第11話 開戦前夜

◇◇◇


 アーチャーはカモフラージュとストーキングのスキルを最大限に発揮してウルフの群れを追跡していた。


 ブルーウルフとブラックウルフの合わせて20匹の群れだったが、いかに知覚に優れたウルフたちでも、アーチャーの追跡に気づくことは出来なかった。


 ウルフの群れが森の中にある小高い丘に近づいた時、恐ろしい遠吠えが森の静寂を破った。


『ワオ――――ン!』


 ビクリと歩みを止めて周囲を警戒するウルフたち。そこに大きな体躯を持った灰色の影が空から降ってきた・・・アーチャーの探知距離の外側からの長大な跳躍で。


 その灰色の影の正体はワーウルフ。即ち人狼。

 ワーウルフはそのしなやかな体を極端に前傾させながら、衝撃波となる叫び声を前方の森の茂みに叩き込んだ!


『ワオ――ン!』


 茂みと一体化していたアーチャーは、ワーウルフの『威嚇』で一瞬体を硬直させてしまった。


 その隙を逃がさぬように、ワーウルフがアーチャーの茂みに向かって跳びかかった!


パシュン!


 ワーウルフが跳びかかったのとは別の方向から、カーボン製の矢が空気を切り裂きながらワーウルフの心臓を目掛けて飛んできた!


ガウッ!


 自分の心臓を目掛けて飛翔する必殺の矢の気配を感じた瞬間!ワーウルフは体をひねって矢をかわそうとする!


 だが、矢をかわしきれずに左肩に矢を受けてしまった。


 アーチャーの潜んでいた茂みの前に着地したワーウルフは、肩に刺さった矢を無理やり引き抜いた。


 やじりがワーウルフの肉体を大きく傷つける。


『ワウォォォ―――――――ン!』


 ワーウルフは気配を消して逃げ去った敵に向かって、復讐を誓う遠吠えをあげた。


 ・・・その遠吠えは、ウルフの群れを恐怖で怯えさせるものだった・・・


◇◇◇


 悪い予感は的中した。『アーチャー』たちが勝手に敵モンスターと遭遇戦をやらかしたのだ・・・


『・・・』


「あのさ、何で勝手に戦闘してんだよ!戦闘は避けろって言ったよね?ねえ?」


『『・・・・・・』』


「何だよその、強敵だったから戦わずにはいられなかったってさ。お前らどっかの世紀末覇王バトルジャンキーかよ!」


「まあまあ、アーチャー初号も2号も反省してるみたいだしさ、許してあげようよ。」


「甘いな!ベル吉。こいつら今度はロングレンジスナイプで仕留めるって言ってるんだぞ!」


「アーチャーさんたちの言ってること分かるなんて、マスター凄いです!」

「一応、みんな眷属だから、テレパシーのパスが繋がってるしねぇ。」

「私、羨ましいです。エイルさん。私もマスターと繋がれるよう、改造してください!」


「はい、そこ!勝手に改造するなよ!」


「だそうよ。ごめんなさいね、シフォン。」

「むう〜」



「・・・というわけだ。」


「何が『というわけだ』よ!全然説明してないじゃない!遊んでるなら、私は帰らせてもらうわ!」


 1度は言ってみたいセリフを言ってみただけなのだが、トートにキレられた。どうやら、睡眠とカルシウムが足りてないらしい。カルシウムが何かは知らんがな。


「すまん、すまん。簡潔に言うと、敵対するダンジョンが比較的近くにある事が分かった。」


「まだ特定は出来てないので、正確に言うと、ありそうだになるわねぇ。」


 フォローありがとう。エイル。


 俺は、『欲望』のダンジョンの幹部を招集して、ランチミーティングをおこなっていた。もちろん、ランチとして提供したのはアンパーンとミルクだ!


 アンパーンにミルクが合うって知ってたか?このコンビネーションを世界が知ったら、最早知らなかった昨日には戻れなくなってしまう!


 それはさておき閑話休題、コアルームに集まったのはこのメンバーだ。


コアメンバー:

俺、エイル、ベル、シフォン


フィールド『ゴブリン王国』:

アダム、イブ、カイン、アベル、『ワルキューレ』からブリュンヒルデ、


欲望のバー『アゲハ蝶』:

『コンパニオン』からメグとツル

『黒服』からダグラス


外の森警護隊:

『アーチャー』初号と2号


『欲望』のダンジョン顧問: トート


以上15名(体)だ。


 コアルームが狭い・・・


「真面目な話になるが、俺たちはいよいよ他のダンジョンとの『戦争』を覚悟しなくちゃならなくなった。」


「ちょっと!何よ『戦争』って!物騒な事言わないでよね。せっかく軌道に乗り出した商売に響くじゃないのよ!」


 小さい師匠よ、商売人が『戦争』にビビってどうすんた?『戦争』こそがかきいれ時ってのが商売人なんじゃないのか?在庫一掃のチャーンス的な意味で。


「どうしても、『戦争』を避けられない理由があるんだ。

 なぜなら、俺たちはダンジョンマスターに課せられたルールに従わなければならんからだ。そのルームとは・・・」


「そのルールってのは、何よ!」


「ダンジョンマスターのルール!


一つ ダンジョンコアを死守せよ。壊されたらコアとマスターは死ぬ


二つ 他のダンジョンコアを破壊せよ。さすればその能力を奪える


三つ 1年以内にダンジョンを3つ攻略せよ。しからずんば死に、さすれば扉は開く


 だからな、師匠。これは、俺たちが生きるか死ぬかの選択なんだ。無論俺はみんなを死なせるつもりはないし、これからも絶対に生き残って見せる!」


「マスター!私に出来ることなら、なんだってやります!どこまでも、マスターについて行きます!」


「まっ、ボクがいなくちゃ、リヒトが心配だからね。一緒についてってやるよ。」


「そうねぇ、私一応第1使徒だから、役にたって上げるわよ。」


 アダムとイブが、カインにアベルが、力強く頷いて見せる。

 ブリュンヒルデやコンパニオンのお嬢たち、初号と2号もヤル気十分なのだが、『黒服』だけは何故かこのコアルームでも持ってきたグラスを磨いていて、やる気があるのかないのかさっぱりわからん。


「わ、私だって協力するわよ・・・でも戦えないけどさ・・・」


「ありがとう、師匠。戦いは俺たちだけでやる。俺は人間たちを巻き込む気はないんだ。ただ、師匠には戦いとは別に頼みたいことがあるんだ・・・」


 この『欲望』のダンジョンは、人間の『欲望』をかてとして成長するダンジョンだ。その人間たちを戦いに巻き込む訳にはいかない!


 俺たち『欲望』のダンジョンのメンバーと1部人間の協力を得て、最初の総力戦の幕が切って降ろされた。


◇◇◇


「ダメよトート!取引のある鍛冶屋を全部当たっても数が全然足りないわ!」


 背徳の街ジュミラにあるトート商会ジュミラ支店を任せられているアメリアは、眼の下にクマを作りながら、親友でありオーナーでもある赤毛の友人にそう報告した。


「絶対ダメよ!アメリア。数が足りないのなら、取引のない店でも構わないわ!ジュミラの街中探してちょうだい。相手の言い値で構わないから!」


「うそっ!あんたがそんな言葉を口にするなんて・・・余程の事なのね・・・」


「そうよ!私だって最後の銅貨1枚だって値切りたいけど、それが私の信念だけど、今回は特別。『仲間たち』の命がかかってるのですもの。」


「分かったわ、トート。分かった。期日までに耳を揃えて全部用意して見せるわ!」


「ありがとう、アメリア。恩に着るわ・・・」


 トートはそう言って自分より2回りも背の大きなアメリアに抱きついた。


『私があなたを支えてあげるわ!リヒト。だから、負けたら許さないんだから・・・』


◇◇◇


 月のない真っ暗な森の中を、音もなく高速で木々を移動する影が4つあった。


 それは、木の根元で警戒しているウルフたちですら、気づくことの出来ないほどの影が、ウルフたちの哨戒線をいとも容易たやすく突破して行った。


 そこは『狼の丘』と名付けられたウルフたちのナワバリの中央。丘の頂きに存在する洞窟型のダンジョンの入口を、影たちは森の外れから確認することができた。


 『狼の丘』へ風下から忍んできた影は、一旦森の奥へ戻って全周警戒の態勢を取った。


『ニャルト、通信機をこれへ』


 柿色の忍装束しのびしょうぞくを身に着けたゴブリンが朱色に近い忍装束を着た金髪のゴブリンに声をかけた。


『ライゾウのオッチャン。ほらってばよー。』


 ニャルトは背負っていた通信機からマイクとヘッドセットを外してライゾウに手渡した。


ジッ!『こちらセイバー、聖杯は満たされた。繰り返す、聖杯は満たされた。オーバー。』ジッ!


ジッ!『こちら本部。だからライゾウ!この世界で盗聴なんてありえないから、訳の分からん符牒は使わんでも大丈夫なんだって何度も言わせんな!

 で、敵のダンジョンの入口は確認したんだな?オーバー!』ジッ!


ジッ!『間違いない。[新高山登ニイタカヤマノボレ0300]に変更ありや?オーバー!』ジッ!


ジッ!『待て待て、はやるなよ!2300に再度連絡する。いいか、絶対に命令するまで動くなよ!みんなの命がかかってるんだ、絶対だ!分かったら復唱しろ!オーバー!』ジッ!


ジッ!『くっ!わ、分かった。2300まで監視を続ける。オーバー!』ジッ!


 暗闇でじっと気配を断って周囲を油断なく監視しているのは、『欲望』のダンジョンの新鋭『ゴブリンニンジャ』の4体だった。

 

 『狼の丘』のウルフたちが活発に活動し初め出した宵の口。群れごとの哨戒を始めたウルフたちだったが、どのウルフもダンゾウたち『ニンジャ』に気づくことは出来なかった。



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