第34話 聖女と勇者と後始末と

◇◇◇


コンコン


「聖女様。勇者様。神の家からの使者にございます。」 


「ここへ通しなさい。それから、神の家ではなく教会と言いなさい。仰々しいのは嫌いです。」

 

 取り次いだ高齢の穏やかなシスターに、聖女と呼ばれた黄金の髪の少女が、少し苛立ちを含ませた若さに溢れた声で答えた。


「無駄だって、君も分かってるのだろう?アナスタシア。

 この人達って自分の聞きたいことしか聞かないし、やりたいことしかやらないんだから。

 だからこうしてわざわざ、呼びもしないのに宿屋まで押しかけてきて、メイドまがいのことやってるんだろ?この街の修道院長たるお方がさ。」


「聖アナスタシア様と聖シンジ様にお仕えしますのが、この老い先短い老婆にとって、天上の喜びでありますれば。」


 年老いたシスターはそう言って一礼し、1人の男を応接室に連れてきた。


 ここはパドリア連合王国は北の副都アンスタにある高級宿『海鳥亭』のロイヤルスイート。

 他国の王侯貴族が宿泊することもある格式の高い部屋であった。


 そんな高級な一室で、くだけた格好でソファーに腰を下ろしている若者2人の前に、老シスターに連れられてきた男は両手を胸の前で交差させて跪き、深くこうべを垂れながら言った。


「お二方に唯一神イシルス様の御加護があらんことを。アッシャルータ!」


 男の言葉に嫌々ながらアナスタシアは立ち上がり、両手を胸の前て交差させながら


「汝に女神イシルスの加護を。アッシャルータ」


 そう挨拶を返してから、ソファーに行儀悪く座っている相棒に向けて声を潜めて言った。


「ほら!アンタも挨拶しなさいよ!バカシンジ!」


「汝に・・・・・・アッシャルータ」


 アナスタシアに急かされて、シンジはいやいや立ち上がり、右手を軽くあげて早口で挨拶をゴニョニョと言った。


 堅苦しい挨拶の儀式を済ませると、老シスターが修道院でよく飲まれているハーブティーを持ってきて、アナスタシアとシンジの前に置いた。


 男はまだ床に膝まづいたままであるあ。


「うげっ。僕これ嫌いなんだよなぁ。苦いから。はぁ、コーラが飲みたい・・・」


 だが、そんなシンジの愚痴はアナスタシアと老シスターに無視された。いつもの事ながら・・・


「それで、貴方は教会からの使者でいいのかしら?」


「はっ!これを・・・」


 そう言っ男は左肩をさらして、そこに刻まれた花の形の刺青を2人に見せた。


フルール・ド・リスアイリスの花の紋章。貴方はテンプル騎士団の騎士。教皇猊下の直轄ね・・・それが、何故ここへいらしたのかしら?」


 騎士と言うよりも、街の男と見間違う格好をした男は、頭をあげてゆっくりと語り出した。


「都市国家ジュミラ討伐のために挙兵したゴルチェスター王国軍5万が、ジュミラの街の南の荒野で全滅致しました。」


「5万の兵士が全滅だって?何かの冗談?勇者であるこの僕の最大奥義『究極爆裂魔法ギガエクスプロージョン』でもそんなの無理だよ!」


 勇者シンジが強い口調で言い返した。


「事実にございます。勇者様。補給部隊を含め、ごく少数の兵士が生き残っており、その中の聖教信者を探し出して確認しました。

 ジュミラ側は、広大な範囲を舐めるような千万の閃光爆裂魔法を使ったようです。」


「千万の閃光・・・そして爆裂・・・」


「何か心当たりがあって?シンジ。」


「・・・いいや、さっぱりだ。少なくても、勇者のスキルにそんな魔法はないよ・・・」


「左様でございましたか・・・。そしてジュミラ兵は、ゴルチェスター王国との国境を越えて逆侵攻し、コンコディオ伯爵家の新領土、城塞都市オスティアを徹底的に破壊し尽くして更地にし、都市の跡地には、厚く塩まで撒かれたそうです。」


「・・・・・・で、住民の被害は?」


 青ざめた顔でアナスタシアは辛うじて尋ねた。


「幸い住民に被害はございませんでいた。事前に避難勧告があったそうです。」


「そうですか。よれは何よりでした・・・」


「ただ、オスティアの街の戦闘で、『スケルトン』が多数目撃されております。」


「何だって?ジュミラ軍の中には、ネクロマンサーがいるのか?」


「アンデッドを使役するなんて、不愉快だわ!」


 シンジとアナスタシアは嫌悪を顕に、強い口調で吐き捨てた。


「いずれにせよ、王国軍5万の壊滅と城塞都市オスティアの消滅。レッドバレーとホワイトフィールドの悲劇は、王国の民のみならす帝国にまで広まって、善良な民を震え上がらせております。」


「ホワイトフィールドなら分かるけど、レッドバレーとは?」


 アナスタシアが首を傾げる。


「王国軍が壊滅した荒野は、岡と岡の谷あいの平地で、その土を掘れば兵たちの赤い血が湧き出すと噂されておるからです。」


「げっ!悪趣味!」


「最後に猊下からのご伝言にございます。」


「教皇猊下は何と?」


 アナスタシアは改まった態度で使者に尋ねた。


「はっ!隣国周遊は取り止めて、至急都市国家ジュミラを目指せと。」


「尊命承りましたと伝えてください。ほら、シンジも!」


「・・・分かりました。ジュミラへ向かいます。」



―― 話は1週間ほど遡る


「伯爵様。この峠の先に3箇所目の跡地を発見しました。」


 獣道のように細く険しい山道を、徒歩で登ってゆく10人程の集団がいた。


 ジュミラ領内に入ってから、ロドルフォ・グラツィアーニ将軍の率いる討伐軍5万と別れ、馬から降りて険しい山岳地帯をさまよっているレスター・コンコディオ伯爵と、その家臣たちであった。


「旦那様、これで3箇所全て復旧の目処がたちますな。おめでとうございます。」


 コンコディオ伯爵は、ふいごのように激しい息を吐きながら、ハンカチで額と首筋の汗を拭きつつ前方の峠を見上げた。


「して、精製場の状況はどうか?直ぐに使えそうだったか?」


 険しい峠を越えてきた家臣は、息を整えながら答えた。


「小屋はなんとか形を保っておりましたが、中は残念ながらだいぶ荒らされておりました。恐らくは・・・」


「ふん!ここでも奴隷どもが逃げ出した時に荒らされてしまったと言うのだな!けしからん!見つけ出してワシ自ら鞭で打ち殺してくれる!」


「コンコディオ伯爵。それよりも、1日も早くペローテの出荷を始めないと、我々がどんな制裁を受けるか・・・」


 コンコディオ伯爵家与力のペレストリ・フェーロー男爵が、水で割ったワインが入った革製の水袋に口をつけて、薄いワインをゴクゴク飲みながら伯爵に言った。


 コンコディオ伯爵は、子供の頃から良く気の回った甥のペレストリを可愛がって、家督を継げない三男のペレストリのためにフェーロー男爵家の家督を金で買い与えてやったのだ。


 それ以来ペレストリは、家令のルーニと共に伯爵の権力闘争の駒として、伯爵に代わり暗躍してきた。


「ワシとて先代のメッディオ・ボルトゥール伯のように切り捨てられる訳にはいかんのだ。だからペレストリ。信頼出来るそなたに任せるのだ。」


 傭兵ルードがいない今、『ペローテ』農園を任せられる信頼出来る人間はペレストリをおいて他にはいなかった。事が事だけに・・・


「ロドルフォ・グラツィアーニ将軍には、首尾よくジュミラの街で農園のための奴隷を確保して頂かなくてはなりませんな。旦那様。」


 ゴルチェスター王国内においても、強い陶酔感と幻覚をもたらす、依存性の非常に強い『ペローテ』は違法な薬物で、所持しただけで厳罰に処される。


 だが、このような『薬物』であるからこそ王国内で、いや隣国の帝国内でさえ非常に高値で取引されていた。無論司直の目をかいくぐってではあるが・・・


「強欲なグラツイアーニ侯爵と言えど、あのあ方に逆らったら只ではすまん。今頃は街を落として、財宝を数えるのに忙しいのではないのか。

 さっ、それでは先を急ごう。」


ジュイィィィィィィィバンッ!


 空気を鋭く切り裂く音と共に、いきなりレスター・コンコディオ伯爵の頭が破裂して脳漿をばらまいた!


「だ、旦那様ぁぁー!」


バンッ!バンッ!


 コンコディオ伯爵に続き、家令のルーニと甥のパレストリ・フェーロー男爵の頭も吹き飛んだ!


「「「ひぃぃ!」」」


 3人の血肉を浴びた家臣たちは、慌てて逃げ出そうとかけ出したが、あるものは狭い山道を踏み外して崖から転落し、またあるものは胸に大穴を開けられて即死して、無事にオスティアの街に逃げ帰ることの出来たものは誰1人としていなかった。


 もっともオスティアの街に戻りたくとも、その頃既に街は地上から消滅していたのであったが・・・


 一方。コンコディオ伯爵の死体が転がる山道の谷を挟んで反対側の斜面では、ギリースーツに身を包み山肌の斜面に溶け込んだ『ゴブリンアーチャー』の4体が、カモフラージュしたスナイパーマットから起き上がって、全長1,488mmもあるマクミラン TAC-50A1-R2 対物ライフルをライフルケースに仕舞い始めた。


 その間『アーチャー』零号は、油断なくフィールドスコープで山道を監視し続けていた。


 この後『アーチャー』達は、無人となった3箇所の『ペローテ』畑と精製場にガソリンをたっぷりと撒いて、跡形もな燃やし尽くして回った。


 これでジュミラの街の元『トリナス』ルードのまいた不始末の種は、リヒトのによって狩り尽くされた。




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