第38話 Viennese Waltz 〜 ウィンナーワルツ

□□□シフォン


 『コア』の柔らかな虹色の光に照らされ、マスターの胸で微睡まどろんでいるこの時間が私は好き。


 マスターの胸に手を添えて、頭を預けていると、マスターの温もりと一緒にマスターの鼓動がトクトクと伝わってくる・・・


 マスターの匂いを、何度も繰り返しながらゆっくり吸い込んでいる内に、段々目が覚めて来ました・・・


「おはようございます。マスター・・・」


 少し掠れた小さな声でマスターにおはようの挨拶をしてから、マスターを起こさないようにそっと体を起こします。何時までもマスターの胸に顔を埋めていたいけど、マスターのために出来ることが、私にしか出来ないことがあるから・・・


 マスターと共にこのダンジョンで生きると誓ってから、私はこのコアルームで寝起きをしている。

 だってマスターもここで寝ているから・・・


「俺もエイルも本当は寝なくても大丈夫なんだよね。

 でもさぁ、起きてたら起きてた分だけ疲れるから俺は眠るんだけどさ。それよりも何よりも、俺は何にもしないでゴロゴロすんのが好きだからさ」


 そんなこと言ってると、いつもベルさんに・・・


「ゴロゴロばっかしてないで、リヒトも働けー!」


 と叱られる、マスター。


「ヤダ!俺は自分がゴロゴロする為にこのダンジョン作ったんだ!ゴロゴロこそが正義!

 働くゴブリンずも、トート商会もみんな俺がゴロゴロして楽する為のパラダイスシステムなんだ!

 まっ、ベル吉は違うけど・・・」


「えっ、そんなにボクのことを・・・」


「ベル吉、お前は戦力外だ!君には何も期待しとらん!」


「ひっどーい!リヒトのバカー!」バチン!

 

 ・・・そう言っていつもケンカしているベルさんが、ちょっぴり羨ましい。


 私は布団を畳んでから、鏡台に向かって髪を梳かしはじめた。


 ふかふかの布団と一緒に、鏡台をマスターは用意してくれたの。『マスター装備』で大事なDPダンジョンポイントを使って。


 私は奴隷だったから・・・ううん、今でも心はマスターの奴隷だけど・・・床で眠ることは慣れていたし、男の子みたいな格好するのも・・・


 でも、マスターは、この方がもっと気持ちよく寝れるよって言って私に布団を用意してくれて、シフォンは女の子なんだからって鏡台とブラシまで用意してくれた。


 本当はマスターの布団で一緒に寝るのが良かったのだけれど・・・ふふふ、いつもマスターの胸に抱きついて寝てるから、結局同じかしら?


 鏡台に映る私。髪が少し伸びてきた・・・。少しは女の子っぽくなったかな?


 さっ、朝食に皆さんが集まるまで、鍛冶仕事をしよう!


 このダンジョンに『勇者』が現れた。マスターを殺すと言っているらしい・・・


 許せない!私がマスターを守るの!どんなに『勇者』が強者であったとしても!私のこの武器でマスターを守って見せるわ!


 私は『コア』の力を借りて、に魔力を注ぎ始めた・・・



□□□アナスタシア


 この『欲望の街』には宿屋が3軒ある。


 ダンジョン入口の真ん前にある、トート商会が営む宿屋。これは大衆向けの宿ね。


 そして街の目抜き通りを挟んで向かい合って建つ、ジュミラの街の支配者、『トリナス』のボッシオ殿とカメリア殿が経営する宿。


 どちらの宿も、国賓をお迎え出来るほど贅を尽くした宿。私はカメリア殿の宿屋に泊まっているわ。同性のカメリア殿の宿の方が、女性の私には過ごしやすい感じがする。


 シンジは何を考えてるのか分からないけど、トート商会の宿に泊まっているわ・・・バカシンジ!


 私はいつものように少し遅い朝食、と言ってもサラダと香り高い紅茶だけの朝食を済ませて、『豊穣の女神亭』に向かった。


 お目当てはもちろん『今日のティーセット』♥

 

 それを食べるために、朝食はサラダだけに・・・ごにょごにょ


「いらっしゃらませ。」


 『豊穣の女神亭』の店内を抜けて、奥の庭に面したテラス席に腰を下ろす。


 もう外は肌寒い季節になったけれど、手入れの行き届いた庭には冬の花が咲いているのが見れて、その上屋内と違って騒がしくないから、私はここのテラス席がお気に入りなの。


 真っ白で可憐なシクラメンの花が、今日も私を迎えてくれるわ。


「いつもの、お願いします。」


「かしこまりました。本日は紅茶ではなく、ウィンナーコーヒーとザッハトルテとなります。どちらも『黄金樹』で好評だった1品にございます。」


 礼儀正しい『メイド』さんが、オーダーを取って室内に戻って行った。


 私には『鑑定』スキルがないから分からないけど、未だに『メイド』さんたちが『ゴブリン』だなんて信じられない。


 だって、見た感じなんか、ただの可愛らしい女の子なんですもの。メイド服も見たことの無い意匠で愛らしい・・・ちょっと私も着てみたい・・・かな?そしたらシンジのバカも喜んでくれるかしら・・・


「お待たせしました。ウィンナーコーヒーとザッハトルテでございます。

 どうぞごゆっくりお寛ぎください。」


 テーブルには、カップに生クリームが山になっている飲み物と、真っ黒なケーキがサーブされた。


「あっ、知ってるわ。この黒いのはチョッコレットってヤツね!どれどれ・・・」


 ザッハトルテというケーキは・・・一言で言って完璧だった。正に神の一品!


 パリッとしたチョッコレットの皮に包また濃厚な味と香りの生地・・・このほのかな酸味は何かしら・・・何かのベリー?いいえ、ベリーじゃないわ・・・あんず?そうあんずの風味よ!


 ザッハトルテを1口堪能してから、ウィンナーコーヒーに口をつけた。


 ちょっと飲みにくいわね・・・


 !


 冷たくて甘〜いクリームとほろ苦い・・・これがコーヒーかしら?2つのコントラストが面白いわ!


 それにザッハトルテの濃厚な味には、紅茶ではなくてこのほのかな苦味が合うのね!さすが『黄金樹』のパティシエリーダ、シーナさん!


 私は神が祝福したとしか思えない、天使のスイーツを堪能していると、このテラスに1人の男の人が入ってきた。


「ご一緒させてもらって、宜しいかな?お嬢さん。」


 商人の格好してるけど・・・どうかしら?


「どうぞ、ご自由に。」


「ありがとう。」

 

 そう言って商人風の男は、隣のテーブルに腰を下ろした。


「余計なことかもしれないが・・・クリームのお髭が付いてるよ。お嬢さん。」


「なっ!」


 慌ててハンカチを取り出して、お口の周りを拭き取る・・・くぅー!恥ずかしい!


「私も同じものを頂こうかな。メイドさーん!お嬢さんと同じものを下さいな。」


 顔が赤くなってるのが分かるー!


「おや?トルトナの旦那じゃないですか!いつこの街に?」


「お姉さーん!オムライスと日替わり。それとまかないを取り敢えずくださーい!」


 賑やかにテラスにきたのは、ジュミラの傭兵団『欲望の兵団』のリーダー、『英雄』ティムガッドその人。それに私のパーティーメンバーである勇者シンジ。


 最近のシンジは、いっつも『スカー』ティムガッドさんにくっついてばかりいて、私をかまってくれない!・・・むう!


「昨晩遅くにさ。ところで、そっちの男の子はお前さんとこの新人さんかい?」


 商人らしい男性はトルトナさんと言うのね。


「こいつか?こいつはシンジって言うんだ。俺が直々にダンジョンの遊び方を教えてるんだ!どや〜!」


 クリームが溶けてコーヒーと混ざったウィンナーコーヒーに口を付ける。

 あら、ヤダ!こうなったのも、とっても美味しいわ♥


「なんだそれは?ドスケベ『スカー』の英才教育か?

 なあ、シンジさん。ここのダンジョンは特別だから注意するんだぞ!いいな。長生きしたかったら、それを忘れるんじゃない。」


「どこがどう違ってんのさあ、おじさん?」


 運ばれてきた料理と格闘しながら、シンジはそう聞き返した。


「『迷宮』の『宝箱』からドロップされる武具や薬品。そのどれを見ても『外れ』のない1級品ばかりた。

 それからここの『鉱山』。鉱石から取れる金属は、上級ダンジョンに比肩を取らない高品質な物ばかりだ。それを精錬してインゴットにしているトート商会の技術もまた素晴らしい!」


「・・・・・・」


 シンジのヤツ、一見興味なさげに見えるけど、耳がもっと聞かせろって言ってるわよ!脇が甘いわね、バカシンジ!


「そして、なんと言っても1番の違いは、それらの『ダンジョン資源』を丸腰で採掘出来ることだよ。

 ここのダンジョンと同じやり方で、他所のダンジョンに潜ったら命が幾つあっても足りない!

 そこが大きな違いだ。」


「ほう、ダンジョンに潜らない商人にしては、的確な意見だな。大商人トルトナ。」


 ティムガッドさんには、黙っていてもお酒とおつまみが出てくる不思議・・・まだ、昼前でしてよ!?


「モンスターを切り倒す腕はもっていなくとも、商売を嗅ぎ分ける鼻は持っているさ。大英雄ティムガッド。

 連合王国の酒場では、夜な夜な『英雄スカー』の武勇譚を吟遊詩人バードが歌ってるぞ!ははは!」


「でもさぁ、そしたらここのダンジョンは、なんでこんなにヘンテコなんだ?」


 まかないのラメーンをスープ代わりに、フライセットのエビフライを頬張るシンジ。この香りはミソラメーンかしら?


「さあな、リヒト自身変人だからじゃないのか?知らんけどさ。

 でもアイツ、妙に人懐っこくて憎めねえんだよなぁ・・・」


 『英雄』さんが、どこか優しそうな目でそう言ったわ。数万の敵兵を皆殺しにした人が?はあ?


「普通のダンジョンは、人を喰らって成長するそうですが、ここのダンジョンはそれとは違います。ここのダンジョンは・・・」


「ここのダンジョンは?」


「人と共にあり続けることで、成長するのではないのでしょうか・・・。まあ、私のカンですがね。」


「カンかよ・・・」


「はい、商売人としてのカン、です。」


 あら、食事する手が止まっていてよ、シンジ。



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