第20話 お邪魔します
ゲーム機とソフトが入った袋を抱え、さらに生クリームも買って2人はショッピングモールを出る。
5月としては平均的な過ごしやすい気温の中を、春也と秋葉は駅に向かって歩いていた。
「もうすぐ5月も終わっちゃうね」
「そうだなぁ。あっという間に入学して2か月経っちゃったよ。6月が来て、7月中旬になればもう夏休みでしょ?」
「うん。夏休みも……その、春也と遊べたらいいな」
「海、行こうね」
「うん!」
“もう夏は近くまで来てるんだ……。”
“もう夏は近くまで来てるんだ……。”
2人はそろって同じ季節に想いを馳せ、空を見上げた。
5月の美空は青い。でも、隣に秋葉がいるから、春也がいるから、寂しくはない。
空の青が透けるほどに薄い雲が、ゆったりと流れていく。
きっと夏になれば、この空にもくもくとした入道雲が浮かぶのだろう。
夏空の下を歩く春也と秋葉がどんな関係になっているかは――まだ誰にも分からない。
※ ※ ※ ※
春也の家は、ごくごく一般的な住宅地の中にある。
「ただいま~」
「お、お邪魔します……!」
春也と秋葉が家に入ると、例によって弾丸が飛んできた。
「ゲーム! お兄ちゃん! 秋葉ちゃん!」
「何を置いてもまずゲームかよ……」
呆れ気味に言いながら、春也はゲーム機とソフトの入った袋を差し出す。
光はそれをキラキラした目で受け取った。
「ちゃんとお母さんやお父さんの決めたルールは守るんだぞ」
「分かった! お兄ちゃんありがとう!」
「はい、どういたしまして」
本当に嬉しそうにお礼を言う光を見ていると、春也としても買ってあげて良かったという気持ちになる。
“まあ、一部は秋葉のお金というか秋葉のお姉さんのお金なんだけど……。”
ふとそんなことを思って春也が視線を向けると、秋葉は気にしなくていいよという風に手をひらひら振った。
2人が靴を脱いでリビングダイニングに入ると、キッチンでは母親が料理中だった。
春也は買ってきた生クリームを、冷蔵庫の中にしまう。
「生クリーム、入れとくよ」
「ありがとうね。今夜はビーフシチューだから」
「おっ、珍しく豪華」
春也が鍋を覗き込むと、ゴロゴロと肉が入ったビーフシチューが良い香りを漂わせていた。
カウンターにはフランスパンもカットして置かれている。
まだ夕食には少し早い時間だが、春也はすでにお腹が空いてくるの感じた。
「良いお肉が安売りしてたのよ。秋葉ちゃんも良かったら食べていって」
「え、いいんですか……?」
「もちろんよ。今日お父さんいなくて3人だから、一緒に食卓囲んでくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます……!」
“いきなりご両親と対面したらどうしようと思ったけど、お母さんだけなら1回お見掛けしてる分、まだ平静でいられる……かも。”
春也と光の父親は、今日から出張に出ていて不在となっている。
今の秋葉にとっては、むしろそれがちょうど良かったかもしれない。
「ご飯できるまで、ゲームしてていい?」
「いいわよ。でも、呼んだらすぐ来てね」
「はーい! お兄ちゃん、秋葉ちゃん、ゲームしよ!」
「そしたら……俺の部屋行くか」
“ひへっ!? いきなり春也の部屋に……!?”
「ゴーゴー! レッツゴー! 秋葉ちゃん行くよ!」
光に手を引かれ、秋葉は階段を上っていく。
その後ろを春也がついて行こうとすると、野菜を刻みながら母親が声を掛けた。
「春也」
「どうした?」
「……」
母親は手を止めて、少し神妙な顔つきで春也の顔を見つめる。
しかし一瞬で、にやっとした笑顔に変わると言った。
「がんばれ」
「うわ……うざ……」
春也は白い目で母親を一瞥すると、2階へ上っていった。
自分の部屋に入ると、床に秋葉と光がちょこんと座っている。
“普段からちゃんと掃除しててよかった……! ていうか、秋葉がこの部屋にいるの、ちょっと前から考えたらわけわからなすぎる……!”
“ここが春也の部屋……! すごいきれいに整ってる……! 春也は普段、ここで生活してるんだ……!”
「あ、私、お菓子とジュース取ってくる!」
春也と入れ違いに、光がドタバタと部屋を出て行く。
箱からゲーム機を取り出した春也は、自分がゲームをするために部屋に置いているモニターに、ケーブルを繋いでセッティングを始めた。
「ちょうどコントローラー3つあるから、3人できるな」
「うん。キャンペーンやってて良かったね」
「ラッキーだったよな。コントローラーだけでも、まあまあ値段するから」
「そうだよね」
お互いに平静を装って会話しているが、内心は心音バックバクである。
一時的にとはいえ、意識あっている同士が部屋で2人きりになれば、何も感じずにいられるはずがない。
「よし、セッティングできた」
春也はモニターの電源を入れて、動作に問題がないことを確認した。
そして秋葉の隣に腰を下ろす。
“何だか今日の秋葉、いつもとちょっと雰囲気違うな……。いつもよりかわいく感じる……。”
「秋葉、何か最近変わったことある?」
「えっ!? いや、別になななないよ!?」
「そっか。何だか、雰囲気ちょっと違うかなって気がして」
「そ、そうかな~。あはは……」
“好きって意識しちゃったら、今まで通りにできるわけないじゃん……!”
一応、秋葉としてもひとまず今まで通りにしようと頑張っていた。
口調にしても態度にしても、努力の成果でほとんど変わらなかったはずだ。
でも微妙な変化に気付く男、夏川春也だった。
「今日の私、何か変だった……?」
「いや、変ではないよ。なんていうかその、いつもより……か、かわいいかなって……」
「かわっ……」
“うわー! 何言ってんだ俺! 急に変なこと言いだしたと思われたらどうしよう!”
“唐突にかわいいって……ずるいよ……!”
「あーもうじれったいなぁ……」
とっくにお菓子とジュースを手に入れて、ドアの隙間から見守っていた光が呟く。
お互いに赤い顔でだんまりこんでしまい、これ以上は何も面白いことは怒らなそうだと判断した光は、あたかも今来たかのように部屋に入っていく。
「お菓子とジュース持ってきた! ゲーム大会開幕だよ!」
「おお~やるか~」
「楽しみだね~」
光の前ではより平然としようとする2人をよそに、第1回『キノコカート光杯』が開幕したのであった。
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