case.15
ようやく姿を表した愛鈴をなんとか引き留めようと、永遠は素早く思考を巡らせて、言葉を紡ぐ。
『相変わらず、ピアノの音には敏感だね。さてここで問題です。このピアノは誰が引いているでしょう』
『ふざけないで、誰が弾いているのか早く教えなさいよ』
『まあそんなに焦らなくても教えてやるよ。ただし、条件がある。それを受け入れてくれるなら教えてあげてもいいけどなぁ………』
『………条件はなによ?』
愛鈴は少しだけ考えて確認する。
その返事に、永遠はニヤリと笑って観客席側にいる生徒達を指差した。
『こいつらに掛けられている呪い、解いてくれるなら教えてもいいよ』
『………』
愛鈴の返事は、無言だった。
それでも、永遠はなぜか自身ありげに笑みを浮かべている。
なんとかここから出る方法を掴もうという永遠の意思を読み取って、愛依は不安になりながらも、愛鈴の返事を待った。
愛鈴はしばらく考えて、それからようやく首を横に振った。
『悪いけど、その条件は受け入れられないわ。私は呪いなんて、関係ないですもの。周りが勝手に騒いでいるだけでしょう。不幸なことがあれば、全部私が呪いを振り撒いたとか、勝手なことをいってるだけで………、私は何もしてないのに………!』
「そんな………」
意外な返事に愛依は困惑して声をあげると、愛鈴は愛依の方を見て、言葉を紡ぐ。
『あら?あなた声が出せるのね?じゃあやっぱり、呪いのことはハッタリだったわけね』
『確かに、愛依は特別に声は出せるが、他の連中はマジで声が出ないんだ。だから………』
『そんなの、私には関係ないって言ってるじゃない。他の子はともかく、一人だけ呪いが掛からないなんて、信じられないわ』
愛鈴はそう言い捨てて、再び奥の部屋へと足を向ける。
なんとか引き止めようと、その前に立ちはだかる永遠に、愛鈴はうんざりした表情で溜息を吐いた。
『随分とはっきり言ってくれるじゃないか。関係あるのか無いのか、はっきりさせようじゃない』
『………いい加減にしてくれる?』
『そうやって”また”逃げるつもりかよ』
『っ!!』
「”また”って?何のこと?」
永遠のその言葉に、言葉を詰まらせる愛鈴。
その様子に訳が分からず、愛依は首をひねって、永遠に尋ねた。
『そのままの意味だよ。こいつ、前にも問い詰められて、わめき散らして逃げたんだよ。結果的に元凶は全てこいつの所為って流れになったんだけどな。相変わらず、変わってないね』
『うるさい、うるさい、うるさい!!あなたたちが話を聞く耳持たないのが悪いんじゃない!好き勝って言って、いい加減なことを言ってるのも、あなたたちの方でしょう!私は何もしていない、知らないし、関係ない。なのにあなたたちは………っ!!』
『ほら、またそうやって癇癪起こして話を逸らそうとしてる。聞く耳を持たないのはどっちだよ?』
『うるさいっ!!』
喚き散らす愛鈴とは反対に、冷静な態度で言葉を紡ぐ永遠は、少し怒っているようで。
相容れない二人の剣幕に、愛依は困惑し、ただ見守ることしか出来なかった。
その間にも那音はずっとピアノを弾き続けている。
同時に、二葉が何かを探しているようで、一葉は二葉に問い掛ける。
「二葉、何を探しているんだ?」
「………境目」
「境目?なんの境目だ?」
「ちょっと待って………、もうすぐで繋がりそうだから………」
「………」
二葉の言葉に、何かヒントを得たのか。
一葉は無言で二葉の行動を見守っていた。
他のメンバーはその行動の意図がわからずに困惑していたが、一葉が何かに気づいている様子を見て、皆二人の様子を見守っていた。
そして、二葉がある一点を見つめて、手を伸ばし、那音の奏でるピアノの音に合わせるように、円を描いていく。
するとその瞬間、今まで何もなかったはずの空間に歪みが出来たのだ。
「………見つけた」
それは時空の境目。
そう、以前旧校舎を探索していたときに見つけた、あの歪みと同じもの。
二葉はすかさず空間の境目に手をかけ、無理矢理こじ開けるような仕草を見せた。
一葉はそれを見て、二葉に再び問いかける。
「その先に、愛依たちがいるんだな………?」
その言葉に、由宇が顔を上げて。
そして、叫んだ。
「愛依!聞こえるか、愛依?!」
その声は、愛依に耳に届いていた。
「………由宇?由宇なの?」
「良かった、ちゃんと繋がってる………」
「その声は二葉ちゃん?」
突然のことに驚きながらも、互いに言葉を交わし、空間が繋がっていることを再確認できた。
と同時に、愛鈴にとっても思いもしない状況になったのだった。
『どういう事かしら?この声も、ピアノの音も………一体どこから聞こえてくるのよ?』
「私たちの元の世界よ。お願い愛鈴さん、少しだけで良いから、私の話を聞いてもらえませんか?」
『嫌よ。どうせまた私を貶めるつもりなのでしょう?そんなの聞きたくもないわ!』
「だからそうではないわ。このピアノの音の主、私の弟が弾いているの。お願い、どうか少しだけでも話を聞いて………!」
『………あなたの弟が、ピアノを………?』
「ええ。私の弟・那音が弾いているのよ。私たちが元いた世界で、此処と繋がりを作るために、弾いているのだと思う。だから、お願い!少しだけでも話を………!」
愛依はそう懇願し、頭を下げた。
その姿に愛鈴は迷うような仕草を見せ、頭を抱えて『いや………でも………』と呟き、悩んでいた。
『迷ってたって、時間は解決しちゃくれないぜ。それに、せっかくのチャンスもこのままだと無駄にしてしまうかもしれないんだぞ。それでもいいのかよ』
永遠は畳掛けるように愛鈴に訴え、返事を待つ。
愛鈴は、決断を迫られて、余計に困惑していた。
と、その時だった。
~♪~
ピアノの音に重なるように、何かの音が聞こえて。
そしてそれはやがて、はっきりとした音色を奏で始めた。
~♪♫♩ ♩♩♩ ♪♩ ♩♩♩♪ ♬♬♩♩~
その音色は愛鈴が扉の奥で歌っていたメロディで、また同じ場所から聞こえてくる。
そしてその音色が次第に大きくなると、愛鈴が何かに反応するように、一瞬うつむいたかと思うと、顔を上げ、そして………。
『――――――――――』
声にならないような声で叫び声をあげた。
「っ?!」
それに反応するように、二葉が歪んだ空間の境目から弾かれた。
「二葉!大丈夫か?!」
「私は平気………。でも、このままだとまた切り離される………!」
二葉は再び空間の境目に手を伸ばす。
しかし、今度は電量が流れるような感覚に拒まれ、触れることが出来ない。
「ダメ………拒絶されてる。このままじゃ境目が消える………!」
「くそっ!こうなりゃ自棄だ!!」
「由宇!?」
由宇が「うおぉぉぉぉぉぉ!」と叫び声を上げながら、空間の境目に手をかける。
瞬時に、バチバチと放電する音と共に稲妻が放たれるが、由宇はめげずにその手を離そうとしなかった。
「愛依!聞こえてんだろ!早く、そこから出てこい!」
「無茶言わないでよ。それに、声が聞こえるだけで、姿までは見えないわ!」
「くそっ!何か他に、此処を広げる方法はないのか!?」
自棄くそに叫ぶ由宇に、二葉は考え込む。
何か空間を広げられる方法はないのか?
そう考えて、ふとあることを思い出す。
「巫子ちゃん………!今どこにいるか分かる?」
その言葉に、和也が反応した。
「鏡!誰か持ってないか?」
「あ………私、持ってるかも………」
「梨音ちゃん、ナイス!」
「えっと、確かスマホの中に鏡のツールが………あった!」
ポケットに入れていたスマホを取り出して、すぐにカメラ機能から、鏡の機能を選ぶと、画面に向かって叫んだ。
「巫子ちゃん、聞こえる!?………お願い、繋がって!!」
その声に反応するように、梨音のスマホ画面の鏡の中から、巫子が姿を現した。
『ようやく出番が来たようね。後は任せて!』
そして巫子は目を閉じ、意識を集中させると、永遠に呼びかけた。
『………永遠、聞こえる?』
『ああ、ばっちり聞こえてるぜ。おまけに、そっちの扉も見えてきたぜ!!』
そうこう言ってると、空間の境目が次第に拡がっていくのが見えて、由宇はここぞとばかりに力の限りを尽くして、その境目を広げていく。
それに合わせるように、永遠と巫子が互いの感覚を繋いで、道を作っていく。
そしてようやく、愛依達がいる空間と、元の世界との繋がりが、大きな口を開けたのだった。
「よし開いた………!愛依!皆も一緒にこっちに飛び込め!!」
由宇の叫びに答えるように、愛依とコーラス部の部員達は次々にその空間の境目に飛び込み、なんとか元の世界に戻ることが出来た。
しかし、問題はまだある。
愛鈴をあのままにしておいて良いのかと言うこと。
愛依は振り返って愛鈴に視線を向けると、彼女は今だ頭を抱えながら声にならない叫びを上げている。
なんとか出来ないかと考えていると、二葉が愛依の服を掴んで、首を横に振った。
「今は関わらない方が良い。これ以上刺激したら、もっと最悪になる」
「………でも」
「………」
「………わかったわ」
二葉の無言の圧に、愛依は何か理由があるのかと思い、仕方なく頷いた。
「由宇!もう良いぞ。手を離せ!」
「くっ………オーケー」
「那音君も、もうピアノを弾くのは大丈夫だ」
そう言い、由宇が空間の境目から手を離すと同時に、那音がピアノを弾くのを辞めると、境目がだんだんと塞がっていき、やがて閉じると、空間の歪みも消えて元の状態へと戻ったのだった。
「はあ、疲れた………」
「二人ともお疲れ。よく頑張ったな」
「皆無事か?」
「私は何ともないわ。でも………コーラス部の子達の声が出ないの」
「え?何でまた………。愛依は平気なのか?」
「うん、私はこの通り、何ともないわ。たぶん、愛鈴さんの呪い歌の影響だとかって永遠が言ってたけど。原因は私にもよくわからないの」
「呪い歌………?」
「………」
愛依の話に由宇達は訳が分からずにいると、話を聞いていた二葉が由宇の服を引き両手の掌を見せるように掴むと、由宇は異常に気付いた。
「………マジか、これ………」
由宇の両手はまるで焦げたような黒紫に染まっていた。
恐らく、空間の狭間を抑え続けていた影響だろう。
その手を包み込むように、二葉が手をそっと添えると、小さく何かを囁いた。
~♪ ♩♩ ♪♫♩♩♩ ♪♪♩~
それは何かのメロディのようで。
二葉がそのメロディを口ずさむと、由宇の両手の色が元の肌色に戻っていった。
その様子に、皆が驚いて。
ただ、一葉だけは落ち着いたままで、二葉の様子を窺っていた。
「え?何?………どういうこと???」
「………」
「二葉ちゃん………?今、何したの?」
「………」
「………」
二葉は由宇の手を離すと、無言のまま俯き、そしてピアノに向かって歩き出すと鍵盤を何回か鳴らした。
しかしなぜか音が鳴らず、カタン、カタンと、鍵盤を弾いている音だけが響いていた。
「どうなってるんだ、一体………?」
その後も二葉はピアノの鍵盤を弾き続けている。
そして那音がその音階をみて、そのメロディを口ずさんだ。
♪♫♩ ♩♩♩ ♪♩ ♩♩♩♪ ♬♬♩♩
そのメロディを聴いて、愛依は驚いた。
それは、あの空間の中で、愛鈴が口ずさんでいたメロディだったからだ。
なぜそのメロディを二葉が知っているのか?
愛依は息を呑み、一度深呼吸をしてから二葉にと問い掛けた。
「二葉ちゃん。その曲、どこかで知ったの?」
「………」
「二葉ちゃん………?」
「………呪い歌。………でしょう?」
「っ!?」
二葉のその言葉に、愛依は目を見開いて頷く。
なぜそれも知っているのか?
愛依は愕然とし、由宇も先ほどの事の意味がわからず、混乱していた。
「二葉………」
一葉が二葉の傍により、声を掛けると、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「………何が視えるんだ?」
「………」
「大丈夫。皆わかってくれるから、話してみな?」
一葉にそっと頭を撫でられながら俯く二葉は、ゆっくりと息を吐いて、顔を上げると、一葉の目を見つめて。
「最後の曲………だったのよね?」
そう言い、その視線を一葉の後ろの方へと向けた。
その視線に気付いて、一葉も後ろを振り向くと。
そこには、ぼんやりと薄く透けた姿で佇む、愛鈴の姿があったーーー。
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