第16話 秋葉の夢(前編)
春也と秋葉の2回目のデート、海デートから1週間が経った。
竜馬と蘭も加えてスタビャに行って以降、お互いに大学関連の用事やら家族関連の用事やらが続き、一度も2人で遊びに行けていない。
そんな状況に悶々としつつ、秋葉はグループワークとはまた別の課題を終わらせて、家のソファーに転がった。
両親も花音も不在の静かな家の中で、ゆったりと寝そべっていた秋葉はいつしか眠りに落ちる。
穏やかなその眠りの中で、秋葉は夢を見ていた。
春也と出会った日のことを思い返すような、そんな夢を。
※ ※ ※ ※
3月下旬、大学の入学式が1週間半ほど後に迫った頃。
秋葉はひとりで買い物に出かけていた。
秋葉の家の最寄り駅から歩いて数分のところには、屋外型の大規模商業施設がある。
様々な店が建ち並ぶショッピングパークの中を、柔らかな春の陽射しを浴びながら、秋葉は気持ちよく歩いていた。
服や靴、アクセサリーや雑貨など、気になった店は片っ端から入ってみる。
しかし、どれだけビビッと来てもすぐには買わない。
気になった店を全てまわり終えてから、改めて買うものを決めるというのが、慎重で堅実な秋葉のショッピングスタイルなのだ。
「ふぅ……」
一通りの店をまわり終えると、秋葉は小さく息を吐いた。
大きなショッピングパークなだけに、端から端まで歩くにも体力と時間を使う。
少しの休憩を取ることにした秋葉は、自販機でペットボトルのお茶を買って、人気のないベンチに腰を下ろした。
ぽかぽかととした太陽の光、適度に暖かなそよ風。
そんな春の心地よさを味わっている秋葉の右横に、ひとりの男が腰を下ろす。
一般的にみるとセンスの悪いファッションに、どことなくチャラそうな雰囲気。
秋葉が少し距離を取るために左へずれようとすると、そこにも似たような壊滅的ファッションセンスの男がやって来て座った。
“挟まれた……何か嫌な予感がする。”
早めに休憩を切り上げて立ち上がろうとした秋葉の肩に、右側の男がぐいっと手を乗せる。
そしてキザったらしい口調で言った。
「そんな急いで行こうとしなくてもいいじゃん。ちょっと俺たちと話そうよ」
「あの、やめてください」
右肩の手を振り払おうとする秋葉だったが、逆に左側の男も秋葉を押しとどめようと触れてくる。
そこそこ筋肉質な男2人に肩を掴まれ、秋葉は思うように動けなかった。
「離して」
「まあまあ、そう言わないで」
「大きい声出しますよ」
「へー、出してみれば?」
男たちの手に、より力がこもる。
“もし大声を出したら、痛いことされるかも……でも何とか逃げなきゃ……。”
恐怖で動揺する秋葉の顔を、ニヤニヤしながら男が覗き込む。
そして「かわいいじゃん」と呟いた。
ただこの状況でこんな男に褒められたところで、何一つ嬉しくない。
秋葉は少し泣きそうになる。
そこへ響いたのは、優しくも力強い男性の声だった。
「人の彼女に何してんですか?」
パッと顔を上げてみれば、そこには春也が立っている。
もちろん、実際に会った時の秋葉からすれば、目の前の男性が夏川春也という名前だということすら、知る由もないのだが。
「あ? 彼女?」
眉間にしわを寄せる男たちにも怯まず、春也は自然な素振りで秋葉の身体に手を回す。
そして半ば強引に男たちの手から救出すると、そのまま肩を抱いて歩き始めた。
秋葉は突然の状況に戸惑いながらも、春也が人混みの方へ歩いて行ってるのを察して身をゆだねる。
少なくとも、さらに人気のないところに連れ込まれる心配はない。
そして春也の手は力強いのだが、それと同時にすごく優しかった。
さっきの男たちとはまるで違う。
秋葉は恐怖とは別の意味で鼓動が早まるのを感じながら、ただ春也の身体の温もりを感じていた。
“大丈夫。この人は助けてくれてる。”
後ろの男たちも下手な騒ぎは起こしたくなかったようで、何度か舌打ちして逆方向へ去っていく。
ある程度のところまで進むと、春也は秋葉から手を離した。
「すいません! 勝手に手とか回しちゃって……」
さっきまでの堂々とした態度はどこへやら。
途端に申し訳なさそうな表情を浮かべる春也を見て、秋葉は慌てて手をぶんぶん振った。
「いえいえ! とんでもないです! 本当にありがとうございました……」
「たまたま通りがかって良かったです。こういう人の多いところなら、ああいう輩も下手なことできないと思うので、なるべく店の中とか人の多い通路とかにいると良いと思います」
「気を付けます。あの、もし良かったらお礼……」
「あ、ちょっと待ってください」
「お礼をさせてください」。
そう言いかけた秋葉の言葉を遮って、春也がスマホを取り出す。
かかってきた電話に出て、砕けた口調で応対すると、秋葉の方に向き直っていった。
「家族から急いで来いなんて呼びだされたので、ここで失礼します。気を付けてくださいね」
「あ、せめてお名前を……」
春也の背中に向かって伸ばした手も、秋葉の声も届かない。
そのまま春也は、買い物客の群れの中に消えていった。
※ ※ ※ ※
夢というのは、何の前触れもなく急に場面が転換するものだ。
まだ深い眠りの中にいる秋葉は、春也との夢を見続ける。
ナンパから助けてもらった時から移り変わり、初めて大学で春也を見つけた時の夢を。
※次回、秋葉の夢(後編)に続きます。
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