第40話 ジャックとクイーン

◇◇◇


 ドラグナ・ラウディアナ男爵は苦虫を噛み潰したような表情で、内心では非常に焦っていた。


 闖入者ちんにゅうしゃの顔ぶれを見て、形勢の不利を悟ったからだ。


 帝国はこの地に第2王太子ユグノーを筆頭に、切れ者と名高いヨーハン・ヴィルヘム外務卿。そして帝国の軍事力の象徴である第3軍司令『疾風』ケーニヒ・ブランヘルム騎士卿その人とその副官まで派遣してきた。


 そのことからも帝国の本気度が伺える。


 それに引替え連合王国は、正体を秘匿された諜報機関の長ただ1人・・・


 連合王国外交の負の面だけが悪目立ちする結果となった。


「国同士の話し合いの場に闖入ちんにゅうするとは、国際儀礼に反しませんかな?殿下。」


 ユグノー第2王太子は、ただ笑って肩を竦めて見せた。完璧にこの場における帝国の優位性を理解した、そんな仕草であった。


「ラウディアナ男爵との会談とは分けてユグノー第2王太子殿下と会談を行ったなら、貴国の懸念が増えるばかりになるでしょう。

 だったら、いっその事同じテーブルについて一緒に話し合った方が、お互い痛くない腹を探り合わずに済むのではないでしょうか?如何か?」


 リヒトは真っ直ぐラウディアナ男爵を見ながら言った。


「それは妙案と言うもの!我が方はそれで結構。

 個別に会談を設け、事後に連合王国との会談内容を探る羽目になるのは、こちらとしては時間と金の無駄。

 ラウディアナ男爵もよくご存知のとおり、我が国の間諜が知りたい情報を探り出してくるのには、偉く金が必要になりますからな。

 特に貴国の情報は高くなりがちだ。」


「殿下。国家機密をあからさまにするのは如何なものかと・・・」


 ユグノー殿下の言葉を、形式的に諌めるヴィルヘム外務卿。


「なあに、それくらいのことは、ラウディアナ卿はとっくにご存知だよ。ヨーハン。よーくご存知だ。」


「連合王国も、会談への帝国の参加を認めます。」


 この場でそれ以外の言葉を発することは、ラウディアナ男爵には出来なかった。



 改めて、『黄金樹』のメインダイニングルームに会談のための大きな円卓が設えられた。


 その円卓に着くのは、ジュミラからはリヒトとボッシオ、カメリア、ティムガッドの4人。


 マルガス帝国からは、ユグノー第2王太子と、ヴィルヘム外務卿にブランヘル第3軍司令の3名。副官のヘンリル嬢は後ろに控えている。


 そしてパドリア連合王国からはラウディアナ男爵 ただ1人。


 会談を開始するに当たり、リヒトは各参加者に飲み物を用意させたが、殆どが紅茶を選んだのに対して、ユグノー第2王太子だけはリヒトのために入れられたコーヒーに興味を持ち、自分の飲み物をコーヒーに替えさせた。


 コーヒーにほんの少しの砂糖を入れて、香りを楽しみながらコーヒーを1口味わったリヒトが口を開いた。


「連合王国は、ジュミラ軍がゴルチェスター王国へ再侵攻し、王国を占領支配することを懸念しているが、帝国は如何ですかな?」


 ユグノー第2王太子は面白そうにリヒトに聞き返した。


「レッドバレーとホワイトフィールドの戦いは見事であった。たった2千の傭兵だけにしては、いささか出来すぎの観はあるが、ここは敵を懐に引き入れた防衛戦だということで納得しよう。

 だが、連合王国は果たして2千の兵で王国を占領できるとでも?

 ケーニヒにそれは可能か?」


 話を振られた『疾風』のケーニヒは、しばらく考えてから答えた。


「王国の街を占領するのではなく、オスティアの街のように破壊し尽くすのであれば・・・。

 しかしそれでも兵2千だけでは不可能です。」


「ありがとう。司令。

 このとおり、帝国は机上の空論には興味がないな。

 我が帝国が、最も懸念するのは・・・」


「国を蝕む毒ですか?」


 ユグノー第2王太子の言葉を、気軽い調子で引き継ぐリヒトであった。が、ラウディアナ男爵はけげんそうに繰り返す。


「国を蝕む毒・・・」


「ペローテですよ、男爵。

 貴国のエージェントは、いささか勤務態度に難があるのではないかな?王国、帝国、そしてジュミラの3国間に関わる問題で、現在これ以上重大な案件を掴んでないとは・・・いささか買いかぶり過ぎだったかな?

 この件、少なくともオスティア領主は先代のメッディオ・ボルトゥール伯爵の頃からペローテの栽培に手を染めて、闇ルートで南方諸国にこの『麻薬』を流していたのですよ。

 まあ、その栽培を実行していたのが、元ジュミラの『トリナス』である『盗賊騎士団』のルードなのですから、我々としても他人のことを責められませんがね。」


 リヒトは他人事のように、重大な秘密を口にした。


 しかし、初めて耳にする情報に、ラウディアナ男爵は戦慄を覚え、そして、不可解な帝国の最近の動きに関する、謎を解くピースがピタリとはまるのを感じた。


「おや、その責めを負ってルードは、オスティアの街も地上からのではなかったのかな?リヒト殿?」


 面白そうに問いかけるユグノー第2王太子に対して、リヒトはただ黙って肩を竦めるだけであった。


「確かに、此度の『英雄スカー』殿の活躍で、オスティアの街とその領主は消滅しましたが、それはトカゲの尻尾切りに過ぎません。

 ペローテの流通を支配した何者かが残っております。」


 ヴィルヘム外務卿の言葉に頷きながら、ユグノー第2王太子は続けた。


「故に、我がマルガス帝国は、報復としてゴルチェスター王国の王都イルム・ベルガンティウムへの侵攻をジュミラの『トリナス』とリヒト殿に提案する!」


「「「「・・・!」」」」


「その際には、何故かたまたま休暇を取った我が第3軍の将兵2万と、これまたたまたま休暇で暇を持て余した司令官が、ジュミラの『欲望の兵団』に加わる事をお約束致します。」


 王太子の言葉に続いて、ヴィルヘム外務卿が、軽い口調とは裏腹な表情で言った。帝国は本気だった!


「ああ、何礼には及ばぬよ。その際帝国の義勇兵は、食糧は言うに及ばず、武装も自前で参加するそうだ。

 そうそう、給金もケーニヒの懐から出すそうなので、安心してくれ!

 どうかな?良い話ではないかな?ははははは」


 ユグノー第2王太子の言葉に、顔面蒼白となったラウディアナ男爵が、慌てて口を挟んだ。


「帝国は、王国の併合を!ジュミラ国の誕生を望まれるのかっ!」


 ユグノー第2王太子は、ラウディアナ男爵に冷たい視線を向けて言った。


「我が帝国軍が手を引けば、ジュミラにゴルチェスター王国を占領する術はあるまい。

 だが、王都イルム・ベルガンティウムまでの街と王都を壊滅させ、更地にするのはやぶさかではないな。

 オスティアのように更地にして、塩まで撒くのは実に小気味の良いやり方だ。

 我が祖国に毒を撒き散らした者共に、明確に帝国の意思を伝えられる。」


「それでは、ヤンチャが過ぎましてよ、ユグノー第2王太子殿下!」


 『黄金樹』のメインダイニングルームに、またまた招かざる客人が現れた。


 左右に軍人を従えて入室してきた、白髪の髪を上品に結い上げたふくよかで気品のある老女。

 しかし、彼女から放たれる覇気は、ユグノー第2王太子以上のものがあった・・・


「女王陛下!何故このような所へ・・・」


 ラウディアナ男爵の言葉に、このメインダイニングルームにいる全ての者が驚愕の表情を浮かべた。


 いや、たった1人、リヒトを除いて・・・



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