第41話 将来と今
「ん~! やっぱり甘くて美味しいね」
「そうだね」
今日2本目となるチュロスを交互にかじりながら、春也と秋葉はネズミーシーの園内を歩いている。
竜馬と蘭が絶叫に次ぐ絶叫の絶叫はしごを始めたので、今は2人きりだ。
2組のカップルでダブルデートも楽しいけれど、せっかく遠出してきているのだから、それぞれのカップルで2人きりになる時間も大切だ。
「いつかスタビャで光ちゃんに会った時、ダブルデートとか恋愛弱者とかいろいろ言われたよね」
「……そんなこともあったなぁ」
遠い目をしてみせる春也。
なんだか2人は懐かしく語っているが、ほんの1、2か月前の話である。
「もう光ちゃんに弱者なんて言わせないもんね」
「もちろん。ちゃんと胸張って言えるよ。ダブルデートだし、恋愛してるしって」
「そうだね」
ゆったりと会話をしながら、2人は園内の雰囲気を楽しみつつ歩いていく。
笑い合う度に、秋葉の頭についた耳付きのカチューシャが揺れる。
そんな些細なことでさえも、春也からすればたまらなくかわいく感じるのだ。
初々しい幸せオーラをまき散らしながら進んでいると、前方に1組のカップルが見えた。
竜馬と蘭ではない。
全く見知らぬ、それでも春也たちと同じくらい幸せそうなのは分かるカップルだ。
ハートマークが描かれた壁の前で、彼女の方がカメラを構える。
「撮るよ」
「うん」
カップルはスマホのインカメにぎゅっと身体を寄せ合い、記念の写真を連写する。
写真を撮り終えると、彼氏の方がぼそっと言った。
「4年目かぁ」
「うん、4年目。始めて2人できた時も、ここで写真撮ったよね」
「まさかこんなに続くと思わなかったわ」
「えー、うちは一生一緒にいると思ってたけど」
「まじ? まあ、俺も今はそう思ってるけどさ」
「いぇーい。じゃあまた1年後も、ここで写真撮ろうね」
「おう。改めてよろしくな」
「よろしくね」
カップルは腕を絡ませて、仲睦まじくフォトスポットを後にした。
その後姿を見送った後、春也と秋葉は顔を見合わせる。
まだ付き合って日の浅い春也たちとは、また違った甘さのあるカップルだった。
「4年……4年かぁ」
カップルの会話を思い出して、秋葉が年数を口にする。
「4年後って言ったら、俺らはもう大学卒業してるよね」
「うん。社会人」
「どうなってるんだろ、4年後の俺たち」
「春也は何か将来にやりたいこととかあるの?」
「うーん……」
少し考えた後、春也は首を横に振った。
「思いつかないや。大学に来たのも遊び半分、何かやりたいこと見つかればいいなっていうの半分だし」
「じゃあ、これから何か見つけるんだね」
「見つかるといいな……まあ、見つけなきゃいけないんだけど。秋葉は? 将来の夢ってあるの?」
「私もないんだ~。私たち、夢のないカップルだね」
「言い方な?」
秋葉の軽口に2人で笑い合って、カチューシャを揺らす。
壁に描かれた大きなハートマークを目の前に、秋葉はそっと春也の腕に抱きついた。
夏の暑さと、手を繋ぐよりもはるかに縮まった2人の距離が、春也たちの体温を上げていく。
そんななかで、秋葉は春也の顔を見上げて言った。
「今はまだ、将来自分が何になるかは分からないけど……」
「うん」
「春也と絶対に一緒にいるから、何になっても楽しいと思うんだ」
「俺も……秋葉が一緒にいてくれたら、何があっても楽しく暮らせそう」
「だよね! 大変なこととか、疲れることがあっても、家に帰って春也がいると思ったら頑張れちゃいそう。あ! 私、なりたいものちゃんと見つかってた」
「何?」
「えへへ。春也のお嫁さん」
「……っ! さすがにかわいすぎるし色々とずるいだろ……」
暑さのせいか、気恥ずかしさのせいか。
ほんのり顔を赤くして、秋葉が嬉しそうに楽しそうに幸せそうに笑う。
もしかしたら、付き合う前の春也は目を逸らしてしまったかもしれない。
でも今の春也は、このかわいさを目に焼き付けておきたくて、自分だけのものにしたくて、秋葉のきらきら輝く目をまっすぐに見つめた。
「さっき、結婚式は洋風って言ってたよね」
「うん。秋葉のウェディングドレスは見てみたい」
「蘭ちゃんたちがスピーチしてくれて、カメラマンは光ちゃんかな。夢が膨らむ……!」
「花音さんとか、すごいテンション上がって逆に泣いてそう」
「お姉ちゃんは泣くかも。私も、お姉ちゃんの結婚式とかなったら絶対に泣くもん」
「仲良いよな。光の結婚式……うん、まだ何もイメージできないわ」
「ふふふっ。光ちゃんにはまだ早いよ」
「間違いない。でも将来のこともいいけど……」
春也は少し間を置いて、にっこり笑いながら言った。
「今も楽しまなくっちゃ」
きっと大好きという気持ちは永年変わらない。
でも付き合う前にしか、付き合ってすぐの時にしか、結婚してからしか、味わえないその時々の大好きがある。
だから将来に思いをはせつつも、今抱いている大好きを大事にしなくちゃいけない。
「もっちろん」
秋葉は百点満点の笑顔で答えると、ハートを背景にスマホを構えた。
「はい、チーズ」
この夏も、出番を待ちわびている秋冬も、そして1年後も2年後も10年後も、今しかない大好きを抱き締めて手を繋いでいる。
そんな今と将来に、幸せと期待を膨らませてピースする春也と秋葉だった。
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