第19話 『欲望★』の盟約

 回転するウィルとは逆方向に、白いボールが回っていた。


「ノーモアベット」


 タキシードを着た『ゴブリンディーラー』が盤面上で手を左右に振って賭けの終了を宣言した。


 このルーレットテーブルの最低ベット金額は100,000Gゴルド。大銀貨1枚の高額テーブルで、VIP専用のレートだ。

 一般客用のカジノのレートはもっと低い。


 ちなみにVIPのレートはジュミラの街の一般的な市民4人家族が、1ヶ月間慎ましく生活できるほどの金額だ。


 俺の真似をして、それぞれ200,000Gゴルドずつをルーレットテーブルに賭け終えたボッシオとカメリアが、固唾かたずを飲みながらウィルのボールのゆくえを見守る。


 我がカジノ『大富豪』で使われているルーレットは0と00のあるダブルゼロルーレット。


カラン!


「ブラック17」


 『ディーラー』は当たりの数字を宣言し、優雅な手つきでドリーを黒の17の上に置いて、精算を開始した。


 賭け方を見ると、その人の人間性がかいまみえる。


 カメリアは慎重なタイプなのだろう。アウトサイドベットを中心にチップを置き、できる限りローリスクローリターンのプレイスタイル。


 それに対してボッシオは数字を直接狙ったインサイドベットを中心に、ハイリスクハイリターンのプレイスタイルだ。


「今回は、カメリアと俺がダズンボックスで3倍の300,000Gゴルドの勝ちだな。」


 俺はグラスを掲げてカメリアを勝利を称えながら、フルーティーな味のシャンパンを口に含んだ。


「まあ、嬉しい。」


「はははは!この遊びは単純ながら、なかなかに奥が深いものですな!」



 俺は『盗賊騎士団』のルードたちがこの『欲望★』のダンジョンに攻め込んで来た2日後に、『背徳の街ジュミラ』を支配している『トリナス』の2人、奴隷商のボッシオと娼館の女将カメリアを『欲望★』のダンジョンに招待した。


 そして拡張したカジノ『大富豪』のVIP専用のプレイルームでスロットマシーンやブラックジャックやルーレット等、様々なギャンブルを紹介しつつご接待した。


 最高の酒とギャンブルに、ジュミラの街の最高権力者2人は、どうやら楽しんでくれたようだ。


 一通り遊んだ後にチップを換金して、2人をカジノの一番奥にあるVIPルームへ案内した。


 美しく磨かれた重厚なマホガニー材をふんだんに使用した自慢のVIPルーム。 

 そこに置かれたビクトリア風の豪華なソファーを2人に勧めると、『ゴブリンバニー』が冷えたシャンパンのボトルを運んできて、俺たちのグラスに注いでくれた。


 男であるボッシオが、嬉しそうに『バニー』を眺めてニヤニヤしている。


 分かる、分かるぞボッシオ!その気持ち!白と黒のウサギがいるが、初めて見た時、エイルの才能を絶賛したね!ビョント立ったウサミミとモコモコのシッポがたまらん!


 『バニー』たちは、『アゲハ蝶』のお嬢たちと『欲望』の下僕しもべ共の人気を2分している。


「リヒト殿。本日のおもてなし、改めて感謝いたします。」


わたくしからも、感情致しますわ。」


 俺が『バニー』に現実逃避妄想してる間に、ボッシオたちに現実に引き戻されてしまった・・・


「いや、先の件では、2人の世話になったから。その礼ですよ。」


「先の件でございますか。ほほほほ」


「そう言えば、『盗賊騎士団』のルードとその精鋭の傭兵たちが未だ行方不明なのですが、リヒト殿はなにかご存知ではありませんかな?」


 そうとぼけるのかよ・・・


「さあ、一向に。何せ傭兵ですから、どこかの戦場でのでは?」


「血気盛んな殿方でございますから。ほほほほ」


「ジュミラの街として、『トリナス』の三本のかなえの1本が、いつまでも不在では治まりが悪うございまして・・・」


「ジュミラの街が住民による自治都市となって以来、三位一体トリニティの『トリナスTRINUS』が街を支配する掟でございます。」


 カメリアとボッシオの雰囲気が変わった。支配する者の雰囲気か・・・


「『金』を支配するもの。『暴力』を支配するもの。『色欲』を支配するもの。」


「その三者が相争わずに統治する。」


「それがジュミラの『トリナス』でございます。そこでリヒト殿・・・」


「俺に人の世の統治に興味はないよ。ボッシオ。カメリア。」


 俺の拒絶にボッシオとカメリアの目付きが変わった。拒絶即敵対の思考が短略過ぎやしないか?


「だが、2人に協力すらことはできる。」


ガチャリ


 俺が言い終わると同時に、このVIPルームに入ってきた者がいた。


「・・・」

「ほう、こちらは・・・」


 赤毛のちんまい少女と、素晴らしい曲線を見せつける明るブラウンの髪の少女が緊張した面持ちで現れた。


「はじめまして『トリナス』のお二方。トート商会のトートです。」


「トートの補佐をしております、アメリアでございます。」


 俺の隣にトートを座らせて、アメリアはトートの後ろに立った。


◇◇◇


 他国の王宮を幾つも尋ねたことがあるワシですら、驚きを隠すことが難しいいほどに豪華で洗練された部屋の中でリヒト殿に今回の要件を切り出したのだが、やはり一筋縄とは行かなかったか・・・


 『トリナス』の就任要請を断られるとは思いもよらなかったが、完全に我らと手切れを意味することではないと言われて、リヒト殿が出してきた手札が『トート商会』だとは・・・


「もしもジュミラの街に、『戦力』が必要な事態がおきたのなら、この『欲望★』のダンジョンが『戦力』を出しましょう。」


 ルードとその精鋭たちを、どのような手段かは分からないが、葬ったリヒト殿の『戦力』ならば、これ以上は望めないだろう!

 なにせ、世界三大傭兵団の一角を打ち破ったのだからな。


「それと、そちらの『商会』とは、どのように繋がるのでございましょうか?リヒト様。」


 よし、カメリア、そこだよそこ。ワシも気になるのはな!


「先程も言ったが、俺は『人の世』に関わるつもりは一切ない。俺との繋がりは、今後全て『トート商会』を通してもらう。」


「そ、それではリヒト殿!ダンジョン産の鉱石や武具も?!」

「高品質な『薬』の数々もですの?」


「そうだ、それら一切は『トート商会』がジュミラの街に。」


「「!」」


 さすがカメリア。その利点に気づいたか!


 だが、この人間離れした美貌の若者・・・、いやそもそも人間なのか分からぬが、このリヒトという若者は、どの国の宰相以上にキレる!


 ジュミラの街の『トリナス』にならぬという事は、人間同士の、いや人間の国家間のいざこざから距離を取る事になるし、我々人間からダンジョンへの干渉も避けられる・・・ということか・・・


 しかも、取引は間に『トート商会』を入れることによって、完全に人間社会と断絶するわけでもなし・・・なんと絶妙な・・・


「一つ確認させてくださいまし。『トート商会』から仕入れた『商品』は、わたくし共が如何様いかように扱おうとも・・・」


「転売するも、お前たちの自由だな。」


「それでは、『トート商会』の儲けが・・・。いや、それはワシらが口にするべきことではないが・・・」


 そこで、いままで黙っていた赤毛の少女が口を開いた。


「正直に申しまして、私の『商会』では、他国に販売するには販路と人脈がございません。」


 ほう、小気味の良い物言いだな。


「まして、このダンジョンが産出する『商品』は、全てが高品位。『薬』一つとって、のない商人から誰が買いたいと思うでしょうか。」


 ワシはカメリアの顔を確認した。ヤツもワシと同じ結論だな。


「そのお話、『トリナス』として承知したいました。」

わたくしも同様でございます。」


「では一つ、俺からの頼みだ。」


「はて、リヒト殿の頼みとは何でございましょう?」


「『トート商会』に相応しい店舗をジュミラの街の然るべき場所に用意してくれ。わが『欲望★』の代理としてな。

 今後そこにこのアメリアが常駐する。今の店舗のように、盗賊に襲われない場所がいいなぁ。それとも、我々が四六時中警護した方が良いか?」


 くっ、今回はルードとヤブネの暴走で、リヒト殿の面子を大分潰してしまった。『トリナス』として、これ以上・・・


「リヒト様の代理たる『商会』に相応しい場所と建物をご用意致します。」


「もちろんそこは我ら『トリナス』の名にかけて、治安の維持には万全を期してご覧に入れましょう。リヒト殿」


 カメリアも瞬時に正しい判断を下してくれた。


「素晴らしい!それでは俺から2人に礼をしなければな。トート。」


 リヒト殿はご機嫌に話を赤毛の少女に振る。だが、リヒト殿が見かけだけの方ではないことは、十分に分かっている。


「はい。リヒト様。現在私が建設を進めております『欲望の街』の然るべき場所に、お二方に相応しい土地をご用意致します。

 建物はいかが致しましょうか?」


「俺が建ててもいいが、2人とも自分の使い勝手の良い物がいいであろう?そうではないか?」


 ここでワシらの力を試して来るか、リヒト殿・・・


「土地をお与え頂ければ、後は我らで・・・」


「素晴らしい!では、細かい話はトートと話してくれ。」


 リヒト殿はご機嫌な様子で続ける


「『欲望の街』で、ボッシオとカメリアがどんな商売をしようが、何をしようが構わない。

 が、この街ではトートに従ってもらう。いいな?」


 これが目的であったか!

 この街でこの少女に従うということは、実質力関係で言えば我ら『トリナス』と同格!

 ジュミラの街に於いても・・・やはり、リヒト殿。侮り難い!


「かしこましましてございます。リヒト様。」

「もちろんでございます。リヒト殿。」


◇◇◇


 こうして『背徳の街ジュミラ』と『欲望★』のダンジョンとの、新たな権力構造が生まれた。


 この新たな利権関係は、大陸西方の諸国に少なからず影響を与えて行くことになる。



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