第38話 好きなところ

「ネズミーシーもネズミーランドも、待ち時間がもうちょっと短ければなぁ」


 60分待ちの列に並びながら、竜馬がそんなことをぼやく。

 といっても、ネズミーパークの60分待ちは通常運転、アトラクションによっては短い方だ。

 ここに来る以上、長い待ち時間は覚悟しなければいけない。


「私、こんなのインストールしてきたよ」


 蘭が開いたのは、話題メーカーなるアプリだった。

 ランダムに「好きな食べ物」とか「好きなアーティスト」みたいな話題が出てきて、それにそってトークをするというものだ。

 こういう待ち時間の潰し方としては、なかなか有能なアプリといえる。


「あれ? これ、カップルバージョンって書いてない?」


 蘭のスマホを覗き込んで、秋葉が言う。

 確かに良く見ると、普通の話題メーカーではなく、サブタイトル的な感じで「カップルバージョン♡」と書き添えられていた。

 春也はそれとなく嫌な予感がしたのだが、特に何を言うでもなく場の流れに任せる。

 蘭はカップルバージョンだと分かっていてインストールしてきたようで、早速ルーレットボタンを押した。


 ――ドゥルルルルルルル……


 小気味よいドラムロールが流れ、高速でトークテーマが回転する。


「行くよ~。えいっ」


 適当なところで、蘭がストップボタンを押す。

 そして表示されたテーマは、「お互いの誕生日、言えるよね?」だった。


“なるほど……。カップルの絆を確かめるっていうのが大テーマなんだな。”


 ある程度このアプリの特徴を掴みつつ、春也が最初に口を開く。


「もちろん言えるよ。秋葉の誕生日は、3月19日」

「ふふっ、正解。春也は4月8日だよね」

「そう、正解」

「へー、2人とも春生まれなんだ」

「そうなんだよ。2人とも、まだちゃんと喋ってないころに誕生日を迎えちゃってるんだよね」

「私は春には春也と喋ってたはずなんだけどな~」

「ごめんて」


 苦笑する春也に、秋葉は冗談だよと笑いかけた。

 日付だけ並べてみると、1ヶ月も差がないように見えるが、早生まれの関係で2人の年齢差は1年近くある。

 もし春也が少し早く生まれていたりしたら、大学で運命的な再会なんてこともなかったはずだ。


「次は私たちの番〜。竜馬、ちゃんと言えるよね?」

「えーっと……」


 蘭に視線を向けられ、竜馬は戸惑った様子を見せる。

 にわかに蘭の目つきが鋭くなった。

 キッと睨みつけられ、竜馬は慌てて手をヒラヒラ振る。


「覚えてる、覚えてるって! 8月1日だろ?」

「むむ……正解」


 竜馬とて、決して彼女の誕生日を忘れていたわけではない。

 ただ面と向かって言うのが照れくさくて、おどけた調子で誤魔化してみただけである。

 付き合っても素直になりきれないのが、2人らしいといえば2人らしい。

 春也と秋葉は、例によって微笑ましげな表情で目の前のカップルを見つめた。


「竜馬は7月29日だよね」

「そう。俺ら、誕生日近いんだよな」


 春也と秋葉は春生まれ、竜馬と蘭は夏生まれである。

 春也たちとは違って、竜馬たちは本当に数日の差なのだ。


「じゃあ次のお題。はい、秋葉っちがルーレットまわして」

「あ、私? オッケー、行くよ」


 蘭からスマホを受け取り、秋葉がルーレットを回す。


 ――ドゥルルルルルルルルルルルルル……バンッ!


 少し長めのドラムロールの後、スマホにトークテーマが表示された。

 それを見て、秋葉が一気に固まる。


「秋葉、どうしたの?」


 首を傾げる春也に、秋葉はそっとスマホの画面を向けた。

 そこにはトークテーマとして「お互いの好きなところを3つずつ!」と書かれている。


“まじかぁ……。”


 何となくこんなテーマが入っていそうな気はしていた春也だったが、まさか2問目で出るとは思っていなかった。

 お互いのことは大好きでも、いざこの場で口に出して言うとなると、気恥しさが出てくる。

 しかし横からテーマを覗き込んだ蘭は、一気にテンションをぶち上げた。


「いいねいいね! 秋葉っちと春也っち、どっちから行く?」

「え、えっと……」

「あの……」

「じゃあ、じゃんけん! 勝った方からね」


 どうやら蘭にトークテーマをパスする気は、さらさらないらしい。

 竜馬は竜馬で、止めるどころか彼女に「いいぞもっとやれ」などと声援を送っている。


“……っ!”

“……っ!”


 春也と秋葉はしばらく見つめ合った後、意を決して拳を握った。


「最初はぐー」

「「じゃんけんぽん!」」


 春也がチョキ、秋葉がグー。

 勝った方からということなので、先に好きなところを言うのは秋葉だ。


「えっと……」


 秋葉は顔を赤くしながら、隣の春也の顔を見上げて言う。


「大変な時にいつも助けに来てくれるところと……」


“やべえ……。これ、よく分かんないくらいにめっちゃ照れる……。”


 言われている側の春也も真っ赤になりながら、しかしちゃんと好きなところを3つ言うまでトークは終わらない。


「優しい笑顔もカッコいい顔も見せてくれるところと、一緒にいて楽しいところかな」

「あ、ありがと……」


 春也は頭をかきながら、月並みにお礼を言う。

 でもまだ、終わったわけじゃない。

 今度は春也の番だ。


「はいはい、春也っちは秋葉っちのどこが好きなの?」

「そうだな……全部っていうのはダメ?」

「そ、それは……! 嬉しいけどずるい……」


 秋葉が嬉しそうにしながらも、口をとんがらせる。

 春也は少し考えてから、おもむろに口を開いた。


「俺も秋葉と一緒にいるとすごく楽しいよ。あとは笑顔がすごくかわいいところと、いろんな仕草がとにかくかわいいところ……?」

「結局全部かわいいじゃんか」


 竜馬のツッコミに、春也はやけになって秋葉の肩を抱く。


「そうだよ悪いか? 秋葉、かわいいだろ?」

「ちょ、春也……。嬉しいけど恥ずかしいよ。嬉しいけど」


 秋葉はそう言いながら、まんざらでもない様子でニヨニヨしている。

 そんな2人を見て、竜馬と蘭は呆れ気味に頷いた。


「はいはい、ごちそうさま」

「じゃあ次のテーマな」

「ちょっと待て」


 ルーレットを回そうとした竜馬を、春也が断固として制止する。

 まだこの2人が、お互いの好きなところを言い合っていない。


「いや、ほら、俺らはそういうキャラじゃないっていうか」

「そうそう。私たちはそんな」

「「だーめ」」


 春也と秋葉は声をそろえた。

 竜馬と蘭は、顔を見合わせて観念したような表情を浮かべる。

 待ち時間は目安で残り45分ほど。

 まだまだカップルトークは続いていきそうだ。

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