第15話 週刊光春、暴走

「あー、この子が春也の妹なのか」


 店員にお願いして出してもらった椅子に座り、竜馬が光を見ながら言う。

 当の光はといえば、竜馬の席からどくという選択肢はまるでなかったかのように、すました顔で春也の抹茶フラペチーノをちゅーちゅーしていた。

 妹に美味しそうなものを奪われるのは日常茶飯事なので、春也からすればもはや何を言うでもない。


「俺は竜馬、よろしくな」

「うん! ひょーあうんあえ!」

「光、飲み込んでから喋りな~」


 優しくとがめる兄をよそに、光は半分くらい抹茶フラペチーノを飲み干す。


“ドーナツはなしでいいか……。”


 春也が心の中で呟いたのも束の間、光は抹茶フラペチーノが入ったカップを置いて口を開いた。


「お兄ちゃん、男」

「急にどうした?」

「竜馬くん、男。秋葉ちゃん、女の子。蘭ちゃん、女の子……」


 ひとりひとりをまじまじと見て、それぞれの名前を呼んだ光。

 春也以外の3人は何を思いついたんだろうとワクワクしているし、春也はどんな余計なことを言うんだろうとハラハラしている。

 数秒の沈黙の後、光は納得したようにポンっと手を叩いた。


「分かった! お兄ちゃん、浮気してない!」

「おー、誤解が解けて何よりだ」

「これって、“だぶるでぇと”ってやつだ!」


 名探偵でしょでしょという表情で、光は自信満々に言い放った。

 それを聞いていた4人は、一斉に口を開く。


「だぶっ!」

「るっ……!」

「でぇっ!」

「とぉ!?」


 さらに数秒、この場を静けさが包んだ後、最初に堪えられず吹き出したのは蘭だった。


「あははははっ! 光っち最高! マジで面白い大好き!」

「だぶるでぇと、違うの?」

「ちょっと違うかなぁ。光っちだって、学校帰りにみんなで遊ぶでしょ? それってデート?」

「ううん、違うよ」

「私たちも仲の良いみんなで遊んでるだけだよ。まあ、そうだなぁ……2人きりで海とか行くようになったら、デートかな」

「ごふっ」

「けふっ」


 思わぬ方向から飛んできた流れ弾に、春也と秋葉はむせ返る。

 ちょくちょく会話の隙間に挟んでくるものだから、蘭は油断ならないのだ。


「蘭ちゃんは、海でデートしたことあるの?」

「あっはっはぁ……。私、海に行く時は基本ぼっちだからさぁ……」

「竜馬くんは?」

「レンタルですらデートできない底辺です……」

「秋葉ちゃんも蘭ちゃんも彼女じゃないなら、まあお兄ちゃんはデートしたことないとして……」

「光~?」

「秋葉ちゃんは高嶺の花って感じだから逆になさそう!」

「た、高嶺の花だなんてそんな……! その、ちゃんとしたデートはしたことないけど……」

「なーんだ! “だぶるでぇと”どころか、みんな“れんあいじゃくしゃ”だね!」

「こひゅっ……」

「ぐはぁ……」

「ううっ……」

「ぐぇ……」


 悪意なき小学2年生に心をボッコボコにされ、大学生たちはずーんと机に突っ伏した。

 そこへ柔らかく優しい声が響く。


「光~」


 声の主は夏川兄妹の母親で、レジの方から商品片手に呼びかけていた。


「そろそろ行くわよ~」

「はーい! それじゃあお兄ちゃん! 秋葉ちゃんに蘭ちゃんに竜馬くんもまたね!」

「ま、またね~」

「ばいばい……」

「じゃあな……」

「光、またあとで……」


 母親に連れられて、嵐のようにやってきて場を荒らしまくった光は去っていく。


「なんか……ごめん、みんな」

「大丈夫だよ」


 春也が申し訳なさそうに言うと、にっこり笑って秋葉が答えた。


「あーあ、光っちめっちゃ面白かった」

「まあ、心はえぐられたけどな」


 何だかんだ言いつつも、光に悪意が無いことはみんな分かっている。

 だからあくまでもネタとして、純粋に楽しんでいたのだ。


「あーっと、何かメール来てるわ」


 気を取り直すように話題を変え、竜馬がスマホを取り出す。

 春也もスマホを開いてみると、大学のメールアドレスに連絡が来ていた。

 この4人で行うグループワークのテーマが先生から送られてきたのだ。


「そういえば、後で一斉に送信するって言ってたよね」

「それで竜馬、テーマは何?」

「えーっと、『世界が大きく変わった瞬間』だって」

「『世界が大きく変わった瞬間』……」


 春也は、竜馬が声に出して読んだテーマを反復して呟いてみる。

 続く詳しい説明の部分には、古今東西を問わず世界が大きく変わった瞬間について調べ、レポートにまとめて発表できるようにしなさいという趣旨のことが書いてあった。


「うーん、なんかちょっと漠然としてるなぁ」


 蘭も自分のスマホを眺めながら、困ったようにぼやく。

 春也もだいぶ少なくなったフラペチーノを飲みながら、ぼんやり頭を回転させた。

 世界が変わった瞬間なんて、いっぱいある。

 何かが発明された時、戦争や災害が起きてしまった時などなど。

 良い方にも悪い方にも捉えられるテーマだ。


「どうせなら、明るくて身近なテーマがいいよな」

「だね。何かあるかな」


 珍しくまともな会話をした竜馬と蘭の言葉を受けて、春也は思考の方向を切り替える。

 漠然と、あるいは壮大なテーマじゃなくて、自分の身近なこと、自分の世界が変わった瞬間と考えてみるのだ。


“俺の世界が変わった時……俺の世界が変わった時……あっ。”


 不意に秋葉と目が合う。

 秋葉もまた、春也と同じように自分の世界が変わった時のことを考えていた。


“俺の世界が変わった時……秋葉のことを初めて大学で見かけた時? それか、秋葉があの噴水の広場にお客さんとしてきた時かな。”


“私の世界が変わった時……春也にナンパから助けてもらった時? それとも春也と偶然にも大学で再会した時かな。それともそれとも、レンタルだけど初めてデートした時?”


「うーん、わっかんね」


 竜馬はスマホを机に置くと、頭をわしゃわしゃした挙句に考えることをやめた。

 蘭もまた、メールを閉じてカップを手に取る。


「まあ、まだ時間はあるしね。それにせっかく遊びに来たのに、授業のこととか考えたくないや」

「全くだよな」

「最初にこの話題を振ったの竜馬なんだけど?」

「おっ?」

「んー?」


 今日何度目か分からない漫才を始めようとする竜馬と蘭の前で、春也と秋葉は再び顔を合わせて笑った。

 そしてそれぞれのドリンクをちょっぴり口に含む。

 まだまだ想いは隠したままで。

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