第37話 集う星、運命の胎動
◇◇◇
―― 話は遡る
パドリア連合王国首都バーミンガム。北方諸国随一の大都市であるこの街の中枢に、交易商トルトナの姿があった。
風格はあるが、決して奢侈にならない一室でトルトナは部屋の主を待っていた。
暫くすると、扉が開かれて
「こんな夜分に、何か面白いお話でも持ってきて下さったのかしら?ラウディアナ男爵?それは、就寝に着いたレディーを起こすに値するものなのかしら?」
開口一番、トルトナに皮肉を口にしたのは、この国の女王。ベアトリクス・ウィルミナ・アウル・ファン・オラリア・パドリアーナその人であった。
ベアトリクス女王は、歳月を重ねた容貌に、少女のような悪戯な笑みを浮かべながらトルトナに右手を差し出した。
「国母たる女王陛下の安眠を妨げるのは、臣下として恥ずべきことではございますが、事態は逼迫しており、こうしてまかりこした次第でございます。女王陛下。」
そう言ってベアトリクス女王の右手を手に取って、恭しく口付けをするこの男は、交易商トルトナと言うのは世を忍ぶ仮の姿で、正体はパドリア連合王国の諜報機関、Z機関の長ラウディアナ男爵であった。
ベアトリクス女王が暖炉の前の座り心地の良さそうな肘掛の椅子に腰を下ろすのを手助けしてから、ラウディアナ男爵は話を始めた。
「先日ご報告致しました、ゴルチェスター王国による都市国家ジュミラ討伐軍敗北の件ですが、続報が届きました。」
「あらまあ!傲慢で独善の塊であるゴルチェスター王の鼻を明かした件。ここ数年こんなに心躍る快事はありませんでいたね。勲章でも与えた方がよろしいかしら・・・ふふふふ。まるで少女時代に戻ったよう。
それで、続報というのは?ドゥーリー?」
少女のように微笑みながら、ラウディアナ男爵に問いかける女王ベアトリクスだったが、問いかけられた男爵は苦い顔をしている。
「どうかその呼び方はおやめ下さい。女王陛下。私にはドラグナ・ラウディアナと言う名がございますれば・・・」
しかし、ラウディアナ男爵の抵抗も虚しく、夜中に起こされた意趣返しもあるのだろうが、ベアトリクス女王は更に続けた。
「あら、ドゥーリー。ちょっとつれないのではなくて?
貴方と遊んであげたこと、覚えていらっしゃらなくて?
そんな貴方が、伯爵令嬢や子爵令嬢に夢中になっていたことも。ねっ」
「女王陛下。お戯れは、どうか・・・」
「だって貴方ときたら、先代ラウディアナ男爵の後を継いだら、幾つもの名を使って諸外国を飛び回り、腹黒く諸国を裏から操っているつもりでいるのですもの。
だから、決めました!この『王家の塔』の中では、昔どおりあなたの事をドゥーリーと呼びます!女王の名において決めましたよ。ふふふ」
「はあ、女王陛下の御心のままに・・・」
「そうそう、ドゥーリー。その続報と言うものを聞かせてください。
ラウディアナ男爵は再び気持ちを引き締めてから、口を開いた。
「先ずは、ジュミラ討伐軍の損害の詳細が判明致しました。
討伐軍5万の内、輜重部隊と若干の兵を含めて約2千名以外・・・全滅でございます。」
「96%の戦死率だと言うの?何かの冗談でしょ?ドゥーリー?」
女王の指先が少し震えた。
「誠にございます。女王陛下。」
女王が事実を飲み込むために、少し間を置いてから、諜報機関の長は話を続けた。
「加えて、討伐軍を壊滅させたジュミラの傭兵団は更に軍を勧め、ゴルチェスター王国との国境を逆侵攻し、領都オスティアを一日で破壊し尽くしてしまいました。
領都オスティアは更地となり、しかもその更地には厚く塩まで撒いて不毛の土地に変えられたとの事です。」
男爵からの報告に、女王は暫く言葉を失った。
コツコツと室内の大時計が時を刻む音だけが2人の間に存在した。
「千年も続くオスティアの街を更地にまで破壊して、更に塩まで撒くとは・・・このメッセージ、貴方はどう思うのかしら?ドラグナ?」
何時になく真剣な表情で問いかけるベアトリクス女王。
ラウディアナ男爵は慎重に言葉を選びながら答えた。
「これは我が連合王国も含めた、ジュミラ周辺国に対する警告。
我々に手を出したら只では済まない・・・永遠に地図の上から消え去る覚悟をしろ、と・・・」
「
ですが、国軍の半分と、都市を1つ失ったゴルチェスター国王が如何様に出るか・・・」
「・・・・・・」
連合王国Z機関の長は、沈黙をもって答えた。
「この件、明朝首相と軍務卿とで話します。貴方も参加するのですよ、ドゥーリー。」
「御心のままに。
◇◇◇
「で?貴卿らは、英雄『スカー』ティムガッド殿とは、顔合わせはしなかったのだな?」
マルガス帝国とジュミラの街を結ぶジュミラ街道を、護衛の騎士を伴ってマルガス帝国の国旗を掲げながら進む6頭立ての豪華な馬車があった。
その豪華な馬車にも、帝国の紋章が描かれており、その馬車の主人にヨーハン・ヴィルヘム外務卿が答えた。
「はい、殿下。ジュミラの『トリナス』のお2人と、
「星遊子か。ヴィルヘルム外務卿。貴卿は皇帝陛下の仰った事、どう思われるか?忌憚のない意見が聞きたい。」
帝国の外務卿に殿下と呼ばれた人物は、マルガス帝国の第2王太子ユグノー・ホーエンツェルン・アルベルト。
帝国がゴルチェスター王国軍と領都オスティアの壊滅を受けて、急遽ジュミラの街に、いや正しくはリヒトの元へ派遣した特使であった。
「小生も陛下に指摘されるまでは失念しておりましたが、確かイシルス教の古い聖典でその記述を見た記憶がございます。」
ユグノー第2王太子は、ベルベットのソファーに深く座ってヴィルヘム外務卿に言葉を返した。
「流石政務局の誉高き俊才!して、その聖典にはなんと?」
「ほい、そのほとんどが宗教的狂信者の戯言でしたが、たった1文だけ、気になる記述がございました。」
「その記述とは?」
「星の宿命を宿した運命の神子が100年周期で、
「ほう、皇帝陛下の仰った『星遊子』に類似しているではないか・・・。
して、ケーニヒ司令はかの者に関して、何か気づいたことはなかったか?」
ヴィルヘルム外務卿と共に、ユグノー第2王太子の向いの席に腰を下ろした帝国第3軍司令、ケーニヒ・ブランヘルム騎士卿は、一瞬の躊躇いの後に返答した。
「通常なら、狂人でもない限り、5万もの正規軍が攻め寄せれば、強者の合力を求めるものです。
しかし、かの者は・・・」
「帝国の支援を拒んだ・・・と」
「ジュミラに対する帝国の支配力を拒んだように私には見えましたな・・・」
ヴィルヘルム外務卿がそう言葉を繋いだが・・・
「かの者に恐れや、迷い、逡巡の色は一切ございませんでした。
その上、5万の敵が接近しているにも関わらず、我が帝国第3軍との戦闘も厭わずに帝国の関与をキッパリと跳ね除けました。
正直に申しまして、小官ならかの者のような選択はできかねます。」
両膝に肘を置いて、思い出しながら語るブランヘルム司令の言葉に驚きを覚えながら、それを隠しつつユグノー王太子は問いを重ねた。
「第3軍3万なら、ゴルチェスター軍5万を撃破可能か?」
ブランヘルム司令はユグノー第2王太子の瞳を真っ直ぐに見返しながら、キッパリと答えた。
「陛下がそれをお望みとあらば、殲滅してご覧致しましょう。」
王太子は満足そうに大きく頷きながら、更に問いかけた。
「その場合、第3軍の損害は?」
ブランヘルム司令は眉間に深い皺を作りながら、吐き出すように答えた。
「4割・・・かと・・・」
「これで腑に落ちた。『疾風』のケーニヒをして、約半数の損害を覚悟させる戦闘に完全勝利し、あまつさえ『戦争の英雄』まで仕立て上げる戦略の政略の天才。
皇帝陛下は、我にかの者を見極めさせるお心なのだ!」
第2王太子の言葉に、恭しく頭を下げながら、ヨーハン・ヴィルヘム外務卿は王太子に告げた。
「どうかお忘れなく。かの者の見た目は
「卿の諌言心に刻もう。」
ユグノー第2王太子らを載せた馬車は、ジュミラの街へ、そして『欲望★★』のダンジョンへ次第に近づいて行った。
『欲望★★』のリヒトと帝国の第2王太子との邂逅が、歴史にどんな影響を与えるか、如何なる賢者にも予想することは出来たかった。
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