第41話 ジョーカー

 少し高くなった丘の上に腰を下ろして、黄金色の麦穂がたわわに実っている麦畑を眺めていた。


 あぐらをかいて座った足の上には、シフォンがちょこんと座っている。


 俺は麦の収穫を始めた『ゴブリンファーマー』や元奴隷の子供たちの様子を遠目に眺めながら、シフォンの頭を撫でていた。

 シフォンの長くなった、サラサラの髪を指で梳くのも、なんか心地良い。


 シフォンは気持ちよさそうに、背中を俺に預けてくる。

 シフォンがネッコだったら、きっとゴロゴロと喉を鳴らしていただろう。

 シフォンはエンシェントドワーフだから、喉は鳴らさないがな。


 ああっ、こうして長閑のどかな田園風景を見てると、心が和むな〜


 一生懸命に汗を流して働いてる、『ファーマー』や子供たちには悪いけど、麦畑や遥その先に放牧された牛や豚がのんびり牧草や飼料を食べてるの見てると、これまでの心労が癒される気がする。


 遠くから、牛や羊の鳴き声が聞こえてくるよ・・・


モ〜

メェェ〜

ゴッゴブー!

ゴッブー!


「くそっ!アダムとイブのヤツ!せっかくのまったりとした雰囲気をぶち壊しやがって!」


「ふふふ、この『ゴブリン王国』では、とても大事なお勤めですから。」


 そうなんだよなぁ。不思議なことに、この『ゴブリン王国』で元奴隷の子供たちが農業と牧畜を始めたら、イブが『ファーマーず』を産み始めたんだ。


 だから『ファーマーず』は、エイルが『改造』した『アルケミスト』たちとは違い、カインやアベルたちの純粋な兄弟姉妹になるんだ。

 

 農家として優秀な『スキル』を持った『ファーマー』を、解剖させろってエイルが煩かったのは忘れよう・・・マジでマッド!


「そう言えば、この前カインとアベルが結婚の挨拶に来たな・・・。指輪を用意してたとこ見ると、シフォンは2人が結婚すること知ってたの?」


 そうなんだよ!アダムとイブの四六時中の営みを、まるで宗教儀式のように崇拝しながら見守っていたカインとアベルだったが、同じく畏まって見守っていた『ワルキューレ』の2人と結婚したんだよ!


「カインさんとブリュンヒルデさん、それにアベルさんとビルドさんですね!

 はい、カインさんとアベルさんから相談されてました。」


「まじ?シフォンってその歳で『ゴブリンず』の結婚相談受けてるの?」


「ええとぉ、恥ずかしいんですけど、時々。」


「凄いなあ!シフォンは。アイツらだっれも俺んとこには相談なんて来ないぞ!」


「あわわわ!た、大した事なんて言ってませんから・・・。

 ・・・ただ、私たちって何時ダンジョンバトルが起きて、命を落とすか分からないじゃないですか。

 だから、その時が来たら後悔しないように、今のその気持ちは今だからこそ相手に伝えるべきなのではって、それしか言えなくて・・・」


「それが言えるシフォンは偉いよ!」


 またシフォンの頭を優しくなでてあげた。すると


「いたー!リヒト!会談始めるって、みんな探してるよぉ〜」


「ちっ!見つかったか・・・ベル吉め!」


 あ〜あ、息抜きタイム現実逃避も終わりか〜


「マスター?」


「仕方ない。行ってくるよ、シフォン。ありがとな。」


「いいえ、私何にも・・・」


 シフォンをあぐらから下ろしながら伝える。


「そんな事ないよ。シフォンのおかげで、考えがまとまった。後悔しないように、カタを付けて来るよ。」


 俺はベルを連れて、『黄金樹』へ転移した。


◇◇◇


 『黄金樹』のメインダイニングルーム。大きな円卓には、パドリア連合王国の女王ベアトリクス・ウィルミナ・アウル・ファン・オラリア・パドリアーナと諜報機関の長であるドラグナ・ラウディアナ男爵が着席していた。


 そしてマルガス帝国からは、第2王太子ユグノー・ホーエンツェルン・アルベルトと、外務卿ヨーハン・ヴィルヘム侯爵。それに帝国第3軍司令『疾風』ケーニヒ・ブランヘルム騎士卿がテーブルに着いており、副官のシャルロッテ・ヘンリル騎士卿は後ろに控えていた。


 そしてジュミラ側からは『トリナス』のボッシオとカメリア、そして『英雄』ティムガッドの3人と、『欲望』のリヒトの姿があった。


「さてさて、各国の全権を担った方々がこうやって雁首揃えて、もう3日も話し合ったが、未だにに着地点の見えない状態だ・・・」


 リヒトは出されたコーヒーに口を付けながら、そう切り出した。


「だから帝国は提案しているのだ。一緒にゴルチェスター王国への制裁として、王都 イルム・ベルガンティウムまで攻め登ろうとな!」


 先日の休憩時間に出されたウィンナーコーヒーが気に入ったユグノー第2王太子が、生クリームをスプーンで混ぜながら何度も議論された話を繰り返す。


 すると、連合王国のベアトリクス女王が、表情も変えずに何度も蒸し返された話を、機械のように感情も込めずに繰り返した。


「連合王国は1000年にも及ぶ『円卓の約定』の遵守を、帝国とジュミラの街に求めます。武力による国境線の変更は、これを認められません。」


 リヒトはうんざりした表情で天井を見上げた。


 ユグノー第2王太子とベアトリクス女王が、先触れもなしに『欲望の街』に押しかけて来てから、毎日深夜まで永遠に繰り返してきた論争にうんざりして、リヒト今朝の会合から逃げ出していたのであった。


「あのさぁ、そろそろ結論を出したいんだが、いいか?」


 リヒトが投げやりに両国代表に問いかけた。


「連合王国は賢明な判断を期待しますわ。」


「何を言うか!我が『疾風』と共にイルム・ベルガンティウムへ攻めのぼろう!」


「はいはい、待て待て。」


 リヒトはベアトリクス女王とユグノー第2王太子を交互に見ながら、両手を上げて2人を窘めた。


「連合王国はゴルチェスター王国を攻めるのは反対。で、帝国はゴルチェスター王国を攻めたい・・・と。

 だが、なんで帝国は王国を攻めたいんだっけか?」


「それは明々白々な事だ!帝国にペローテと言う毒を撒いた事に対して、忘れることが出来ない痛みを与えるためだ!」


「つまり、罰を与えたいわけだよな?」


「その通りだとも!」


 ユグノー第2王太子は身を乗り出して答えた。


「そこなんだよ、俺と見方が根本的に違ってるのはさぁ。」


「・・・どういう事だ?」


 ユグノー第2王太子は、威圧を込めた声で聞き返した。


「拳を振るう相手を間違っているんだよ、帝国は。」


「何だと!どこがどう間違ってると言うのだ!」


「ユグノー殿下。先ずはリヒト殿の言い分を伺いましょう。」


 ベアトリクス女王が苛立つユグノー第2王太子を諌めた。


「ペローテを栽培して、それを精製していたのは『盗賊騎士団』のルードで間違いないし、ヤツは俺が始末した。」


 リヒトはゆっくりとユグノー第2王太子に言い聞かせるように説明しだした。


「それを王国と帝国に向けて出荷してたのは前オスティア領主メッディオ・ボルトゥール伯爵で間違いないが、コイツは既に殺されている。

 だが、ペローテと言う『麻薬』を王国と帝国に流通させた『黒幕』が残っている。」


「だから、それがゴルチェスター王国の高位貴族の手によるものだと言ってるのだ!」


「本当にそうなのか?それって確証ないよな?

 確かに王国の高位貴族だったら、王国内での流通は可能だが、帝国内へはどうやって持ち込むんだ?

 帝国の国境線警備って、そんなにザルなのか?」


「いいえ、王国との国境警備隊は、国軍の第5軍から補充され、警備も密にされております。」


 ケーニヒ司令が説明すると、それを受けてヴィルヘム外務卿が補足した。


「入国の関税検査も、交易商人から苦情が山ほど寄せられて、しかも交易自体に支障が出るほど厳しく行っております。」


「・・・まさか!」


「そう。各国の国境を自由に通過出来るのは・・・」


「イシルス聖教!」


 リヒトの言葉に、ユグノー第2王太子は円卓を叩いて声を張り上げた!


「そう。慣例により、イシルス聖教の聖職者は、国境での検査を免れるのだったな?ベアトリクス女王?」


「え、ええ。それが大陸西方諸国の国法の及ばない古くからの慣習です・・・。ですが、イシルス聖教の聖職者が!」


「な、何のために・・・」


 それはこの円卓を囲う者全ての疑問だった。


「残念ながら、目的は俺も掴めてない。

 だが、帝国内の教会には、祭壇の下に秘密の地下室が隠されてあって、そこに精製されたペローテ『麻薬』が秘蔵されている。調べてみろ。」


「殿下!この件は慎重に進めなければなりませぬぞ!」


「帝国軍の中にも、多数のイシルス聖教徒がおりますからな・・・」


 帝国からの出席者は、皆顔面蒼白になって、ユグノー第2王太子に意見を述べた。


「リヒト殿。情報の入手方法は詮索せぬが、・・・貴重な情報感謝致す。

 失礼ながら、我らはこれにて帰国させてもらう。」


「ちょっと待ってくれ。ユグノー殿下に、頼みたいことが1つあるんだが・・・」


 前触れもなく急遽執り行われた3国会談は、これを以て突然中止となった。



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欲望のダンジョンの貧乏マスター 〜 最弱のゴブリンだけのダンジョンって・・・詰んでね?貧乏なので知恵を絞って、現代兵器使って、ダンジョンバトルに俺は勝ち抜く! ろにい @ronny

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