case.14

状況は相変わらず、八方塞がりのまま。

愛依も永遠も、考えられるだけ案を出しては見たものの、元の世界への連絡手段がない以上、何も出来ないことに変わりはなくて。

通信が遮断されている原因がなんなのか。

まずはそれを探ることから、手がかりを探そうという事になった。


「で?その原因がなんなのか、心当たりはないの?」


愛依は永遠が巫子に通信が出来ない原因が何なのか、分かっているのか確認すると。

永遠は両手を広げてお手上げのポーズをして答えた。


『それが分かってたら、今こんな事で悩んでないだろう?』

「それもそうね………。一体、何が原因なのか、それが分かれば良いんだけど。………やっぱり彼女に出てきてもらうほか無いのかしら?」

『それも当てにはならないだろうな。あいつ、誰かに何か言われて動くような質でもないからな。常に自分勝手に動いてるから………』

「う~ん………それをどうにかしない限り、此処から出る手段はないって事かしら?」

『って言ってもなあ………まずはあいつが話を聞くようになってもらわなきゃ、話は進まないし。かといって、普通に話しかけても、無視されるのが落ちだけどな』

「困ったわね………」


どう考えても、答えは見出せない。

状況は変わらず、一向に進む所か、フリダシに戻ってきてしまう。

それに、問題はそれだけではない。

自分たち以外のコーラス部の部員が全員、声が出せなくなってしまっている。

その原因は、愛鈴の呪い歌が関係しているのは分かってはいるものの、だからといってその処置も考えなくてはならない。

現状を考えれば、状況は深刻だった。

愛依は大きく溜息を吐き、頭に手を当てて悩んでいた。


その様子に、コーラス部の部員達は不安が募り、泣き出す者もいた。

他の部員の子も、その子を落ち着かせようと、背中を擦っているも、その表情はどこか暗くて。


誰もが不安を露わにし、ただ虚しくも時間だけが過ぎていく。


それからどれくらいの時間が過ぎただろう。

閉ざされた空間の中で、行動できる範囲は限られており、これ以上下手に動いても、体力を消耗するだけ。

次第に空腹感も出てきて、このままでは皆共倒れになってしまう。

それだけは何としてでも避けなければならない。

何かないかと、ポケットに手を入れて探るも、あるのはお守りに持っていたパワーストーンのブレスレットのみ。

食料となるものは何も無い。


「このままじゃ、皆飢え死によ。その前には何とか此処から出ないと………。でも、一体どうしたら良いの………?」


愛依は藁にも縋る思いで、ブレスレットを握りしめて、神に祈るように手を組み、心の中で強く『お願い………。誰か、気付いて………』と願った。


その時、ふと由宇は愛依のその思いが届いたかのように、はっと周囲を見渡した。


「由宇、どうかしたのか?」

「………いや。何か今、愛依の声が聞こえた気がして………」

「え?俺は何も聞こえなかったけど………」

「もしかしたら、助けを求めてるのかもしれない。早く探し出さないと………。でも、一体どう探せば良いんだろう」


和也達には聞こえなかったという、愛依の声に、由宇は一瞬空耳かと思ったが、一葉のその言葉に、きっとどこかで助けを待ってるのかもしれないと思い、拳を握りしめて、窓の外を見つめた。

その姿を見て、那音は居ても経ってもいられず、二葉に再び尋ねた。


「二葉ちゃん、やっぱり僕はこのまま何もしないでいるより、なんとかしたいって思うんだ。だから、”あの話”を皆にしても良いかな?」

「………」


二葉は黙り込んだまま、那音の目を見つめて。

その目には、決意がはっきりと表れているのを見て、二葉は少し考えてから、「………いいよ。お願い」と、許可した。


「ありがとう」と二葉に礼を言い、皆に向き直ると、那音は先ほど話そうとしていた件について、話し始めた。


「えっと……。祖母から聞いた話なんですけど、昔この学園にいた生徒で、ピアノのすごく上手い子が居たらしいんです。その子は合唱部のピアノの担当もしていて、いろんなコンクールでしょうもとるくらいだったそうです。でも或る日、不慮の事故に遭って、手を怪我してしまったらしいんです。それが原因で、前みたいにピアノを上手く弾くことが出来なくなって、それを苦に自殺してしまったそうなんです。………此処までは、運の悪かったことだという話になるのですが、問題はその後なんです。その子が亡くなった後に開かれた合唱コンクールは代わりのピアノの伴奏者を選任したのですが、その子が急に具合が悪くなって、手が痺れるような麻痺を起こしてしまったのです。その後も、コンクールで賞を取った生徒が次々に不慮の事故に巻き込まれたり、怪我をしたりする事が続いて、その事で学園側は応急処置として、最初になくなってしまった生徒の追悼をするために、葬送曲を弾いたんだそうですが、その曲が………」

「『月光』だったってわけか?」

「はい、そうなのです。でも、結果的にその時のピアノの伴奏者も、弾いている途中で発狂してしまって、追悼の式は中止されました。それ以来、うちの学園では、『月光』の曲を弾くと呪われると言われるようになったそうです。コレが、いつしか七不思議の話になったということです」


那音が全てを話し終えると、皆は静まりかえって。

何とも悲しい話だが、それ故に、どこか謎めいた話だ。

不慮の事故で手を怪我して、ピアノが弾けないことを苦に自殺し、その未練からか、ピアノを弾く者に呪いを振り撒くとは、何とも自己中心的な考え方とも思える。

ましてや、自分の追悼時のピアノを弾く者にまで、不幸を招くほどに未練がましいことだったのだろうかと、不思議に思えるほどだった。


「なんか納得いかない部分もあるけど、それが今回の失踪事件と、何の関係があるんだ?」


ふと由宇が疑問に思ったことを口にすると、那音は困った顔をして、「そこまでは分からない」と答えると。


「………合唱………記念式典。………それと、ピアノの伴奏………」


二葉がぼそりと、小さく声を漏らした。

皆がその二葉に視線を向けると、二葉はまっすぐに音楽室の方を向いて言った。


「条件が揃ってしまったから、扉が開かれた。彼女の、××××××××に、似てるから………」


その瞬間、始業を告げるチャイムが鳴り響いて、二葉の声を遮ってしまった。

野次馬になっていた生徒達も、既に各自の教室へと移動し、今居る生徒は一葉達だけだった。


「とりあえず、今は此処までのようだな。ごめん、二葉。今言ったこと良く聞こえなかったけど、また昼休みにでも話そうか」

「………うん」

「じゃあまた、昼休みにここに来よう」


そう言って、一葉達は各自教室へと移動し、午前中の授業を終わらせてから、再び音楽室の前に集合することにした。

皆が自分たちの教室へと向かう後ろ姿を見て、二葉は持っていたウサギのぬいぐるみをぎゅっときつく抱きしめ、自分もまた教室へと足を向けた。


そして訪れた昼休み。

音楽室の前に集合すると、そこには既に警察の人たちは居なくなっていて、代わりに規制テープが貼られていた。


「これって、勝手に入ると怒られるパターン?」

「かもな。でも、一応立ち会いでなら大丈夫らしいって事で、那音君が今教員に確認に行ってくれてるって」

「準備良いな。じゃあとりあえずは那音君を待とうか」


そう言っているや否や、すぐに那音が今朝の教員と一緒にやって来て、話は纏まった。


「では、再び見聞と行きますか」

「出来るだけある物に触ったりはしないようにね」

「は~い」


教員はそう注意すると、音楽室に貼られた規制テープの一部を外し、中へと入れてくれた。

音楽室の中は、今朝見たときとあまり変わりはないが、居なくなった生徒達の鞄などは回収されたのか、無くなっていた。

それ以外は、見たところ他に変化はないが、一葉は何か違和感を覚えた。


(何だろう………?何も変わってないと思うのに、何かが違う気がする………)


今朝見たときとは何かが違うように感じつつも、一体何が違うのかと問われると答えられはしないが、一葉はその言いようのない違和感に、頭を悩ませていた。

しかし、那音と二葉には明白だった。

その違和感の正体に。


「ピアノ、配置が変わってますね」

「え?そうか?何も変わった内容に思えるけど………」

「いや、俺には何か違和感があったけど、たぶんそれかも。でも、なんで配置が変わっただろう?」

「警察の過多が何かを調べるのに、移動させただけではないのかい?」

「う~ん、そう言われると答えに困りますが、たまたま移動させたにしても、この配置は不自然すぎます」

「何が不自然なんだい?」

「えっと、どう言ったら良いんだろう………」


そう言って、那音が返答に困っていると、不意に二葉がピアノに手を伸ばし、鍵盤を弾いた。


ポーン………


「二葉、むやみに物に触ったらダメだって言われただろう?」

「………」


一葉の言葉に二葉は無言のまま、ピアノを見つめて。

そして、呟いた。


「………那音君。あの曲、弾いてくれる?」

「え………?」

「ちょっと二葉、いきなり何言ってるんだよ。勝手に弾いたらそれこそ………」

「いえ、大丈夫です。たぶん、何か理由があるんだと思います」

「理由?」

「だよね、二葉ちゃん」

「………」


二葉は無言のまま、那音に視線を向けて、椅子を引いた。

促されるままに、那音はその椅子に座り、二葉に確認する。


「あの曲って、やっぱり『月光』のことだよね?」

「………うん」

「………分かった。じゃあ、弾くね………」


そして、那音は深呼吸をして、ピアノに手を添えると、『月光』の曲を弾き始めた。


♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩ ♩♩♩~


静かに、そしてゆっくりとピアノを弾く那音。

一体コレが何の意味があるのかと、疑問に思いつつ、皆が静かにそのピアノの音色に耳を傾ける。


そしてその音色は、異空間にいるはずの愛依達の耳にも届いていた。


『ピアノの音色?でも、今は誰もステージに上がってないよな?』

「この弾き方………もしかして、那音が弾いてるのかしら?」

『どうして那音が弾いてるって、分かるんだよ?』

「だってあの子の弾き方、癖があるんですもの。手が小さい方だから、離れた鍵盤を弾くときに少しもたれが出るのよ。だから、いつもピアノの先生からそこを注意されるんだけどね」

『ふ~ん………。俺にはそのもたれってのが、どの程度かなんてわかんねーけどな。でも、コレではっきりした事がある。ピアノの音が聞こえるってことは、どこかで元の世界に繋がってるって事だ!』


永遠のその言葉に、愛依も頷く。

僅かだが、元の世界へ帰れる兆しが出たのは間違いない。

しかし、まだ問題は山積みだ。

一体、なぜピアノの音だけが届いたのか。

どこから聞こえてくるのか。

それすらもわからないまま。


そして、この旋律が届いたのは、愛依達だけでなく、愛鈴の耳にも届いていた。

愛鈴はその音に反応するように立ち上がり、ステージ上に再び姿を現した。


『誰………?この曲を弾いているのは………?』


そして、ステージ上のピアノには、誰も触れていないことを知って首を傾げると、それを待ってたとばかりに、永遠がステージに駆け上がった。


『よう、ピアノの女王様。ちょっとお話でもしようじゃないかい………?』


その言葉に愛鈴は不機嫌そうに永遠を睨み付けた。

そして、威圧的な視線を向けたまま、『何かしら?』と返事を返すと、永遠は冷や汗を掻きながら、心の中で(チャンス到来、ってか?)と思ったのだった。


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