第23話 オスティアの領主

◇◇◇


 背徳の街ジュミラから南へ伸びるカリア街道。

 

 ゴルチェスター王国との国境を越え、迷宮都市リッチブルに向かう枝道に進まずに、カリア街道を真っ直ぐに南下するとジュミラとの国境地帯を領有するボルトゥール伯爵領の領都オスティアの街があった。


 ボルトゥール伯爵家が転封される前から存在していたオスティアの街は、古い城塞都市で、歳月に侵食されたレンガ造りの城壁が長きに亘って街を外敵から拒絶してきた。

 

 街を襲うのは、モンスターよりも人の方が多かったのでは皮肉ではあるが・・・


 オスティアの街の城門を潜りぬけ、曲がりくねった市街地の街路を進むと、高い尖塔をもつオスティア城が見えてくる。


 この古い城の主が政務をとる執務室に、ボルトゥール伯爵家に古くから仕える家令のレントワーが、老いを感じさせない足取りで向かっていた。


コンコンコン!


「レントワーでございます。旦那様。」


「入れ!」


 執務室の扉を開けて入室した家令のレントワーは、恭しくお辞儀をしながら城の主に告げた。


「お客様がお見えになりました。」


「うむ。応接の間に案内しろ。」


「・・・それが・・・」


 珍しく言い淀んだ老いた家令に、書類を書く手を止めた伯爵が顔を上げて訊ねた。


「どうした?何か問題か?」


「いいえ、問題などございませんが・・・ただ、お客様がたいそう珍しいお乗り物で起こしになりまして・・・」


 この伯爵家の家令として、長きに渡り貴族政治の政争も権謀術数も補佐し仕切ってきた男が言い淀む姿に、伯爵は興味を引かれた。


 伯爵が爵位を継承する前から、それこそ30年以上に及ぶこの家令との付き合いの中で、これ程うろたえたレントワーの姿は見たことがなかった。


 先代が高みに旅立たれた、その時でさえこれ程取り乱した姿は見せなかった。


「私が直接出迎えよう。」



「なっ、何だこれは!」


 薄い鉄の板が太い鋲でとめられた、重く無骨な扉を城の衛士が無言で開けると、低い騒音をたてた金属でてきた箱が3つ、入口の車止めに並んでいた。


「馬車ではない・・・な。だが、馬車の車輪とは違った、随分太い円環が両端にあるが・・・あれが車輪なのか・・・」


「これは『自動車』と言って、牽引する動物を必要としない、自らの力で走る乗り物ですよ。『魔道具』の類いとでもお考え下さい。」


 そう言って艶の美しい黒い詰襟の服に、肩や胸に銀糸で上品に装飾された軍服を着た若い男が『自動車』の扉を開けて降りてきた。


 黒眼黒髪の美しい若者に続いて、前後の『自動車』からも何人もの男たちが降りてきた。


「お初にお目にかかる。私はジュミラの街の『トリナス』からの依頼で参上した、『欲望★』のリヒトとです。

 以後、お見知り置きを。」


 リヒトと名乗った若者の左右に8人、一目で武人と分かる男たちが整列した。


「ようこそ、ゴルチェスター王国北方の壁、オスティア城へ。

 私がこの城の城主、メッディオ・ボルトゥール伯爵である。」


◇◇◇


「此度はルードは来ぬのか・・・」


 城の応接の間に通された俺とカインだったが、勧められた席に腰を下ろすなり伯爵がそう言った。


 カインは俺の後ろで直立不動。


「盗賊騎士団のルード殿ですか。どうやら部下を引き連れて、ジュミラの街を出て行ったきり戻らないと聞いております。

 きっとどこかで部下たちと『男の闘い』にのでは・・・」


 家令のレントワーと紹介された老紳士が、お茶を入れてくれた。


 香りがあまりたってない、少し渋みのある紅茶だ・・・


「そうか・・・ジュミラの『トリナス』であるボッシオ殿からの手紙にもそうしたためてあったな。

 リヒト殿がその代わりを務めるとも。」


 ブラウンの髪を短く整え、髭も短く切りそろえた40前後の細身の伯爵が、探るような目付きで話す。


 実はこの男、ルードと組んで王国の国境を超えてジュミラ領に入った僻地で、密かに常習性のある『薬』を栽培して王国内に流していたのだ。


 トートの誘拐事件が起こった時、『ラット』のキングから報告を受け、『ニンジャ』のライゾウに探らせて分かったんだ。


 しかし、どうしてそんな危ないものを自国に流通させられるのかねえ?


「それでは、今回の依頼を引き受けるに当たって、伯爵へのお願いがあります。」


 さて、伯爵。どんな反応を見せるかな?



「おかえり〜!リヒト。首尾はどうだった?」


 草や木の枝でカモフラージュされたテントに、カインとアベルを連れて入っていった。


 領都オスティアから乗ってきた『自動車』は、テントの前に停めてある。


「いや〜、あの伯爵、裏の商売が突然停止したので、相当マイッてたなぁ」


「そんじゃぁ、どれくらいピンハネすると思う?」


 そう言ってベルはパタパタ飛んできた。


 俺は今回の依頼を引き受けるのに当たり、1つのお願いを伯爵に申し出た。


 それは明日から1ヶ月の間、迷宮都市リッチブルの北側の指定した範囲の住民を疎開させて欲しいという内容だ。


 もちろんその補償として、俺は1世帯当たり10万Gゴルド、大銀貨1枚支払うと付け加えてな。


 10万Gゴルドという金額は、家族4人が1月慎ましく暮らすのに十分な金額だ。


 指定したリッチブルの北側対象範囲の住人1,000世帯で1億Gゴルド


 白金貨1枚を伯爵の目の前のテーブルに置いたら、伯爵のやつ躊躇することなく首を縦に振ったよ。


「あの様子じゃ住民に銀貨1枚、1万Gゴルドしか払わなかったとしても、俺は驚かないね。」


 恐らく一銭も払わないだろう。


「でもさぁ、300万Gゴルドの仕事に、1億Gゴルドも支払うなんて、なんか裏あるとは思わないのかなぁ?」


『例え裏があったとしても、伯爵はマスターの話を飲まざるをえないのです。ベル様。』


 リチャード獅子心王リチャード ザ ライオンハートが、後ろに控えているカインの襟首から俺の肩に飛び移ってきて、ベルの疑問にそう答えた。


『ボルトゥール伯メッディオは、所詮は首のすげ替えの効くコマに過ぎません。

 この『薬』の流通を取り仕切る親玉への『上納金』が最近滞っており、伯爵は文字どおり首が飛ばされる危機にございます。』


「ルードのせいだな!」


「酷くない?リヒト。あの人だってさ、毎日ボクらのために、『人間牧場』で頑張ってくれてるんだよ!」


「見たのかよ?」


「ごめんなさい。見てないです。いえ、見たくないですぅ!」


 ベルには軽くデコピンの刑!

 が、痛みでテーブルの上に落ちた・・・おもろい・・・


「で、その『親玉』ってのは、まだ分からないんだよな?リチャード?」


『申し訳ございません。マイロード。

 ゴルチェスター王国全体を監視するには、後3月ほどお時間を頂きたく。

 南方の諸国を優先して『家臣』の配置を進めておりますれば。』


 一体今何匹の『ゴブリンラット』がリチャードの配下にいるのか、怖くて聞けないー!

 『欲望★』のダンジョンが無事に1年間生き延びたら、この大陸支配しちゃうんじゃね?リチャードたち・・・


「とにかく、領主の件は金でカタが着いた。『試練』のダンジョンの兆候、見逃すなよ!

 カイン!頼んだぞ!」


『・・・』


 黙って力強く頷くカイン。


 打てる手は全て打った。後は、お前次第だ!『試練』の!


 さあ、ゲームを始めようじゃないか!



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