第26話 喫茶店ラビットホース

「うあ~、今日も終わった終わった~」


 1日の授業が終わると、竜馬は大きく伸びをした。

 その横には蘭、春也に秋葉。

 このメンバーで過ごすのが、すっかり定番になっている。

 クラスからも、あの4人が仲良しグループと認識されるようになっていた。

 大学のヒロインである秋葉と仲が良い春也、そしてちゃっかり竜馬にも、男どもから羨まし気な視線が向けられていることは言うまでもない。


「今日は竜馬たち部活?」

「部活っちゃ部活だけど、ミーティングだけだからな。長くて30分くらいじゃね? だよな、蘭?」

「そうだね~。春也っちと秋葉っち、待っててくれてもええんやで! ミーティング終わったら一緒に遊びに行ってくれても、ええんやで!」


 蘭の妙な関西人のテンションが気になるが、春也も秋葉も今日は特に予定がない。

 だから断るはずもなかった。


「そしたら、昨日のラウィンで俺が言ってた喫茶店、行ってみようぜ。ていうか、先に行っててもいいぞ」


 そう言うと、竜馬は春也に喫茶店の位置情報を送信する。

 写真を見てみた感じ、レトロで昔ながらの喫茶店という雰囲気だ。


「じゃあ、ここで待ってるわ」

「2人とも、またあとでね」

「おう」

「あとでね~」


 竜馬と蘭は、手を振って部室の方へと歩いて行く。

 春也は改めて方角を確認すると、秋葉と並んで逆方向へ出発した。


「その喫茶店のリンク、私にも送ってもらっていい?」

「もちろん。ちょっと待って……送った」

「ありがと」


 位置情報を表示する地図アプリには、ウェブサイトなんかの情報も記載されている。

 この喫茶店にもホームページがあるようで、メニューが値段と写真付きで掲載されていた。


「うわー、このプリンアラモード美味しそう……!」

「でも、こっちのオムライスもやばくない?」

「本当だ……! ご飯系もすごい美味しそう! でもやっぱり私はスイーツかなぁ」

「秋葉、甘いもの好きだもんね」

「うん、大好き」


“俺に言ったんじゃない……! 俺に言ったんじゃない……!”


 分かってはいても、秋葉の「大好き」は破壊力抜群である。

 彼女の隣を歩くだけでも、まだ少しドキドキするのだ。

 急なカウンターは反則技だった。


「こっちかな」


 喫茶店があるのは、大学から歩いて10分ほどの場所だ。

 駅からは逆方向であることと、やや奥まった路地に店を構えていることもあって、近辺の人通りは決して多くない。

 ただ店の中には何グループかお客さんがいて、午後のティータイムをのんびりと楽しんでいた。


「ラビットホースだって。ウサギウマ……? 不思議な名前だよね」


 店の外に出された看板を見て、秋葉が首を傾げる。


「いや、たぶんラビットハウスだろ」

「ううん、ラビットホースだよ。だってRabbit Horseって書いてあるもん。HouseじゃなくてHorseになってる」

「え? ……本当だ。UじゃなくてRだ……ウマだ……」

「不思議な名前でしょ?」

「そうだね。びっくりした」


 店の前の看板でひとしきり盛り上がったところで、春也が店のドアを開ける。

 カランカランという鈴の音が、店内に柔らかく響いた。

 店内に入ると、コーヒーの良い香りが満ち満ちている。

 入った瞬間に「良い店だ」と分かる、そんな喫茶店だった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターでは、水色の制服に身を包んだ女性……というより、少女というべき年齢の女の子がコーヒー豆をひいている。

 その頭の上には、どういうわけか白くて丸いウサギがのっかっていた。


「お好きな席にどうぞ」


 2人は後から来る竜馬たちからも見やすいように、窓際の席をチョイスする。

 そしてメニューを広げ、しばしのお悩みタイムに入った。


「何にしよ……」

「どれも美味しそうで困るよね」

「うん。春也はご飯系? スイーツ系?」

「時間だけで言ったらスイーツなんだろうけど、オムライスもナポリタンも美味しそうすぎて……」


 そんな会話をしていると、バターの良い香りが漂ってきた。

 そして紫の服に身を包んだ店員さんが、これぞ喫茶店というオーソドックスなオムライスを運んでいく。

 この瞬間に、春也の心が決まった。


「俺、オムライスにする」

「私はパフェと迷ったけど……うん、最初に言ってたプリンアラモードで。クリームソーダもいっちゃおっと」

「あ、クリームソーダは俺も飲みたいわ。すいませーん」


 春也が手を挙げると、ひとり日向でのんびりしていたピンクの制服の店員がやってくる。


「は~い。ご注文お決まりですか?」

「えーっと、オムライスとプリンアラモードをひとつずつ。それから、クリームソーダを2つお願いします」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」


 元気よく対応して去っていた店員は、コーヒーカップを3つほどトレーに載せて戻ってくる。

 それを机に置いて、手で指し示しながら言った。


「こちらがコロンビア、こちらがブルーマウンテン、こちらが当店のオリジナルブレンドです!」

「頼んでないんですけど……」

「ただいまキャンペーン中でして、当店のコーヒーの美味しさを知っていただくために、サービスで提供しているんです! 1テーブルに1セット限定で!」

「そうだったんだ。じゃあ、いただきます」

「はい! ぜひ!」


 店員さんが去っていき、春也たちの目の前にはコーヒーが3種類×1つずつ。


「何か飲みたいのある?」


 春也が尋ねると、秋葉は少し迷ってから言った。


「正直、コーヒーとかあんまりわかんないんだけど……。でも、ブルーマウンテンは聞いたことあるからこれにする」

「じゃあ俺はコロンビアにしよっと」


 2人はそれぞれコーヒーカップを手に取り、そっと口に運ぶ。


“苦っ! でも美味しくて飲めちゃうな。”


“苦い……! でも美味しい……!”


 普段ブラックコーヒーを飲み慣れていない2人だが、ここのコーヒーは美味しく感じることができた。

 店員の腕といったところかもしれない。


「これ、美味しいよ」

「こっちも美味しい」


 2人は自然に会話を交わして、自然にコーヒーカップを交換する。

 そして相手のカップが自分の手元に来て、ピタリと動きを止めた。


“あれ……? これって間接……”


“わわわわ! どどどどうしよ……!”


 しばしの逡巡の後、2人はほぼ同時に手元のカップへ口をつける。

 今さら戻し合うのも変に意識しているのがバレる気がして、お互いに出来なかったのだ。


“味なんてわかるわけないだろ……。”


“もうこんなの味分かんないよ……。”


 真っ赤な顔で黙り込む2人。

 ラビットホースのキャンペーンは、思わぬ形で半ば失敗に終わったのだった。

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