第36話 勇者の苦悩
「だったら、ごめん兄ちゃん。俺勇者として兄ちゃんを、殺さなきゃならないんだ・・・ごめんなさい・・・」
そう言ってシンジ君は、腰の剣をゆっくりと引き抜き、そして切っ先を俺に向けて剣を構えた。
「きゃー!やめてー!」
シンジ君と俺に、試作スイーツを運んできたパテシエリーダーのシーナが、ケーキを載せたトレイを床に落として俺の前に立ち塞がって、シンジ君に向かって両手を広げた。
「お願いです!リヒト様を殺さないで!代わりに私の命を差し上げますから!」
シンジ君は、シーナのあまりの気迫に驚きながら言葉を口にした。
「どうして?何故なんだ?人間の君が、人間でもない、バケモノを庇うなんて・・・」
「リヒト様はバケモノなんかじゃありません!リヒト様は重い病気で死にかけたり、身体の一部が欠損して重大な不具合を持った売り物にならない、毎日死ぬことばかり願っていた私たち奴隷の子供を救ってくださいました!癒してくださいました!そして、生きる喜びと生きる目的を与えてくださいました!」
シーナは泣きながらシンジ君に訴え続ける。
「今でも、そんな不幸な奴隷の子供たちが、この街に集められていて、生きる気力を取り戻しているの!生きる術を学んでいるの!生にしがみつき始めているの!」
シーナの剣幕に、『豊穣の女神亭』の厨房にいた、コックや見習いたちがゾロゾロと休憩室に入ってきて、みんなシーナのように、俺を守るようにシンジ君の剣の前に立ち塞がった。
さっきシンジ君のラメーンのどんぶりを下げた見習いの子供が、震えながらもシンジ君に自分の思いをぶつけた。
「お兄さん。奴隷屋には『ヘルヘイムの箱』って呼ばれるものがあるのを知ってますか?」
シンジ君は黙って首を横に振る。
「病気で死んだ人間や悪人は、『ヘルヘイム』って呼ばれる世界へ死んだ後に行くそうです。
僕は右手と左足が無かったから、売り物にならないと言われて、『ヘルヘイムの箱』に放り込まれてました。
滅多に食べ物を貰えず、汚物にまみれて・・・
ここにいる仲間たちは、みんな同じ扱いを受けて来た者たちなんです・・・」
「僕の勇者スキルで『奴隷魔法』を解除出来るし、アナスタシアは聖女だから、神聖魔法で身体欠損は直せるよ!だから・・・」
「勇者様と聖女様なら、1秒1秒生まれてきたことを恨んで、どうしたら楽に死ねるかばかりを考えていた、僕らの心を癒せましたか?」
この子は確かマッシと言ったか?マッシの言葉にこの部屋にいる24の瞳が真っ直ぐにシンジ君を見つめている。それぞれの思いを込めて。
「ダンジョンには、今まさに生きる意志を取り戻すために、自分自身と向き合っている子供たちがいるんです。
あなたは、そんな僕らの父さんと母さんを殺してしまうのですか?『ゴブリン』だからという、たったそれだけの理由で?」
「も、モンスターは・・・人間の敵だ・・・こ、殺さなければ・・・いずれ人間に・・・」
シンジ君の剣の切っ先が、だんだん下がってきた。
「あなたはさっき、僕の作った『オモライッス』を『美味しい美味しい』って涙を流しながら食べてくれましたよね?」
「あのオムライスは君が作ったのか?」
「僕たちみんなが作れます。でも、僕の『オモライッス』はまだまだ遠く及びません。父さんと母さんが作ってくれる『オモライッス』は、もっともっと優しくてフワッと僕らを包み込んでくれるあったかい味なんです!」
俺は俺を庇ってくれている子供たち一人一人が誇らしくて、可愛くて、勇者のことなんて忘れて一人一人を抱きしめながら、頭を撫でてやった。
「シンジ君。君に『欲望★★』のダンジョンの全てを見せてあげよう。それからでも遅くないんじゃないか?君なら俺を一瞬で殺せるのだから・・・」
そして俺は躊躇いを覚えた勇者と、さっきからタヌキ寝入りしてた聖女を連れて『欲望★★』のダンジョンを見せて回った。
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『欲望の街』の町外れの森の中。
「おーい!初号、ニャルト!」
「うげっ!」
「きゃっ!」
目の前の茂みからギリースーツに身を隠した『アーチャー』初号が立ち上がり、『ニンジャ』のニャルトが落ち葉の渦巻きの中から、印を結んで現れた。
「コイツらは『ゴブリンアーチャー』の初号と『ゴブリンニンジャ』のニャルトた。見てのとおり、『ゴブリン』の亜種だ。
コイツらは普段、この森で怪しい者の侵入や犯罪を取り締まってる。」
「いしししっ!お客さんを驚かせようと、2人とも隠れてたの?やるねえ、やるねぇ〜」
とサムズアップのベル。
「『ゴブリン』の亜種って・・・」
「僕の『鑑定』スキルでは、種族とレベルしかわかんないけど、なんなんだこの『ゴブリン』・・・」
「まあ、一々これくらいで驚くな。」
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「はーい!それじゃあ『ポーター』さんたち!いつもどおり、ジュミラの街のアメリアのトコまで荷物をお願いねー!じゃぁ、よろしく!」
ここは『欲望★★』のダンジョン入口脇にある、トート商会本店。
地上の『欲望の街』には、こことは別にトートたちの住居も兼ねた屋敷が、『黄金樹』の前の一等地にあるのだが、トートが『商売人は何時でも金を生み出す現場にいなくちゃ!』と言って未だにダンジョン内の始まりの店を本店にしている。
「今隊列を組んで、でっかい荷物を背負ってダンジョンから出てったのが『ゴブリンポーター』だ。力持ちで、頼りになるヤツらだ。」
「奴隷の子供たちをジュミラから運んで来たのも彼らだよ。容態を悪化させないように、とつても気を配って背負ってきてくれたんだってさ!」
ベルがドヤ顔で話してる。なぜお前がドヤるんだ?
「彼らは見た目が『ゴブリン』に近いわね。体格はずっと立派だけど・・・」
「ジュミラの街の住人は、アイツらを恐れないのか?」
「『ダンジョン資源』が街に運ばれれば、それだけ街の経済が潤うことが分かってるんだ。
それに最近は『ポーター』をジュミラの住人に有料で貸し出したるからね。
小さな荷馬車並の荷物を背負って、馬車が通れない剣路だって進めるから、結構重宝されてるな。」
「・・・」
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「キャー!ラスくんのエッチー♥」
「次行っくよー!はい!サチちゃん!右手を黄色!右手を黄色だよー!」
『ゴブリンコンパニオン』のツルが、スピナーの針の出た目をよみあげる。
「ええっ!ちょっとごめんねラスくん♥」
『コンパニオン』のサチが、『暁の剣』の『韋駄天』ドゥラスの股に顔を付けて、ドゥラスの股の間から手をとおして黄色の円に右手を置いた。
ドゥラスはわざとらしくサチの下腹部に顔を埋めてくんかくんかしてるな・・・後で『黒服』にオシオキさせとくか。
「な、なにやってんだよ!これ?・・・」
「トゥイスッターゲームだな。」
「ツイスターゲームな。見りゃ分かるよ、そんなこと・・・・・・」
「うん?どうした、少年?ん?」
ベルが心配そうにシンジ君の顔を窺う。
「こ、ここは・・・・・・天国や〜!」
「バカシンジィ!目がおっぱいになってる!目を覚ませぇ!」バチィーン!
「ふははは!少年よ、おっはいを目指せ!」
「リヒトも反省!」パパパチン!
シンジ君と一緒にほっぺたに紅葉マーク(俺の場合は紅葉真っ盛りな・・・)を付けながら、ここの紹介をする。
「シンジ君。ここは、大人の夢の城。バー『アゲハ蝶』だ!
『ゴブリンコンパニオン』のメグママ、『ゴブリン黒服』のダグラス、それから『ゴブリンメイド』のメイドちゃん。ちょっとこっち来てくれ。」
「あらぁ、新しいお客様かしら?まあ、素敵な彼女さんをお連れなのねぇ。私妬けちゃうわぁ♥」
「いいえ!お姉さん。こんなまな板!ぼ、僕の彼女なんかじゃ・・・ぶべし!」
アナスタシアの右ストレートが、シンジの
恐るべし!聖女アナスタシア!
『黒服』ダグラスが、黙ってアナスタシアの黄金の右手を高々と持ち上げた!それはまるで孤高のチャンピオンを讃えるかのように・・・
「あらあらまあまあ〜♥」
メグママがノックアウトしたシンジ君を抱き起こす・・・が、メグママの谷間に顔を埋めてるのは、わざとだよなぁ、シンジ君?
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その後、俺はシンジ君とアナスタシア嬢を連れて、『迷宮』エリア、『鉱山』エリア、『ゴブリン王国』エリアを見せてまわって、最後にカジノ『大富豪』のVIPルームへ転移した。
『迷宮』にしろ、『鉱山』にしろそこでマインニンクしてる傭兵たちが、丸腰で動き回ってる姿に驚き、『ゴブリン王国』では、『ゴブリンファーマー』と奴隷の子たちが、『黄金樹』や『豊穣の女神亭』で提供する穀物や野菜、家畜たちを飼育してるのを見て更に驚いていた。
アナスタシアちゃんは、『ダンジョン牛』から子供たちが搾った、搾りたての牛乳を低温殺菌したミルク飲ませたら、ベルと2人で幸せのダンスを踊り出して笑わしてくれた。
ただ、見学途中で『ゴブリン王の丘』近くに通りかかった際、アダムとイブが『励んでる』のを見せちゃってさ。ベルにデリカシーがないって、コッテリ怒られてしまったんだ。
遮るものが何一つない丘の頂きの『王の寝台』の周りで、恭しく膝をついて祈りを捧げてる『ゴブリン ナイト オブ ナイツ』のカインとアベルや、美しい翼を持った『ゴブリンワルキューレ』の12姉妹たち・・・。
そりゃ、何かの儀式かと勘違いして、シンジ君たち近づいちゃうよなぁ・・・
しかも、アダムのヤツ。『よう!少年!』とばかりに、シンジ君にイケメンなサムズアップをカマしてるし・・・その間ずっとイブの腰を責めながら・・・シンジ君たちのトラウマにならなきゃいいんだけどな・・・
何だかんだハプニングはあったが・・・てか、アダムの野郎しか問題起こしてないんだが・・・シンジ君とアナスタシアちゃんを連れてVIPルームのソファーに腰を下ろした。
『ゴブリンバニー』のバニーちゃんが、俺たちに冷たい飲み物を出してくれた。
「こ、コーラなのか?これ・・・」
「まあ、不思議な飲み物ね。お口の中でシュワシュワ弾けてる・・・ふふふ」
「これも、さっきの『ゴブリン王国』で作ってるんだよ!レシピは、秘密だけどね!へへへ」
すっかり仲良しになったな、ベルとアナスタシア。だが・・・
「これが『欲望★★』のダンジョンの全てだ。
で、どうする?勇者シンジ。これでもやっぱり、俺を殺すのか?」
まだ幼さが残るシンジ君に対して、厳しいことを言ってるとは思うけど、仮にも『勇者』の看板を背負ってる『男』と、『ダンジョンマスター』。
ただ馴れ合っては居られない。付けなければならない、ケジメってのがあるんだ。
コーラの炭酸が抜けるまで、シンジ君はかなり悩んでいた。そして・・・
「お兄さん。俺の答えは、もう少し待って下さい・・・」
そう言って、頭を下げるシンジ君だった。
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