愛鈴を囲んで問い詰める。
やっぱりねと呆れるような表情で「何のこと?」と返すと、クラスメイト達は怒りを彷彿させて。
「とぼけんなよ!お前がまた何か呪いを掛けたんだろ?」
「そうじゃなきゃ、あの子が急に倒れたりしない!」
「何のつもり?よりにもよって、こんな火に呪いを掛けるなんて!信じられない!!」
「………だから、何もしてないってば」
「嘘つけ!じゃあ何であいつはいきなり倒れたんだよ?!」
「知らないわよ。緊張で調子が狂ったんじゃないの………?」
「そんな言い訳が通じるかよ!お前が呪ったんだろ?」
「………違うって言ってるのに」
全く聴く耳を持たないクラスメイトに愛鈴は大きく溜息を吐き「もういい。勝手に言っていれば?」と相手にするのも面倒に成り、投げやりに返事をする。
それがクラスメイト達に怒りに火を付けて。
「ふざけんな!」
「逃げるのかよ?!」
そして勢いのままに一人の男子生徒が愛鈴をつかもうと腕を伸ばす。
しかし次の瞬間、その生徒は急に動きを止め、白目を剥いて倒れてしまう。
突然の出来事に誰もが呆然としていると、不意に愛鈴は自信の携帯が鳴っていることに気付いた。
しかも、その着信音が例の動画で見たときの曲になっていて。
愛鈴は設定したはずのない着信音に戸惑いながら、携帯を開くと相手は非通知の電話だったがすぐに切れてしまった。
―――何?今の電話………それに、この状況って………。
かなりヤバイかもしれない、と思っていたのは愛鈴だけではなかった。
周りにいたクラスメイト達は「また魔女が呪いを掛けたぞ!」と一斉に騒ぎ出した。
訳が分からぬまま、愛鈴は「違う、私は何もしてない!」と叫ぶが、誰も聴く耳を持つ者もなく、状況は悪化する一方だった。
「いい加減にしろよ、魔女!!」
「これ以上呪いを振り撒くな!!」
「魔女なんて、居なくなれば良いんだ!!」
「そうだ!!魔女は消えろ!!」
「消えろ!!消えろ!!」
「「「魔女は消えろ!!」」」
こうなってしまってはもう、誰も愛鈴の声に耳を貸す者などない。
クラスメイト達は皆が口を揃えて、「消えろ!魔女は消えろ!!」と叫んでいる。
どうにも収拾が付けられなくなった状況に、愛鈴はひとつの決断を下した。
「………じゃあ、望み通り消えてあげるわよ。でも、もう誰も私の話なんて聞いてくれないのでしょう?だから、最期にひとつだけ言っておくわ。」
『呪いを掛けているのは、私ではなくあなたたちよ』
その言葉に、クラスメイト達は意味がわからなかった。
そして、その後の愛鈴の行動も、まったく以て予想出来なかった。
徐に愛鈴は教室の窓を開け窓枠に腰掛けると、クラスメイトに「じゃあ、サヨナラ………」と呟きそのまま後ろに体重を掛けた。
数名だけがようやく状況を把握して、咄嗟に止めようと腕を伸ばした瞬間には、もう既に愛鈴の姿は窓の外に乗り出していて、そして………―――。
グシャ………っと鈍い音が響き、たまたま校庭にいた教員が音のした方へと視線を向けると。
校舎の下にあった花壇の柵に喉を貫かれ、即死の愛鈴の姿を見て、叫び声を上げた。
「………マジかよ」
窓枠に駆け寄ったクラスメイトは、その惨劇に呆然として呟いた。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
「………ねぇ、何か鳴ってない?」
「え?」
「あ………ホントだ、何か聞こえる。どこから………?」
何人かがその音に気付き、その発信源を探すと愛鈴が落ちた場所から聞こえているのに気付き、耳を澄ませていると、何かの曲のようだった。
それは先ほど微かに聞こえた、愛鈴の携帯の着信音だった。
~♪♫♩ ♩♩♩ ♪♩ ♩♩♩♪ ♬♬♩♩♩~
『………ラ…ララ………ラララ…ラ………ララ…ララ…ラララ………』
だが、その着信音が次第に愛鈴の声になっているのに気付いたときには、もう全てが遅かった。
「え?うそ、でしょう………?」
「なんで、ずっと聞こえるの………?」
「マジかよ?」
「どうして、頭の中から聞こえるんだよ!」
その歌声は、皆の頭の中で響くように聞こえてきて、永遠に繰り返されていた。
やがて、生徒達は狂ったようにのたうち回り、やがて意識を失い倒れた。
騒ぎに駆け付けた教師が教室内を確認すると、倒れ伏す生徒・呆然と中空を見つめる生徒・泣き喚く生徒でまるで地獄絵図のようだった。
まもなく救急車とパトカー数台が学園へ到着し、意識のない生徒を優先的に病院へと搬送し、意識のある生徒達に警察官が事情を聞くも、皆混乱していてまともに話が出来る状態ではなかった。
一方、即死状態の愛鈴は救急隊に完全に死亡していることを宣告されて、教師達は苦い顔をしていた。
その後、教師達も警察から事情徴収されるも、原因不明の事故であるとしか言いようがなかった。
以前から愛鈴に対して、周りから批判的な言動があったことは、流石に何が何でも伏せたい教師達。
念のため、学園はその日から暫く休校措置を執り、不運が重なって起きた悲しい事故として処理しようとした。
『全てを隠蔽することは難しくなかったわ。けれど意識を取り戻した生徒達は皆口々に「愛鈴の呪いだ」と譫言のように繰り返し呟き、それを聞いた家族は学園に問い合わせる電話が鳴り続いた。そしてそれを聞きつけた警察が、事情を説明するように求めると、教師達は「目の前で同級生が亡くなったショックで混乱しているだけ」と説明するも、結局原因は不明とされ、結果的に不運が重なっただけの事故として処理されることになったの』
そして後日。
追悼の意を込めて、愛鈴の葬儀に学園側は葬送曲を贈ることを決めた。
奇しくも、愛鈴が最後に弾いた『月光』の曲を、告別式で披露するというのだった。
そして告別式当日。
一連の像儀の流れの中で、学園からの追悼曲を捧げると司会者が言うと、選ばれた代表の生徒がピアノの前に立ち一礼して椅子に座った。
そして静かにピアノの音が鳴り響く。
~♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩~
式に集まった者達は皆、静かにその旋律を聴いていたが、次第に伴奏者の生徒の様子がおかしいことに気付きいて。
少しずつ、旋律に歪みがはっきりと現れ始めた頃には、参列者達も異変に気付き始めるも、なぜか皆声も出せずに動くことさえ出来ずにいた。
―――何かがおかしい。
そう思っているのに、何も出来ずにただ乱れていくピアノの旋律を、ただ聴くしか出来ずにいた。
そして、ついに伴奏者の生徒はピアノの演奏を止めて、急にうめき声を上げ始めた。
「う………あ………」
そして次の瞬間、大量の吐血をして倒れてしまう。
目の前の出来事に理解が追いつかず、皆そのまま愕然とその場を動けないままだった。
そんな状態の中、動けたのは経を上げたお寺の住職と、式の進行を進める司会者だけだった。
「これは………!」
住職がそう呟くと、ようやく糸が切れたかのように叫び、騒ぎ出す参列者達。
倒れた生徒の元へ住職が駆け寄り、喉に手を当てて脈を測ろうとしたが、その生徒に脈はなかった。
「………」
無言のまま首を振り亡くなってしまっていることを告げると、参列者達はさらに恐怖を覚えて、悲鳴に近い叫びを上げていた。
結局、告別式はその後中断されて、式場には救急車とパトカーが駆け付けた。
警察に状況を説明する住職も、「原因は不明だが非現実的な何かが起きている」としか言えなかった。
『それ以来、学園は「月光」の曲を弾くことを禁止させて、音楽の授業でも絶対に触れないよう配慮をしたわ。でも、学園側は「月光」の曲以外で事件が起きていることを知らなかったから………』
「不幸は、それだけでは終わらなかったんですね?」
『そう………。そして今の私が目覚めるきっかけになったのも、また「月光」の曲が関係していたの………』
それは、ある夏の日のこと。
学園の卒業生で高校生と成った愛鈴の同級生の子達が、肝試しという名目で夜の学園に忍び込み、禁止されていた『月光』を音楽室のピアノで弾いてみようという話だった。
1回弾いたら、何も起きなかったのが面白くなかったのか、繰り返し弾き続けていた。
そして4回目に差し掛かったとき、流石に厭きたのか途中で辞めてしまったのだ。
そしてその後は鍵盤を適当に弾いて、旋律とも言えない音を鳴らし続けていたという。
すると、運悪くその音に気付いた警備員に見つかり、逃げ回っているうちに、その中の一人が異変に気付いた。
「ねぇ、さっきの警備員、追ってこないよ?」
「マジ?捲いた?」
「わかんないけど、とりあえず今日はもう帰らない?何か疲れちゃった」
「そうだな。じゃあ解散にしようか」
「あれ?ねぇ、なんか一人居なくない?」
「え?誰がいないって?」
「えっと………あれ?ねぇ、私たち何人でここに来てたっけ?」
「何言ってるんだよ。………って、あれ?」
「もう一人、居たよね?」
「ねぇ、もう辞めようよ。何かの勘違いかもしれないしさ………ね?」
「………」
「………」
不意に、皆が黙り込んでしまう。
すると次の瞬間。
~♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩~
音楽室の方から、ピアノの音が聞こえてきたのだ。
しかもその旋律は『月光』だと気付いたときには、なぜか体が動けなかった。
―――金縛り?!
彼らはそう思うが、実際には違った。
無意識に体が動いているのだ。
(何、これ?!)
(何なんだよ?!一体、何が起きてるんだよ?!)
頭の中はパニックになっているのに、なぜか冷静自分の思考が残っているのも不可思議で。
まるで誰かに操られているかのように、彼らの体は動き続けて、気付いたときには音楽室へと戻ってきた。
無意識に扉に手をかける自分に恐怖しながらも、彼らは音楽室の中へと入り、そしてピアノの前で立ち止まった。
「………」
声を出そうとしても言葉にならず、口もまともに開けない。
すると誰も触っていないのに、ピアノがひとりでに音を奏で始めた。
~♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩~
その旋律はやはり『月光』で、一度曲が終わっても繰り返し繰り返し鳴り続けていた。
その間、彼らは再び動くことが出来ずに、ただその旋律を聴くことしか出来なかった。
そして、4回目に差し掛かったときだった。
「………~~~っ!!!」
一人が急に声を出せないまま、目の前で起きている出来事と恐怖に耐えきれず、泣きだしてしまったのだ。
そのことがきっかけと成り、他の子達は皆なんとかこの状況から抜け出せないかと、必死に体の自由を取り戻そうともがき始めた。
すると、不意にピアノの音が止まって、代わりにどこからか声が響いた。
『………やっぱり、ちゃんと聞いてはくれないのね』
その声が聞こえたかと思うと、今度はピアノの鍵盤をバーンと叩きつけるような音が鳴り響いたのだった。
「っ!!!」
彼らは声にならない声で叫ぶ。
泣き出した子はさらに畏怖し、心の中で「もう辞めてください、もう許してください。神様、助けて!」と念じていた。
そして再び、どこからともなく声が響く。
『私の想いを聞いてくれない神に救いを求めても、何も起きないわ』
『それに、誰があなた達を許すというの?』
『呪いを振り撒いているのは、あなた達自身だって言ったでしょう?』
『だから、私は一生許さない………許すつもりもないわ』
その言葉に、彼らはこれが愛鈴の怨念であることを確信する。
結局彼らはその後行方不明となった。
それから度々、学園内で放課後や深夜に音楽室からピアノの音が聞こえると言うこと立て続けに起きて、暫く噂となっていた。
ーーーなくなった生徒の霊が、音楽室のピアノを弾いている、と。
そして卒業生達は、その正体が愛鈴であるということにも気付いて、祟りだとさらに囃し立てるのだった。
そんな経緯があって、いつしか『月光』の曲が学園の七不思議と成り、現代へと語り継がれているのだという。
その話を聞いて、一葉はひとつだけ疑問に思ったことがあったので、聞いてみた。
「少し良いですか?今の話を聞く限り、愛鈴さんにはまったく以て危害を与えたりしてはいないんですよね?なのに、どうしてこんなにも不幸が立て続けに起きているのでしょう?その『呪い歌』が原因なのはなんとなくわかりますが………。最初に愛鈴さん自身がその動画を見聞きしていたときは、何も無かったのですよね?でも、その曲を愛鈴さんが口にするようになってから、事件が起き始めた。これは一体どういう意味なのでしょう?」
『私にもそれが分からないの。どうしてあの曲を私が口にすると不幸が起きてしまうのか、原因は何もわからないの。でも、ひとつだけ思い当たるとしたら、その動画を見ていたときに別の動画で見聞きしたことがあるのだけど。『言霊』って言うのがあるらしいの。詳しくは知らないけれど、それが何か関係しているのかもしれない………』
「『言霊』ですか………?それって、自分の発した言葉に魂が宿るって言うヤツですよね?」
「確かに『言霊』の力が関わっているのなら、なんとなく理解は出来かねないかもしれないけど………。それでも、ここまで何度も繰り返し起きるとは考えられないわね」
由宇と愛依が話の内容から、憶測ではあるが仮説を立ててみる。
もしそれが実際に起きているのなら、何かしらの原因が愛鈴自身にある可能性が高いのだと考えていたのだ。
そこから導き出される結果として、いくつか質問をしてみた。
「まずひとつに、『月光』という曲が愛鈴さんが最後に弾いた曲で間違いはないですか?」
『ええ、確かに。最後のコンクールで弾いた曲が『月光』だったわ』
「ではもうひとつ、『言霊』という言葉に何か関係していると言っていましたが、何か心当たりはあるのですか?」
『私自身には直接関係しないのだろうけど………、私の祖母の家系が代々巫女をやっていたらしくて、幼い頃に何度か言われたことがあるの。「自分の言葉にはきちんと向き合わないと、いつか言葉に魂が宿ったときに、禍を引き起こしかねない。だから、自分の言葉には、責任を持ってちゃんと向き合いなさい」って。それが、少し引っかかるというか、なんと言ったら良いのかよく分からないのだけど。『言霊』に関してはそれくらいかしら』
「う~ん………だとすれば、こんな風にも考えられますね。たとえばの話ですが………」
そう言って、愛依が立てた仮説の説明をしていく。
愛鈴が事故で右腕を負傷し、ピアノが弾けなくなったことで始まった不幸の連続。
最初は単なる偶然だったかもしれない。
しかし、愛鈴が事故でピアノが弾けなくなったことが、周りは意図せずに犯人は愛鈴だという心理的状況が生まれてしまっていた。
それを最初に口にした生徒が、何度も何度も繰り返し愛鈴を責め立てたことにより疑惑は拡大していき、その言葉に魂が宿ってしまい、言霊と化した禍をさらに引き寄せる結果と成ったのでは無いかと言うことだった。
「あくまでも仮説に過ぎないのだけれど、どうかしら?他に気になる点があれば、何でも話してもらえれば、その分仮説もいずれ真相に近づけると思うの」
『………きっかけはなんなのかはわからないけれど、たぶんその仮説であっていると思うわ。ありがとう、私の話をちゃんと聞いてくれて。それだけでも私は満足だけど………、でも、だからといって問題の解決にはならないのに変わりはないわね』
「そうですね………でも、少しでもわかることがあれば、その分真相に近づけるのは確かですから。愛鈴さんは何も悪くないって、きちんと証明してみせます」
『ありがとう………。こんな私のために、力になってくれる人が現れるなんて、思っても居なかったから………』
愛鈴はそっと目を閉じて、胸に手を当てて呟いた。
今までどれ程、悩み苦しんできたのだろう。
死しても尚、拭われぬ想いを抱えて居たのだろう。
そんな想いが伝わり、愛依も由宇も一葉達も皆が静かに愛鈴の話に耳を傾けていた。
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