第21話 黄金樹

「いいか、まずはコレをゆっくり味わって食べろ。」


 『コア』ルームに集められた20人の子供の奴隷たち。五体満足な子は2人しかおらず、その2人も病気で衰弱している。


「ほら、口を大きく開けて・・・」


 まだ体力の残っている子供には、取り分けた『カツドゥーン』をスプーンで小さくすくって、一人一人に食べさせてあげる。


「お前は、病気で弱ってるから、コレな・・・」


 病院で衰弱した子には、『チョコレット』の欠片かけらを口に入れてあげた。


「「「・・・・・・!」」」


 よしっ!死んだ魚の目に光が灯った!


 俺は『カツドゥーン』と『チョコレット』を子供たち全員に食べさせた・・・


「どうだ?美味かったか?」


 何人かの子がコクリと頷く。


「この美味しい食べ物を、もっと食べたくはないか?」


 『コア』ルームの床に座りこんでる子も、自力では起き上がる力のない子も、俺を食い入るように見返している。

 『死んだ魚の目』は、もうどこにもない!


「ほ、ほんとう?・・・」


「ああ、本当だとも!俺のために働いてくれるヤツには、毎日ご飯を食べさせてあげるし、頑張ったヤツにはこの『チョコレット』だって、それよりももっと美味しいものだって食べさせてやるぞ!」


「・・・私・・・こんな腕だけど・・・それでも食べさせて・・・くれますか?」


 垢まみれの少女が、肘ら先のない腕を持ち上げて聞いてきた。


「真面目に働くなら、一生食わせてやる。」


「・・・ぼ、ボクをったりしませんか?」


「俺はお前たちをったり殴っりしない。お前たちが嫌だったら、ここら逃げて行っても構わんよ。」


「・・・わたし、真面目に働きますから、どうか・・・ここで働かせて、ください・・・どうか・・・」


 病気で死にかけの女の子が、横たわりながら、必死で俺に頼み込む。


「・・・わたし、もうあそこには・・・戻りたくないの・・・」


「ならば、少女よ!我が『欲望★』に忠誠を違うか?さすれば、お前に安寧を与えよう!どうか?」


「・・・はい、誓います・・・」


 言葉を話すのも辛そうな少女だったが、誓をはっきりと口にして、俺見つめる瞳に力がこもる・・・


「よく誓った!少女よ。まずは元気を取り戻せ・・・」


 そう言って、俺は少女を抱き起こして、エイル特性の『ポーション』と『万能薬』の混ざった『スペシャルドリンク』をボトルから飲ませてあげた。


「・・・ありがとう・・・ございます・・・」


◇◇◇


 あの日から、私の全てか変わったの。


『・・・はい、誓います・・・』


 全身熱で焼かれた体で、必死の思いで誓ったわ。・・・差し伸べられた、最後の希望にすがって・・・


 マスターは約束どおりに、私たちに貴重な『薬』を与えてくれたわ。

 

 おかげで、全身を焦がす私の熱病も、身体を失った他の子たちも、みんな3日ほどで回復したわ。健康な体に。


 そして何よりも、マスターは私たち奴隷に、信じられないほど美味しい料理を与えて下さいました。それも、一日に3回もよ!


 みんなには秘密だけど、私が育った伯爵家でさえ、これほど美味しくて、心がときめく料理は食べたことがなかった。


「お前たちが、人を感動させる料理を作るためには、普段から美味しいものを食べて舌に覚えさせろ」


 マスターはそう言って、私たちの食事を『メイド長』さんと『大錬金術師』さんに作らせてるの。


 ふふふ、ても『大錬金術師』のニュートンさんが、お料理を作ったのには驚いたわ。だって『錬金術師』がお料理だなんて、変じゃない?


 でも、マスターに『料理は錬金術だ』と言われて納得しました。だって特に『お菓子作り』は、本当に『錬金術』だったんだもの。


 ニュートンさんが解読した、マスターの錬金術書『大レシピブック』に書いてある手順と調合配分どおりに作らないと、『お菓子』は美味しくならないことが後になって分かったわ。


 だって、私。今は『パテシエ』グループのリーダーをやってるから、毎日思い知ってるのだもの。


 小麦粉やバダー、砂糖や玉子、それからオーブンの温度・・・どれも『レシピ』の配合どおりに作らないと、『錬金術』は起こらないわ。


 『コック』グループだって同じ。


 『コック』グループのリーダーのバーリも『レシピ』の大事さが分かってきたみたい。


 私たちは、今では『メイド長』のボローニャさんやニュートンさんに見守られながら、自分たちで『料理』と『お菓子』が作れるようになったの!


 私は、毎日自分たちで作った『作品』をマスターに食べて頂くのが嬉しいの!いいえ、私だけじゃないわ、バーリたちみんなも同じ気持ち!


 私たちが作った『作品』を、マスターがお食べになって、『美味しいよ。よく頑張ったね』って褒めてくれるのが大好き!


 マスターに褒めて貰えたら、後でみんなでその料理を食べるの!すると、みんな素敵な笑顔で幸せな気持ちになるわ!


 みんな辛くて死ぬような思いをした子供たちばかりだけど、マスターが『よく頑張ったね』と褒めて、頭をなででくれるから、どんなに大変な『お菓子作り』だって『料理作り』だって頑張れるわ!


 だってだって、マスターの笑顔と、みんなの笑顔が見たいから!

 みんな笑顔で食べると、とっても幸せだから・・・


◇◇◇


 トート商会のアメリア嬢からリヒト殿の招待状を貰ったのは3日前の事だった。


 招待されたのは、ワシとカメリアの『トリナス』2人に、ジュミラの町におけるトート商会の主要な取引先の店主たち10名程だった。


「ジュミラから『欲望の街』まで、こんな立派な街道が敷かれるとは・・・ここまで来るのがこれ程容易になるとはな。」


「ええ、全てリヒト様の『スケルトン』が切り開いたと聞いておりますよ。」

 

 馬車から降りたワシの独り言に、カメリアが言葉を返してきた。


 今、ワシらが降り立ったのは、リヒト殿が建設させた『欲望の街』の中央に建てられたレストラン『黄金樹』正面の車停めだった。


 ワシも初めて目にする『黄金樹』の建物は、黒く硬質で白と茶の筋模様が美しい石材で建築された二階建ての建物だった。


 ワシはカメリアをエスコートしながら、美しく磨かれた入口の階段をゆっくりと上っていった。


「これ程美しい石材を惜しみなく使うとは・・・」


「さすがはリヒト殿、ということか・・・」


 ワシらを先頭に、本日招待された一行が重厚な扉の前に立つと、ゆっくりと扉が開かれて、本日の主人がワシらを迎えてくれた。


「ようこそ、『黄金樹』へ。歓迎します。」


 後ろにトート商会の会頭と、10人を超える若いメイドを従えたリヒト殿が、笑顔で軽く頭を下げて挨拶をする。


「こちらこそ、お招きに感謝を」


わたくしからも、感謝致します。」

 

 ワシとカメリア以外の招待客も、口々にリヒト殿やトート嬢に挨拶を述べながら、この恐ろしく金のかかった建物の中に入っては、みなその芸術的なまでに美しく豪華な室内に呆然としていた。


「それでは皆様、どうぞこちらへ。」


 トート嬢に促されて、ワシらはリヒト殿と共に2階のダイニングホールへ案内された。



「如何でしたかな?」


 そう言ってリヒト殿は、フルーツのような甘い香りのする紅茶に口をつけながら訊ねた。


「上品な食器に美しく盛り付けられた料理の数々・・・。その味わいの素晴らしさもさることながら、見た目の美しさにもわたくしは感動致しました。リヒト様。」


「ほう、それは嬉しい言葉だ。カメリア。」


 ワシとカメリアは、以前カジノのVIPルームに招待されたことがあったので、辛うじてこのダイニングホールの豪華さに飲まれはしなかったが、ワシら以外は皆このホールの美しさに飲まれ、素晴らしい料理の数々を味わうことすら出来ない様であった。


「左様ですな。リヒト殿。見た目の美しさに驚かされ、そしてそれを口にしてまた再び驚愕させられる。そして料理の妨げにならない酒もまた素晴らしかった!」


「それに加えて、この料理の最後に出された『甘味』の素晴らしいこと!わたくしこの天上の味わいにとりことなってしまいましてよ。リヒト様。」


「「全く、その通りで・・・」」


 他の招待客も何とか感想を言えたようだ。


「それは、嬉しい限りですね。このレストラン『黄金樹』は、何時でも最高の料理とデザートで、皆さんを歓迎致しますよ。」


「そ、それは我々もでしょうか?」


 招待客の1人が尋ねた。あれは高級服飾商会の主か。

 ということは、このメイドたちが着ているエレガントなメイド服も、この主の店で・・・


「もちろん、歓迎致しますよ。

 この『黄金樹』は、本日招待した12名の皆さんと、そのお連れになるお客限定のレストランとなります。

 言わば、12名の会員制の限られたレストランとなります。」


「「おお、会員制・・・」」


「ご利用になりたい時には、前日までに時間と人数をジュミラの街のトート商会に連絡ください。」


「おお、それは良いことを聞いた!早速家内を連れて来ましょう!」


「それは良い考えだ。私は家族を連れて来よう!」


「お子さんがいる場合は、それも前もってトート商会に連絡して下さい。家族だけの席と、子供向けの味付けを用意しますよ。」


「それと、私どもトート商会は、会員の皆様のご商談のためのビジネスランチやディナーをご提案致します。

 どうか、特別なお取引先との特別なお食事にご利用ください。」


 確かに、どの国の宮廷料理にも勝るこの建物と食事。最高の接待になることだろうな・・・


「それでは遅くなりましたので、今晩は皆様の宿もこちらでご用意致しました。

 また、もっとお飲みになりたいお客様には、『アゲハ蝶』のお席も用意してございますし、カジノ『大富豪』でお遊び頂くことも出来ます。」


 ほう、トート嬢。うまく宣伝したな。さすが、リヒト殿のパートナーだ。


「それでは皆さん、『欲望の街』の夜をお楽しみください。」



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