第30話 外交団

◇◇◇


「ミニトマトとラディッシュのカルパッチョ出したぞ。シーナ、デザートの用意はいいか?」


「もう少し待って。最高のタイミングで出したいの。」


 ここはレストラン『黄金樹』の厨房。

 パティシエリーダーのシーナに声を掛けた。


 今晩はリヒト様が、マルガス帝国からの大事なお客様をお迎えして、おもてなしされる大切な日。


 リヒト様の御恩に報いるため、俺たち元奴隷の子供たちは2日前から最高のひと皿のために仕込みに励んだんだ。


 死にかけて不具者だった俺たちを救ってくれて、奴隷から解放までしてくれて、食事と生きる術さえ与えてくださったあのお方のために・・・


 今持ってる全ての技と心で一品一品・・・


 日没後から始まった晩餐はつつがなく進んで、今『メイド』さんたちに持っていってもらったサラダで7品目。


 そしてシーナたちの作ったデザートが最後だ。


「コックグループは、今作れる最高の料理をお出しした。後はシーナたちの番だ!」


 俺たちコックグループに出来ることは全て尽くした。そして食事の評価が決まるのはシーナたちの出来次第。


「シーナさん。デザートお願いします。」


「はい!今すぐに・・・」


 『メイド』のお姉さんに、最高のタイミングを教えてくれるように、リヒト様たちの食事の進み具合を見て貰ってたんだ。


 今晩の最後の一品は、『焼きリンゴのミルクジェラート添えキャラメルソース』。


 熱々の焼きリンゴと冷たいジェラートの対比を味わって貰いたいと、シーナたちパティシエチームが最後の1秒まで気を配って盛り付けている・・・


 そして盛り付けの最終確認をシーナが行った。


「出来ました!お願いします!」


 2人の『メイド』のお姉さんが、シーナたちの最高の一品を銀のトレイに乗せて運んで行った。


「満足して頂けたらいいな・・・」


「ええ、バーリ。リヒト様に喜んで頂けたら・・・それだけで幸せよ。」


 シーナの笑顔を見て確信した。


「大丈夫だ!きっと喜んで貰える!きっとだ!」


 いつも間にかコックチームとパティシエチームのみんなが集まってきて、みんな幸せそうな笑顔を見せた。


「さあ、明日の仕込みだ!みんな!」


「「「はい!」」」


◇◇◇


 鮮やかな赤い焼きリンゴと真っ白なミルクジェラート。それににかけられたキャラメルソース。まるで一幅の絵画の絵画のようだ。


 シーナたちの心配りが感じられる。


「これはまた、素晴らしい一品ですな!」


 マルガス帝国の特使、ヨーハン・ヴィルヘム外務卿が感嘆の声を上げた。


「これでは軍営に戻るのが嫌になりますな!外務卿!ははは」


「私も軍務についていた頃は、給養兵の作る糧食には泣かされましたからな。ふあっははは」


 特使の随行武官として随員してきた、帝国軍第3軍司令ケーニヒ・ブランヘルム騎士卿が冗談を言うと、外務卿がそう突っ込んだ。


 外務卿でも軍務経験があるのには驚きだ。


「そう仰るのでしたら、もっと国軍に予算を下さいませ。」


 食事中ずっとクールな表情を崩さなかったブランヘルム司令の副官であるシャルロッテ・ヘンリル嬢が、外国人である俺たちの前で予算陳情をしだしたのには驚いたが、クールな美人がジェラートを口にした瞬間顔が一瞬蕩けたのを俺は見逃さなかった。


「ゴホン!ヘンリル騎士卿。陛下から賜わる予算は、1Gゴルドたりとも無駄には出来ないのだよ。」


「はぁ、兵士の糧食に1人当たりあと500Gゴルドでも予算を追加してくれたなら、軍の士気がどれほど上がったものか・・・はぁ」


 グランヘルム司令が大袈裟なため息をつく。


「真っ先に兵士と同じ糧食を食べる司令の士気が上がりますがね。」


 なかなかに毒舌なヘンリル嬢だった。これでも伯爵令嬢なのだそうだよ。


「ゴホン!かくして帝国軍は反乱の危機にあるのですよ。ご友人方。」


「まあ、ついに帝国軍鉄の結束にも綻びが、でしょうか?ほほほほ」


「いや、帝国全貴族が軍務につき、一般兵卒と同じ食事をとるからこその『鉄の結束』なのですな!」


「帝国兵の忠誠はGゴルドにありですよ。カメリア殿。ボッシオ殿。」


 カメリアとボッシオにそう言っておどけて見せる・・・さすが帝国外交のトップ。巧みな話術で人の心を掴む。


◇◇◇


「さて、今晩は素晴らしい料理の数々でおもてなし頂き感謝致します。」


 ヴィリヘム外務卿が琥珀色の液体で満たされたグラスを掲げながら謝辞を述べた。


 ダイニングルームに隣接した喫煙室の思い思いのソファーに腰をおろしながら、みな寛いでいる。少なくとも見かけ上は。


 食後の飲み物として、様々な最高級の酒も用意されていたのだが、外務卿だけがリンゴの蒸留酒を選び、他の者はみな紅茶を選んだ食後のシガレットタイム。


 紫煙をくゆらせながらリンゴの蒸留酒を楽しんでいる外務卿。

 この場でその選択が出来るとに、リヒトはこの男に驚かされてばかりだった。


「こちらとしても、遠い異国からのお客人をもてなすのは、当然のことですよ。」


 リヒトは辛うじて言葉を返したが、この喫煙室に場所を移して以来、重い緊張感がのしかかり、皆の口を重くしていた。外務卿を除いては。


「ありがたいお言葉ですな。我が帝国としても、あなた方の良き隣人としてありたいものです・・・が、しかし」


 外務卿は言葉を止めてリヒトとボッシオ、カメリア、トートとゆっくり顔を見渡してから続けた。


「ペローテは頂けません。実にいけませんな。」


「「・・・!」」


 ボッシオとカメリアの顔色が変わる。

 が、すかさずリヒトが反応した。


「全くです。ですからこちらとしても病気にかかった枝の剪定は済ませてありますよ。」


 なにもペローテのけんでルードを排除した訳では無いが、リヒトは大したことではないとばかりにブラフをかける。


「ですが、甘い蜜のたっぷりかかった夢をもう一度見たいと蠢動している芋虫が出てきましたが、この街の庭師は如何なさるおつもりなのでしょうかな?」


 外務卿は葉巻を灰皿に置いて、改まった態度でリヒトに尋ねた。


「なぁに、丹精込めた美しい庭に手を出す芋虫など、俺が踏み潰して見せますよ。閣下。」


「三大傭兵団の1つである『盗賊騎士団』を失ったジュミラの街に、王国軍6万をどうにかできるものですか!

 いかなダンジョン踏破の英雄であろうとも!」


 随行武官の副官に過ぎないシャルロッテ・ヘンリルが、語気鋭くリヒトの言葉に反応した。


「シャル!控えろ!自分の立場を忘れるな!」


 帝国軍第3軍司令ケーニヒ・ブランヘルムの叱責はそれを聞くものを震え上がらせるだけのものがあった。

 3万の帝国兵を鉄の規律で縛る男だけの事はある。


 帝国軍は出自や貴族の派閥の論理で軍での地位が決まらない。それを決めるのは戦場の論理だけなのであった。


「はっ!出すぎたことを申しました。お詫び申し上げます。閣下。」


 ヘンリル騎士卿は直立し、キビキビとした態度でリヒトに謝罪した。


「外交とは芸術なのですよ。シャルロッテ。まだ若いそなたは、今はそれだけを覚えておきなさい。」


 ヨーハン・ヴィルヘム外務卿。侯爵の地位にある卿が、孫を見るような優しい目付きて彼女にそう諭した。


「俺には、出来の悪い戯曲に見えますがね。外務卿。」


「ははは!いや全くそのとおりですぞ。リヒト殿。喜劇ならまだまし。悲劇なら目も当てられませんな。」


 明るく冗談を話すヴィルヘルム外務卿だったが、目は真剣そのものだ。


「帝国は、この戯曲を悲劇にしないため、ジュミラに帝国軍を派遣することを提案致します。」


「それではパドリア連合王国が黙っておりませぬぞ!ヴィルヘルム卿!」


「大国同士の争いで、ジュミラの街をすり潰すおつもりなのですか?」


 ボッシオとカメリアがすごい剣幕でヴィルヘルム外務卿に噛み付いた。


「ふふふあはははは!それが帝国の台本ですか。だが、俺とジュミラの街はそれを断る!

 我らの領土に足を踏み込んだ、いかなる国の軍隊も撃退してご覧に入れますよ。閣下。」


「それがゴルチェスター王国の兵だけでなく、帝国兵も加わったとしてでもですかな?」


 ケーニヒ・ブランヘルム第3軍司令が、白刃の視線でリヒトを射抜く。


「ええ、そうですよ。ブランヘルム第3軍司令殿。その2国にパドリア連合王国や都市国家連合が加わってもです。」


「はははっ!若者の覇気ある姿は、いつ見てもこの老人の心を昂らせる。

 よろしいでしょう。今回は帝国はリヒト殿が指揮される戯曲の観客となりましょう。」


 その言葉とは裏腹に、帝国の外交を長年にわたり担ってきた老人の表情は鬼気迫るものであった。

 

 帝国の不利になる一切の事柄はワシが許さぬと・・・


「ペローテの件。どうかお忘れなく。」


 そう言い残して、マルガス帝国からの外交団は『黄金樹』を後にした。



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