第31話 とばっちりのティムガッド

「で、俺に話があるってのはどんな話なんだ?それに、このメンツはどうなん?」


 ここは『欲望★★』のダンジョンのカジノ『大富豪』のVIP専用フロア内にあるVIPルーム。俺はそこに傭兵『暁の剣』のリーダー、『スカー』ティムガッドを呼び出していた。


 『ゴブリンバニー』ちゃんに案内されて入室したティムガッドは、自分より先にソファーに腰を下ろしていたボッシオとカメリアの姿を確認すると露骨に嫌な顔をした。


「俺を厄介事に巻き込むな!リヒト」


 そう言ってティムガッドは俺の対面のソファーに腰を下ろして、『バニー』ちゃんに最近お気に入りのブドウの蒸留酒を頼んだ。


「すまんな、ティム。ぶっちゃけ、お前には神輿みこしになってもらう。」


「はあ?何だよ、そりゃ?」


 アホズラで聞き返す『スカー』さんを片手を上げて静止しながら、俺は更に爆弾を投下した。


「ゴルチェスター王国が6万の兵を挙げて、このジュミラに攻めてくる。

 目的はジュミラ領の支配。・・・そしてペローテ供給の再開だ。」


「ろ、6万の兵にペローテだと?どういう事だ!リヒト!訳が分からんぞ!」


 ティムガッドの間抜けな顔がウケるんですけど・・・おっと、ここで笑ったらヤツが怒って席を立ってしまうな。


「実はな。ルードのヤツがゴルチェスター王国のヤツらと組んで、ペローテの密売に関わっていたんだ。それも大々的にだ。」


「はあ?ルードってそこまでバカだったのかよ!ペローテと言えば、ゴルチェスターや帝国とか南方諸国で深刻な問題を起こしてるんだぞ!いったいどれだけのペローテ廃人を作り出したのか・・・

 いくら『背徳の街』の『ルミナス』だからって、やって良い事と悪い事の区別がつかないのかよ!ったく!

 お前さん方はどうなんだ?ボッシオにカメリア!まさか・・・」


「見損なうな!ティムガッド!」


「笑えない冗談ですこと!」


「いや、すまん。言い過ぎた。忘れてくれ・・・」


 ボッシオとカメリアの剣幕にタジタジなティムガッド。


「オスティアとの領境のジュミラ側の山間に、どうやらルードはペローテ畑を何ヶ所か自分の部下や奴隷をつかって作ってたらしい。そこで『麻薬』の精製までやってたそうだ。」


「その件でパドリア連合王国のエージェントからも警告された。そこでワシの配下がペローテ畑の殲滅に向かったのだが・・・」


 そう言ってボッシオの顔が歪んだ。


「そうか、だから最近お前さんとこの傭兵が何組か行方不明になったのか・・・」


「そうだ。」


 ティムガッドの言葉にボッシオが苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

 この件、ボッシオのメンツに泥を塗りたくったようなもんだからな。


「でもよう。それで何で王国が兵を6万も出すんだ?6万っていったら、王国軍の半数だぞ!」


「ヤツらの言い分では、迷宮都市リッチブルのダンジョンを潰した俺への報復だそうだ。あははは、笑えるな・・・」


「『あははは、笑えるな』じゃねえよ!リヒト、ごるぁー!」


「ダンジョンの件は言いがかりにすぎん。ティムガッド。」


「王国の狙いはペローテ農園の再開と支配。

 ルード一味の失踪でペローテの供給が止まったせいで、オスティア前領主メッディオ・ボルトゥールの首が飛んだのですから・・・。もっとも死因は心臓発作だそうですよ。まあ、白々しいこと!」


「マジかよ!」


 カメリアの言葉にティムガッドが驚いた。


「それにな、この件上手くカタを付けないと、帝国軍まで出てくるって言うんだ。来るのは帝国第3軍な。

 この前、3軍の司令が直々に脅しに来たよ。」


「げっ!『疾風のケーニヒ』じゃねえか!マジかよ!」


「マジマジ。しっかり副官まで連れて、強行偵察して行ったな。その『疾風』の親父さん。」


「で、どうすんだよ。リヒト?」


「だからこそ、お前なんだよ。『スカー』ティムガッド。

 お前さんにはルードに代わって新しい傭兵団の団長になってもらう。

 資金は俺が出すから、『アゲハ蝶』や『大富豪』に入り浸ってる傭兵全部をまとめろ!

 細かい組織運営はトートがやるから、お前は急いで仲間を集め?んだ。分かったな!」


「いやいやいや、ちょっと待てい!

 いくら俺たちでもゴルチェスター王国軍6万なんて相手にできねえぞ!こらぁ!」


 ティムガッドが真っ赤になって唾を飛ばしながら噛み付いてくる。まっ、気持ちは分かる。が同情はしない。


「ゴルチェスターの兵は俺が潰す!

 そしてお前には少数の傭兵で、王国軍6万を倒した『英雄』なってもらう。」


「ど、どうしてなんだよ!」


「ジュミラの街が舐められてるからだよ!そりゃあもう、これ以上ないってほどにな。」


 大袈裟に肩を竦めながら、場を和ませるように言ったんだが・・・誰にも伝わらなかった・・・仕方ない


「ルードのヤツはどうしようもないクズ野郎だったが、『世界三大傭兵団』の看板は一定の重しになっていた。他国の軍が軽々に兵を挙げることを躊躇する程にはな。」


 そこはみな納得してくれるみたいだ。みんな頷いている。


「だからこそ、ジュミラの街には今、ルードの『盗賊騎士団』に代わる新しい看板が必要なんだ。

 『スカー』。俺がお前を『英雄』にしてやるよ。」


◇◇◇


 領都オスティア街の城壁外に、5万の兵の野営の灯りが見える。炊飯や暖を取るための焚き火の灯りだった。


 軍の指揮を執る士官はみな貴族で、今晩はコンコディオ伯爵家の居城となった城塞に宿泊している。


 この城の新しい主となったレスター・コンコディオ伯爵の執務室には、ジュミラ討伐軍の将軍であるロドルフォ・グラツィアーニ侯爵の姿が城の主と共にあった。


「コンコディオ伯爵。先ずはオスティア領の継承、祝わせてもらいますぞ。」


 暖炉の前で年代物のワインを傾けながら、グラツィアーニ侯爵は目の前に座ったネズミ顔の痩せた男にそう言った。


「グラツィアーニ侯をはじめとした派閥の皆様の力添えのお陰ですよ。」


 オスティア転封に際して、コンコディオ伯爵は領地の年収を超える金額を賄賂として有力貴族にばらまいていたのだった。

 

「いやなに、コンコディオ伯の政治力の賜物ですな。はははは」


「・・・」


 レスター・コンコディオは、この醜く太った男が用意していた賄賂の倍の金額を、恥知らずにも自分に要求したことを忘れはしなかった。


「このオスティアの街を出立しましたらジュミラ領に入りますが、事前にお約束したとおり私と我が騎士はそこで別行動を取らせていただきます。」


 レスター・コンコディオは討伐軍の将軍を下卑た表情で伺いながらそう言った。


「承知しておる。あのお方からは、ジュミラ国境ではコンコディオ伯の自由に行動させるように言われておるからの。

 しかし、ワシには分からんのう。

 オスティア転封のために、少なからず財力を消費した伯爵が、ジュミラという肥えた金の卵鳥には飛びつかず、わざわざ好んで荒れた山地をうろつきたがるとは・・・不思議よのう・・・そうではないかな?伯爵?」


「ジュミラの街はグラツィアーニ侯の好きにして良いとの言葉を、あのお方からまたわったはず。

 それ以外のことに興味を持たれますのは・・・如何なものかと。

 好奇心は猫をも殺すと下々が申しておるそうで・・・閣下。」


 コンコディオ伯爵の刺すような眼光を無視して、グラツィアーニ侯爵は言葉を返した。


「ワシとて此度は国王陛下の軍を預かる身。あまりワシの預かり知らぬところで勝手に動かれるのは・・・の。そうでは無いのかな?コンコディオ伯爵?」


「あのお方のご命令が聞けないと?」


 伯爵の白目がちな目に殺意が光る。


「まさかな。いかなワシとて、あのお方に逆らえばどうなるかは弁えておる。

 だがそれと同時に、この軍には国王陛下の『目』が光っておるのだよ。コンコディオ伯爵。国王陛下の『目』がな・・・」


「グラツィアーニ侯爵のご好意、有難く存じます。このお礼は必ず・・・」


「良い良い。ワシと貴兄の仲ではないか!ははははは」


 コンコディオ伯爵は今の話で、グラツィアーニ侯爵がどれ位の賄賂をまたかすめ取る気なのかを考えると、ため息が出そうになったが、グラツィアーニ侯爵の手前出かかったため息をぐっと飲み込んで我慢した。


 金と権力を手にするまでは、この男にも尻尾をつかませる訳にはいかない・・・コンコディオ伯爵はこの太った守銭奴に対する怒りの炎が燃え上がるのをぐっと堪えた。


・・・・・・仄暗い伯爵の執務室のすみには、小さなネズミの瞳が2つ、息を潜めて窺っていた・・・・・・



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