SS1 一杯のカツドゥーン

―― それは『欲望★』のダンジョンのとある日常 ――


■■トートとカツドゥーン


「・・・ううっ・・・んぐっ・・・ううう・・・」


 ヤブネに監禁された地下牢から救出されたトートが『欲望★』のダンジョンに戻ってきた。


 約束通りにボッシオとカメリアの手の者がトートを助け出してくれた。


 だが、親友のアメリアに迎えられたトートは、ずっと自分を責め続け、ミトの死を悼んでいる。


「ねえ、リヒト。何とかしてあげられないの?ボク、見てるのが苦しいよ・・・」


 ウチのダンジョンの中じゃ、トートと1番仲がいいベルが、辛そうに訊ねてくる・・・


「いやさあ、俺も何かしてあげたいんだけどな・・・どうしたらいいか、分からないんだよ・・・」


「ちっ!この役立たずぅ!」


「そんなこと言われてもさぁ・・・。そっか!エイルに気持ちが落ち着いて、嫌なこと忘れられるような『薬』もらってこようか?

 何かそんな『薬』作ってたよな?どよ?」


「いや、あの『薬』、危ないから飲んじゃダメって言ってたような・・・確か、依存しちゃって『薬』なしには生きられなくなるとかなんとか・・・」


「ダメかぁー。じゃ、ベル。お前だったら何して欲しい?一応『女』なんだから、その辺の気持ちわかるんじゃないの?」


「うきぃー!一応『女』って酷いなぁ!これでも『ピクシー界』では、容姿端麗、才色兼備、一笑千金 、えっとそれから・・・」


「いや、もういいから。妄想乙乙」


「むむむう!じゃ、リヒトは何してもらったら、元気が出るのさぁ?」


「・・・俺かぁ・・・俺なら・・・」



「・・・ううう・・・うっ・・・ううう・・・」


 『迷宮』の袋小路に隠れて泣いているトートの所に俺は転移した。


 『欲望★』のダンジョンは、モンスターがボップしないから、女の子が1人で『迷宮』に入り込んでも安心なんだが・・・『何それ?ダンジョンとしてどうよ!』との批判は甘んじて受けるぞ!


 それよりも、1人で『迷宮』に逃げ込んだトートだが、このダンジョンで俺から隠れることなど出来はしないのだよ。


「ミトのことは、辛かったな。トート。お前の辛い気持ちを背負ってやることは出来ないけど、これでも食べて、元気出せよ。」


 トートの所へ転移し、そう言って差し出したソレにトートは反応した。


「・・・何よ、これ?・・・」


「よくぞ聞いたな!これはな、『カツドゥーン』だ!」


 そう言って、丼の蓋を開けて、スプーンと一緒にトートに渡した。


「聞いて驚け!何とこれ一杯で、『よわいゴブリン』9匹分もするんだぞ!

 ベル吉なんかさ、アタシの永久雇用契約より高い!ってぷりぷり怒ってたんだぞ。

 だから、ほれ!温かいうちに食え、食え!」


「ぷっ、何よそれ・・・でも、いただくわ・・・」


 そう言ってトートは『カツドゥーン』にスプーンを突っ込んで食べ始めた・・・頼むからモノを食べながら泣くなよな・・・


「・・・美味しい、ぐすん・・・とっても・・・優しい味がするわ・・・」


「そっか。それは良かったな。」


 涙をボロボロこぼしながら、スプーンで『カツドゥーン』を口に運び続けるトート。


 鼻水まで垂らして、女の子的にはアレだけどさ、今はゆっくりお食べ。きっと『カツドゥーン』が君が1歩前に歩き出す力になってくれるだろうから・・・



■■シフォンとカツドゥーン


「あっ、マスター!わざわざ来て頂いて、ごめんなさい。」


 そう言ってシフォンがぺこりと頭を下げる。

 でも、元気に頭を下げすぎて、『奴隷の首輪』が喉に当たってケホケホしてしまった。


「いや、構わんよ。でもさぁ、シフォン。その『奴隷の首輪』だけど、ジュミラの街のボッシオに頼んだら、『奴隷商人』のスキルで外してくれるって言ってたぞ。だから・・・」


「ま、マスター!私はいいんです。このままがいいんです。

 それにほら・・・」


 シフォンが『奴隷の首輪』に両手で触れると、そのゴツくて大きなサビの出た『首輪』が光って、カチリと音を立ててシフォンの首から外れた。


「えっ、凄いじゃないかシフォン!君の【スキル】で外せたのか、それ!」


 シフォンはさも大事そうに、取り外した『奴隷の首輪』を手でそっと撫でた。


「私にとって、マスターとの絆ですから

・・・死にかけだった、ちっぽけな私とマスターの・・・」


 そう言って再び自分から『奴隷の首輪』をはめ直した・・・それでいいのかよ、シフォン・・・


「そんなことより、マスター。この『マスター装備』でお出しになった、《新しい武器》のコピーなんですが・・・」


 どうか、その事を『そんなこと』なんて流さないで欲しいな・・・


「どうしたの?何か問題でも?」


「これ自体がとても精密で、材質自体コピーするのが難しくて、まだお時間をください・・・」


 シフォンが泣きそうな顔で言った。


「それは構わないよ。俺はもっと先の局面を考えて、シフォンにコピーをお願いしてるんだから、焦らないでいいよ。」


「ありがとうございます。マスター。」


「あと、何か困ってることはないかい?」


 シフォンは少し考えてから答えた。


「それと、なかなかこの『弾』のコピーが難しくて・・・特に、中に入ってるパウダーが・・・」


「そっか。『ニトロセルロース』か・・・。それなら、エイルの『研究室』から『アルケミスト』をまわしてもらおう。きっとアイツらの【スキル】が役に立つはずさ。」


「ごめんなさい、マスター。エイルさんも『改造』や『薬』作りで忙しいのに・・・足手まといになって・・・」


 シフォンの瞳が潤んでる・・・

 俺はシフォンの頭を撫でてあげながら語りかけた。


「何を言ってるんだ、シフォン。君はよく頑張ってくれてるじゃないか!

 『宝箱』の武器も出すのが怖いくらい凄く進化してるし、『カジノ』のスロットマシーンは君がいなかったらコピー出来なかったんだぞ。」


「・・・はい。」


「君はまだ10歳なんだから、何もかも抱え込んじゃいけない。誰かを頼ることを覚えるんだ。そのために仲間がいるんだぞ。」


「そう・・・ですよね。」


 うまく伝わったらいいんだが・・・


「よーし、それじゃガンバリ屋さんのシフォンに、とっておきをあげよう!ちょっと待っててね。」


 そう言って、『コア』ルームに跳んで帰って、アレを持ってきた。


「ほら、ご褒美だよ。お食べ。」


 俺は『カツドゥーン』とスプーンをシフォンに渡して、またシフォンの頭を撫でてやった。


「わあ、いい匂い!美味しそう・・・」


 玉子のかかった熱々のカツとダシの染みたタマネギとライスを一緒にパクリとスプーンで口の中へ・・・


「んふ〜〜〜〜♥」


 大人だらけの ― ピクシーは除く ― このダンジョンで、必死に背伸びして周りの大人たちのように俺の役に立とうとしているシフォンが、俺にはたまらなく愛しかった。


 ちなみに、さっき『コア』ルームで『ダンジョンの書』から『カツドゥーン』を買ったのを目ざとく見つけたベル吉がプリプリ怒ってたのは・・・忘れよう。


 シフォンのこの笑顔が見れたら、それで十分さ・・・



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