第25話 写真鑑賞会

 グループ通話から1夜明け、例の『世界が変わった瞬間』について調べる授業中。

 春也たちは4人で机を囲んでいた。

 それぞれの前には、様々な厚さの写真用封筒が置かれている。


「なんか蘭の分厚くね?」

「竜馬もなかなかだよ?」


 竜馬と蘭は、2人ともかなり多く写真を持ってきている。

 春也と秋葉もそこそこ持ってきたつもりではいたのだが、目の前の2人に比べると半分程度だった。


「それじゃあ始めようか」


 すっかりこのグループの仕切り役は蘭である。

 本人も苦にしていないし、周りとしてもとても助かっていた。

 もともと世話焼きな蘭の性格が幸いしている。


「まずは本当に産まれてすぐの写真からだね。私はこれ」


 蘭が取り出したのは、母親の腕の中でぐっすり眠る赤ちゃんの写真だった。

 現像した写真の右下に年月日が印字されていることが、なんとも時代を感じさせる。

 と言っても決して蘭が年寄りとかそういうわけでもなく、技術が凄まじい速度で進んでいるだけなのだが。


「うーん赤ちゃんってやっぱかわいいよな」

「これが蘭ちゃんのお母さん?」

「そうだよ〜。名前は英理」


“娘が蘭で母親が英理……? ということは……”


 春也は謎の期待感を抱えながら蘭に尋ねた。


「お父さん、小五郎だったりしない?」

「あはっ! 絶対言われると思った。残念ながら小次郎なんだよね〜」

「ちょっと惜しい!?」


 木島家の名前の話が飛び出したところで、今度は竜馬が自分の写真を取り出す。


「俺はこんな感じかな」

「え待ってめっちゃかわいいんだけど」

「お前……バカにしてないか?」

「してないしてない!」


 蘭は竜馬の写真を手に取ると、顔を近づけてよく観察した。

 それから写真を置いて、実際の竜馬と見比べながら言う。


「これが……こうか」

「んだよ」

「いや別に? でもこれが、竜馬の世界が変わった瞬間、というか始まった瞬間なわけだね」

「そうだなぁ。親にとってもだいぶ変わっただろうな」

「間違いないね。じゃあ次、春也っち」

「俺か……」


 春也は封筒の中から写真を取り出し、そこから産まれたばかりで母親に抱っこされている写真を見つけだす。


“うわー。なんか分からないけど恥ずいな……。”


 多少の気まずさを感じながら、春也は写真を出した。


「おおー、これが春也っちの赤ちゃんの時か」

「気持ち良さそうに寝てやがるな」

「春也のお母さん、全然変わらないね」


 嬉しそうに春也を腕の中に抱く夏川母は、まるで現在と見た目が変わっていない。

 肌ツヤから髪型から何もかもそのままだ。


「ちなみにこっちは光が産まれた時だよ」


 春也は自分の写真から注目を逸らそうと、妹を巻き添えにする。

 写真の中では、当時小学6年生の春也が慎重に光を抱きかかえている。

 落とすのが怖いのか、笑顔が若干引きつっていた。


「あー、光ちゃんもかわいいね」

「ていうか、春也がビビり過ぎだろ」

「仕方ないだろ、慣れてなかったし」

「でも、春也は本当に良いお兄ちゃんだよね」


 秋葉に褒められて、春也は思わず照れ笑いを浮かべる。

 実際に春也は光を溺愛していることは事実なのだが、改めて言われるとなんだか気恥しかった。


「じゃあ次は秋葉っち」

「う、うん」


 みんなと同じく、秋葉もちょっと恥ずかしそうにしながら写真を出す。

 光がお兄ちゃんに抱っこされていたのに対し、今度の秋葉の写真にはお姉ちゃんが写り込んでいた。

 といっても、秋葉が生まれた時に花音はまだ2歳くらいだったので、抱っことかではなく隣に寄り添って寝ているだけだ。


「ふわわ~! 天使が2人いる……!」

「やば! 冬月さんもお姉さんもめっちゃかわいいな」

「うん。めっちゃかわいい」

「あ、あ、あ、照れるから……恥ずかしいから……」


“春也は赤ちゃんをかわいいって言ったのであって、今の私に向けて言ったわけじゃないんだから……!”


 自分に強く言い聞かせて、火照る頬を沈めようとする。

 もはや竜馬の「かわいい」は、秋葉の耳に届いていないのだった。


「光っちは前にスタビャで会ったけど、秋葉っちのお姉ちゃんは見たことないよね。見せられる写真とかある?」

「最近の写真だよね。ちょっと待って」


 秋葉はスマホの写真フォルダを漁って、姉との写真を見つける。

 何の偶然か、2人でスタバ片手に自撮りしている写真だ。

 撮ったのは花音で、後から秋葉に送ってもらったものである。


「これとか」

「えやば! 秋葉っちのお姉ちゃんめっちゃ美人!」

「マジじゃん。姉妹そろってこれはすげぇ……」

「そ、そんなことないよ。あ、春也にはちょっと見づらかったよね」


 秋葉は、スマホの画面を隣に座る春也に向ける。

 そこには明るい茶髪にゆるふわウェーブがかかり、おでこにはサングラスをかけたいかにも陽の気が強い女子大生が写っていた。

 その隣に、またタイプの違う美少女が肩を抱かれて楽しそうに笑っている。

 とんでもない美人女子大生姉妹のツーショットだった。


“この人が秋葉のお姉ちゃんで……<カノン>さん……。”


 春也は心の底から、あの時に秋葉が来てくれてよかったと感じる。

 秋葉と仲良くなるきっかけになったことはもちろんだけど、初対面でこんな美女にこられたら初バイトが壊滅している可能性があった。


「何か、花音さんもレンタルしなくても彼氏に困らなそうだけど」

「あー、お姉ちゃんは恋愛とか自分がするのは興味ないから」

「じゃあなおさら、何でレンタル彼氏を?」

「お姉ちゃん、作家なんだよ。女子大生しながら、作家もしてて。取材のためにレンタル彼氏を申し込んだんだけど、急遽打ち合わせが入って行けなくなっちゃったんだって」

「なるほど。そういう理由だったんだ」


“ならなおさら、あの時に花音さんが来なくてよかった。俺とデートしたところで、何の参考にもならないもんな。”


 ほっと胸をなでおろす春也は、自分と秋葉のエピソードが花音によってラブコメに仕立て上げられ、発売されようとしていることを知らないのだった。

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