第17話 復讐の誓い

 四季咲きのバラに囲まれ、川面が穏やかな日差しに煌めいてるのが見渡せるテラスの席に、俺とエイルは座った。


 ヤバい、いかにも偉そうなヤツらがガン見してるよ・・・


『マイロード。挨拶を』


「今日は、急な呼び出しにも関わらず、臨席頂き礼を申します。私が『欲望★』のリヒトです。」


 俺はこんなことがあろうかと・・・いやスマン。言ってみたかっただけなんだが、キング『リチャード獅子心王リチャード ザ ライオンハート』を襟首に隠してこの会合に参加していたんだ。


「私はこの街ジュミラを束ねる『トリナス』の1人、ボッシオと申します。リヒト閣下。」


「私は『閣下』などと呼ばれる身分ではないよ、ボッシオ殿。」


「いや、こ、これは失礼を・・・」


 威風堂々とした雰囲気だったボッシオが、急に慌てて汗を流し出した。


「では、何とお呼びすれば、よろしいのでしょうか?」


 見た感じ年齢の分からない妖艶な女性が笑みを浮かべて訊ねてきたが、目が笑ってないから怖えーよ。


「呼び方など、この場では些細なことなのでは?違うかな、レディー?」


「し、失礼いたしました。リヒト、様・・・。わたくしはこの街の『トリナス』が1人。カメリアと申します。以後お見知り置きを・・・」


 仮面を被ったような印象だった女性だったが、急に頬を染めて挨拶しだした・・・


「可愛らしいお方だ・・・」


「!」


「『トリナス』の2人がこうも簡単に籠絡ろうらくされては、示しってものがつかないな。俺は『盗賊騎士団 』のルードだ。『トリナス』の最後の1人だ。」


 長髪にイケてる髭のお兄さんが、葉巻を咥えて恫喝してくる。剣呑な雰囲気を纏っているが、『獣』の『獅子王』を見た ―コアの映像だったが ― 俺にとっては、仔犬がキャンキャン吠えてるようにしか見えない。


「どうやら、『力』に自信があるようだが、所詮は井の中の蛙か・・・大海の広さを知るがいい。」


『アーチャー』とテレパシーを飛ばす・・・


シュュイィィィィィィ・・・バン!


「うっ!」

「ひいっ!」


 ルードの咥えていた葉巻がルードの口先で弾けた!

 葉巻の残りをポトリと口から落とすのを見て


「ルード殿。葉巻は灰皿に捨てるのが礼儀ではないかな?」


「あ、ああ・・・」


 ルードは慌てて落とした葉巻を拾って、テーブルの灰皿に捨てた。


 俺は今日この会合に当たって、『アーチャー』と『ニンジャ』を総動員していた。

 

 特に『アーチャー』たちには新兵器の『対人狙撃銃 H&K G28』を装備させて、川の対岸に配置させていた。


 『アーチャー』たちは、今この瞬間も『3–20×50PM IIスコープ』で標的を狙っている。


◇◇◇


 世に名高い『黄金の穂波亭』の庭園テラスに来てから、ヤブネはずっと震えていた。


 『トリナス』のメンバー3人の蔑むような視線に、得体の知れない男女に、完全に怯えていたからだ。


 だが、『リヒト』と名乗ったこの美しい若者は、端から『トリナス』の事など眼中にないような不遜な態度で『トリナス』の3人を圧倒していた。


 ヤブネには、この若者の氷の美貌がただただ恐ろしく思えて仕方なかった。


「では、リヒト殿。この度ワシら『トリナス』、ここに招集された訳をお話し頂けないか。」

「恐らく昨晩の件に関係があるのではなくて?」

「そう思い、こうしてヤブネをここへ連れて参った。リヒト殿。」


「ひぃっ!」


 ヤブネは自分の名が出された事で、飛び上がるほどの恐怖を感じた。


「わ、私は、な、何もしておらんし、何も、し、知らない!ひぃっ!」


 ヤブネの言葉に、リヒトは氷の視線を向けた。


「我が盟友トート」


「!」

「・・・」

 ヤブネと一緒にピクリと反応するカメリア。


『マイロード。・・・・・・』


 襟元に隠れた『ラット』の王が、何かをリヒトに伝える。

 リヒトは明るいブラウンの髪のカメリアに一瞬視線を切ったが、再びヤブネを見据えながら話を続けた。


「我ら『欲望★』の盟友である、トート商会の主トートが誘拐され、その際1番番頭のミトが殺された。

 犯人はヤブネの手下の傭兵6人で、トートが監禁されている場所と、犯人全員の名はここに書いてある。」


 リヒトが取り出した紙をテーブルの上に置くと


「で、デタラメだ!私はそんな事知らんし、トートなんて商売人は知らん!」


 ヤブネは自分の無実を必死に『トリナス』の3人に訴える。


「黙れ!」


 傭兵のルードが凄みのある声でヤブネを黙らせた。


「ここまで調べておいて、リヒト殿はワシらにどうしろと?」


 ボッシオが困惑の表情で訊ねるが、リヒトは怒りの感情を噛み砕きながら答えた。


「私は怒っているのですよ。とてもね・・・。友が誘拐されたことに、友の身内が殺されたことに・・・。

 私がトートを取り戻し、犯人に報復するのは簡単です。」


 そう言ってリヒトはテーブルを指でトンと叩いた。


バシッ!


「ひ、ひゃぁ!」


 ヤブネが座っていた椅子の足1本が弾け飛び、バランスを崩したヤブネは無様にひっくり返ってしまった。


「「「・・・・・・」」」


「私の部下に任せたら、ヤリ過ぎてしまうからですよ。それこそ徹底的にね。」


 ボッシオとカメリアは、先程のルードの葉巻と今のヤブネの椅子を見て、恐怖に震えるのを必死に抑える。


 2人はこの若者の気分次第で、自分の体が吹き飛ばされる光景を想像してしまったからだ。


 だが、傭兵のルードはそれを明確な脅しと捉えた。


「てめえ!舐めやがって!」


ガキイ――ン!


 ルードが腰の剣を引き抜いた時、振り上げた剣を『H&K G28』の7.62mm弾がはじき飛ばした!


パシュッ!

ジジジジジジジジジジ

「んっ!」


 剣を弾き飛ばされ、驚きの表情を浮かべるルードの体に、細いワイヤーを引いた2本の端子が突き刺さり、高電圧の『電気』が流れてルードの体の自由を奪ってしまった。


 丸太のように床に倒れ落ちるルード。


 それを冷たい眼差しで見つめながら、リヒトは構えていた『TASERテーザー 7』をゆっくりと下ろして、カートリッジを交換した。


「い、息は・・・あるな・・・」


 棒のように倒れたルードの口元に手を当てて、呼吸を確認したボッシオが呟いた・・・


「さて、茶番はこれまでとして、ジュミラの街の『トリナス』に問う。我が『欲望★』の盟友トートを本日中に取り戻し、その犯人共に罰を与える意思はあるのか!」


 その場にいるものを震え上がらせる冷たい声でリヒトは訊ねた。


 ボッシオとカメリアはお互いに目を合わせながら頷いて


「直ちに。リヒト様・・・」

「この名簿の犯人以外にも、『トリナス』の名において関係した者全てを裁いてご覧に入れます。リヒト殿」


 椅子から転げ落ちてテラスの床に倒れていたヤブネは、『トリナス』に切り捨てられた事実に絶望し、ボッシオとカメリアに呼ばれた配下の者によって罪人として運び出されて行った・・・



 背徳の街ジュミラの街の中央に位置するオークションハウス。


 ジュミラの街が王国の支配下にあった当時、この街を領有していた伯爵家の宮殿の地下牢にヤブネは放り込まれていた。

 自殺など出来ないように、猿轡さるぐつわと鎖に手を繋がれて。


 その地下牢に蝋燭の灯った燭台を手にした男が現れ、牢内のヤブネに声をかけた。


「貴様の一族郎党全て『トリナス』の、いやボッシオとカメリアの手の者によって拘束されたぞ。ヤブネ。」


「う、う――!う―――!」


 ヤブネの牢屋に現れたのは、目に狂気の色をたたえた『盗賊騎士団』の団長、ルードその人であった。


 ルードは牢屋の鍵を開けて、ヤブネの猿轡さるぐつわを乱暴に外しながら続けた。


「ヤブネ、貴様の死刑は確定した。しかもあのクソったれの関心を買うために、お前の一族郎党全ての死刑もな。

 明日の昼、お前を処刑する前に、全てをお前に見せつけてからお前の死刑を行う。随分ボッシオが張り切っていたぞ・・・」


「オノレ!ボッシオめがぁ!ふうぅぐぐううう・・・」


 言葉にならない怒りの声を上げるヤブネ。

 その態度を満足気に見ながらルードがヤブネの耳元に囁いた・・・


「この恨み、晴らしたくはないか、ヤブネよ・・・あのいけ好かないダンジョン野郎に!お前をハメたボッシオにぃ!」


 ルードの悪魔のような囁きに、ヤブネは血走った目を見開いて頷き返した。


「た、頼む!どうか、ワタシの恨みを晴らしてくれ!そのためなら、ワタシの隠してある全ての財産をお前にくれてやる!ルード!」


「良し!契約成立だ・・・」


 この世での最後の悪巧みを、血の復讐の依頼を話し合うルードとヤブネのいる地下牢の隅には、話を聞きいるようにじっと2人に顔を向けるネズミが2匹、暗闇に潜んでいた・・・



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