第35話 勇者シンジ君

『マイロード!一大事でございます!マイロードー!』


 『ゴブリンラット』のキング、リチャード獅子心王リチャード ザ ライオンハートが、血相を変えて『欲望★★』のダンジョンのコアルームに飛び込んできた。獅子王の心を持つ彼が、こんなに慌てる姿を見るのは初めてだった。


『今朝のジュミラから来た駅馬車に、化け物が紛れ込んでおりました。』


「どうしたんだい?そんなに慌ててさ?」


 暇を持て余したベルも飛んできた。なんか久しぶりだな、おい。


 俺はコアルームにダンジョン内部や『欲望の街』の様子をマルチモニターで映し出す・・・どこだよ、その化け物ってのは?


『マスター!いました。『豊穣の女神亭』に入っていったところです!』


 キングリチャードが小さな指で1つの映像を指さした。それには、歳若い男女が映っていた・・・


「リヒトみたいに、黒眼黒髪だねぇ・・・顔はリヒトの方が断然カッコイイけど。」


「ホントだ。同じた・・・でも顔のことピクシーのベルに褒められても、あんま嬉しくない件。

 ツレの女の子は、豪華な金髪だけど・・・俺、縦ロールの髪って初めて見たよ。マジで存在してたんだな〜」


「うきー!なんかボクのことディスってない?」


「いやいや、そんなことはないさ、ベル君。あの子何か凄い残念感が・・・」


「どうしたのさぁ?」


「いやね。あの金髪縦ロールだけど、胸がベルと同じでさあ、ヒラタイムネ族なんだよ・・・」


 ベルが無言で俺の鼻の頭を蹴り飛ばす・・・。痛いからヤメテー


「2人とも普通に見えるんだけど・・・どうなの?キングリチャード?」


「女児もさることながら、あの男・・・只者ではございません。物凄い強者の風格がこの映像越しにも感じられます・・・。我が家臣共ではかの者に近づくことすら叶いませぬ。マイロード。」


「そんなに凄いんだ、あの男の子・・・。どて、DPダンジョンポイントスカウターで見てみようか・・・」


 星2ダブルスターに進化したことにより、DPの収入が相手の脅威度に比例して増えるようになったんだ。もちろん欲望状態ブーストと顧客満足度ボーナスも健在だ。


 1例を上げると、こうなる。ドン!


10 P    一般人(1H)

200 P   ティムガッド(1H)

2000 P  獅子頭獣人ゴルド(1H)


 『スカー』ティムガッドは常連の人間としては最高値に近いが、『コア』に記録された『欲望★★』のダンジョンの侵入者の記録を調べてみたら、『獣』のダンジョンのダンジョンマスターである獅子頭獣人ゴルドの戦闘力が飛び抜けて高かった。

 一般人の200倍ってなんだよそれ。


 そんでもって、若い男女の脅威度を見てみると・・・


10000 P  勇者【転生者】(1H)

1000 P   聖女(1H)


 ・・・はい。とんでもない戦闘力の数字と、パワーワードが映し出されました・・・



 ここは『欲望の街』の新名所。ビストロ『豊穣の女神亭』。


 まだ昼前だと言うのに、店内はお客で混み始めている。


 理由はもちろん『味』と『値段』だ。

 

☆日替わりランチ 500Gゴルド

☆今日のティーセット 500Gゴルド

(パテシエお任せスイーツ&紅茶)

☆女神の祝福セット 1000Gゴルド

(酒類2杯とツマミ2品 )


 全品日替わりお任せルールなので、客は料理を選べないが、だが会員制『黄金樹』の料理と酒を格安の値段で誰でも味わうことが出来る。


 開店後口コミで噂が広がり、ダンジョンの常連以外でも、ジュミラの街から『豊穣の女神亭』にやってくる一般人も増えだした。


 そんな人気店の店内。異常事態が起こっていた。

 昼前にも関わらず、混雑した店内まではいつもの風景なのだが、店の一角、若い男女が座ったテーブルを避けるように、そいつらのテーブルの周りには誰も座ろうとはしないんだ。


 俺は一般客から密かに好奇の目で見られながら、その若い2人のテーブルに腰を下ろした。


「どうだい?お兄さん。そのカツドゥーン美味いだろ?」


「ボクも大好きなんだよ、それ!」


 ちょっとくせっ毛の黒髪をした少年が、一心にカツドゥーンをスプーンでかき込みながらチラリと俺とベルに目を向け、だが興味を無くしたように無視してカツドゥーンとの格闘を再開した。


「あら、『今日のティーセット』のロイヤルミルクティーとモンブランケーキのセットも、大変美味しくてよ。おじさま。」


「ああ、それはダンジョン産の高級茶葉と最高級の食材で作られてるからな。お嬢ちゃんの口にあって良かったよ。」


「モンブランケースかぁ。ボクも貰おうかな。『メイド』ちゃん!『モンブラン』ボクにもー!」


 そんなこと言ってる間に、カツドゥーンを食い終えた男の子が食べ終えた丼を重ねながら大声で『ゴブリンメイド』の子に声を掛けた。


「お姉さん。『カツ丼』お代わり!大盛りで!」


 そして、ミソフープをゴクゴク飲み干した。


「凄いな、3杯目かよ・・・」


「しかも大盛りって・・・」

「どこに入ってるのかなぁ?かなぁ?」


 金髪縦ロールのお嬢ちゃんとベルが、しげしげと男の子の腹の当たりを覗き込む。

 

 この嬢ちゃん、冒険者の格好をしているが、どこか似合わない。特にレザーアーマーの胸の辺りが・・・


「そう言うアナスタシアだって、『モンブラン』2つ目じゃないかよ!

 俺は3年ぶりにやっと出逢えた『故郷の味』なんだ!材料が無くなるまで、俺は食い続ける!」


 付け合せの野菜の発酵食品をポリポリ食べながら、「ぬか漬けうめー」だの「たくあん萌えー」だとか不気味な呪文を唱える坊主。攻撃魔法じゃないよな?


「なんだ、そんなに喜んで貰えるなら、何時でも出してやるぞ。金さえ払ってくれるならな・・・」


「マジかよ!オッチャン!」


「俺はオッチャンじゃねえし!このクソガキ!」


「ししし!オッチャンだってさ!ししし」


 ベル吉を指でバジいて、モンブランに頭からダイブさせてやった。


「いやいや、ごめんって!それで、他の料理は作れんの?カレーとかデミグラスソースのハンバーグとか、ナポリタンとかエビフライのタルタルソースとか!なあ、どうなの?」


『日替わりランチの大盛りです。』


 間がいいのか悪いのか、『メイド』ちゃんがお代わりのカツドゥーンを持ってきたので、男の子がそれに飛びついた。


「もっとゆっくり食べろよ。」


 もう、俺の言葉は耳に入らないようだ。だが!


「あるよ。」


ピク


 カツドゥーンをかき込む手が止まった・・・


「マジ?」


「ここの料理はな、ダンジョンの宝箱から出た『魔書レシピ本』を解読して再現したものなんだ。」


 嘘は・・・ちょっとしか言ってない・・・よ


「解読が終わったレシピの中に、お前さんが言ってた料理があったはずだぞ。」


ポトリ


 坊主が手からスプーンを落とした。


「マジかよ〜オッチャン・・・いや!お兄さん!金なら幾らでも出すから、僕に食べさせておくれよ〜」


 そして隣の金髪縦ロールの肩を掴みながら・・・


「金だけじゃ足りないってのなら、このアナスタシアを兄さんの好きにしていいからさあ・・・」


「バカシンジぃ!」バチン!


 シンジ君のほっぺたに鮮やかな紅葉が浮かんだ・・・


「いや、嬢ちゃんはいらないから・・・さ。」


「やっぱ、兄ちゃんもボインボインが好きなんか?ししし?だよね!」

 

「シンジ、死ね!」


ドゴン!


 嬢ちゃんのパンチがシンジ君のこめかみにヒットするが・・・


「いったーっ!」


 殴った嬢ちゃんの手の方にダメージが入ったようだ。さすが勇者クオリティ?


「ひぃー!ヒール!ヒール!」


 嬢ちゃんの右手が光った。治癒魔法かな?


「賑やかな子たちだねぇ」


 そうだな、ベル。でも、まだ油断は出来ない。なんてったってこいつらは勇者に聖女なんだがら。



「なあ、兄ちゃん。聞いてもいいか?」


 『豊穣の女神亭』の厨房の脇にある休憩室で、締めの豚骨ラメーンを汁までしっかり飲み干した勇者シンジが尋ねてきた。


 聖女アナスタシアはベルと2人でパテシエリーダーのシーナが作った試作のスイーツを競うように食べて、ダブルノックアウトしている。


 仲良くなって良かったな、お前さんたち。


「何だ?聞きたいことってのは。」


 シンジ君は、空いた器をさげにきたコック見習いの元奴隷の子供に礼をいってラメーンどんぶりを渡した。

 意外と礼儀正しい子なんだな。


「兄ちゃんはさぁ、日本人なんだろ?」


「にっぽんじん?なんだそりゃ?」


「ええっ?違うの!その見た目でぇ!」


「悪かったな!人を見た目で判断するな!こらっ」


 シンジ君は急に押し黙って、俯いてしまった。・・・そして


「だったら、ごめん兄ちゃん。俺勇者として兄ちゃんを、殺さなきゃならないんだ・・・ごめんなさい・・・」


 そう言ってシンジ君は、腰の剣をゆっくりと引き抜き、そして切っ先を俺に向けて剣を構えた。




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