第16話 背徳の街ジュミラ

 トートの誘拐後、『欲望』のダンジョンで最初に動いたのは『ゴブリンラット』たちだった。


『ご安心ください、マイロード。5我が家臣共が、街の全ての建物を隅々まで捜索しておりますれば。』


『夫の申すとおりにございます。マイロード。必ずや家臣の手によって、果報が届きましょう。』


 『コアルーム』に俺たちと一緒に詰めているのは『ラット』のキングであるリチャード獅子心王リチャード ザ ライオンハートとクイーンビクトリア帝国の母だ。


 キングとクイーンは、そのスキルでトートの捜索を行っている。


 2人のステータスはこうだ、ドン!


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種族名: ゴブリンラット[キング]

個体名: リチャード獅子心王

性 別: ♂

Lv.: 30

スキル: 統率、繁栄、集団知

    深謀遠慮

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種族名: ゴブリンラット[クイーン]

個体名: ビクトリア

性 別: ♀

Lv.: 30

スキル: 統率、繁栄、慈愛

   集団知

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 2人(匹?)の持っている【統率】と【集団知】のスキルにトート捜索の全てがかかっていた。


「アダムとイブより言葉が話せる件」


「あわわわ!で、でも、アダムさんとイブさんは、『ナイト』さんと『ワルキューレ』のお姉様方に『マジシャン』さんたちのお父さんお母さんですから。」


「私も改造しといてなんだけどさぁ、アダムとイブがゴブリンとしてここまで優秀な個体を産み続けるとは思わなかったわ。それ以上にマスターの命名の方がおかしいけど!非常識よ・・・」


「確かに、命名するとヘンテコなスキルが増えるんだよねぇ・・・」


「何か、俺が悪いみたいじゃ・・・」


『マイロードは、我らが生き残るに相応ふさわしい種の形に進化させて下さいました。是即こらすなわち適者生存の道!』


「こめん、ボク、キングの話し半分もついて行けないかも・・・」

「大丈夫だ!俺もだ・・・」

「わ、わたしも・・・」


『マイロード。わたくしの家臣がトート様を発見致しましたわ。トート様はご無事でございます。』


◇◇◇


 トートは光の差し込まない地下室の床に転がっていた。目隠しと猿轡さるぐつわは外されていたが、両手は未だ後ろ手に縛られていて、擦れた所から血が出てるのが感じられた。


「ミト・・・ごめんなさい・・・ううう」


 トート商会のメンバーは、みなトートの商業ギルド付属商人育成所時代の友人たちだった。


 育成所を卒業して、みなそれぞれ中小の商会で働いていた所を、トートにスカウトされたのだった。


『そんな仕事で満足なの?この店の誰1人としてあなたの才能に気づいてないし、活かしてないじゃないの。

 いい?あなたの才能を活かしたかったら、私の商会に来なさい!あなたの才能、使い倒してあげるから!』


 そう言って親友のアメリアもミトも、トートがライバルだと認めた若者を、その才能も認めず、成功の機会を与えることもしてなかった平々凡々な商会からトートは友人ライバルたちを半ば強引に引き抜いてきた。


 そして、トートの商才と友人たちの若い情熱で、トート商会は立ち上がったばかりの商会ながら大手に注目されるほど急成長した・・・


『あなたは調子に乗ると足元が疎かになってしまう。その癖、気をつける事ね。取り返しのつかない事態に陥らないうちに・・・』


 トートが憎んでるあのヒトが最後にトートに言った言葉だった・・・


「わたし、取り返しのつかないことを・・・うう・・・」


チュウ

チチュ


「えっ?あなた達は、もしかして!」


 2匹の『ゴブリンラット』が、エイル特製の『元気になる薬』の小瓶を運んで来た。


 真っ暗な地下室の床に寝転んだトートの口に、何故か淡く紫に光る小瓶の液体を手際よく流し込む『ラット』に驚きながらトートは目をパチクリさせている。


「うげぇ〜、にっがーい!これ、飲んでも大丈夫なヤツだよね?ねっ?」


チュウ!

チュウ!


 キングとクイーンの勅命を果たすことが出来た『ゴブリンラット』たちは、トートのことなどすっかり忘れて、小躍りしながらトートが幽閉された地下室を出ていった。


 エイルの秘薬によって、体中の傷が癒され、落ち込んでいた心も興奮の炎で燃え上がったトートは、復讐の算段を心の中で練り上げるのだった・・・自分が幽閉されてることも忘れるほどに・・・


◇◇◇


 その朝、背徳の街ジュミラに激震が走った!


 1夜のうちに13人もの男が、自宅の寝室で死んでいるのが見つかったからだ!


 死んだ男たちには傷が一切見つからず、死んだ男の中には妻や妾と一緒に寝ていた男もおり、一緒に寝ていた妻や妾も不審なことはなかったと、街の治安を預かる『盗賊騎士団』に語ったという。


 『盗賊騎士団』は、結局病死でこの件に方を付けようとしていた。


 だが、男たちの死に疑惑を持った男がこの街で1人だけいた。


 その男の名はヤブネ。


 一夜で死んだ男たちの中には、ジュミラの街に5店あるヤブネ商会の店長が3人も含まれており、残りの10人もヤブネ商会の息のかかった男たちだったからだ!


 ヤブネは朝食もそこそこに、慌ててある男の元へ訪ねていった。


 その男は、本来だったらヤブネにとって顔すら見たくない男。この街を支配する3人の『トリナス』の内の1人、ボッシオ商会の会長である奴隷商人のボッシオ

その人であった。


 早朝からボッシオ商会を訪ねたヤブネは、商会の豪華な応接室で店の奴隷女に給仕されながら、商会の主が現れるのを待たされたいた。


 ヤブネの苛立ちが、最高級のティーセットに八つ当たりがぶつけられそうになったその時、商会の主であるボッシオが部下を連れて応接室に入ってきた。


「そのティーカップは下ろしてくれるんだろうね、ヤブネ。もちろん、ティーセットの代金を支払ってくれるのならば、好きにしてもらっても構わないが。」


「くっ!お、遅いぞボッシオ!いつまで待たせる気だ!」


「待たせるも何も、何の約束もなしにこんな朝早くに押しかけてきたのは、君の方ではなないのかね、ヤブネ。」


 そう言ってボッシオは、奴隷女に入れさせた東方産の最高級の紅茶を、ゆっくりと口にした。ヤブネを苛立たせるように、わざと時間をかけて。


「ボッシオ!昨晩、街の男が13人も殺された!『トリナス』の合議で犯人を捕まえるよう取り図ってくれ!このままだと、何人殺されるか分からんぞ!」


 ボッシオはヤブネの慌てぶりを楽しむように、わざと紅茶の香りを楽しむ素振りをした。


「ボッシオ!この街の地位のある立派な男たちが殺されたんだぞ!」


「立派なとはな。やれやれ、お前さんの息のかかった者たちの間違いじゃないのか?」


「なっ、なに!」


「ヤブネ。お前、知らぬ間に『ドラゴンの尻尾』を踏んだのではないのかね?」


 そう言ってボッシオは1枚の折りたたまれた紙をテーブルの上に置いた。


 ヤブネの見たこともない高級な紙に、鮮やかな青いインクで丁寧な文字が記されていた。


『本日正午にリバーサイド区『黄金の穂波亭』まで来られたし。

        『欲望★』のリヒト』


「な、なんだこの手紙・・・」

「今朝起きたら、ワシのベッドの上に置いてあった。カメリアとルードの所にも置いてあったそうた。」


「・・・『トリナス』全員にだと・・・」


「ヤブネ、貴様にも付いてきてもらうぞ!貴様の踏んだ尻尾が『ドラゴン』であることを願うのだな。それがもし、『魔人イーフリート』の髭だったら・・・」


 ボッシオはわざとそこで言葉を止めた。


「『イーフリート』の髭だったら、消し炭になるのは・・・俺だと言うのか

・・・」


 ボッシオは蔑むような瞳で、死人の顔色に冷や汗を流している『商売がたき男の顔を眺めた。



 背徳の街ジュミラ、リバーサイド地区。


 様々な権力の緩衝地帯として、住人達による自治を認められた都市国家ジュミラであったが、実際は『資金』、『人脈』、『暴力』の全てに抜きん出た力を持つ3人の『トリナス』によって支配されているのが、このジュミラの本当の姿であった。


 そのジュミラの街の北側は、他国の有力貴族やジュミラの有力者たちの屋敷が集中しており、この地区を流れるポルトゥ川の河岸に『黄金の穂波亭』があった。


 他国の王侯貴族が宿泊することのある『黄金の穂波亭』だけに、建物は隅々に至るまで贅が尽くされており、また川岸に至るまで四季折々の花が楽しめる庭園は、他国の宮廷までその美しさが伝わっている。


 そんな『黄金の穂波亭』自慢の庭園のテラスに腰を下ろしている4人の男女の姿があった。

 この街の最高権力者である『トリナス』。奴隷商人のボッシオ。高級娼館の女将であるカメリア。世界三大傭兵団の1つ『盗賊騎士団』 団長のルード。

 その三人よりずっと格下になるが武器商人のヤブネの4人が、思い思いに『黄金の穂波亭』が給仕するアフタヌーンティーを楽しんでいた。いや、たった1人の男を除いて・・・


 もっとも、3人の『トリナス』にとって、いつも傲慢な態度をとっていたヤブネが死人の顔色でガタガタ震えている様は、何よりの余興となって密かに笑みを零したりしていたのだが・・・・・・


 最高のロケーションで最高のアフタヌーンティーの提供を受けながら、底意地の悪い雰囲気がその場を支配しだした時、『黄金の穂波亭』の支配人が1組の男女を引き連れて、テラスに現れてきた。


 男の方はその中性的な美貌もさることながら、とても印象に残る理知的な黒い瞳を持っており、少し癖のある黒髪と非常に似合っており、見る者の脳裏に深く印象を刻んだ。

 男の外見に注目しがちだったが、『トリナス』の3人は、その男がまごう事ない迷宮産の最高級なシルクのシャツをノータイでカジュアルに着てはいるものの、溢れ出る気品とに深く感心していた。


 また、連れの女もダークエルフではあるものの、神が祝福したかのようなその美貌に、女であり娼館の女将であるカメリアですら、嫉妬の感情を忘れてダークエルフの美しさに見とれていた。


 2人はウェイターに席を引いてもらい、優雅に席に着いた。圧倒的支配者の威厳とともに・・・


「今日は、急な呼び出しにも関わらず、臨席頂き礼を申します。私が『欲望★』のリヒトです。」



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