第15話 誘拐 ― 新たな火種

 『ダンジョンバトル』が終わって3日、欲望のバー『アゲハ蝶』とカジノ『大富豪』には、未だお祭り騒ぎの余韻に浸ってるお調子者の『欲望』の下僕しもべたちが居座っていたが、『欲望』のダンジョン自体は日常に戻っていた。


 ダンジョン内の配置はこう戻した・・・


    [入口]

     │

    [トート商会]

     │

[アゲハ蝶]――[大富豪]

     │

    [迷宮]

     │

    [鉱山]    

     │

    [プレイR]

     │

[研究室]-[コアR]-[ゴブリン王国]

     

 この『コアルーム』の安心感よ!生まれたばかりの頃とは、ダンチだな!


 そして、我が『欲望』のダンジョンは、『ダンジョンバトル』で『獣』のダンジョンを倒したことにより、『欲望★』のダンジョン、1つ星シングルスターに進化した。


「ねえねえ、リヒト。『獣』のダンジョンから奪った能力が、ダンジョンの『領域拡張』でホントに良かったの?」


 『獣』のダンジョンは、入口のあった『狼の丘』とそれを取り巻く森の一部を『領域拡張』したダンジョンの領土としていて、積極的に領土内で人間を狩ってはDPダンジョンポイントを稼いでいたのだった。


 『ゴブリンラット』のキング『リチャード獅子心王 』が体当たりして壊した『獣のコア』の欠片から、『獣』のダンジョンの全てを読み解くことができたんだ。


「何だよ、ベル。分かってないなぁ・・・」


「だってさ、もし『獣の眷属』選んでたらさ、『ミノタウロス』や『ワーウルフ』みたいなハイスペックなモンスターをDPダンジョンポイントで購入出来るようになったんだよ!」


「あんなあ、ハイスペックだけとあんなにDPのバカ高いモンスターなんて、俺たちに揃えられるわけないだろ!それに、ゴブリンのどこが悪いんだよ?」


「自分だって、文句言ってたクセにぃ!」


「いや、俺が文句を言ってたのは、アダムとイブがだなぁ、この『コアルーム』にいた時に・・・ほら、あれだったからで・・・なあ、ベルだってあれだっあろ?」


「なんだよ、あれって?」


「でもでも、ゴブリンさんたちだって、マスターの特別な『武器』持たせたら、とっても強かったですよ!敵の『マスター』だって倒しましたから。」


「まあ、そうだったねぇ。『プレイルーム』の結果は確かに凄かったよ。」


「だからだよ。ベルさんや。俺にとっては、多少強力なモンスターよりも、ダンジョンの外に『領域拡張』できる方がDPダンジョンポイント的に美味しいんだよ。なにせ『マスター装備』ってお高いからさ。」


「だがら入口の外側の領土に、トートちゃんと組んで街づくりを始めたのかぁ」


「『スケルトン』さんたち、頑張ってますね。」


 シフォンの言うとおり、『バトル』後に『スケルトン』の【骨合体】のスキルと、『ワルキューレ』の【大神オーディーンの加護】のスキルで体を復元できた2000体前後の『スケルトン』たちは、アフロにねじり鉢巻の伊達な姿をして、『ダンジョン街』の建設を頑張ってる。


 木を切り倒して平地を作ったり、切り倒した木から、材木を加工したり等の単純作業が中心だ。


 休みもせずに指示した通りに働く『スケルトン』軍団に、初めは怖がっていた人間の大工たち職人も一日で慣れて、今では貴重な戦力だと言ってるしな。


 そして、『欲望の街』が完成した暁には、そこで暮らす人間たちから、DPがザクザクと・・・そのためには、そいつらの『欲望』に火をつけねばな・・・ふふふ・・・


「でも、『バトル』で仕留めきれなかった『始祖の人狼』ってヤツ、取り逃してもよかったの?」


 珍しくエイルが自分から『研究室』を出てきて、『コアルーム』に顔を出してきた。


「ああ、カインたちの記憶を見たけど、あんなヤバいヤツに居られても、忠誠の所在がどこにあるのか分かんないんだから、ただ俺たちが危ないだけだよ。

 ヤツはこの森から追放したし、それに外の見張りは十二分に強化出来たからね。大丈夫さ!」


「『ゴブリンラット』さんたちですね?」


「そうだよ。」


 『ダンジョンバトル』でほぼ無傷で生き残った『ラット』たちには、ダンジョンの外に『領域拡張』した『欲望』の領土以外にも、ダンジョンのある森全体を監視してもらっている。

 

 なにせエイルに改造されて、繁殖力も強化された『ゴブリンラット』たちなのだ、『バトル』後に25,000匹近くいたヤツらが、3日経った今現在何万匹いるのかは神のみぞ知るだ。


 『キング』と『クイーン』が『欲望』の領土の中に『王国』を作ったので、俺にとってはそれで十分だった。

 てか、『キング』と『クイーン』以外はコミュ取れないからな。


 そんな話をしてたら、ダンジョンの入口に飛び込んできて泣き叫んでいるやたらと発育のいいブラウンの髪をしたお下げの女の子の姿が、『コア』の映し出している各『ルーム』の監視映像に映し出された。


 監視映像の音声をオンにすると・・・


「リヒトさん!助けてください!会長が、トートがさらわれてしまったの!お願いです!トートを助けてください!」


◇◇◇


―― 1日前の午前中 ――


「代金はこちらになります。大変無理を言って急いでもらいましたので、わずかですが『気持ち』を乗せております。

 お確かめください。」


 トートはそう言って、どっしりと重い硬貨の入った袋を店主の前に置いた。


 店主は硬貨の入った袋を弟子の1人に渡し、その場で数えさせた。


「今回は、あちこちで随分無理を言って回ったそうじゃないか。どっかで太い金ズルでも捕まえたのか?嬢ちゃん。」


 赤ら顔をした小太りの店主は探るようにトートに話しかけた。


「たまたま納期のキツい大口の取引がウチに回ってきただけです。もっと納期に余裕があったら、きっと大手の商会、それこそボッシオ商会やヤブネ商会に話が行ったでしょうよ。」


 店主は納得いかなそうな顔でトートの話を聞いている。


「それにお前さんの店は、最近良質なダンジョン産の武器をこの街に流しているそうじゃないか。この街で武具の商売を仕切っているのはヤブネの旦那だ。

 お前さん、今度のことといい、ヤブネの旦那の顔に随分と泥を塗ったもんだよ。」


「ヤブネ商会会長の顔に泥を塗るなんてとんでもないですわ。ダンジョン武器にしても、ダンジョンの宝箱からしてそうそう見つかるものではありませんし、今回の短納期での買い付けもそんな度々あるものではありませんわ。たまたまですよ、たまたま。」


 トートは『欲望★』のダンジョンとの関係が明るみになる前に、ヤブネ商会との力関係を縮めたいと思っていた。

 老獪ろうかいなヤブネ商会の一振で払われてしまう羽虫ではなく、少なくとも相手に傷を負わせることが出来るキツネ程度にまでは・・・


「ウチはヤブネの旦那との付き合いがある。だから、アンタの所とは二度と取引は出来ない。すまんが、これで帰ってくれ。」


「分かりました。また、いつか取引できることを願っております。」


「そんなことがあるとは思わんよ。」


 トートは商会の者を引き連れて、鍛冶屋の店を後にした。


「これで4件目ですね。どうします、『商業ギルド』に訴えますか?」


 トートはジュミラの街の曲がりくねった路地を急ぎながら答えた。


「アメリアの言ってた通り、かなりヤブネ商会の手が回っているわね。

 こんな時『ギルド』に訴えても無駄よ。『ギルド』はよその街の商人や街の『トリナス』間の揉め事にしか介入しないわ」


 トートは指の爪をかじりながら、考え事を始めた。人通りの少ない路地の真ん中で・・・


「トートさん。ここじゃまずいですよ、はやく・・・」


 店の男がトートを促したその時、トートたちの道を塞ぐように、一見して荒事に慣れた人間と分かる男たちがトートたちを路地の真ん中に追い詰めた。


「あ、あなたたちは誰!私たちに何の用なの!」


 トートは気丈に男たちに訊ねる。だが、男たちはそれには答えずトートたちに近づいてきた。


「トート!逃げて!」


 店の男は叫ぶと、自分たちを囲んでいる男の1人に肩から飛びかかって行った!


 だが・・・


「だめ、ミト!キャー!」


 トートを逃がそうと男に飛びかかったミトの胸から剣が飛び出して、汚れた街の石畳の上にゆっくりと崩れ落ちて行った。


「ミト!ミトー!うんー!んー!」


 男たちに取り押さえられたトートは、口に布切れを突っ込まれ、後ろ手に縛り上げられた上で、大きな荒い布の袋に押し込められてどこかへ連れ去られてしまった。


 路上には冷たくなったミトの亡骸なきがらが横たわっていた。



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