第14話 週刊光春、襲来

「いや~、にしても今日は涼しくていいよな」


 一日の授業が終わって、大学から駅に向かって歩きながら竜馬が言った。

 確かに今日は、昨日に比べると気温が低く風も涼しい。

 ただあくまで昨日が暑かっただけで、今日くらいの天気が5月中旬としては通常なのだが。


「それでどこ行こうか?」


 竜馬と秋葉に挟まれて歩く蘭がみんなに尋ねる。

 4人の並びは竜馬、蘭、秋葉、春也の順。

 蘭と竜馬が、自然と春也と秋葉が隣になるように仕向けているのである。


「この辺で遊べるとこっていうと……あそこのショッピングモールか、カラオケか、ボウリングくらいじゃね? あとはスタービャックスとかミャクドナルド行ってだべるって手もある」

「あるいは海に行くとか?」

「この時期の海に何しに行くんだよ」

「え? サーフィン?」

「それはお前だけだろうが」


 竜馬と蘭は冗談を言い合っているつもりなのだろうが、春也と秋葉からしたら絶えず昨日のことが思い出されて気が気じゃない。

 春也が横目で秋葉に視線を送ると、秋葉もまたちらっと視線を向けていた。

 目が合った2人は、思わずふふっと照れ笑いを漏らす。


「で、どこにする? 私的にはスタビャありな気する」


 蘭が再び問いかけると、みんな頷いて賛成の意を示す。

 というわけで、本日の遊び場所がスタービャックスに決定した。

 緑がトレードカラーのカフェチェーン・スタービャックスは、駅から歩いて5分もかからない場所に大きな店舗を構えている。

 4人は店に入り、すでに5、6人ほどの先客がいる注文カウンターに並んだ。


「今の期間限定なんだっけ?」

「んーと、柏餅とか?」

「え、超マズそうなんだけど。本当に言ってる?」

「いや、知らん。適当」

「何だよ」


 前に並ぶ竜馬と蘭が、テンポよくあまり中身のない会話を交わす。

 その後ろで、春也はメニューを手に取って開いた。


「私も見ていい?」

「もちろん」


 横から秋葉も覗き込んできて、2人でメニューを眺める。

 昨日、念入りに手入れしたというサラサラの髪が、春也の真横でふわっと揺れた。

 甘い香りがふんわりと流れて、横にいる秋葉の存在をこれでもかと意識させる。


「秋葉はスタビャよく来るの?」

「うーん、たまにかな。お姉ちゃんが好きだから、一緒に出かけたら来るよ。春也は?」

「俺も妹が好きだから、よく奢らされるかな」

「うわー、やっぱり優しいお兄ちゃんだ」

「だから恥ずいって」


 照れ隠しに、春也はショーケースに陳列されたフードメニューに目を向けた。

 ドーナツやケーキなどのデザート系から、サンドイッチなどの食事系まで幅広いメニューが取り揃えられている。


“帰りがけに光の分のドーナツでも買ってやるかな。”


 秋葉の言う通り“優しいお兄ちゃん”な春也はそんなことを考えつつ、再びメニューに視線を落とした。

 妹の分もいいが、まずは自分が注文するものを決めないといけない。


「私、ティラミスフラペチーノにしようかな」

「美味しいよね。俺は……抹茶フラペチーノにする」

「あーそれも美味しい」


 思い思いのメニューを注文して、窓際の丸いテーブルを4人で囲む。

 春也が一口抹茶フラペチーノを口に運べば、抹茶のほろ苦さと生クリームが合わさった濃厚な味がいっぱいに広がった。

 他の3人もまた、自分が頼んだドリンクを美味しそうに飲んだ。

 竜馬に至っては、サンドイッチまで注文していた。

 昼も山盛りのご飯を食べていたのだが、さすがは運動部の男子大学生といったところだ。


「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「早くない?」


 席に着いて間もないというのに、竜馬が立ち上がる。

 春也の問いかけに、竜馬は苦笑いを浮かべた。


「大学出た辺りから我慢してたんだよ」


 そう言って、竜馬はさっさとトイレの方へ歩いて行く。

 テーブルには春也と秋葉、そして蘭が残された。


「もしかしてだけど、今日もレンタル彼氏の予定とかあったりした……?」


 やや声を潜めて、そうだったら申し訳ないというように蘭が尋ねる。

 海から帰ってラウィンを交わしているうちに、春也と秋葉の大体の関係については蘭も把握したのだ。

 蘭の質問に対して、春也と秋葉は笑顔で首を横に振った。


「今日は誰からも予約入ってなかったから」

「うん。私もそんなにお金持ちじゃないし」


“本当は友達として予約が入ってたけど。”

“本当は友達として予約が入ってたけど。”


 2人とも同じことが頭に浮かんだのだが、それをわざわざ口にしたりはしない。

 蘭に気を遣わせてしまうし、結果的に一緒に出かけられているからオーライと思っているのだ。


「それなら良かった」

「うん。あんまり気を遣わなくていいよ」


 春也が蘭にそう声を掛けて、抹茶フラペチーノに刺さったストローに口をつけた瞬間。

 不意に耳元で、幼く少し高めの声がささやいた。


「浮気現場を発見しました。スクープです」

「うわ!」


 春也は驚いてストローから口を離し、後ろを振り返る。

 するとそこには、ランドセルを背負った光がニマニマ笑いながら立っていた。


「え? 光? 何でここに?」

「学校帰りにママに連れてきてもらったの。そしたらお兄ちゃんが二股してたから、この週刊光春ひかしゅん様が来たってわけです!」

「シュウカンヒカシュン……?」

「うん。光の文春だから光春!」

「その歳で文春とか言うのやめなさいよ……」


 呆れる兄をよそに、光はさっきまで竜馬が座っていた席に着く。

 そして秋葉と蘭の顔を1回ずつまじまじと見てから、ペコリと頭を下げた。


「初めまして! 夏川光といいます! お兄ちゃんの妹です!」

「小●構文やめい」

「わーかわいい! 光ちゃん、よろしくね」


 蘭は光のほっぺをむにむにしながら、笑顔で挨拶した。

 光もまるで嫌がることなく、むしろニッコニコで受け入れている。

 人見知りしない社交性の高い2人だ。


「私は木島蘭。蘭ちゃんって呼んで」

「私は冬月秋葉です。秋葉でいいよ」

「蘭ちゃんに、秋葉ちゃん! それでお兄ちゃん、どっちが本命なの?」

「光~? あとでお兄ちゃんとじっくり話し合おうな~?」


 春也は秋葉と蘭に、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめん。まさか妹が来るとは」

「いいじゃんいいじゃん。かわいいし楽しいよ」

「うん。何か春也がかわいがるの、分かる気がする」

「えへー」


 褒められて、光はデレっと笑った。

 そんなところへ、ちょうどトイレを終えた竜馬が戻ってくる。

 竜馬は自分の席がなぜかランドセル背負った女の子に奪われているのを見て、ポカンとするのだった。

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