第34話 永年契約
唇を離した2人は、少し恥ずかしそうに微笑んで見つめ合う。
打ち上がる花火が照らす頬は、どちらも赤く染まっていた。
「もう1回……」
秋葉の言葉に応えるように、春也がそっと二度目のキスをする。
2人は静かに目を閉じて、目の前にいるお互いの存在を感じることだけに集中した。
“秋葉……。すごく甘いな……。”
“春也……。幸せで溶けちゃいそうだよ……。”
15秒くらい、春也と秋葉は唇を重ねていた。
キスし終えた2人は、今一度ぎゅっと抱きしめ合う。
そして指をからませ、手を繋いだ。
「始まっちゃったね、花火」
「だね。竜馬たちに心配されてもあれだし、戻ろうか」
「うん」
春也と秋葉は手を繋いだまま歩き始める。
“春也の手、大きくて温かい……。”
“秋葉の手、びっくりするくらいすべすべしてる……。”
初めてのデートでは微妙な距離が空いていた2人の間だが、今はもうゼロ距離。
手を介してお互いの体温を感じながら、ゆっくりと歩いて行く。
「ねえねえ、春也」
「ん?」
「大好き」
想いを伝えようという緊張が解けて、いざ秋葉に眩しい笑顔を向けられると、春也は思わず照れて目を逸らしてしまいそうになる。
でも今は、今夜この時は、絶対に秋葉から目を離したくなかった。
そしてそれは、秋葉もまた同じである。
「俺も大好きだよ」
「私の方が大好きだもん」
「いや、俺の方が大好きだな」
「でも私の方が先に好きだったよ」
“ああ、好きだなぁ。秋葉のこと。”
“ああ、好きだなぁ。春也のこと。”
言わなくても、好きって伝わってる。
それでも言わずにはいられない。
何回も、何十回も、何百回も、何千回何万回だって、好きって言葉にして伝えたい。
ついさっきまで言いたくてなかなか言えなかったことが、今はためらうことなく口から出てくる。
それでも、回数を重ねて“好き”という言葉が薄っぺらくなることはない。
むしろ言葉にすればするほど、どんどん好きが濃くなっていく。
「あ、綿菓子だ」
「買ってく?」
「うん」
2人で1つの綿菓子を買って、歩きながら口に運ぶ。
春也と秋葉の口の中に、幸せな甘さが広がった。
「美味しいね」
「美味しいね」
花火が上がり続けるなかで、2人は手を繋ぎ観覧席に戻った。
するとそこでは、竜馬と蘭が花火を見上げて歓声を上げている。
いつも通り元気な2人だが、その手がレジャーシートの上で重ねられていることを、春也たちは見逃さなかった。
“そっか。あの2人も……。”
“蘭ちゃんたちも……。”
同じことを察した春也たちは、顔を見合わせて笑う。
そんな2人に気付いた竜馬たちが、パッと後ろを振り返った。
竜馬と蘭もまた、固く繋がれた春也と秋葉の手に目を留める。
もう、多くを語る必要はない。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
4人の祝福の言葉が重なった。
そして春也と秋葉も、竜馬たちの横に腰を下ろす。
2組の新たなカップルが、夏の夜空に咲く花火を並んで見上げた。
「うわー! めっちゃきれい!」
「すげーなー! たーまやー!」
「江戸時代じゃん。かーぎやー!」
「お前も言ってるじゃんか」
「えへへへ」
花火が上がる度に、盛大に歓声を上げる竜馬と蘭。
この上なく2人らしいカップル像だ。
きっと少しすれば、ずけずけと漫才を始めることだろう。
「きれいだね」
「本当に」
対して春也と秋葉は、静かに花火の美しさを味わっている。
ふと、秋葉は春也の方にゆったり体を預けた。
その肩に頭を乗せて、ぴったりと寄り添う。
「今年の夏、最高の夏にしようね」
「うん。秋葉がいれば、最高の夏だよ」
「私も春也がいれば最高の夏になるよ。約束してた海、行こうね」
「行こう。次は海の家が倒れてこないように祈って」
「私としては、春也に抱き締めてもらえるなら倒れてきてもいいけど」
「いやいや。海の家が倒れてこなくたってハグはするって」
「じゃあ……」
秋葉は春也の顔にまっすぐ目を向け、肩に乗せた頭を小さく傾けて言った。
「今して?」
「……っ」
隣には竜馬たちがいる。
でもそちらの2人は2人で、自分たちだけの世界と花火に夢中だ。
春也は右腕を秋葉の肩に回して、ぎゅっと抱き寄せた。
秋葉は幸せそうに目を閉じると、自分も春也の身体に手を回す。
「ずっとこうしてたい」
「俺も」
「約束したもんね。ずっと一緒だって」
「うん。数時間契約のレンタル彼氏なんかじゃなくて……永年契約で隣にいるから」
「永年契約……いいね、それ。私も永年契約で春也の隣にいるよ」
レンタル彼氏から始まって、焦れ焦れと距離を詰めてきた春也と秋葉が、とうとう寄り添い合って花火を見上げている。
そんな若いカップルを祝福するように花火が打ち上がる今日この日が、2人で作った春也と秋葉の最初の記念日になったのだった。
6/28日。永年契約、開始。
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