第27話 喫茶店の味と混ぜるな危険

「お待たせしました~。オムライスと、プリンアラモード、それからクリームソーダが2つです!」


 サービスで提供されたコーヒーが無くなったころ、注文した品々が運ばれてくる。

 これでもかと黄色い卵に赤いケチャップのコントラストが鮮やかなオムライス。

 フルーツと生クリームに囲まれて中央にプリンがデンと構えるプリンアラモード。

 そして、丸く成型したアイスとチェリーが乗った毒々しいほどに緑色のクリームソーダ。

 これぞレトロな喫茶店というメニューが、机の上にドドンと並ぶ。


「いただきます」

「いただきます」


 春也はスプーンを手に取ると、オムライスにすっと挿しこむ。

 ソーセージやベーコンなどケチャップライスの具材は様々だが、この店では鶏肉が使われているようだった。

 卵からはバターの香り、そしてチキンライスからはケチャップの香り。

 目にも鼻にも美味しいオムライスを口に運ぶ。


「美味ぁ……」


 これぞオムライスという、どこかほっとする味わいだ。

 鶏肉は大きめに切られたものがゴロゴロ入っていて、ボリュームも兼ね備えている。


「クリームソーダも美味しいよ」


 秋葉にそう言われて、春也はグラスを手に取る。

 一口飲んでみれば、オムライスとは打って変わって明らかに人工的な味がする。

 ただ、それが美味い。

 雰囲気のある喫茶店で飲むクリームソーダは、果汁100%を謳うジュースの何杯も美味しく感じる。

 これは完全に、春也が場の雰囲気とか喫茶店=クリームソーダという固定観念に飲まれているせいなのだが。


「オムライス、ちょっとだけ食べてみてもいい?」


 秋葉は新しくスプーンを手に取る。

 さっきのコーヒーの件で、下手なことをすると味が分からなくなると学習したのだ。


「いいよ。プリンアラモード、もらっていい?」

「もちろん」


 お互いに口をつけていない新しいスプーンで、相手の注文したメニューを味わう。

 プリンアラモードは、プリンに生クリームに完熟フルーツという3種類の甘さのトリプルパンチ。

 それをカラメルのほろ苦さが引き締めて、絶妙な味わいを生み出している。


「美味しいね」

「美味しいね」


 2人が同じ言葉を交わしたところで、店内にカランカランと音が響く。

 ドアが開いて入ってきたのは、竜馬と蘭だった。


「お待たせ」

「わ~、何か美味しそうなもの食べてる」


 竜馬が春也の隣に、蘭が秋葉の隣に座って、ようやくいつものメンバーがそろう。

 春也と秋葉の2人きりタイムは、これにて終了となった。


「春也っちがオムライスで、秋葉っちがプリンアラモードかぁ。私は何にしよ」

「とりあえずクリームソーダだろ。俺、これが飲みたかったんだもん」


 竜馬と蘭はメニューを広げ、春也たちと同じように目移りして悩み始める。

 最終的に竜馬はナポリタン、蘭はチョコレートパフェを注文した。

 飲み物は2人ともクリームソーダだ。

 しばらくして注文した料理が運ばれてくると、一段とケチャップの良い香りが強くなる。


「ナポリタン、ちょっとちょうだいよ」


 ある程度、自分の頼んだメニューを食べ進めたところで、蘭が竜馬に言う。


「いいよ。その代わり、チョコレートパフェくれ」

「オッケー……って、ケチャップついたスプーンで食おうとすな! こっち使え!」

「はいはい」


 蘭が差し出したのは、自分がさっきまで使っていたスプーン。

 対して竜馬も、新たにフォークとスプーンを出すわけでもなく、ナポリタンを皿ごと蘭の方に差し出す。

 そしてお互いに、特に何も気にしていない様子で相手の料理を食べ始めた。


“まじかぁ……。”


“え!? え!? かかかか間接……!”


 全くコーヒーの味が分からなくなった春也たちとは、まるで大違いである。

 竜馬も蘭もしっかり味わえているようで、「美味しいな」「そっちのも」などと感想をかわしていた。

 お互いに気付いていないのか、はたまた気付いたうえで特に気にしていないのかは、神のみぞ知るというやつだ。


“もう付き合えよ。”


 自分たちのことはまるで棚に上げて、何度目か分からないぼやきを心の中で漏らす春也だった。




 ※ ※ ※ ※




「ふんふふんふふ~ん」


 呑気に鼻歌を歌いながら、春也と秋葉の初デート場所であるショッピングモール周辺を歩く少女がひとり。

 夏川光である。

 実は彼女、軽快に鼻歌交じりのスキップをしているように見えるが、内心では心臓をバクバクさせていた。


“完全に迷った……!”


 心配する母親に大見得を切って、強引におつかいに出かけたものの、ただいま絶賛迷子中である。

 いや、本当だったら迷うことなく帰れていたはずだ。

 電車の乗り換えもないし、道もほぼ一本道。

 迷子になる要素はない。

 例えば少しそれた道からかわいらしい子猫が姿を覗かせたりしなければ。


“だってかわいかったからしょうがないもん……!”


 買い物袋片手に子猫を追いかけてしまった光は、案の定知らない道に入り込んで迷ってしまったのである。


“あ、誰か人がいる……。”


 彷徨っていた光の前方に、若い女性の人影が見えた。

 もうこれ以上歩き回っても、元の道に戻れる気がしない。

 光は素直に、道を尋ねることにした。


「あの、すいません」

「はーい?」


 優しい笑顔を浮かべて、女性が振り返る。


“わ! すごい美人さん! しかもどことなく秋葉ちゃんに似てるような……!”


 明るい髪色やバッチリと決めたメイクは秋葉と正反対のものだが、顔立ちそのものはそっくりだ。


「道に迷っちゃって……駅まで行きたいんですけど」

「あらら、迷子っちゃったか。いいよ~、連れてってあげる」

「ありがとうございます!」

「いえいえ。ちなみにお名前は?」

「夏川光です!」

「夏川……」

「お姉さんは?」

「私は冬月花音だよ」

「冬月……」


“あれ? 秋葉ちゃんの名字って冬月だったよね?”


“ん? 確か秋葉の愛しのヒーローって、夏川って名字だった気が……。”


「ねえ、もしかして春也くんってお兄ちゃんがいたりしない?」

「あの、もしかして秋葉ちゃんって妹がいたりしませんか?」


 2人は顔を見合わせて、にやっと笑う。

 春也と秋葉にとっては、幸か不幸か。

 どうにも癖の強いお互いの姉妹が、思わぬところで繋がったのだった。

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