第42話 花音先生の人生相談室 in 帰り道
「まもなく北駅~。北駅~。降り口は左側です」
ネズミーシーからの帰り道。
春也の肩に頭をもたれかけさせて、秋葉はすやすやと寝息を立てている。
その隣では、光も花音に寄り掛かって爆睡していた。
さらに正面に目を向ければ、竜馬と蘭もお互いに寄り添って眠っている。
1日中園内を歩き回ったので、みんなすっかり疲れ切っていた。
それでもどの寝顔も安らかでかつ少し楽しげなのは、今日1日がとても楽しい日だったからだろう。
もちろん春也も疲れているのだが、もともとあまり電車で寝られるタイプではないので、ぱっちり目を覚ましていた。
そして起きている人物がもうひとり、冬月花音である。
「いやー、楽しかったねぇ」
ふと、花音が春也に話しかけた。
右肩に秋葉のぬくもりを感じながら、春也はゆったりと頷く。
「光の面倒見てもらって、ありがとうございました」
「いやいや、面倒見るなんてものじゃないよ。だって私と光ちゃんは大親友だから」
「それならいいんですけど」
「春也くんこそ、秋葉ちゃんとのデート楽しめた?」
「はい。すごく楽しかったです」
本当に幸せそうな笑顔で答える春也を見て、花音も思わず笑みをこぼした。
そしてやや演技混じりに、大げさな口調で言う。
「あーあ、リア充はいいよね。幸せそうで。爆発しろ~」
「ええ……。花音さんなら、彼氏とかすぐできそうな気がしますけど」
「うーん、まあそうかもしれないけど」
“すごい自信だな。いや、実際にこの見た目と明るい性格だから恋人作るなんてわけないんだろうけど。”
春也の心の声には気が付かず、花音は笑顔のまま言葉を続ける。
「でも今は正直、彼氏とか要らないかなぁ。他にもっとやりたいことあるし」
「作家……なんでしたよね?」
「そうそう。こう見えても意外と売れっ子な作家なのです~。既刊4シリーズで全部コミカライズ済み、その他にも色々と企画進行中~」
必死に書籍化を目指してあがいているWeb作家が聞いたら卒倒しそうなことを、さらっと言ってVサインを出す花音。
色々と進行中の企画の中には、春也と秋葉をモデルにしたラブコメが含まれていることは言うまでもない。
「大学卒業したら、そのまま作家としてやっていくんですか?」
「ん~、そのつもりだけどね。でもその時になってみなきゃ分かんないよ。1年後に、作家とかシナリオライターよりも魅力的なやりたいことが見つかってるかもしれないし? そしたらそっちの道に飛びついていくつもりだから」
「何ていうか……すごいですね」
「まあ、結構やりたいこと好き勝手にやってきたからね。そろそろ痛い目を見るっていうか大失敗しそうな気もする」
まるで大失敗など恐れていないかの口調で、花音はさらさらと言葉を紡いでいく。
そんな姿を見て、春也は心の中で思った。
“この人はこう言いながら大失敗とかしないだろうな……。やりたいことやって何でも成功しちゃうタイプの人だよ……。”
決して交流の機会が多いわけではないが、花音にはそんなオーラというか雰囲気がある。
それを春也も感じ取っていた。
「俺からしたら、作家としての将来が見えてる花音さんがうらやましいです」
「んー、そう? 春也くんは、将来の夢とかないんだ」
「今日、秋葉ともそんな話したんですけど。きっといつになっても、秋葉とは一緒にいると思うんです」
「おっと? 人生相談に見せかけて惚気たいだけなのかな~?」
「いや、そんなつもりじゃ。正直、将来のことばっかり気にするよりも今のこの瞬間を大事にしようとは思うんですけど、だけど先のこともちょっとは考えなきゃいけないじゃないですか」
「はぁ……。こんだけ大事にして考えてくれる彼氏がいて、秋葉ちゃんは幸せだなぁ」
花音は優しく見守る姉の目で、妹に視線を送る。
それから、しっかりとその体を支えてあげている春也に目を向けた。
「まあ、私は進路指導の先生でも人生設計のプロでも何でもないから、将来の話に何がアドバイスできるわけでもないけどさ」
「はい」
「君たちなら大丈夫だよ」
そっと光の頭を撫でながら、花音は優しい微笑みを浮かべる。
見る者を安心させるような、包容力のある優しいお姉ちゃんの微笑みだった。
「俺たち2人なら、大丈夫……」
「ううん。2人じゃない。光ちゃんがいるでしょ? 私もいる。竜馬くんも蘭ちゃんもいる。春也くんのお母さんも素敵な人だったし。2人だけで生きていくわけじゃないんだからさ」
「ああ……そうですね」
「うん。まあ別に今すぐ何とかしなきゃって、春也くんが深刻に慌ててるわけじゃないのは分かってるよ。だけどいつか困ったことがあったら……」
花音は大きく胸を張って、グーサインを出しながら言った。
「いつでもお義姉ちゃんたちに頼ってきな。心配事でも愚痴でも他愛ない話でも、何だって聞いてあげるから。のろけは程々にしてほしいけど」
「まだお義姉ちゃんではないと思うんですが……?」
「あははー。でも将来的には、私たち義姉妹だよ光ちゃん」
「完全に寝てて聞いてないですし、変ないじり方を教えるのやめてくださいね?」
花音は悪びれた様子もなく笑う。
春也もつられて笑い出す。
「花音さん」
「んー?」
「ありがとうございます」
「はいはい」
爆睡中の4人と、笑い合う未来の義姉弟(?)の背中に、ゆったりと夜の線路沿いの景色が流れていくのだった。
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