第9話 小さな商売人

◇◇◇


 背徳の街ジュミラの街中にある人気の酒場。そこにローブを深く被って、水割りの薄いワインをチビチビ飲んでいる小さな客がいた。

 ローブの縁からのぞく赤毛が印象的な客だったが、酒場の喧騒に混ざることも無く、ただ1人でチビチビやっている。


 決してこの客がチビだと強調したい訳ではい・・・


「おい!聞いたかよ、あの話!」

「ああ、聞いたぜ!『欲望』だろ?」


 小さな客は『欲望』の言葉にピクリと反応した。


「そうだよ!それそれ。『暁の剣』の連中がすっかり入れ込んでるって話だぜ!」

「なんだか天国みたいだって話じゃねえか!」

「男にとってのな!」

「ガハハ!ちげーねー!ウハハハ」


チャリン


 小さな客は、チビチビ飲んでいたジョッキをゴクリと飲み干して、小銭をテーブルに置いて酒場を出ていった。


 酔いのまわった酒場の客たちは、ちんまい客がいなくなっても気にする者はいなかった。小さいから・・・


「ちっ!」



◇◇◇



「通り過ぎて行ったもの・・・


 放浪

 孤独

 喧嘩

 普通の女

 金持ちの女

 戦争


その間に幾杯も幾杯ものウィ・スッキー


男はグラスの中に自分だけの小説を書くことが出来る・・・・・・うーん、まんだむ」


 鏡のように磨かれたカウンターに、そっとグラスを置く。


「マスター。もう一杯・・・」


「あんたが、マスターじゃ!ぼけぇ!」


 ふっ、ナイスな突っ込みだぜ、ベル!


 とまあ、俺がハードボイルドな気分に浸ってるのは、もちろん我が『欲望』のダンジョンの中にある超人気店!欲望のバー『アゲハ蝶』にいるからだ!


「で、顧客満足度改善のためのリサーチとやらは上手く進んでるの?」


 『アゲハ蝶』のバーカウンターの端に座って、俺は満員の『客』たちを観察していた。


 ちなみに、さっきお代わりを頼んだグラスには、まだウィ・スッキーは注がれていない。


 カウンターの内側では、さっきから出来る雰囲気のバーテンダーがグラスを磨いているのだが・・・


「ねえ!顧客満足度が上がらないのは、この『黒服』のせいなんじゃ?絶対そうよ!『客』を無視するバーテンダーなんてありえないでしょ!」


「でけど、こいつはこう言う設定だからなぁ。」


 もちろん、このバーテンダーも店の入口でっ立ってる『黒服』もゴブリンで、しかもネームドだ!

 そんで、その中身はドーン!


 あっ、コアルームじゃないので、イメージとなります。


=================

種族名: ゴブリン 黒服

個体名: ダグラス、ブライアン

性 別: ♂

Lv.: 40

スキル: 体術、護衛、ブラフ

=================


 ツッコミどこ満載のスキル構成なんだが、こいつらの役目はコンパニオンシスターズの警護だ。


『ちょっとお客さん。ウチのお嬢に手を触れるのは・・・』ってあれだ。


 こいつら普通に給仕もできないからな。


 だが、【ブラフ】のスキルのせいでか、めちゃ出来るバーテンダーの雰囲気出してるんだよなぁ・・・グラスを磨くしかできないんだかな。

 こいつらがカウンターに立つと、何故か酔っ払った客も大人しくなるから、あら不思議。


 ところで本題なのが、『暁の剣』って男たちが健気にせっせと街の男たちを連れてきて、おかげでウチの店は口コミで噂が広がり、この繁盛に至るわけなのだが、問題が起こった。


「顧客満足度が、下がり始めたんだよな・・・どうしてなんだろ・・・」


「当たり前です!お客を甘やかすだからです!」


 いつの間にか、フードを被った子供が目の前に立っていた。


「ああ、ここは大人の店だから、子供は帰ったほうがいいぞ。」


「私子供じゃありません!」


 そう言ってカウンターの隣の席で酔いつぶれてる男を、席から引きずり下ろしてカウンター席に『よいしょ』とよじ登った。


『ふう!私はトート。見習い商人よ!』


 そう言ってトートはフードから頭を出した。

 燃えるような赤毛をお下げに結った、ソバカスの女の子?だった。


「貴方が店主マスターなんでしょ?お話があってきたの。」


「ど、どうして俺がマスターだと・・・」


「そこにつっ立っている黒服に聞いたわ!」


 ダグラス!てめー、機密漏洩してんじゃねえ!



 それで、赤毛の嬢ちゃんが持ちかけてきた話はこうた。


 一つ、赤毛の嬢ちゃんは店主マスターに経営アドバイスする。


 二つ、その引き換えとして、嬢ちゃんに『商店』を建てる権利を認める。


 俺だったらもっと権利をぶんどるところだが、控えめな交換条件を提示した嬢ちゃんの態度が、いかにも背伸びした子供だったので、つい面白くなってこの条件でOKしたよ。


 私に独占させなさい!と言わないところが更に好感度を上げたね。


 それでただいまダンジョン内を案内中・・・。


「ここは・・・入口ホールですよね・・・?」


 赤毛のトートが不思議そうに聞いてきた。


「そうだねぇ、入口ホールだねぇ。」


 意外と人見知りだったベルが、トートに慣れたのか突っ込み始めた。


「そっ。この入口入って右手にあるこの小部屋。『お客』たちの休憩スペースに用意したんだけど、トートちゃんの考える店として使っていいからね。

 それから、入口の反対側にある『湧き水』だけど、トートちゃん飲まない方がいいよ。『興奮薬』混じってるから。あっ、これ秘密ね!」


「えっ・・・」



 次にホールから奥に続く通路を戻って、【『アゲハ蝶』こちら☞】の看板がかかっている分かれ道をまっすぐに進む。


「今度は『迷宮』ですか・・・?」


「そうだよ。500×500メートルの広さがある『迷宮』なんだけど、あんまり人気がないんだよねぇ・・・」


「不良債権!?」


「おだまりなさい、ベル!」


「あははは・・・」


 乾いた笑いをあげるトート・・・


「『宝箱』には、結構いい賞品商品を用意したんだけどなぁ・・・」


「『ポーション』に『精力薬』に『上質な剣』とかだっけ?」


「ああ、『若さピチピチ乳液』なんてのもあっよねぇ・・・」


「・・・」



「ひぃー!」


「ここが『鉱山フィールド』だよ。」


 迷宮からみんなを連れて【転移】したら、トートがビビり出した・・・ゲセン!


「一応、『銅』や『鉃』や『銀』を適当に配置してはあるがな・・・」


「あと、やけくそになって宝石の原石も置いたよね。でも、ここも人気ないんたよねぇ・・・」


「『迷宮』を抜けないと来れない配置が不味かったかなぁ・・・」


「だいたい『アゲハ蝶』を素通りして『迷宮』に挑むチャレンジャーからして、少ないよね。」


「・・・それってただの迷子では・・・」


「「えーっ!」」



 俺たちは【転移】でまた入口ホールの『トート商店予定地』まで戻った。


 ダンジョンマスター48の秘密能力の一つだ!・・・すまん。だいぶ盛りました・・・


「あのう、一つ教えて下さい。あなたは一体・・・」


「えっ、ただのダンジョンマスターだけど。」

「『ただの』じゃなくて、『ポンコツ』の間違いだけどね。」


「えー!ただのバーの『店主』じゃなかったんですか!!」


「何それ、『黒服』から『マスター』って聞いたんじゃないの?」


「いいえ、『黒服』さんに『バーの店主マスター』を教えて下さいって言ったら、黙ってあなたを指さしました!」


「後で『黒服』どもの脳ミソ、エイルにいじくってもらおう!」

「それがいいね。」



「それて、小さな商人トートとして、ウチのダンジョンへのアドバイスをもらおか。」


 俺は腕組みして、赤毛の商人に質問した。


「アンタ、バカでしよ!」


「えっ?」

「ぷぷぷ」


「私、さっき言ったらよね?『客』を甘やかすなって!」


「そ、そうだっけ?」

「どうしてなんだい?」


「はあ、まだ分かんないかなぁ。じゃあ言うけど、何でアンタ、『客』にタダで飲み食いさせてんのよ!しかも、あんな美人たちにあんなサービスまでさせてさ。」


「だ、だって、ウチとしてはDPダンジョン ポイントが稼げるからWin-Winみたいな・・・」


「そこよ!そこが根本的に間違ってるのよ!」


 トートはいきなり俺を正座させて説教を始めた・・・


「そりゃ『客』は、最高の女に最高のサービスされたら夢中になるわ!初めのうちはね!」


「「えっ?」」


「だってそんな『接待プレイ』されて、男がいつまでも満足すると思う?アンタも男でしょ?」


「・・・」

「どうなの、リヒト?」


「はぁ、男はね。自分で汗水たらして稼いだ『自分の金』で遊ぶから満足できるのよ!今のままじゃ自分の好みの女の子にタカっているみたいで、きっと負い目を感じているわよ。少なくともじぶんで意識していなくてもね!」


「・・・」

「なるほどなるほど。じゃあさ、トートはどうすればいいと思うの?」


「そんなの簡単でしょ。何のためにこのダンジョンがあるのよ。

 まず始めに『アゲハ蝶』は今すぐ有料にしなさい!しかも、女の子とサービスの質に見合った、うんと高い金額に!今更でしょうから、私から言って上げるわ!」


「・・・」

「でも、そんな事したら、『客』が減ってしまわない?」


「そんなの問題じゃないわ!『客』が文句言ったら、私がそいつらを『迷宮』や『鉱山』に連れて行って、ここで稼げって言ってやるわ!

 そして、そいつらが稼いできた『お宝』や『鉱石』は、全部私が買い取ってあげる!」


「・・・」

「なるほど!そうやって稼いだお金で『アゲハ蝶』で遊べばいいと!」


「そう。自分で稼いできた『金』だからこそ、心から彼女たちと遊べるんじゃないの。なんなら、私の店で女の子が喜ぶような小物も売るわ。」


「・・・」

「そして、それをコンパニオンシスターズに貢がせると。なるほど、トート屋!お主も悪よのう!」


「何言ってるの!自分の稼ぎで惚れた女の子に貢いで喜ばせる!これ以上の『男の甲斐性』ってある?これが男に生まれた幸せってヤツでしょ!」


「・・・」

「ほうほう!」


「そうなると、あれね。『蝶』のとりこ共を『ジュミラ』の街まで帰すのも無駄だし、勿体ないわね。

 ねえ、ダンジョンの外にとりこ共の宿屋作ってもいいかしら?」


「リヒト、答えは?」


「参りました。お好きになさって下さい。師匠・・・」


「決まりね!さあ、忙しくなるわよ!」


 あっという間に『大革命』されちゃいました・・・。でも、赤毛の『商売人』トートから、ただ飲み終了を言い渡された時の男共の悲鳴とその顔を見たら、気持ちが収まりました・・・ざまぁwwww



******************


面白かったら♥と★★★で応援頂けると励みになります。

また、フォロー頂けると本当に嬉しいです。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る