第33話 オスティア最後の日
ワーワ――ワーワーワ――
ドドドドドドドドドドドドドドド
「すげえな、おい!リヒト。6万の軍勢の迫力ってヤツはよぉ・・・」
「どうした?ビビったか?『スカー』さんよ?」
岡の上の指揮所から見渡すゴルチェスター王国軍6万 ― 実は『ゴブリンラット』の調査で、本当は総数5万だと分かってたのだが、ここではないしょ ― の突撃は、正に人の津波となって正面の岡を駆け下りてこちらへと押し寄せてくる。
「ションベンチビりそうだぜ・・・」
ティムガッドは顔を引き攣らせながらそう漏らした。だが、敵の軍勢に向けられた目には力がみなぎっている。
「脱糞しながら戦場を、馬で逃げ回った武将がいたらしいぞ。」
「なんだそりゃ?誰だよそれ?」
「知らん」
「くふふあはははは!ひでえなそりゃあ!」
指揮所の下にいる『欲望の兵団』の男たちのにも、クスクス笑いが広がった。
「さあ、左右の両陣が接触するぞ!」
「「「・・・!」」」
「な、なんだよありゃ?敵兵が絡まって身動き取れねえのか?」
「有刺鉄線による鉄条網だな。」
「なんじゃそりゃ?」
「鉄製のエグいトゲトゲがたくさん付いた鉄線をクルクルとトンネルの様に3つ、下に2つ上に1つ乗っけた罠だな。
なんだティムガッド。見てなかったのか?」
そう言って俺はV字型に左右に広がる鉄条網の陣地の頂点。今俺たちが立っている指揮所の麓を指さした。
指揮所のある岡の麓を起点に、左右に5kmずつ鉄条網が真っ直ぐに荒野を区切っている。
「何かなとは思ってたんだが、それどころじゃなくてよ、たった今まで気にならなかった・・・」
まっ、短時間でかき集めた傭兵たちを組織してここまで率いて来たんだ。ただの女好きオヤジではなかったってことで。
「国軍と言っても、主力歩兵の装備はレーザーアーマーの胸当て程度だ。
まっ、例え騎上した騎士様が突っ込んだとしても・・・ほら、乗ってる馬の肌を鉄の棘が傷つけるのでああなるわな。」
鉄条網に突撃した勇敢な騎士が、有刺鉄線に絡め取られた馬から落馬して、自分も鉄条網の中でもがいている・・・
如何にプレートアーマーに身を包んだ騎士といえども、プレートアーマーはその構造上、板金に覆われてない箇所が必ずあるし、例えその箇所がチェーンメイルで覆われていたとしても、余計有刺鉄線に引っかかりやすくなる。
大体だな、50kg近くもある全身鎧を着たままで、鉄条網の中でろくに身動きが取れるものかよ!
鉄条網によって形成された俺の防御陣地に沿うように、ゴルチェスター王国の軍勢は次第に陣形を崩し、中央に巨大な団子を作って防御陣地の奥、俺の指揮所を目指して突進してくる!
「『スケルトン』よ!今だー!」
今や隊列も戦術も捨てて、ただひと塊になって前進するゴルチェスター王国軍に向けて、俺は右手を振りあげて叫んだ!
ガバッ!ガバッ!バッ!ガバッ!
鉄条網のこちら側で地面を覆っていた迷彩色のキャンバスが跳ね除けられ、鉄条網の防御線に沿って掘られた塹壕戦が顕になった!
そして、その塹壕の中からは、同じく迷彩柄のポンチョを頭から被った『スケルトン』たちが一斉に立ち上がって、構え持ったM5自動小銃の斉射を始めた!
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!
5,000丁のM5が、6.8×51mm弾の十字砲火をひと塊に集まった王国兵に浴びせた!
『仕上げだ!ランボー!メイトリックス!』
ゴオオオオオオ!ゴオオオオオオ!ゴオオオオオオ!ゴオオオオオオ!
突然鳴り響いた轟音に振り返ると、荒野に連なる丘陵のむこうから、白煙を引く柱が幾筋も飛び上がるのが見えた!
塹壕に隠れた『スケルトン』たちからの銃撃に慌てふためいているゴルチェスター王国の頭上1,000メートルで、M26ロケット弾から644個のM77子爆弾がばら撒かれ、地上を一瞬で子爆弾の爆発とそれに伴う土煙で一面を覆った。
今回俺が用意した秘密兵器は
M270自走発射機には、12発のM26ロケット弾か積載されており、1台のM270自走発射機で7,728個の子爆弾を敵陣に投射することができ、その制圧面積は200m × 100mと、サッカーグランド2面分に値する面制圧力を持っている化け物だ!
投射されるM77子爆弾も約100mm厚の装甲鋼板の貫通能力を持ち、飛散する弾片は対人有効半径4m。
プレートアーマーに身を包んだ騎士でさえ、M26の制圧圏内では生き残ることは出来ない。
4台のM270から発射された計48発のM26ロケット弾は、団子状に集められた敵兵のその頭上にM77子爆弾を投射させ、5万の兵士を1分も経たずに壊滅してしまった。
「さあ、『スカー』ティムガッド!お前とその兵団の出番だ!コンコディオ伯爵にお仕置するんだ!行け、ティムガッド!」
地獄のような光景を目にしたティムガッドは、俺から声をかけられて、やっと声をかけられた事実に気がついたようで、慌てて答えた。
「あ、ああ。そうだな。リヒト。そうだ・・・・・・みんなー!『欲望の兵団』の初仕事だ!敗残兵を追いながら、オスティアの街まで攻めるぞ!目標はオスティア城の宝物庫だ!行くぞ!」
「「「・・・お、おお!」」」
「いいか、オマイラ!爆発の跡地は迂回しろよ!不発弾があるからな!東のカリア街道まで迂回してから進めよ!さあ、ボーナスタイムだ!」
「「「・・・お、おう!」」」
なんか締まらんが・・・どうした、オマイラ?
◇◇◇
「くっ!こんな所で遅れを取るとはなっ!いててて」
開戦の使者として、リヒトの陣地まで単騎で赴いた若き騎士チェスター・ヘクラネウムは、敵の防御陣地を突破しようと最初に鉄条網の罠にかかってしまった1人であった。
「騎士様。大丈夫だんべが?」
敵の罠にまんまとハマり、愛馬諸共ひっくり返ってしまったチェスターを、王国軍の歩兵が数人がかりで助け出した。
「済まぬ。お主たち。助かった。」
そう言って鉄条網から何とか抜け出したチェスターであったが、落馬した際に強かに打ち付けた左肩のアーマーが吹き飛んでしまい、剥き出しのチェーンメイルからは、有刺鉄線で傷つけた箇所から血が滲み出ていた。
「スパウロは?」
兜を右手だけで何とか脱ぎ捨てて、チェスターは愛馬の姿を探した。
ヒーヒヒン!
有刺鉄線に絡まり地面に横たわった愛馬のスパウロが、自分の名を聞きつけて弱々しく声をあげた。
「お馬は足の骨を折ってるだよ。」
「あれは無理だ。助けだせねえだべ。」
「んだな、済まねえだよ。騎士様。」
「くっ、スパウロ!済まなかった・・・」
その時、鉄条網の向こう側の地面が盛り上がったかのように土色のキャンバスがめくり上がって、そこからデザート迷彩柄のポンチョを頭から被ったモンスターが肩から上を現した。
「ひぇっー!ば、化け物だー!」
王国兵とはいえ、つい先日徴兵されるまではただの農夫たちである。『スケルトン』などこれまで目にしたことさえなかった。
「た、助けてけんろー!」
「ひえぇ!イシルス様ー!お助けをー!」
兵士たちは手槍をほうり捨てて、味方が集まっている軍中央に向かって逃げ出して行った。だが・・・
タタタタタタタタタタタタタ!
スケルトンが構えたM5自動小銃から破裂音がひびき、それを向けられた味方がバタバタと血煙をあげて倒れていった。
スケルトンは味方を追い立てる様に、鉄条網の奥の塹壕を岡に向かってゆっくりと進みながら、フルメタルジャケットの雨を味方の群れの弱い脇腹にむかって浴びせ続けていく。
「一体、これは何なのだ!これがあの男の戦い方なのか!」
チェスターはやり場のない怒りに、さっき言葉を交わした右目に傷跡のある男に罵声を浴びせようとした刹那!
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!
突然味方のいた大地に数百数千の閃光が光り、大きな土埃と共に味方の大軍を飲み込んでいった・・・
一体どれ位の時間が過ぎたのか、10分?いやそれとも1時間であろうか・・・荒野は静寂に包まれた・・・
「味方はどうなったのだ・・・」
静寂と共に高く舞い上がった土埃が次第に収まると、そこに立ってる者の姿はどこにも見つけることは出来なかった。
「ご、5万の国軍が・・・ぜ、全滅だと・・・これは白昼夢なのか・・・夢なら・・・覚めてくれよ・・・」
ワ――!ワ――!
ゴルチェスター王国ジュミラ討伐軍は壊滅した。ほぼ全滅たと言っていいほどの状態だった。
若い騎士チェスター・ヘクラネウムのように、本隊と合流しそこなった1部の兵と、岡上の本陣に残った
戦場を見渡して呆然としているチェスターの目に、はるか戦場の向こう側を移動する一軍が目に止まった。
「急いでオスティアの街に伝えなければ・・・ジュミラの『スカー』が攻めてくると。『欲望の兵団』を率いて攻め込んで来ると!」
チェスターは、自由が効く右手だけで外せるだけのプレートアーマーを外し、チェーンメイルを脱ぎ捨て、たった数刻前まで栄光に輝いていた本陣跡の岡に向かって転がるように駆け出して行った。
―― 3日後、オスティア領都オスティアの城と街は、『スカー』ティムガッドの傭兵団と『ゴブリンスケルトン』の軍勢に破壊し尽くされ、更地にされた上で塩をまかれ、その街の長い歴史の幕を閉じた。
オスティア領都攻略に先立ち、『スカー』ティムガッドは、街の住人の退去を命じ、住人からは1人の死者も出さなかった。
とは言え、生まれ育った故郷の街を破壊され追い立てられた人々の心を推し量る術はない。
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