第29話 動き出す世界・・・回る陰謀

◇◇◇


「そのような一方的な言いがかりを申されても、ジュミラの街としては納得出来ませんな!」


 老獪なボッシオにしては珍しく感情を露わにして、隣国ゴルチェスター王国オスティア領からの使者に語った。


「ほう。一方的な言いがかりとは心外ですな。先代のボルトゥール伯爵が雇ったジュミラの傭兵が、リッチブルの迷宮を潰したのは事実なのですぞ!

 それにより、オスティア領は重要な収入の柱を失ってしまった!その経済的な損失の補償を求めるのは正当な権利ではないのですかな?」


 3日前からジュミラの街に乗り込んで、リッチブルの迷宮氾濫事件の補償を求めてきたのは、新たにオスティア領に転封されたコンコディオ伯爵家の与力フェーロー男爵と、コンコディオ伯爵の家令の2人であった。


「ボルトゥール伯爵の依頼を受けた傭兵の話では、かの者はリッチブル住民の避難を事前にボルトゥール伯爵家の前後当主に直接申し込み、その補償として1億Gゴルドを支払ったと言うではありませんか。」


 フェーロー男爵の一方的な主張に、カメリアも反論を重ねる。


「それに、メッディオ・ボルトゥール伯爵からのこの依頼の手紙には、ダンジョンのモンスターを間引くように記されてはおるが、ダンジョンを潰すなとは一言も記されてはおらんし、また依頼された傭兵に対してもそのような要望は一言も無かったそうではありませぬか!」


 ボッシオは前オスティア領主メッディオ・ボルトゥール伯爵の手紙をテーブルに叩きつけるように置いた。


「かと言って、ダンジョンを潰すなど常識を疑いますな。ハッキリ申して、非常識ですぞ!

 増えすぎたゴード羊の間引きを依頼したのに、貴公はゴード羊を根絶やしにする行為を認めるのですかな?」


 フェーロー男爵は、いやらしい笑みを浮かべながらそう切りかえした。


「詭弁です!論点を歪曲しないで頂きたい!」


「フェーロー男爵としては、話をまとめるおつもりがおありにならないのでは?それがコンコディオ伯爵家のご意向でしょうか?ルーニ殿?」


 カメリアがフェーロー男爵の隣に座りながら、交渉に一言も口を挟んでいなかった、コンコディオ伯爵家の家令に尋ねた。


「リッチブルダンジョンの補償として12億Gゴルド。10年分割での支払い。この条件以外認めることは出来ません。」


 ルーニは表情1つ変えることなく、コンコディオ伯爵家の要求を繰り返した。


「リッチブルの低品位な『ダンジョン資源』の何十年分の売上になるのかしら?」


 カメリアはリッチブルの『ダンジョン資源』の年間売上が、5,000万Gゴルド程度に過ぎないことを把握していた。もちろん非合法な方法で・・・


「ゴルチェスター王国の国家予算とほぼ同程度の金額を支払えと?話になりませんな。どうぞお引き取りください。」


 ボッシオはそう冷たく言い放った。


「ほう、何故ゴルチェスター王国の機密を他国人たこくびとである貴公が存じておるのかな?」


 フェーロー男爵が氷の視線でボッシオに問い質した。


「ワシらにも、は沢山おるのですよ。それこそ方々に。」


「お互いに合意に至らず残念ですわ。コンコディオ伯爵にそうお伝えください。」


 黙って席を立つフェーロー男爵と家令のルーニ。


 会談が行われた部屋から退出する間際に、コンコディオ伯爵家家令のルーニが低い声で告げた。


「次は剣を手に話しましょう・・・

 失礼。」


◇◇◇


「・・・という次第です。リヒト殿。」


「ああ、なんかすまないねぇ。俺のことで迷惑かけちゃってさ。」


 レストラン『黄金樹』の個室で、俺はボッシオとカメリアに会っていた。


「オスティア領の新領主コンコディオ伯爵は、明らかにこのジュミラに対していくさを仕掛けるつもりでございます。リヒト様。」


「ワシらとの交渉で話をまとめるつもりなど、端からありませんでしたな。そのつもりでの12億Gゴルドの賠償金です。フン!」


 そう言ってボッシオが鼻で笑う・・・全くだな。


「で、どれ位の兵力で攻めてくると思うの?」


「兵糧の買付けから見て、2〜3万の兵を半年維持できるかと。」


「ゴルチェスター王国の国軍の半数6万を動員するよ。ヤツらジュミラのこと舐めてるから、半年も居座る気なんてサラサラ考えてないから。」


「6万!」


 同席しているトートが青い顔になる。商売に関しては肝が座っているが、それ以外はまだまだ子供かな・・・


「かの国は、短期で戦略目標を達成できると?」


 カメリアがトートに一瞬視線を切りながら、表情も変えずに質問する。


「そのつもりのようだね。愚かにも。」


「『盗賊騎士団』の壊滅が、いくさを呼んでしまいましたかな?」


 ボッシオが渋い顔をしながら、独り言のように言った。


「いいや、1番の理由は『ペローテ』さ。」


「「・・・」」


「えっ?『ペローテ』って、あの『麻薬』のこと?」


 トートが話の飛躍に着いてこれずに確認する。


「ああ、そうだよ。ボッシオとカメリアも知っていたんだろ?ルードがボルトゥール伯爵と組んで、ジュミラ側の国境の山岳地帯で『ペローテ』を栽培してたことを?さ・・・」


「・・・はい。リヒト様。」

「そのとおりでございます。」


「で、ても。何故それが戦争に?おかしいわよ!そんな話!」


 一瞬トートを憐れむような表情を浮かべたが、直ぐに冷たい笑顔を張り付かせながらカメリアは説明した。


「『ペローテ』は、ゴルチェスター王国とその隣国マルガス帝国を蝕む大きな病。あなたもそれくらい知ってるでしょう?」


 トートが青ざめた硬い表情で無言で頷く。


「前ボルトゥール伯爵は、ルードに『ペローテ』をジュミラ領内で栽培させ、それを精製して国内に流していた。その過程で少なくない量がマルガス帝国や他の国にも流れ、その末端価格は年間10億Gゴルドとも20億Gゴルドだとも噂されているわ。」


「その国家予算にも匹敵する『ペローテ』の供給が絶たれた責任を取らされて、前ボルトゥール伯爵は消された。違うかい?」


 カメリアたちに確認しなくても、俺は知ってたけどね。


「はい。ワシらもそう考えております。そして北のパドリア連合王国もどうやらその動きを掴んでおるようです。」


私共わたくしどもは、隣国からの叱責を避けるために、子飼いの傭兵を使ってルードの『ペローテ』畑を潰しておりました・・・」


「でも、最近その傭兵たちが戻らない。と?」


「左様でございます・・・」


「話は分かった。それでゴルチェスター王国の軍はどこまで倒していいの?いっそ国ごと潰す?」


「いやいや、それは困ります。リヒト殿。大乱は商売にとって百害あっても、1Gゴルドも利益はありませんぞ。」


「それにリヒト様。未だ『ペローテ』組織の親玉が判明しません。この件、一反社会組織が仕切れる話ではございません!恐らくどこかの国が関わっているかと・・・確証は掴んでおりませんが・・・」


「カメリアの勘がそう言うと?」


「女の勘は、えてして正鵠を射るものでございます・・・」


 俺の問いかけに対してカメリアは恭しく頭を下げながらそう答えた。


「分かった。俺の方でも探らせよう。」


 俺がボッシオたちとそのような話し合いを持ってから数日も経たないうちに、事態は大きく動いた・・・


 マルガス帝国の特使がジュミラの街に訪れたのだ。



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