第11話 今はまだ夏じゃない
「それじゃあお兄ちゃん、漫画借りてくね~」
「おう……。ごゆっくり……お読みください……」
気が済むまで騒ぎ散らかした光は、漫画を数冊抱えて部屋のドアを開けた。
お兄ちゃんはすっかりぐったりしている。
「それじゃあお兄ちゃんは彼女さんとごゆっくり~」
「だから違うっての……」
春也がため息とともに漏らした言葉は、言いたいこと言って出て行った光には届いていない。
何はともあれ邪魔者がいなくなったので、春也はスマホを手に再びくつろぎ始めた。
[勝手に追加してごめんね! よろしく!]
[昨日も今日も楽しかった!]
[ありがとうございました(スタンプ)]
“秋葉からラウィンが来た……!”
改めてメッセージの画面を見つめて、春也は自分のテンションが上がっていくのを感じる。
本当は蘭からも新着メッセージが来ているのだが、完全に春也の視界から消え去っていた。
[よろしく!]
[こちらこそすごい楽しかった!]
[Thank You!(スタンプ)]
[今って何してた??]
[特に何も~。秋葉は?]
[私はお風呂あがったとこ!]
[髪が陽射しと潮風で結構ダメージ受けちゃった笑]
[念入りにメンテナンスしたけど笑]
[本当に今日陽射しすごかったもんね]
[きれいな髪だから大事にしなきゃだね笑]
[照れる笑]
[褒められた笑ありがとう笑]
春也は自分の部屋で、秋葉は姉もいるリビングで。
お互いに口元を緩ませながら、メッセージのやり取りを繰り返す。
ラウィンを通じてなら、どれだけ顔をニマニマさせてしまおうが、心臓をバクバク言わせようが、相手には見えないし聞こえない。
だから今の春也と秋葉の関係性からすれば、ラウィンは面と向かって話すより少し積極的になれるツールだった。
[海すっごくきれいだったね~]
[蘭ちゃんもかっこよかったし!]
[だねだね~]
[今年の夏は海で遊べたらいいな~]
[うん遊ぼうね!]
数時間ぶり2度目に訪れた秋葉の水着を想像しようとする己の煩悩をタコ殴りにして、春也は[楽しみだね]などと月並みな言葉を返す。
でも今の秋葉にとっては、春也からくる言葉が猛烈にときめくようなものでなくても、まるで構わなかった。
春也とラウィンができているというこの状況だけで、十分なほどのときめきを摂取しているのだ。
学校でもなく、レンタル彼氏とお客さんとしてでもなく、純粋に2人のクラスメイトとして、電波を介した2人だけの空間にいる。
それだけで幸せを感じているのだ。
そもそも今日の秋葉は、海の家が倒れた時に春也に守られている。
やや意味が違う気もするが熱く抱きしめられたわけで、すでに一日のときめき摂取上限をオーバーしていた。
それに加えて春也がラウィンで秋葉の心をくすぐるようなことを言ったら、秋葉の死因が急性ときめき中毒になってしまう。
実際、髪を褒められた時はニマニマレベルが上限突破しかけた。
もちろん、この状況にドキドキしているのは春也もまた同じなのだが。
[妹ちゃんにゲーム買ってあげてもレンタル彼氏は続けるの?]
[うーん、今のところは続けるつもりないかな]
[そっかぁ]
[うん]
“だからこれから遊ぶときは”
“じゃあこれから遊ぶときは”
2人は同じような文章を入力して、送信せずに手を止める。
“だからこれから遊ぶときは……クラスメイトとして、かな。友達として、かな。”
“もちろん春也はクラスメイトだし友達になれたし、間違いじゃないけど。”
“秋葉が今日も俺を指名してくれたのは、バイトを応援してくれるためだったんだろうし……。それ以外の理由があるなんて……自意識過剰だよな。”
“春也は何も気づいてないし、今の私たちの関係ってちょっと中途半端な気もするし……”
“でも”
“でも”
“もしかしたらこの夏には……”
“もしかしたらこの夏には……”
[だからこれから遊ぶときは普通に友達としてだね]
[じゃあこれから遊ぶときは普通に友達としてだね]
「ふぅ……」
「はぁ……」
離れた場所から同じような文章を送り合って、離れた場所で同じようなため息をつく2人。
残念がるとも安堵とも取れるため息だが、春也と秋葉の顔には柔らかな微笑みが浮かんでいた。
“今はまだこれでいい。でもせっかく接点ができたんだから、夏までには秋葉に……”
“今はまだもう少しこのままで。でも夏までには春也への気持ちをちゃんと固めて……”
同じ決意を抱いた2人は、少しずつ夏に向かって歩いて行く。
そのそばにはきっと、蘭がいて、竜馬がいて、花音がいて、光がいる。
2人の“永年契約”に向かう物語は、まだまだ始まったばかりだ。
[ねえ明日も遊べる?]
[友達として笑]
[もちろん遊べるよ]
[友達としてね笑]
“明日の約束できた……!”
ニマニマする秋葉を見て、花音が「楽しそうでいいわ」と呟く。
“明日も秋葉と遊べる……!”
そしてこちらもニヤつく春也を、ドアの隙間からこっそり2つの影が眺めていた。
「ね? お兄ちゃん、ニヤニヤして女の子とラウィンしてるもん。彼女だよ、彼女」
「まあまあ、本当に楽しそうねぇ」
「しかも浮気なんだよ浮気」
「お兄ちゃん、そんなにモテたかしら」
光はちゃっかり、お母さんに情報を漏らしていたのだった。
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