第37話 夢と魔法
「やってきました! ネズミーシー!」
「いえーい!」
自撮りでカメラを回しながら、竜馬と蘭が歓声を上げる。
夏休みも間近に迫った7月2週目の週末。
春也たちは、東京とは名ばかり千葉にある某人気テーマパークを訪れていた。
ランドとシーがあるうちの、今日訪れたのはシーの方だ。
「私、ネズミーシーは久しぶりかも。ランドの方は、お姉ちゃんと去年行ったんだけどね」
「俺は最後に来たのが光が小学生になる前だったから……3、4年前かな?」
「じゃあ、春也の方がもっと久しぶりなんだね」
「うん。ところで……」
春也はパッと横に視線を向ける。
そこでは竜馬たちの他にもう一組、大はしゃぎで写真を撮りまくっているコンビがいた。
「何でいるんです?」
「えー、春也くん。そんな冷たいこと言わなくてもいいじゃん」
サングラスをちょっとずらして、その美しい顔立ちを覗かせながら花音が笑う。
その隣では、「そうだそうだ」と言わんばかりに光が腕組みしていた。
元はといえば、竜馬が4人分のチケットを入手したことで、今日ネズミーシーに来ることになったのだ。
それなのにいつの間にか、さらに2人メンバーが増えている。
「安心して~。竜馬くんがゲットした分のチケットにあやかろうなんて、微塵も思ってないから」
「いや、お姉ちゃんそれは当たり前だから」
「私の分はちゃんと払うし、光ちゃんの分も私がおごっちゃう!」
「いや、花音さんそれはうちの親に請求してください」
「それじゃあ光ちゃん! いっくぞ~!」
「お~!」
「あ、団体行動する気はないんだ……」
そんな春也の呟きなど聞くことなく、光と花音はテーマパークの中へと勢いよくスタートする。
2人とて、今日が大事なデートの日であることぐらいは分かっているのだ。
便乗してネズミーシーに遊びに来たものの、春也と秋葉を邪魔する気は微塵もない。
ただあわよくば、いちゃつく2人を陰から隠し撮りして週刊光春できればいいな~と思っている程度のことである。
「さーて、俺らも行くか」
「だな」
春也たちと竜馬たちの両カップルは、ひとまず一緒に行動することにした。
「とりあえずファストパスでも取りに行くか?」
「ふふふ……春也、お前は遅れてやがるな」
特定のアトラクションに優先して乗れるチケットを取りに行こうと提案した春也を、竜馬が勝ち誇ったような様子で見る。
きょとんとしている春也に、隣の秋葉が優しく教えてくれた。
「ファストパス、なくなったんだよ」
「え!? まじで!?」
「というか、わざわざ取りに行く必要が無くなったの。今は全部、公式アプリでできるから。入場の時にも使ったでしょ?」
春也はスマホを取り出して、ネズミーパークの公式アプリを開く。
するとそこには、確かにファストパスらしきものを取る場所が設けられていた。
しかし、人気のアトラクションは有料になるようだ。
“夢と魔法とドブネズミの国とはいえ、世知辛い世の中だな。”
そんなことを考えつつ、春也は竜馬に言われるままに適当なアトラクションの優先権を取る。
そしてショーの予約も済ませ、前準備はこれにて完了だ。
「よーし、行くぞ」
「おおー」
前に竜馬と蘭、そして後ろに春也と秋葉。
すっかりおなじみとなったフォーメーションで、パークの中を最初のアトラクションに向けて歩き出す。
“あ、手……。”
秋葉はすっと自然に春也の手を取った。
それを笑顔で春也も握り返す。
まだまだドキドキするものの、少しずつ手を繋いで歩くことにも慣れてきた。
「春也は絶叫マシンは得意?」
「うーん、最後に乗ったのがだいぶ前だけどその時は全然平気だったかな。そんな進んで乗りたいってほど、好きでもないけど。秋葉は?」
「私はちょっと苦手かも……でも、春也が隣にいるから今日はチャレンジしようと思って来たんだ〜」
「そうなんだ。無理はしないでよ?」
「うん!」
「「「「「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!」」」」」
元気よく秋葉が返事をした途端、フリーフォールタイプの絶叫マシンからそれはそれはけたたましい悲鳴が聞こえてきた。
にわかに秋葉の顔が引きつる。
実は秋葉、強がって「ちょっと苦手」などと言ってみたものの、本当のところは「だいぶ苦手」である。
それでも今日は、春也と一緒に克服するんだと意気込んできたのだが、早くも心が折れそうになっていた。
「あの……本当に無理しないでね?」
「いやいや! 大丈夫大丈夫! あ、チュロス売ってるよ! 一緒に食べようよ!」
心配そうな春也をよそに、秋葉は売店の方へと話題を変える。
朝が早かったため、春也たちは朝食を取っていない。
そろそろお腹が空いてくるころではあった。
「竜馬、ちょっと売店行くわ」
「おっ、そしたら俺たちも行くわ」
4人はチュロスの売店の列に並ぶ。
そして竜馬と蘭はそれぞれ1つずつ、春也と秋葉は2人で1つ、シナモンフレーバーを購入した。
「先、食べていいよ」
「いいの? ありがとう」
春也は手に持った長いチュロスを口に運ぶ。
そして秋葉の方に差し出した。
彼女はチュロスを春也の手に握らせたまま、ぱくっとかぶりつく。
“やっぱり間接キスもまだドキドキするな……。”
“やっぱり間接キスもまだドキドキするな……。”
そんな初心なことを考えつつも、2人はチュロスを飲み込んで笑顔を合わせる。
「甘いな」
「甘いね。美味しい」
いちゃいちゃとチュロスを食べ進める春也たちを背に、自分たちも2人で1つにすればよかったと密かに悔いる竜馬と蘭であった。
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