第40話 ファーストアトラクション

「何名様ですか~?」

「4人です」

「4名様、では1番と2番にお進みくださ~い」


 長かった待ち時間が終わり、いよいよアトラクションに搭乗する時間がやってくる。

 春也たちが案内されたのは、先頭の列と前から2番目の列だった。

 各列2人が定員となっているので、竜馬と蘭が前の列、春也と秋葉が2番目の列に並ぶ。


「緊張してきた……」


 春也の服の裾をぎゅっとつまんで、秋葉が小さな声で呟く。

 富士ナントカハイランドにあるようなゴリゴリの絶叫マシンではないとはいえ、そこそこ高速で移動するし、何よりもアトラクションの内部はかなり暗い。

 秋葉は鼓動が少しずつ速まっていくのを感じていた。


「大丈夫だよ」

「……そうだといいけど」


 そんな会話を交わしたところで、春也たちが乗る車両が目の前に停車する。

 まずは春也が奥側に座り、そしてその隣に秋葉が座った。

 荷物をしまって、安全バーを押し下げる。


“秋葉、本当にだいぶ緊張してるな……。”


 隣に座るこわばった表情の彼女を見て、春也はそっと手を添え重ねる。

 安心させるように重ねてもらった手を見て、秋葉は何だか行ける気がしてきた。

 意外と単純である。


「発車しま~す! いってらっしゃ~い!」


 良く通る元気なキャストの合図で、ゆっくりとジェットコースターが動き出す。

 そしてスタート直後、ガコンという振動と共に一瞬だけ停車した。

 特に問題が起きたわけではなく、他の車両との兼ね合いもあってこういう仕様になっているのだが、驚いた秋葉は「ひっ」と声を漏らす。

 そんな彼女の様子に、春也は思わず「ふふっ」と笑った。


「ちょっと止まっただけだって」

「分かってるけどっ。春也、絶対に手を離さないでね」

「もちろん」


 秋葉は前方のバーと春也の手をぎゅっと掴む。

 その間に、辺りはどんどん暗くなり、車両は徐々に加速していった。

 そして左右に、大きな発光する虫らしき生物が現われる。

 もちろん本物ではなく、アトラクションの一環として設置されているものだ。


「何か気持ち悪い……」

「ちょっとグロいよね」


 春也と秋葉がそんな会話を交わしていると、アトラクション内に音声が響く。


 ――大変だ! 脱出するぞ!


 やけにイケボなそんなセリフが流れた瞬間、車両の揺れが大きくなった。

 そして一気に加速して、真っ暗な空間へと突っ込んでいく。

 いよいよクライマックスが間近だ。


「ふぅぅぅぅぅ!」

「いぇーい!」


 歓声を上げる竜馬たちに対し、秋葉はと繋いだ手にぎゅぎゅぎゅっと力を入れ、さらに悲鳴を上げる。


「無理無理無理無理!」

「こっから落ちる……はず」

「嘘でしょ無理! 普通ゆっくり上がって落ちるんじゃないの!?」


 秋葉がイメージしていたのは、カタカタとゆっくり上昇していって、そこから一気に急降下するタイプのジェットコースターだ。

 ところが今乗っているアトラクションは、MAXに加速した状態でそのまま落ちる。

 どっちの方が恐怖が少ない、あるいは楽しいかは人によるだろうが、秋葉はこのぶんぶんと振り回される速度のまま落ちると聞いて愕然とした。


「いやああああああ!」


 一気に外の世界に抜けて、思いっきり急降下する。

 時間にすれば1秒かかったか、かかっていないか程度のもの。

 そしてすぐに、降りる場所へと車両が停車した。


「ひぃ……」


“秋葉、ダメだったか……。”


 震えながら手を握り、少し涙目になっている秋葉。

 安全バーが上がっても、しばらく呆然としている。


「生きてる~? 降りるよ」

「もう絶対に乗らない……!」


 そんな宣言と共に、春也の助けを借りて秋葉は車両を降りた。

 まだ足がふわふわと地につかない感覚で、少しガクガクしている。


「リピートはなしだね」


 春也の言葉に、秋葉はこくこくと頷いた。

 どうにも足が震えるので、春也の腕にしがみついて歩く。

 竜馬と蘭は満喫したようで、楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 秋葉とは真逆である。


「ちょっと休憩する?」

「うん」


 まだ1つしかアトラクションに乗っていないのだが、春也たちは近くのベンチに腰を下ろした。

 竜馬と蘭は飲み物を買いに自販機へ向かっていく。

 2人きりになると、秋葉はふらふらする頭を春也の肩にもたれかからせる。


「ここからはのんびりまったりなアトラクションとかショーとかにしようか」

「私はそれがいいけど……春也が乗りたかったら、乗ってきていいよ?」

「いや、俺は秋葉と一緒にいたいから」

「そ、そっか」


 秋葉は心の中から、じんわりと温かいものが込み上げてくるのを感じる。

 それと同時に、これまたじんわりと頬が朱に染まっていった。


“付き合ってからこういうことちゃんと言ってくれるようになったの、すごい嬉しいな……。”


「春也」

「ん?」

「大好き」

「……っ!? どうしたの急に」

「ううん、好きだなぁって思ったから」

「俺はずっと好きだと思ってるよ」

「私だってずっと好きだと思ってるもん。今は特に思っただけだもん」


 身を寄せ合って、素直に言葉を紡ぐ2人。


「いいですなぁ~」

「シャッターチャンスだね……!」

「私もスマホで撮っとこうっと」


 そんな2人を、陰からこっそり盗撮する光と花音であった。

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