第28話 新たなる戦いの兆し

「ラスたん、葡萄でちゅよ〜♥はーい、アーン〜♥」


「ハブ〜!こっちの葡萄が食べたいブー!」


「きゃー!ラスたんのえっちぃー♥」


 『アゲハ蝶』の新しいお嬢、春に膝枕された『暁の剣』のドゥラスが、春の豊満なメロンに顔をグリグリさせながら甘えている・・・こいつ、コレでもジュミラの街では上位の傭兵なんだよな・・・


 背徳の街ジュミラの傭兵は、『盗賊騎士団』の精鋭メンバーが、団長のルードと一緒にになったせいで、『暁の剣』をはじめとした中堅ドコが軒並み押し上がって上位をハっていた。


 それに伴ってメンバーも3人から7人に増えた『暁の剣』のメンバーは、今でも月の半分以上は『欲望★★』のダンジョンに潜っては、『アゲハ蝶』に通っている。


「何だぁ?リヒト。朝から酒とは随分なご身分だなあ。ベルちゃんに見つかってドヤされろ!ガハハ!」


 『アゲハ蝶』のカウンターの角、いつもの席に腰を下ろした俺に絡んできたのは、『暁の剣』のリーダー。『スカー』ティムガッドだった。


 右目に受けた傷跡から、今では『スカー』の2つ名で呼ばれるようになったティムガッドであったが、『アゲハ蝶』で見せる姿はジュミラの街の2つ名持ちの1級傭兵と言うよりも、ただのドスケベなオッサンだった。


「お前だって、こんな朝っぱらからもう出来上がってるじゃないかよ。」


 俺の目の前では、『黒服』のブライアンが出来るバーテンダーの雰囲気で、相も変わらずグラスを磨いているんだが・・・お約束どおり客を無視してるので『メイド』ちゃんがウィスッキーの水割りを作ってくれた。


「俺たちゃあ昨日の夜遅くに『迷宮』から戻ったんだ。今はまだ打ち上げの最中なんだよ!文句あっか?」


「あらあ、ティムさん。グラスが空よん。ほら、お代わりどーぞ♥」


 ティムガッドの空いたグラスに新しい水割りを作って手渡すメグ。


「くあー!メグママの作ってくれた水割り最高ー!」


 今では12人に増えた『ゴブリンコンパニオン』のママになったメグが、カウンターに立って男共の相手をしている。


 みんなメグの扇情的なドレスの胸元に、目が釘付けだな・・・


「おう、そう言えばリヒトよ。この前メグママからボトルもらったよ。ありがとな。」


 『試練』のダンジョンとのバトルの際、『試練』のダンジョンを偵察してくれた傭兵で、特に有益な情報を持ち帰ったヤツには『アゲハ蝶』でボトルを入れてやったんだ。


 どうやら『暁の剣』の連中ももらったようだな。


「いんや、こっちこそ助かったよ。マジで。」


「そっか。そりゃ良かった。また何かあったら声掛けてくれよな。」


 ふっ、ドスケベティムガッドが頼もしくなったもんだ・・・


「ところで、リヒトよぅ。オスティアとの国境付近が、何かキナ臭くなってるの知ってるか?」


「オスティア領って、領主が代わったばかりじゃないか。それなのに、揉め事か?」


 ティムガッドはナッツを口に放り込みながら続けた。


「前領主の伯爵が急死して、跡継ぎが幼いって理由から領主が交代したんだ。でもよぅ、跡継ぎが19で幼いってどんだけだよ。」


 その辺は『ゴブリンラット』のキングリチャードから聞いている。


「だな・・・」


「そんでなあ、ここからが本題なんだがよ。国境を周回しているボッシオんとこの傭兵が、何組か戻って来ないんだ。・・・分かるな、リヒト・・・」


「ああ、情報ありがとよ。ティムガッド。」


 俺は腰を下ろしたばかりの『アゲハ蝶』のカウンターから、急いで立ち去った。


◇◇◇


「いや、今晩は素晴らしい料理の数々。深く感謝致します。これは帰国するのが嫌になりますな。」


 美しく彫刻されたマホガニー材の壁に女神の描かれた絵画。見るものを圧倒的させるほど麗美で豪華な『黄金樹』の個室で、ジュミラの街の『トリナス支配者』であるボッシオとカメリアが、異国の交易商をもてなしていた。


私共わたくしどもはいつでもトルトナ殿の来訪を歓迎致しますよ。」


 美しく髪を結い上げたカメリアが、食後の紅茶を飲みながら答える。


「全くですな。ジュミラの街はいつでも良き友人の訪問を歓迎しますよ。」


 カメリアの言葉にボッシオも相槌をうつ。


「それは嬉しい言葉だ。・・・ところで歓迎と言えば、我が国に『勇者』御一行が訪問されて、北の副都アンスタで大歓迎されているそうです。

 御二方は『勇者』様にお会いになったことはございますかな?」


「いいえ、機会にめぐまれず・・・」


「ほう、『勇者』殿ですか・・・」


 顎に手を当てながら、話の行方を見定めるボッシオ・・・


「大層お美しい『聖教国の聖女』様と御一緒だとか・・・ここだけの話ですが、おかげで副都アンスタの公爵閣下は、大層なご出費だとかで・・・」


「ほほほ、聖教国の『聖人』を無下にはできませんから・・・ねぇ。」


「ははは、マダム、その通り。

 ご存知のとおり、我が国の北部には、聖教徒が多いですからな。」


「ですが、ワシら商人はできる限り宗教とは距離を置きたいものですな。」


「ほほほほ。特に聖教国は、なかなかに商売が難しい故・・・」


「ワシらとしてもトルトナ殿のように太い取引ができるお方の方がありがたいと言うものです。」


「ははは、それは嬉しい言葉だ。今回は一級の『ダンジョン装備』や高品位の『金属』を沢山仕入れさせて頂きましたからなあ。今後も良きでありたいものです。」


「全くですな。」


「ほほほほほ」


 トルトナはジュミラの北に位置するパドリア連合王国の有力な交易商であったが、ボッシオもカメリアも彼が只の交易商でないことは掴んでいた。


 トルトナも自分が只の商人でないことをこの2人が承知していることを認識していた。


「では、からお2人に今晩のお礼を・・・」


 トルトナの雰囲気の変化に、ボッシオとカメリアも態度を改めた。


「南のならず者が、麦の収穫を前に密かに食糧を買い集めております。それこそ一軍の胃袋を満たすくらい大量に。

 ・・・どうかご用心を・・・」


「・・・・・・」

「・・・ほう・・・」


「南の国境が怪しくなっておるようですからな。念の為・・・」


 トルトナは鋭い眼差しで、ジュミラの支配者たちの表情を観察する。


 だが、そんなトルトナの雰囲気を意にも止めることなくカメリアは優雅にお辞儀をしながら答えた。


「お国の女王陛下にはご配慮感謝申し上げますと・・・」


「はてさて、何の事やら・・・」


「ははは。ワシらとてご好意には好意で報いる術を知るものですからな・・・」


 ボッシオとカメリアは北の隣国パドリア連合王国からもたらされた機密情報に深く感謝した。


 本来なら一介の交易商には知るよしのない情報であったから・・・


 ボッシオとカメリアは、南の隣国内の不穏な動きに警戒を強くした。



 パドリア連合王国の交易商トルトナを『欲望の街』の宿へ見送った後も、ボッシオとカメリアの2人は『黄金樹』の個室に戻り、葡萄の蒸留酒を手に話し込んでいた。


 2人とも『欲望の街』には、2人の権威を表すために、財貨を湯水のように投じた豪華な屋敷を持っていたが、2人の会合にはリヒトの『黄金樹』を好んで利用していた。


「さて、オスティア領堺での問題、パドリア連合王国に知られておりましたが・・・」


 果実の芳醇な香りを楽しみながら、カメリアは切り出した。


「トルトナ殿は、十中八九連合王国情報部のエージェント。さすがは女王陛下の番犬だけの事はある。」


「それだけでは済まされません。わたくしたちのジュミラに潜り込んだネズミには、しっかりと首に鈴をつけておかねば!」


 カメリアの語気に、『黄金樹』の天井裏に秘密に作られた『専用通路』に身を潜ませながら、個室での様子を監視していた『ゴブリンラット』が身を竦ませた・・・


「ジュミラの街の生い立ちを思えば、当然周辺諸国の間諜の存在は当たり前すぎて気にもとまらんが・・・」


「ですが、わたくしたちの目に止まらないネズミとなれは、話は別。」


「良いネズミは死んだネズミだけ・・・か」


 天井裏の『ラット』は、今すぐにでもこの場から逃げ出したくて仕方なかったのだが、クイーンからの指令は『ステイ』。

 『ラット』は冷や汗をかきながら、秘密通路の隅で更に身を縮こまられている・・・


「今晩の情報の手前、そのネズミを殺すのは悪手。

 連合王国に対しては、そのネズミをあぶり出して首に鈴をつけて、連合王国への連絡役に使うのが宜しくてよ。」


「諜報戦はカメリアが得意とする所、委細任せますよ。

 ところで、南の国境の件・・・」


「それは・・・仕方ありませんね・・・」


「やはり、あの方にお願いすると致しますか・・・」

 

 ボッシオの言葉に、カメリアは黙って重々しく首を縦に振った。



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