第32話 名も無き荒野の戦い

「リヒト〜。みんな集まったぞ。後は頼む。」


 ティムガッドが少し緊張気味に上ずった声で言った。まあ、緊張するのは分かるけどね。


 俺は丘の上に作られた、木製の指揮所に登って目の前に集まってる約2千人の傭兵を見下ろした。


 俺はティムガッドに出資し、以前ルードが持っていた『盗賊騎士団』に代わる新しい傭兵団を組織させた。


 その際に俺は、『欲望★★』のダンジョンにあるバー『アゲハ蝶』とカジノ『大富豪』に入り浸っているヤツらに声をかけろと指示したんだが・・・こんなに沢山集まるとは、俺自身思わなかったよ。

 どおりで『アゲハ蝶』と『大富豪』を拡張しなくちゃならなかったわけだよな。てか、多過ぎね?ウチの客・・・


「諸君!日頃からウチのダンジョンに引きこもり、お嬢の胸やダイスの目に目を血走らせている穀潰しの諸君よ!朗報だ!喜べー!」


「なーに言ってんだァー!こらぁ、リヒト!」

「オマイもこっちの人間だろー!」

「この前貸したチップ耳揃えて返しやがれー!」

「てめっ!こら、リヒトー!よくもエイミーちゃんにワイのことチクったなー!タヒねー!」


「ああ、ゴルチェスター王国の兵士6万が孺子こぞうのハイキングよろしく王国を出て、この荒野まであと一日の距離まで迫っている!

 よく迷子にならず来られたものだと感銘したところだ!」


「だからァ!何で俺たち呼び出してんだよ!」

「そうだ!そうだ!ティムガッドのヤツがウマイ話があるってから、来てやったんだぞ!」

「ゴルチェスターの豚共が来るってんなら、ワイはとっとと逃げっぞー!」


ダダダダダダダダダダダダダ!

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!


 俺の右側に立った『ゴブリンソルジャー』のランボーが、FN MINIMI Mk3 ロングバレルを右手に持ち、7.62mmの弾帯を左手にグルっと巻き付けながら、集まった男たちの頭上に向けて発砲した。


 一方、俺の左側では『ソルジャー』メイトリックスが、巨大なバックパックに千発を超える7.62mm弾とバッテリーを詰め込んで、両手で保持したM134 Minigunを同じく口々に文句を投げかける野郎共の頭上に掃射した。


「「「ひぃっ!」」」


 頭上をマズルフラッシュの炎と7.62mm弾が空気を切り裂いて行く音に、目の前の男たちはすくみ上がった。

 

 バックパック込の一式で100kgを超えるミニガンを撃ちまくってなおクールなターミネーター氏。


 ランボーとメイトリックスの間に挟まれた俺は、まるでミスターグレイではないか・・・知らんけど


「「「・・・・・・」」」


「やっと聞く気になったか?オマイラ。

 いいか、よく聞けよ。ゴルチェスターのウジ虫共は、何を狙って攻めてくるのか?それは、俺たちの『街』を潰しに来るんだ!

 オマイラ、『アゲハ蝶』のお嬢たちや『大富豪』のバニーちゃんずが、ゴルチェスターのクソ共になぶられるの黙って見てるのか?ああん?

 それでも、タマぁついてんのかぁ?オマイラ?」


 少々誇張された情報が混じっているが、そんなこたぁ、どうでもよい!


「どうなんだ?お前ら!」


 今まで様子を見ていたティムガッドが前に出て叫んだ。


「おい!ダットン!サチちゃんが、無理やりゴルチェスターの男共に乱暴されてもいいのかっ!ああん?」


「い、いいわけねぇだろ!コンチクショー!」


 ティムガッドに名指しされた男が胸当てを拳で叩きながら叫んだ。


「おい!アル!お前の大事な賭場がぶち壊されて、優しいバニーちゃんがゴルチェスターのクソ共に無理やり汚されんだぞ!お前、我慢できっか?ああ?」


「クッソー!我慢できねえー!許せねーぜ!」


「ゴルチェスターの虫けら共は、俺らの大事な場所を踏みにじろうとしてんだ!許せるのか?お前ら!俺は絶対に許せねえ!メグママの笑顔は俺が守るんだぁ!」


「「「うおおおおおお」」」


「俺だって戦うぞ!」

「夏ちゃんは俺が守るー!」

「バニーちゃん愛してるぜー!」


スカー!スカー!スカー!スカー!スカー!スカー!スカー!スカー!


 ティムガッドのヤツ、上手いこと男たちの心に火をつけたな!


「オマイラ!それでこそジュミラの男だ!『欲望★★』の戦士だ!

 だが、安心しろ!ゴルチェスターの馬鹿共は俺が倒す!この荒野がヤツらの墓場になる!」


「じゃぁ、俺たちに何をしろって」


「オマイラには・・・・・・」


◇◇◇


「閣下!先鋒のトリスタン第1軍司令からの伝令です!」


 若い将校が本陣の前方で声を張り上げた。


 軍馬に乗るのも辛そうにしていたグラツィアーニ将軍は、黙って大きく頷いた。


「伝令を御前へ!」


 グラツィアーニ将軍の合図を確かめた、参謀長のブランジオが大きく声を張り上げて返答した。


 すると1人の兵士が、若い士官に連れられてやってきた。


「申し上げます!

 カリア街道が迂回している北西の岡の向こう側。谷地の荒野をはさんで反対側の岡に敵陣を発見しました!」


「して、敵兵の数は?」


 伝令の言葉にブランジオ参謀長が語気強く問い質した。


「はっ!敵兵約2,000が、岡に布陣しております!」


 前方に目を向けると、長く伸びた軍列が大きく迂回している北西の岡の頂きに、数騎の騎兵がキラリと光を反射するのがここからでも目にすることが出来た。


 ジュミラの軍はその岡の向こう側だという。


「ブランジオ卿。あの岡に全軍を布陣させよ。」


「はっ!全軍をあの岡に布陣させます!」


 グラツィアーニ将軍の命令に、ジュミラ討伐軍の動きが急に慌ただしくなった。


「夕刻までには、ジュミラを包囲したいのだかのう・・・」


 慌ただしく伝令に走る本陣の士官たちを尻目に、グラツィアーニ将軍はどこか他人事のように呟いた・・・


◇◇◇


「リヒト。開戦の使者が来たぞ。」


 一騎の騎兵が、キラキラ輝く甲冑に身を包んで現れて、俺たちの防御陣地10メートル手前で手網を引いた。


「我らはゴルチェスター王国ジュミラ討伐軍である!

 総司令官であるロドルフォ・グラツィアーニ将軍閣下は、我が軍の眼前に陣を敷くは我が軍への敵対行為と見なす!早急に陣を解き、武装を解除した上で降伏せよとご命令である!

 命令にそぐわぬ場合、命の保証は無いとの事だ!

 返答や如何に!」


 兜の面を挙げて右手で敬礼に似た仕草で、腹の底から大声を張り上げた騎士が降伏勧告をした。


「すげーな。一言も噛まずに言い切ったぞ。あの若い騎士。」


 岡の上の指揮所から降りて、正面に展開している傭兵たちをかき分けて、俺とティムガッドは防御陣地を進んでいく。


「きっと他にすることがないんだろ。人生無駄にしてんな。全く・・・」


「酒と女の無い人生なぞってか?ティムガッド。」


「ああ、その合間に戦うくらいでちょうどいいんだ。人生ってのは。

 だが、アイツらには戦いしかない。反吐が出るぜ!」


 とティムガッドの辛辣な言葉を聞いてるうちに、俺たちは防御陣地の最前にまで出てきた。


「使者ご苦労!ゴルチェスター王国をもてなす用意は万端だ!何時でも敗北を馳走致すとロドルフォ・グラツィアーニ将軍に伝えられよ!」


「貴公の名を承りたい!」


「我が名は『スカー』ティムガッド!ジュミラの街の『欲望の兵団』団長だ!」


「しかと承った!」


 言葉少なく若い騎士はそう言い残して踵を返して敵陣に駆け戻って行った。


「なかなか言うじゃないかい。団長さん!」


「うるせい!ほら、さっさと戻るぞ!」


 ティムガッドは照れた顔を背けて岡を上りだした。


「でも、『欲望の兵団』っていつ決めたんだよ。聞いてなかったぞ?」


「・・・たった今だ!」


◇◇◇


「将軍閣下!ただいま帰還致しました!」


 リヒトたちに降伏勧告に出た騎士が本陣に戻ってきた。


 若い騎士は、馬を降りて兜を片手に持ち、片膝をつきながら報告した。


「して、かの者共は降伏を受けたか?」


 将軍に代わってブランジオ参謀長が尋ねた。


「いえ、断られました!

 王国をもてなす用意は万端だ。何時でも敗北を馳走致すと申しておりた!」


「何と!気でも狂ったか?」

「我が軍の10分の1にも満たない虫けら共が!」

「身の程知らずにも程があるわ!」


 本陣の参謀たちから口々に避難の声が上がる。


「静まれ!して、敵兵の様子はどうか?伏兵の気配はなかったのか?」


「敵は装備は統一されておりませんでしたが、なかなか質の良い武具を身につけておりました。恐らくは『ダンジョン武具』かと。また、敵軍に伏兵の気配なし。敵兵の目には怯えらしきものが窺えました。」


「「「おおお」」」


 若い騎士の報告に満足そうに頷きながら、痩せた参謀長は質問を続けた。


「それで、敵陣の様子はどうか?」


「はっ!敵陣の岡に向かって、杭がV字型に打たれておりますが、それだけです。それと敵陣岡に木材で組まれた指揮台らしき物があるだけでした。」


「その杭とは馬防柵では無いのか?もしくは逆茂木ではなかったか?」


 細かなことを神経質に問い質す参謀長であったが、若い騎士は軽く頭をひねりながら答えた。


「いいえ、違います。ただの杭が5メートル間隔位で2重に打ち込まれておりました。ただ、その杭の間には曲がった金属らしき紐が張られておりましたが・・・」


「なんだその間の抜けた防備は?聞いたこともない。」


 一瞬考え込んだアルフレド・ブランジオ参謀長であったが、敵の奇妙な防御陣は彼の長い軍務の経験から鑑みて、大した驚異には思えなかった。


「閣下!敵の陣地にさしたる脅威はございません。

 大軍に兵法なし。衆を以て寡を征するのみです。

 このまま陣を進めれば、敵は一触のうちに霧散するでしょう。」


 将軍ロドルフォ・グラツィアーニは、床几に腰を下ろしたまま暫し沈黙した。


「して、敵将の名は分かったのか?」


 参謀長の具申に答えないまま、グラツィアーニは眼前の若い騎士に問いかけた。


「はっ!敵将の名は『スカー』ティムガッド。ジュミラの街の『欲望の兵団』団長を自称しておりました。」


「ご苦労!」


 そう言ってグラツィアーニ将軍は床几を立つと岡に響き渡る大声で命じた!


「全軍前進!眼前の岡に陣をとる有象無象を殲滅せよ!今夕にはジュミラの街を包囲するぞ!

 かかれや!者共ー!」


「「「「おう!」」」」



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